# 初期漢語における咽頭化 :::info :pencil2: 編注 以下の論文の和訳である。 - Norman, Jerry. (1994). Pharyngealization in Early Chinese. *Journal of the American Oriental Society* 114(3): 397–408. [doi: 10.2307/605083](https://doi.org/10.2307/605083) 原文にはセクション立て・表見出しがないが、追加した。誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。また、中古音・上古音の表記に以下の変更を加えた。 - 原文では中古漢語(『切韻』体系の言語)の表記にKarlgrenの再構形を一部修正してアスタリスクを付した表記が用いられているが、本訳文ではその後にスラッシュを挟んで[切韻拼音](https://phesoca.com/tupa/)(“TUPA”)を添え、それぞれをイタリック体で表記した。 - 原文では中古漢語の声調について、平声は無表記、上声と去声はそれぞれ音節末に「:」「-」を付すことで表記しているが、本訳文では平声を「¹」、上声を「²」、去声を「³」で表記する。 - Karlgrenによる有気音の記号「‘」は「ʰ」に置き換えた。 ::: :::success :pushpin: **要旨** 中古漢語は、陸法言が編纂した『切韻』に基づいて再構された言語体系であるが、その顕著な特徴に口蓋化がある。ほとんどの中古漢語の再構体系では、この口蓋化は、頭子音に後続する硬口蓋わたり音の存在によって示される。中古漢語の音節の半分以上はこの口蓋化カテゴリーに属する。本論文は、この類型論的にかなり珍しい状況を説明する試みである。初期の転写証拠、シナ・チベット語の比較、特定の中国語方言の形はすべて、中古漢語の口蓋化が二次的な起源を持つことを示唆している。本論文では、音韻的有標性という概念を用いて、中古漢語では、他の何らかの特徴によって妨げられかった場合に口蓋化が生じたと提唱する。この初期漢語のモデルでは、音節は基本的に3つのタイプに分類される。咽頭化音節とそり舌化音節は口蓋化を妨げ、通常音節は中古漢語において口蓋化音節を生み出した。この分析の結果、初期漢語の音節構造は単純であり、頭子音に後続するわたり音はまったく存在しないことがわかった。 ::: --- ## 1. 序論:韻書と等位について 過去30~40年の間に、漢語歴史音韻学の分野では大きな動きがあった。多くの新しい刺激的な提案がなされ、言語の初期段階に関する新しい再構が試みられてきた[^1]。しかし、いくつかの厄介な問題が、この分野の研究者たちを悩ませ続けている。そのひとつが、漢語歴史音韻論研究のための主要な文献資料である、紀元6~7世紀の境目に陸法言によって編纂された韻書『切韻』に見られる、広範な口蓋化音の起源である。本稿の主な目的は、『切韻』のこの特徴を説明する新しいモデルを提案することである。『切韻』および後の改定版それ自体は、漢語音韻論の非常に単純な分析しか明らかにしていない。分析の基本単位は音節であるが、それは間違いなく、『切韻』が、それぞれが1つの音節を表す文字に対する辞書だからである。『切韻』では、すべての音節はまず「平声」「上声」「去声」「入声」の4つの声調に分析され、各声調は次に「韻」に分解された。各韻の中で、音節は同音文字のグループである「小韻」に分けられた。各小韻の最初の見出し字には、そのグループの文字を実質的に「綴る」、反切の形式が用意されていた。このように見ると、『切韻』は声調、韻、小韻または同音グループに従って配列された音節の目録である。反切は、文字の発音を、それとは異なる2つの文字を使用することで示す工夫であり、最初の文字は頭子音を表し、2番目の文字は韻と声調を表す。反切は、同じ頭子音を複数の異なる文字で表記したり、同じ韻を複数の文字で表記したりすることができる(そして通常はそうであった)ため、完全には体系化されていなかった。このような工夫は実用的な意味では機能したが、音韻の洗練度としてはそれほど高いレベルではなかった。 中国に仏教が伝来すると、インド音韻学の概念も導入された。インドのアルファベット表記に関する知識が、中世の中国音韻学における三十六字母をもたらすきっかけになった可能性が高い。