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VRChatとライセンス

先日VRChatではVket4というイベントが開催されました
世界最大のVRイベントだそうで、ネット上のコミケというかデザフェスに似たようなものですね

この準備に合わせて少し前に、UVL(Uni-Virtual License)というものが発表されました
ネット上の販売物に使えるライセンスで「簡単に規約を作れて統一されてわかりやすい!」的なもので、僕としては、この活動が存在することは非常に良いものだと思ってます

このUVLには様々な意見や呼応する波紋が広がっていて、一例を挙げるとあしやまひろこさんが幾つかの問題点を指摘、その後VN3というライセンステンプレートを公開するなどしています
これも非常に良い流れです

実は僕も過去に小規模な販売物向けライセンスを作っていて、色々調べたり周囲の人にヒアリングして回ったりしています
ので、今回はVRの世界の特殊性と規約の現状について、僕が知っていることと考えていたことを共有することで、ライセンステンプレートを作っている人、使う人の判断の一助になればいいかな~と思っています

VRChatの経済

日本のVRでは個人が3Dモデル等を販売し、とても不思議な経済圏を作り上げています[1]

過去にセカンドライフ等もそのような動きがありましたが、VRChatでは現実のお金がやり取りされ、VRChat以外でも使えるデータが行き来し、囲い込まれていないのが特徴ですね
とくに日本は層が広いというか、新しいおもちゃを遊ぶ感覚で「BlenderとUnity(プロのツール)わかってきたからモデル販売してみよう~」とか言ってるのは控えめに言ってクレイジーな場だと思います

BOOTHでの販売が多い

販売サイトはBOOTHを使うことが多くて、9割以上そうなんじゃないかな・・・
BOOTHは、とても手数料が安いんですが、色々丸投げなサービスです
販売サイトというよりは個人が販売のやり取りを行うだけ!という体で、構造としてはメルカリや楽天に似ていますね[2]
「みんながここで売ってるから」的な理由で使ってる人も多いんじゃないかと思います
BOOTHでは公式の規約が無いので(そもそも同人商品を売る場所だし)、みんなが各々の規約を頑張って作っています

個別規約は市場の失敗を発生させる

1人1人が個人の範囲で合理的に動いたときに全体として損になる、というのを市場の失敗と呼びます
非パレート最適とか限定合理性とか、そういう理屈はあるのですが[3]、難しい話は置いとくとして、1人1人が良かれと規約を頑張って作っても色々な問題が発生しやすいのです

買い手が規約を全部確認する必要がある

わかりやすい部分として、規約を全部読まなければいけない、あるいは読むのが事実上無理なので読んでくれない、ということが起きます
「VRChatの販売物は面倒」という認識を持たれてしまうと、購入してくれる人や、規約を守ってくれる人が減ってしまい単純に言って損になります

禁止事項が増殖する

データ販売は常にコピーのリスクに晒されます
VRChatではアバターをリッピング(不正コピー)する悪いユーザーが居て、困った問題になっています
あるいはアバターを性的もしくは暴力的なコンテンツに使うことを許容できな人も居ると思います

もちろん、悪いことをする人は規約なんて読んでいないので、いくら強く言っても大抵効果がありません
しかし強く言うことで真面目に規約を読む人は萎縮してしまい、結果として真面目に対応しようとする人ばかりが損をすることになります

コピーガードを反面教師に

現状、どんなコピーガードでも不正コピーを100%防ぐことはできません[4]

これを100%絶対に許容しないようにしろ!と推し進めたのが、映画とか音楽とかデジタル放送のコピーガードです
知っての通り、購入者に不便を強いるだけで、最終的に販売は縮小され、どちらにとっても不幸な結果に終わりました[5]

同じように、企業の作る規約はとても長文で、出来る限り穴を埋めよう埋めようと作られています
おかげで消費者は一切規約を読まなくなっているのはご存知のとおり
結局、企業の戦略で最も効果を発揮したのは地道な啓蒙活動だったのではないでしょうか

ライセンスで100%不正コピーを防ぐことはできません
シーンに仕込むとか、ライセンスの中にパスワードを書いておくなどの古き良き(皮肉)インターネット的手法も、データを使いにくくする以外に効果を発揮した例をあまり聞きません

購入者のための規約を作ろう!

