## 3.1 目的と設計思想
本章の目的は、状態 $Z$ が第三者に検証不能であるにもかかわらず、当事者間では事後に $Z$ が共通知識になるという環境の下で、正直申告と高努力が同時に均衡となるような最小契約を提示することである。
契約は $Z$ を参照できない代わりに、(i) 当事者が事後に真実を知っていること、(ii) 買い手に拒否権を与えること、(iii) 拒否が出たときに売り手が失う金額を契約内で内生的に作ること、の3点を用いて嘘を自己抑止し、その上で成功確率に影響する共同投資のインセンティブを回復する。
## 3.2 環境
### 状態、努力、情報
プレイヤーは買い手 $B$ と売り手 $S$ の2者である。状態は二値 $Z\in{0,1}$(失敗、成功)で、努力は二値 $e_i\in{0,1}$(低、高)である。
努力は成功確率に影響し、
$$
\Pr(Z=1\mid e_B,e_S)=\pi(e_B,e_S)
$$
とする。高努力の追加費用を $c_i>0$ とし、$c_i(0)=0$、$c_i(1)=c_i$ とする。
$t=2$ で当事者は真の $Z$ を観察し、それが共通知識になる。一方、スマートコントラクト(第三者)は $Z$ を観測、検証できない。
### 実行
実行は3つのみである。
$x^{G}$ は成功向け(Good)、$x^{B}$ は失敗向け(Bad)、$x^{D}$ は拒否時デフォルト(Default)である。
主体 $i$ の状態 $z$ の下での実物価値を $v_i^{z}(x)$ とする。
以後、$x^{1}=x^{G}$、$x^{0}=x^{B}$ と書く。
### コミットメント
メッセージ送信後、スマートコントラクトは本章の実行、支払い規則を自動執行し、当事者はエスクローからの支払い、返金を事後に上書きできないとする。
## 3.3 契約
### メッセージと順序
売り手は $m_S\in{\text{success},\text{failure}}$ を送る。買い手はそれを見て $m_B\in{\text{accept},\text{reject}}$ を送る。
### 実行ルール
$m_B=\text{accept}$ のとき、$m_S=\text{success}\Rightarrow x^{G}$、$m_S=\text{failure}\Rightarrow x^{B}$ とする。
$m_B=\text{reject}$ のとき、常に $x^{D}$ とする。
### 支払い(最低保証 $F$ と留保 $K$)
買い手は $t=0$ にエスクローへ $F+K$ を預託する。
accept のとき売り手へ $F+K$ を支払う。
reject のとき売り手へ $F$ を支払い、買い手へ $K$ を返金する。
## 3.4 Budget feasibility
支払不能を避ける最小条件は
$$
F\ge 0,\quad K\ge 0
$$
であり、かつ事前に $F+K$ がエスクローに預託されていることである。
## 3.5 正直申告の誘因
制度は「契約が真偽判定する」のではなく、当事者間で真の $Z$ が共通知識になることを用いる。正直申告が均衡となるためには、買い手が真実に応じて accept、reject を選ぶことが最適であり、かつそれを見越して売り手が嘘を選ばないことが必要である。
### 3.5.1 買い手の真実反応(IC for $B$)
買い手が、状態に合致する申告には accept、合致しない申告には reject を選ぶための条件は次である。
$$
\text{(B1)}\quad K \le v_B^{1}(x^{G})-v_B^{1}(x^{D})
$$
$$
\text{(B2)}\quad K \ge v_B^{0}(x^{G})-v_B^{0}(x^{D})
$$
$$
\text{(B3)}\quad K \le v_B^{0}(x^{B})-v_B^{0}(x^{D})
$$
$$
\text{(B4)}\quad K \ge v_B^{1}(x^{B})-v_B^{1}(x^{D})
$$
これらは同値に、$K$ の下限と上限としてまとめられる。
下限は
$$
K \ge K_L \equiv \max\Bigl\{0,\ v_B^{0}(x^{G})-v_B^{0}(x^{D}),\ v_B^{1}(x^{B})-v_B^{1}(x^{D})\Bigr\}
$$
であり、上限は
$$
K \le K_U \equiv \min\Bigl\{v_B^{1}(x^{G})-v_B^{1}(x^{D}),\ v_B^{0}(x^{B})-v_B^{0}(x^{D})\Bigr\}.