頭子音そのものが特定されただけでなく、その調音部位や方法に関する情報も提供された。頭子音(反切では上の文字で表される)の詳細な知識によって、頭子音と韻の共起パターンを研究することが可能になった。これらのパターンは、宋代の韻図の基礎となる唯一かつ最も重要な概念である「等」の概念を生み出す最も重要な要素となった[^2]。 現存する最古の韻図は、北宋代に作成された『韻鏡』である(Li 1983: 164)。しかし、この表が基づいている音韻論は明らかに古いものである。敦煌で発見された守温和尚『韻學殘卷』の断片から、唐代末期にはすでに「等」の概念が存在していたことがわかる[^3]。 中世の中国音韻学者は、頭子音と韻の共起関係を研究する中で、『切韻』の音韻を4種類の等に分類する体系を構築した。その際、彼らは必然的に自身の方言の影響を受けたが、その方言は多くの点で『切韻』とは明らかに異なっていた。彼らの分析結果は最終的に、表の上部に頭子音を横書きし、声調と等に従って韻を縦に並べた、表形式のマトリックスの形で示された。等という概念は、『切韻』体系の本質に対する有効な洞察であると思われる。事実上、この分析では、すべての音節を4つの基礎カテゴリーに分け、主に各音節クラスで許容される頭子音のクラスによって特徴付ける。 ここでは、口蓋化音節の起源をより明確に論じるために、『切韻』の反切、現代中国語方言の音韻カテゴリーとその音価、および韓国・日本・ベトナムで漢文を朗読する際に用いられている漢字の教育的発音に基づく再構を行う。この再構の主なアウトラインはBernhard Karlgrenが作成したものである。簡略化のため、私はKarlgrenの体系に、李方桂(Li 1971)とW. South Coblin(1986)によって提案された一連の修正を加えた。また、上記の研究者が省略した場合でも、私はすべての三等韻に介音 \*j を加えて表記することにする[^4]。 先に進む前に、「韻図等 *rank*」と「中古等 *division*」を区別しておきたい。韻図等とは、ある文字が割り当てられた表の行番号を指す。「中古等」は、共起パターンに基づいて確立された韻の種類を指すのに使う。一等・二等・四等については、中古等と韻図等との間に単純な1対1の関係がある。中古一等の単語はすべて韻図一等に配置され、中古二等の単語はすべて韻図二等に配置され、中古四等の単語はすべて韻図四等に配置される。中古三等に属する単語に見られる頭子音のうち特定のものは韻図二等・四等に限定されているため、中古三等に属する単語で当該頭子音を持つ単語は、(いわば)韻図三等から韻図二等・四等に移動する可能性がある。例えば、そり舌歯擦音(現在の中国語の用語では、莊母 *tṣ-*/*tsr-*, 初母 *tṣh-*/*tsrh-*, 崇母 *dẓ-*/*dzr-*, 生母 *ṣ-*/*sr-*)を持つ単語は全て韻図二等に置かれる。例えば、鄒 *tṣjəu¹*/*tsru* や 霜 *ṣjang¹*/*sryang* のような音節は韻図二等に置かれるが、これらは中古三等韻であり、ここで採用した再構では中古三等介音の *-j-* を持っている。通常の歯擦音と、いわゆる「喻四 *ji-*/*j-*」は、中古三等韻と共起する場合、韻図四等に置かれる。例えば、修 *sjəu¹*/*su*, 將 *tsjang¹*/*tsyang*, 羊 *jiang¹*/*jyang* は、全て中古三等韻の単語であるにもかかわらず、韻図四等に置かれる。さらに、「重紐」、すなわち唇音または牙喉音の頭子音を持ち、特定の韻において二重に出現する音節は、すべて中古三等韻の単語であるにもかかわらず、韻図三等と韻図四等に分けられる。例えば、免 *mjän²*/*myenq* は韻図三等にあり、緬 *mjiän²*/*mienq* は韻図四等にある。私の韻図等の用法は、現代の中国語学者の用法と一致している。例えば、広く使われている『方言調査字表』に見られる[^5]。以後、この用語を上記で定義した意味で使用する[^6]。 この4つの区分は神聖なものではない。中世の音韻学者の基本的な洞察を放棄せずに、『切韻』の音節目録に対して他の分析を加えることが可能である。例えば、李榮はその有名な著作『切韻音系』(Li 1952)の中で、音節についてやや異なる解釈をしている。区分のうちの3つは伝統的な韻図一等・二等・四等に対応するが、三等韻は頭子音と韻の共起パターンに基づいて3種類の新しい区分に細分化されている。