ライセンスはなんのために作るのでしょうか?
裁判に勝つため?でも、僕はアバター関係で裁判をした例を聞きませんし、リッピングに対するDMCA申請では、規約は関係しないはずです

では規約に意味がないかというとそんなことはありません
ほとんどの人は規約が伝わりさえすればそれを守ってくれます
何しろお金を出してあなたのモデルを購入してくれるファンなのですから

コピーガードのように、数少ない違反者のために出来もしない取締を目指すのはもうやめましょう
リッピングされたら悔しいですし、何とかしたいのは当然です
でもそれは規約で対処するものではないし、全部対処するのは無理で、購入者には負担ばかりかかります

たくさん居るはずの購入者にとって便利な規約を作りませんか?
購入者の権利をなるべく広げて、より販売と購入のループを活性化したほうが、結果的にみんなが得をするに違いないと思います
なおUnityアセットストアが購入者側に立った規約を作っていて参考になります(長いので、全部読んでいる人が居るのかは疑問ですが)

2つのライセンス運動に期待するもの

デジタル販売物に使うためのライセンス運動が起こったことは素晴らしい出来事です
しかし、ライセンス運動というのはいくつか必要なものがあります

広まるためには権威が必要です
MITライセンスはマサチューセッツ工科大学、BSDはカルフォルニア大学、CCはローレンス・レッシグらがその権威の元となっています
要するに「なんかすごい人が言ってる」という印象は馬鹿にならないほどとても大事です

継続には利益的な構造が必要です
僕含め個人でライセンスを作って提供している人間は、今の所ほぼボランティア的に動いています
ボランティアでこのような活動をする場合、経験上、衝動がある短期間だけ動いて終わりで、継続をすることはありません・・・
継続にはコストがかかるからです
海外のライセンス管理では、財団や非営利法人という形、あるいはそれを創出した人間が出版など功績を利益に変える方法を持っていることで、継続する構造を備えています
これらを踏まえて2つのライセンスの素晴らしい点と今後必要な部分を個人的意見として書いておきます

VN3ライセンス

VN3ライセンスはやはり活動の小回りが効いていると言うか、カウンター活動の例に漏れず、後発の優位を非常に活かす端正さ、専門性の高さが伺えます
その力量を十分に示したところですが、さらに個人由来の柔軟性を活かし、経済圏を巻き込みながら成長すると、ライセンスにとどまらないムーブメントとなっていくのではないかと思います。

カウンターとして発生したことと何らかの利益構造を母体に持つわけではないため、しばらくはあしやまひろこさん個人がボランティアで走り続けるという運営構造になると思います
僕もわずかながらカンパを行いましたが、こういった活動は数年単位の継続が必要になるので、当然足りるものではありません
特にメンバーの環境変化があると大きな危機につながるため、継続のための何らかの仕組みを整えることは急務になると思います[6]

選択肢が多すぎることによる逆淘汰も心配です
VN3は流通へのコストが発生しやすいという構造になっています
販売主体が大きくなれば大きくなるほど、コミュニティや事件の影響を受けて販売主体は保守的な選択肢を選びます
なので「 権利者に個別に問い合わせて下さい」という選択肢を用意することは、逆淘汰を誘発しそうです
例えば性的表現への利用に「許可します」「許可します(ただし棲み分けはおこなうこと)」の2種類がありますが、法律的な解釈以上に、コミュニティ的な立場上、販売者に前者を選択できるとは思えません
これに選択肢以外の解釈(上記の例では、性的とは何か?棲み分けとは何か?)が組み合わさるわけなので、購入者へのコストは思った以上に上がってしまうと思います
自分もライセンスを作るときはヒアリングで要望が多く出ましたし、広げるために多く選択肢を用意せざるを得なかったのですが、今後として出来る限り選択肢を削っていくことは必要だと思います

