--- tags: TrRun3 id: Arrg-B27_kotodama.md --- # 檜山トレラン3 B27 実験と克服: 言霊と抽象化 $\newcommand{\R}{\mathbf{R} } \newcommand{\B}{\mathbf{B} } \newcommand{\N}{\mathbf{N} } \newcommand{\Rnn}{\mathbf{R}_{\ge 0} } %$ 数学の学習の進捗とは、抽象化の階段を昇ることだと言ってもいい。自然言語の言霊〈ことだま〉は、抽象化の階段を昇ることを邪魔することがある。 ## セットアップ 半環 $S$ に対する線形結合の集合 $LinComb[S](X)$ に関わる数学的対象物を幾つか挙げる。 1. $v \in LinComb[S](X)$ 1. $(+): LinComb[S](X) \times LinComb[S](X) \to LinComb[S](X)$ 1. $(\cdot): S \times LinComb[S](X) \to LinComb[S](X)$ 1. $( LinComb[S](X), +, \cdot )$ 1. $f:LinComb[S](X) \to LinComb[S](Y) \text{ where }f(v+w) = f(v) + f(w),\, f(s\cdot v) = s\cdot f(v)$ $S = \R$ の場合に次のように呼ぶ。 1. $\R$-係数ベクトル 2. $\R$-係数ベクトルの足し算 3. $\R$によるスカラー倍 4. $\R$-係数ベクトル空間 4. $\R$-係数線形写像 これらの呼び名に違和感はないと思う。 ## 実験と克服 $S = \B, \N, \Rnn$ の場合に、前節と同じような呼び方をする。この呼び方に対して「そんな呼び方をするのは==奇妙だ==、==気持ち悪い==、==嫌だ==」といった違和感が心に生じるだろうか? もし違和感が生じたとしたら、それは言霊の想起力が原因だろう。言葉に対して、何らかのイメージが喚起され、自分のイメージとのズレが「奇妙だ、気持ち悪い、嫌だ」の感情になる。 「形式的定義と共通構造からいえば、そう呼んでも別にかまわない」と思えるなら、感情に打ち勝ったことになる。「そう呼ぶのがふさわしい」と思えるなら、**たいへんよろしい**。 $S = \B$ の場合: 1. $\B$-係数ベクトル = 有限部分集合 2. $\B$-係数ベクトルの足し算 = 有限部分集合の合併 3. $\B$によるスカラー倍 = 何もしない(1倍する)、空集合にする(0倍する) 4. $\B$-係数ベクトル空間 = 有限部分集合からなるベキ集合に足し算とスカラー倍 4. $\B$-係数線形写像 = 有限分岐非決定性写像 $S = \N$ の場合: 1. $\N$-係数ベクトル = バッグ〈マルチセット〉 2. $\N$-係数ベクトルの足し算 = バッグの合併 3. $\N$によるスカラー倍 = バッグをn倍する 4. $\N$-係数ベクトル空間 = バッグの集合に足し算とスカラー倍 4. $\N$-係数線形写像 = 重複度付き非決定性写像 $S = \Rnn$ の場合: 1. $\Rnn$-係数ベクトル = 錐ベクトル 2. $\Rnn$-係数ベクトルの足し算 = 錐ベクトルの足し算 3. $\Rnn$によるスカラー倍 = 非負実数によるスカラー倍 4. $\Rnn$-係数ベクトル空間 = 錐ベクトル空間、半ベクトル空間 4. $\Rnn$-係数線形写像 = 半線形写像 言霊による違和感に打ち勝つことは出来ましたか? 「三角関数」と聞いても三角形を想起しない(むしろ、円を想起すべき)、「標本空間」と聞いても標本抽出〈サンプリング〉を想起しない、「主観」「信念」「証拠」「主義〈doctrine〉」のような強いイメージ喚起力がある言葉を聞いても形式的定義を優先させる。 そうやって、言霊パワーを抑制する習慣を付けましょう。