以下では、初期の韻図の作成者が採用したものと基本的に同じ基準を用いて、より単純な区分体系を提案したい。 ## 2. 『切韻』体系における音節の種類 等の体系を調べてみると、一等韻と四等韻の共起頭子音が同じであるのに対して、二等韻と三等韻の共起頭子音が異なっているのは、一見驚くべきことである。このことは、なぜ一等韻と四等韻が区別されたのかという重要な問題を提起している。このことを理解するためには、「等」という概念が『切韻』の完成から少なくとも2世紀は経過していることを忘れてはならない。すなわち、この概念を生み出した人物は、『切韻』のベースとなった方言を直接知ることはできなかっただろう。彼らの音韻分析は、必然的に自身の方言の影響を受けた。現代方言のデータを調べると、中国語方言の大部分では、三等韻と四等韻が比較的早い時期に統合されていることがわかる。このことは、「別字」(同音異字の選択ミス)や、唐代後期から五代にかけての中国西北部の転写資料(Shao 1963)によって確認されている。しかし、『切韻』に反映されている中国語方言では、三等韻と四等韻が明確に区別されている。さらに、四等韻に見られる頭子音が一等韻に見られる頭子音とまったく同じであることから、『切韻』の時代には、問題となる2つの韻の間に密接な関係があったと結論づけることができる。Karlgrenは韻図と方言の証拠に基づいて、四等介音 *-i-* を再構したが、その後の中国の研究者は、四等韻にそのような介音はなかったと主張するようになった(Lu 1947: 22; Li 1952: 107 \[1956: 114])。上記の事実から、私は一等と四等の区別をなくし、3つの等のみからなる体系を採用することにする。以下では、これらの区分をA、B、Cと呼ぶことにする。 クラスAには、一等と四等が含まれる。このクラスは、次の頭子音と共起する。 | | | | | | | :------- | :-------- | :------- | :------ | :------ | | 幫 *p-* | 滂 *ph-* | 並 *b-* | 明 *m-* | | | 端 *t-* | 透 *th-* | 定 *d-* | 泥 *n-* | 來 *l-* | | 精 *ts-* | 清 *tsh-* | 從 *dz-* | 心 *s-* | | | 見 *k-* | 溪 *kh-* | 疑 *ng-* | 曉 *x-* | 匣 *ɣ-* | | 影 *ʔ-* | | | | | クラスBは二等に対応する。このクラスの単語は、次の頭子音を持つ。 | | | | | | | :------- | :-------- | :------- | :------ | :------ | | 幫 *p-* | 滂 *ph-* | 並 *b-* | 明 *m-* | | | 知 *ṭ-* | 徹 *ṭh-* | 澄 *ḍ-* | 娘 *ṇ-* | 來 *l-* | | 莊 *tṣ-* | 初 *tṣh-* | 崇 *dẓ-* | 生 *ṣ-* | | | 見 *k-* | 溪 *kh-* | 疑 *ng-* | 曉 *x-* | 匣 *ɣ-* | | 影 *ʔ-* | | | | | クラスA音節とクラスB音節の違いは、クラスBでは非唇音・牙喉音がすべてそり舌音であることである。ただし例外として、來母 *l-* は二等では非常にまれである。 クラスCには、三等音節が含まれる。このクラスの単語の頭子音はほとんど口蓋化されている。このことは、大多数の場合、その反切上字が、クラスAおよびクラスBで見られる文字と異なっていることからもわかる。Chao(1941)に倣って、このような反切上字はしばしば「palatal spellers」と呼ばれる。そり舌音を持つ単語は、クラスBとクラスCの両方に見られるが、Downer(1957)が示したように、それは主に『切韻』による人工的産物である。これについては後述する。クラスCの単語の頭子音は、一般的に他のクラスの単語の頭子音と区別されていたので、頭子音の後に *-j-* を付加することでそれを示す。ただし、このヨードは、頭子音と同時に韻に属するものでもあることを覚えておくことが重要である。つまり、『切韻』の *-j-* は、実際には音節全体の特徴であり、厳密に分節的に見るべきものではない。クラスCの単語で出現する頭子音を次に示す。 | | | | | | | | :-------- | :--------- | :-------- | :-------- | :------- | :------- | | 幫 *pj-* | 滂 *phj-* | 並 *bj-* | 明 *mj-* | | | | 知 *ṭj-* | 徹 *ṭhj-* | 澄 *ḍj-* | 娘 *ṇj-* | 來 *lj-* | | | 精 *tsj-* | 清 *tshj-* | 從 *dzj-* | | 心 *sj-* | 邪 *zj-* | | 章 *tśj-* | 昌 *tśhj-* | 船 *dźj-* | 日 *nźj-* | 書 *śj-* | 禪 *źj-* | | 莊 *tṣj-* | 初 *tṣhj-* | 崇 *dẓj-* | | 生 *ṣj-* | | | 見 *kj-* | 溪 *khj-* | 群 *gj-* | 疑 *ngj-* | 曉 *xj-* | | | 影 *ʔj-* | 云 *j-* | 羊 *ji-* | | | | 李榮(Li 1956)の分析では、クラスCは3つのサブカテゴリーに分類される。子類は唇音と喉音の頭子音のみ、丑類はすべてのタイプの頭子音(つまり、クラスCの頭子音表にあるすべての頭子音)、寅類は丑類の頭子音に加えて、唇音と喉音の頭子音の重紐を持つ。これらの下位カテゴリーは本稿の主題とは関係ないので、これ以上言及しない。 ここまで述べてきたことをまとめると、宋代の韻図の伝統的な4区分は、伝統的な一等と四等を1つの区分として扱うことができるため、主に3種類の音節区分とみなすことができる。クラスA(一等および四等)は、そり舌音と口蓋化音の特徴がないことが特徴である。クラスBは、そり舌音が存在し、口蓋化音が存在しないことを特徴とする。クラスCは、そり舌音と口蓋化音の両方を持つ。 クラスCのそり舌音節をクラスBに移動させれば、この図式はもっとすっきりする。前述のように、Downer(1957)は、そり舌音節は三等韻に置かれても実際にはヨードが続かないことを説得力を持って主張した。彼は、『切韻』の段階であっても、*ṣju* よりも *ṣu*、*dẓjung* よりも *dẓung*、*ṣjok* よりも *ṣak* と書いた方がよいと主張した。羅常培(Luo 1931)は、Karlgrenが口蓋化閉鎖音として再構した頭子音(知・徹・澄母)は、実際にはそり舌音であるという証拠を提示した。Downerがそり舌歯擦音について観察したことは、そり舌閉鎖音系列にも当てはまる。すなわち、そり舌歯擦音の頭子音の後に従来のヨードが不要であるなら、そり舌閉鎖音の後になぜヨードが必要なのだろうか。しかし、私の見解では、『切韻』は単一の時代と場所の方言を表しているのではなく、それ以前の韻書の要素や、現代の複数の方言からの材料を取り入れているのだから、上述の2組の頭子音の後の介音を排除することで『切韻』自体の区分の体系の特徴を乱さない方がよい。そり舌音の後にヨードがない形は、等のカテゴリーが多少異なる形で現れている、より古い漢語の形と割り当てるのがよいだろう。では、そのような体系がどのようなものであったのか、私が考える概略を紹介しよう。 ## 3. 三等(クラスC)音節の起源 Pulleyblankは1962年に、『切韻』の三等韻は長母音の音割れから生じたと提唱した(\*-ān \[aːn] > *-i̯en*/*-ien*)。その後、彼は条件付けの要因について考えを改め、現在では、上古漢語(形声文字や、『詩経』等の初期の文献の押韻に反映されている言語)では、音節はAとBの2つのタイプに分けられ、一種のピッチアクセントによって区別されていたとしている(Pulleyblank 1973: 118–119)。Jaxontov(1965)は、『切韻』の三等韻は、おそらく口蓋化を形成する接頭辞 \*d- が失われたことに由来すると示唆した。この仮説によれば、\*d- がこのような機能を持ったのは、(Karlgrenに倣った)Jaxontovの体系では、頭子音 \*d- 自体が『切韻』の体系における硬口蓋介音 *-j-* となったからである(1965: 32)。Jaxontovの提案によれば、『切韻』の *kjän*/*kyen* のような音節は、かつての \*d-kan に由来する。最近、Starostin(1989: 327f.)は、『切韻』の三等音節は上古漢語の短母音に由来し、他の等の音節は主に長母音に由来するという体系を提唱した。