余談として、VN3は元々VNCライセンスという名前で、他にVNCというものがあるため、ググラビリティを損しているのはもったいないなあと思っていたのですが、改名をしたそうです[7]

UVライセンス

UVLに期待するところは、サービスや経済圏への近さです

御存知の通りUVL活動主体は非常にVket運営に近く、VketはVRでの最大の経済イベントの一つです
ここには一定の権威と知見が存在しており、後援は安定感をもたらし、「とりあえず使う」という行動を誘導します
個人のバラバラな規約を曲がりなりにも統一するということは、仮に規約内容が無意味なものであっても、全体に強い利益を発生させます!
一般的に思われているよりもこれには大きな意味があります
何しろ規約に注意するべき部分があったとしても、それを1種類だけ把握し、統一した議論を行えるためです(統一規格の発明意義と同じです)

逆に企業というのはどうしても利益をあげなければいけないので、後援であるHIKKYがUVLに対してコストを払い続ける事ができるのかという疑問点は、また違った意味であります
できる限り早くUVL単体で損益が成り立つような構造に持っていき、広く独立できると良いのではないかと思います。とはいえVketβの収益に寄与する可能性は非常にあるので、VN3より可能性が無いわけではないと思います
UVLから利益を得られる限りは、UVLを維持しようと動くのではと予想できます

UVLは日本VRC圏で初めてライセンスの大きな活動をしたという点に置いて多大な評価を得られるべきです
それは僕のタオルライセンスには出来なかったことでもあります・・・タオルライセンスは論争すら起こせませんでした
僕はあんな日和ったライセンスではなく、批判を恐れずもっと踏み込んだ活動をするべきだったのかもなのです・・・
ちなみにUVLには初期の頃に意見を聞かれたりしていたのですが、その後リアルの忙しさと被ってしまい、あまり継続しませんでした、すいません

規約へのツッコミがある部分(とくに3.1)は早いうちに対処したほうが良いでしょう
Vket開催直前という動けない時期にツッコミが多く入ったのは不幸なことでしたが、今は再度動けるようになったのではないかと思われますので次のバージョンに期待をしています
現状は少し、クリエイター側の意見を聞きすぎて、基本条項に複雑な要素を入れすぎて上記にあるような市場の失敗を引き起こしている側面があると思います

クリエイティブがもっと活発になるように

コミュニティや経済や思想というのはとても複雑で、一見良いように思えるものが、全体に悪い影響を与えることはとてもあります
全員がなんでも勉強しろというわけではありません
でも、VRChatはアーリーアダプターの集合なので(もちろん誹謗中傷や人格批判やマウント取りばかりする人も中には居ますけど・・・)頭のいい人がきっと多いはずなのです
なんのためにやっているのか?お互いに首を絞めていないか?ほんの少し気にしてみてくれるだけで、もっとクリエイティブな活動ができるようになるはずだと思っています


  1. 販売物が売れすぎて、副業扱いになってしまったり、扶養が外れてしまって急遽販売停止等が発生する事件があるくらいです ↩︎

  2. 余談ですが、BOOTH自体は利益が上がっていないくらいの手数料で、販売者に嬉しい反面ちょっとダンピング感があります
    販売に対する保証も無いので、何かあって返金を求めたりしても泣き寝入りになりやすい構造で、メインの販売サイトになるにはちょっと怖いというところがあります ↩︎

  3. 分類としては一定経済圏の中の公共財に近いものになります ↩︎

  4. VR特有の問題ですが、HMDの素早い位置移動に対応するには、現在のクラウドゲームのインフラではとても追いつかず、モデルデータをクライアントに渡すしかありません・・・ ↩︎

  5. 参照 ↩︎

  6. つまり必要なのは、ローレンス・レッシグのような知見ではなく、ローレンス・レッシグのような講演力であると思っています ↩︎

  7. 色々な理由により検索結果に出ない状態みたいですが・・・ ↩︎