$$
である。
従って、買い手の真実反応が成立するための必要十分条件は
$$
K_L \le K \le K_U
$$
である。
### 3.5.2 売り手の正直申告(IC for $S$)
買い手の真実反応が成立すると、売り手が嘘をつけば買い手は reject を選び、実行は $x^{D}$ となる。状態 $z$ の下で、正直申告利得は $v_S^{z}(x^{z})+(F+K)$、虚偽申告利得は $v_S^{z}(x^{D})+F$ である。よって売り手の正直申告には
$$
K \ge v_S^{z}(x^{D})-v_S^{z}(x^{z})\qquad (z=0,1)
$$
が必要である。
これを
$$
K \ge K_S \equiv \max_{z\in{0,1}}\big(v_S^{z}(x^{D})-v_S^{z}(x^{z})\big)
$$
とまとめる。
### 3.5.3 正直申告を支える $K$ の許容範囲
以上より、正直申告が同時に成立するための条件は
$$
\max{K_L,K_S}\le K \le K_U
$$
である。従って、$K$ が存在するための最小の存在条件は
$$
\max{K_L,K_S}\le K_U
$$
である。
## 3.6 参加制約と $K$ との整合性
外部オプションを $\bar U_B,\bar U_S$ とする。正直申告が成立し reject が起きない均衡では、実行は $Z=1$ で $x^{G}$、$Z=0$ で $x^{B}$、支払いは常に $F+K$ である。
合計移転を
$$
T\equiv F+K
$$
とおく。
### 3.6.1 参加制約 $\Rightarrow$ $T$ の区間
参加制約は
$$
\text{(IR-S)}\quad \mathbb{E}\big[v_S^{Z}(x^{Z})\mid e\big] + T - c_S(e_S)\ \ge\ \bar U_S
$$
$$
\text{(IR-B)}\quad \mathbb{E}\big[v_B^{Z}(x^{Z})\mid e\big] - T - c_B(e_B)\ \ge\ \bar U_B
$$
である。
(IR-S) の変形:
$$
\mathbb{E}\big[v_S^{Z}(x^{Z})\mid e\big] + T - c_S(e_S)\ \ge\ \bar U_S
$$
$$
T\ \ge\ \bar U_S-\mathbb{E}\big[v_S^{Z}(x^{Z})\mid e\big]+c_S(e_S)
$$
よって
$$
T \ge T_S^{\min}\equiv \bar U_S-\mathbb{E}\big[v_S^{Z}(x^{Z})\mid e\big]+c_S(e_S).
$$
(IR-B) の変形:
$$
\mathbb{E}\big[v_B^{Z}(x^{Z})\mid e\big] - T - c_B(e_B)\ \ge\ \bar U_B
$$
$$
T\ \le\ \mathbb{E}\big[v_B^{Z}(x^{Z})\mid e\big]-c_B(e_B)-\bar U_B
$$
よって
$$
T \le T_B^{\max}\equiv \mathbb{E}\big[v_B^{Z}(x^{Z})\mid e\big]-c_B(e_B)-\bar U_B.
$$
以上より
$$
T_S^{\min}\le T \le T_B^{\max}
$$
が必要である。
### 3.6.2 Budget feasibility との整合性
Budget feasibility の $F\ge 0$ は $F=T-K$ より
$$
F\ge 0\ \Longleftrightarrow\ T-K\ge 0\ \Longleftrightarrow\ T\ge K
$$
である。
したがって、参加制約と $T\ge K$ を同時に満たすには
$$
\max{T_S^{\min},K}\le T \le T_B^{\max}
$$
を満たす $T$ が存在することが必要であり、このとき
$$
F=T-K
$$
と置ける。
## 3.7 高努力の誘因
正直申告が成立すると、成功は成功として処理され、失敗は失敗として処理される。
このとき移転 $T$ は状態によらず一定であるため、努力誘因は実物価値差のみで決まる。
成功確率の増分を
$$
\Delta\pi_B(e_S)=\pi(1,e_S)-\pi(0,e_S),\qquad
\Delta\pi_S(e_B)=\pi(e_B,1)-\pi(e_B,0)
$$
と書く。
高努力が最適反応であるための条件は、各相手努力 $e_{-i}$ について次が成り立つことである。
$$
\text{(E-B)}\quad \Delta\pi_B(e_S)\cdot\big(v_B^{1}(x^{G})-v_B^{0}(x^{B})\big)\ \ge\ c_B
$$
$$
\text{(E-S)}\quad \Delta\pi_S(e_B)\cdot\big(v_S^{1}(x^{G})-v_S^{0}(x^{B})\big)\ \ge\ c_S
$$
## 3.8 命題(メカニズムによる正直申告、高努力の実装)
上記メカニズムにおいて、次が成り立つとする。
1. Budget feasibility と事前預託、すなわち $F\ge 0$、$K\ge 0$ と $F+K$ の前払い
2. 買い手 IC、すなわち $K_L\le K\le K_U$
3. 売り手 IC、すなわち $K\ge K_S$。従って $\max{K_L,K_S}\le K\le K_U$
4. 参加制約と整合性、すなわち $\max{T_S^{\min},K}\le T\le T_B^{\max}$ を満たす $T$ が存在し、$F=T-K$ と置ける
5. 努力誘因:正直申告が成立した下で,各主体が高努力を最適反応として選ぶ。条件 $\text{(E-B)}$,$\text{(E-S)}$
6. 実行、支払い規則へのコミットメント
このとき、正直申告が均衡として成立し、かつ (E-B)(E-S) の下で高努力が選ばれる。従って、正直申告と高努力が同時に均衡として実装される。
## コメント
メッセージは二値と二値、金銭要素は最低保証 $F$ と留保 $K$ のみであり、担保、罰金、市場、連続価格、手数料等を必要としません。
正直申告は、買い手が事後に真実を知るという情報構造と、reject による $K$ の回収、売り手の $K$ 不受領、デフォルト $x^D$ の組み合わせにより自己抑止されます。これはchen論文でいうところの外部オプションを $K$ とみなして、信頼区間を定義していると考えることもできるかもしれません。
高努力は正直申告により成功が正しく処理されることによって共同投資の効果が歪められず、成功時と失敗時の実物価値差が費用を上回る範囲で成立します。