これはPulleyblank(1962)の提案の逆である。Starostinは漢語とチベット・ビルマ語族のルシャイ語との比較に基づき、ルシャイ語の母音長と『切韻』の等との間に有意な相関関係があると主張している。 『切韻』の三等韻に見られるヨードが二次的起源であるという考え方はよく知られるようになり、多くの研究者によって受け入れられているが、そのような発展をもたらす音韻論的過程は説得力のある形で提示されていない。Jaxontovの提案は、内部的にはある程度論理的ではあるが、その根拠となるKarlgrenの頭子音体系が現在では一般に放棄されているため、受け入れがたいものである。上古漢語における一種の韻律的対立に関するPulleyblankの仮説は、言語類型論からの議論によっても、物的証拠の積み重ねによっても、実証されたことはない。結果的に、この仮説の主な利点は、常に存在する厄介なヨードを取り除くための便宜的な工夫であるように思われる。Bodmanの「2つの音節タイプ(すなわちAとB)を設定することは有用な分析であるが、本来の違いが何であったのかについては、私の中では疑問が残る」(1980: 162)というコメントは、現在の問題の状況を的確に要約している。Starostinの分析は、上古漢語の再構に非シナ語派の資料を用いることは許されるのか、という方法論上の重大な問題を提起している。通常、比較言語学では、再構しようとするグループの外から来た資料を使用する場合、イタリック祖語、ゲルマン祖語、(この場合は)シナ祖語といった用語が使われる。しかし、仮に上古漢語の再構に非シナ語派の証拠を導入することを認めたとしても、Starostinが母音長を用いて『切韻』の等の対立の発展を説明することは、彼の漢語-ルシャイ語比較の妥当性に不安定に依存することになる。さらに、母音長がどのような音韻論的過程を経て、『切韻』に見られるような状態になるのかも明らかではない。 本稿の残りの部分では、Pulleyblankや他の研究者たちが提唱している、『切韻』の三等音節の二次的起源に関する仮説が基本的に正しい道筋をたどっていると考える理由について述べ、その上で、そのような展開がどのようにして起こったのかを説明するための新たな提案を提示したい。 ### 3.1. 三等音節に関する証拠 少なくとも当初、Pulleyblankが三等音節のヨードを疑う最大の根拠としていたのは、数多くの初期文献における外来語や人名の中国語転写に、そのような要素が全くないことであったようである。そのため、『切韻』の再構のヨードはまったく不要なものであった(Pulleyblank 1962: 99)。このような転写の好例は、漢語のヨードに相当するものは何もないサンスクリット語 कल्प *kalpa* を表すのに、『切韻』の 劫 *kjɐp*/*kyop* が使われていることである。このような例は、仏典の初期の翻訳に特によく見られる。表1の例は、Coblin(1983: 78–79, 241f.)から引用したものである。 :spiral_note_pad: **表1: 初期の仏典転写に見られる三等音節** | 漢字 | 切韻 | TUPA | サンスクリット | ==:bulb: ガンダーラ語== | | :----- | :--------------- | :------------ | :------------- | :---------------------- | | 佛 | *bjət* | *but* | बुद्ध *Buddha* | 𐨦𐨂𐨢 *budha* | | 優婆塞 | *ʔjəu¹ bâ¹ sək* | *qu ba seok* | उपासक *upāsaka* | 𐨀𐨂𐨬𐨯𐨒 *uvasaga* | | 迦留勒 | *kjâ¹ ljəu¹ lək* | *kya lu leok* | गरुड *garuḍa* | 𐨒𐨪𐨂𐨜 *garuḍa* | | 須達 | *sju¹ dât* | *suo dat* | सुदत्त *sudatta* | | | 群那 | *gjwən¹ nâ¹* | *gun na* | गुण *guṇa* | 𐨒𐨂𐨣 *guna* | この点で特に興味深いのは、サンスクリット音節 *ka*, *kha*, *ga* を転写するために、それぞれ 迦 *kjâ¹*/*kya*, 佉 *khjâ¹*/*khya*, 伽 *gjâ¹*/*gya* という特殊な転写専用文字のセットが作られたことである(Pulleyblank 1965; Coblin 1983: 241f.)。これらの特殊な転写専用文字が考案された時点で、Karlgrenらの『切韻』再構に見られる硬口蓋介音が実際に含まれていたとすれば、その発明の動機は理解しがたいだろう。Pulleyblankが指摘したように、「非口蓋化軟口蓋音」には、インド諸語の通常の軟口蓋音を転写するのに不適切な何かがあったに違いない。 三等音節のヨード介音の二次的起源を説明するための探求では、漢語と系統関係にあるチベット・ビルマ諸語との比較がもう一つの要因となったことは間違いない。Coblin(1986)をざっと見ただけでも、チベット・ビルマ語の形と対応するヨード介音を持つ漢語の形には、同等の要素が欠けている例が非常に多いことがわかる。同様の状況は、Bodman(1980)にも見られる。表2の例はこの2つの著作から引用したものである。 :spiral_note_pad: **表2: 三等音節とチベット文語の比較** | 漢字 | 切韻 | TUPA | チベット文語 | | :--- | :------- | :------ | :------------------- | | 夫 | *pju¹* | *puo* | ཕ་ *pha* | | 無 | *mju¹* | *muo* | མ་ *ma* | | 乳 | *nźju²* | *njuoq* | ནུ་མ་ *nu-ma* | | 九 | *kjəu²* | *kuq* | དགུ་ *dgu* | | 子 | *tsjï²* | *tsyq* | བཙ་ *btsa* | | 貧 | *bjen¹* | *byin* | དབུལ་ *dbul* | | 銀 | *ngjen¹* | *ngyin* | དངུལ་ *dṅul* | | 泣 | *khjep* | *khyip* | ཁྲབ་ཁྲབ་ *khrab-khrab* | | 織 | *tśjək* | *tjyk* | འཐག་ཕ་ *ḫthag-pa* | | 六 | *ljuk* | *luk* | དྲུག་ *drug* | 見落とされがちなのが方言、特に閩語方言の証拠で、硬口蓋介音を欠く閩語形が『切韻』の三等の単語に対応する例が多い。表3の単語は典型的な例である(ただし、引用した方言のうち、硬口蓋介音を含む形がある場合は、角括弧で囲んだ)。 :spiral_note_pad: **表3: 上古漢語の韻部・韻類** | | 切韻 | TUPA | 厦門 | 福州 | 建甌 | | :--- | :-------- | :--------- | :-------- | :------ | :------- | | 九 | *kjəu²* | *kuq* | kau³ | kau³ | \[kiu³] | | 舊 | *gjəu³* | *guh* | ku⁶ | kou⁶ | \[kiu⁶] | | 鱗 | *ljen¹* | *lin* | lan² | \[liŋ²] | saiŋ⁵ | | 栗 | *ljet* | *lit* | lat⁸ | \[lik⁸] | lɛ⁴ | | 十 | *źjəp* | *djip* | tsap⁸ | seik⁸ | \[si⁶] | | 蟲 | *ḍjung¹* | *drung* | thaŋ² | thøyŋ² | thoŋ⁵ | | 重 | *ḍjwong²* | *druongq* | taŋ⁶ | toyŋ⁶ | toŋ⁶ | | 六 | *ljuk* | *luk* | lak⁸ | løyk⁸ | \[ly⁴] | | 流 | *ljəu¹* | *lu* | lau² | lau² | lau² | | 紙 | *tśje²* | *tjieq* | tsua³ | tsai³ | \[tsyɛ³] | | 剪 | *tsjän²* | *tsienq* | \[tsien³] | tseiŋ³ | tsaiŋ³ | | 井 | *tsjäng²* | *tsiaengq* | tsĩ³ | tsaŋ³ | tsaŋ³ | | 問 | *mjuən³* | *munh* | mŋ⁶ | muoŋ⁵ | moŋ⁶ | | 放 | *pjang³* | *puangh* | paŋ⁵ | pouŋ⁵ | poŋ⁵ | | 苧 | *ḍjwo²* | *dryoq* | tue⁶ | tø⁶ | \[ty⁴] | | 倚 | *ʔje²* | *qyeq* | ua³ | ai³ | uɛ³ | | 笠 | *ljəp* | *lip* | lueʔ⁸ | \[lik⁸] | sɛ⁶ | ここで引用したような形は介音が失われたケースであると説明したくなるかもしれないが、そうする理由は、すべての中国語方言が『切韻』の音節目録から「継承」されてきたという根拠のない考え方だけであろう。三等のヨードが二次的起源を持つことを示唆する他の証拠を考慮すると、これらの形は、硬口蓋介音が発展していない、『切韻』から独立した漢語の段階に由来すると見る方が理にかなっている。 ここで概説した特徴は、三等の硬口蓋介音の主要な性質を疑うに十分な根拠となる。このような疑問は、『切韻』自体から得られるある分布上の事実が裏付けている。李榮の研究(Li 1952)によれば、王仁煦による『切韻』の改訂版には3,633の音節があるが、このうち52%が三等音節、すなわち硬口蓋介音あるいはヨードを含む音節に属している。別の言い方をすれば、三等音節の音節数は、他の音節を合わせた数よりも多い。これは、音韻論の観点からは、強く特徴付けられる音節の種類として、異常な数であるように思われる[^7]。 三等音節の広がりは語彙頻度にも見られる。前述した『方言調査字表』にはよく使われる文字が約3,700字収録されている。広く使われているこの書物では、全項目の半分以上が三等音節である。さらに、普通なら単純な音韻を持つことが予想される初期漢語の最も一般的な文法的機能語の多くが三等の単語である[^8]。例えば、之, 其, 汝, 爾, 如, 若, 是, 此, 彼, 不, 弗, 無, 未, 于, 於, 夫, 也, 矣, 已, 耳, 以, 既, 方, 者 などがそうである。 これらの事実から考えられる解釈は、『切韻』の音韻体系が類型的に不自然であるということである。三等音節は、音韻論の観点から見ると、他の音節に比べて、再構された硬口蓋介音やヨードの存在によって示される口蓋性という付加的な特徴を含んでいる点で、他の等と比較して有標であると考えなければならない。しかし、三等音節を頻度の観点から検討すると、他のすべての音節を合わせたものよりも多いことがわかる。このような状況は、『切韻』体系がより自然な体系から発展したものであることを強く示唆している。もし、『切韻』の時代の口蓋化という特徴がそれより前の時代にはなかったとすれば、このことは説明される。この議論は、問題の音節の起源に関する以前の主張を補強するものである。 ### 3.2. 音韻的有標性 前段落で提示した見解と、この問題についてこれまでの言語学者が述べてきた見解との重要な違いは、音韻的有標性という概念の導入である。Jaxontovの三等音節の起源に関する提案は、接頭辞のない音節と比較した場合、接頭辞のある音節は明らかに有標であるため、三等音節を有標カテゴリーとして保持するものである。Pulleyblankの提案はどちらも有標性の問題を扱っていない。彼の提案では、すべての音節をタイプAとタイプBに分け、韻律的特徴の違いによって区別しているが、対立する音節のどちらが有標であるかについては言及していない。Starostinの提案では、短母音は長母音とは対照的に無標となるが、彼はこのような推論はしていない。さらに、前述のように、漢語の一段階の再構と称してチベット・ビルマ語の資料を使用することは、方法論的に健全であるとは思えない。 私の考えでは、全く同じ非口蓋化音節と共起する『切韻』の一等音節と四等音節は、かつては有標カテゴリーであり、三等音節は無標カテゴリーであった。ここで重要なのは、この初期の一等・四等音節(すなわち、私の枠組みにおけるクラスA音節)にどのような特徴があるかということである。私は、初期漢語の全ての音節は、口蓋化した頭子音と一般的により口蓋化された母音に従って、硬口蓋介音(またはヨード)を発達させたと提唱する。しかし、何がそのような過程を妨げるのだろうか。この問題を解決するヒントは、アラビア語伝統文法でイマーラ現象(إِمَالَة *ʔimāla*)と呼ばれる過程に見ることができる。この過程は、何らかの音韻的要因によって妨げられない限り、より前進または口蓋化された母音アリフ \[a] を生成する。それを妨げる要因とは、最も一般的な場合、近くに咽頭化子音(口峡子音)が存在することである(Cantineau 1960: 96–98)。アラビア語の咽頭化子音は、舌根が咽頭壁側に後退し、それに伴って咽頭上部が狭くなることが特徴である(Jakobson 1965 \[1957]: 511)。咽頭化はある意味口蓋化とは正反対であり、後者の場合、舌の本体は引っ込むのではなく前方に移動する。したがって、咽頭化した子音は口蓋化とは相容れない。私がここで初期漢語について提案していることは、現代ロシア語で子音が2つの対照的なグループ(慣例として「硬音」と「軟音」と呼ばれる)に分けられる状況に似ているところがある。硬子音は弱く咽頭化し(Bolla 1981: 70)、軟子音は口蓋化する。Jakobsonは、ユーラシア言語学の特徴に関する初期の論文(1931)の中で、ユーラシア大陸の多くの言語が、ロシア語に見られるように子音を硬⇔軟の系列に分けることを観察している。これは多くのウラル諸語とテュルク諸語の特徴である。さらに広い意味では、口蓋化⇔非口蓋化、咽頭化⇔非咽頭化という対立に基づいて母音を2つの系列に分ける母音調和体系も関連した現象であると指摘する。母音調和を持つ言語では、子音はしばしば、それがどの母音系列と一緒に現れるかを条件とする変種を持つ。アムール下流のツングース系言語であるナナイ語では、*k*, *g*, *x* は、咽頭化系列の母音の前に出現する場合に口蓋垂音の変種を持つ。*l* も同様に、咽頭化系列の母音の前に出現する場合、より暗い(すなわち咽頭化した)変種を持つ(Avrorin 1959: 32–37)。単語のある対立を2つの系列に分け、一方を口蓋化、もう一方を軟口蓋化または咽頭化することは、ユーラシア大陸全土で見られる一般的な現象であり、中国に隣接する地域で話されているアルタイ諸語によく見られる[^9]。 ### 3.3. 咽頭化仮説 我々は今、前述の問題に対する解決策を提案できる立場にある。口蓋化の阻止を説明するもっともらしい特徴の一つは、咽頭化である。そり舌音を持つ音節の場合、そり舌化(舌尖が後部歯茎または口蓋側に後退する)も同じ効果をもたらす。これらの過程は、以下に述べる3つの対照的な音節を作り出す。 1. クラスA:*咽頭化音節*。このクラスは、前述したように一等音節と四等音節からなる。これらは初期漢語において咽頭化という音節特徴を持っていた。これらの音節は、舌根が咽頭壁の方に後退した状態で調音される。このような音節の頭子音は、ロシア語の硬子音に似ており、あるいはアラビア語の強調子音のようにより強く咽頭化されていたと思われる。その後の言語の歴史の中で、これらの音節の咽頭化は口蓋化の発達を妨げ、場合によっては、より中舌的、あるいは後舌的な母音の変種を生み出した。私はこの特徴を、音節の頭にアポストロフィをつけて記号化する。 :spiral_note_pad: **表4: クラスA音節の発展** | 初期漢語 | 切韻 | TUPA | | :------- | :----- | :----- | | \*ʼkan | *kân* | *kan* | | \*ʼken | *kien* | *ken* | | \*ʼti | *təi* | *teoj* | | \*ʼdu | *dəu* | *tou* | | \*ʼke | *kiei* | *kej* | 牙喉音 \*k, \*kh, \*g, \*x, \*ng の場合、咽頭化によって口蓋垂音が形成される。\*ʼkan は \[qan] と発音されたであろう。これによって、Pulleyblank(1965)が指摘したように、『切韻』の時代における軟口蓋音と考えられていたものは、早期のインド諸語の通常の軟口蓋音を表すには不適切なものとなった。実際には、最初に仏典翻訳が行われた時点では \[ka], \[k‘a], \[ga] と発音する音節は存在せず、これらの外来音を翻字するために特別な文字を作成する必要があったと思われる[^10]。 2. クラスB:*そり舌音節*。この音節クラスは、すべての二等音節と、三等音節のそり舌音を持つ音節から構成される。現在では、『切韻』のそり舌音と二等母音はそり舌的な(またはある種の \*r のような)特徴の存在に由来するという考えが広く受け入れられている[^11]。その論拠には概ね説得力がある。しかし私は、多くが先人たちが考えたように、このそり舌要素を特定の頭子音と同定するのではなく、咽頭化を表記するアポストロフィと同様に、主要な音節タイプの一つを示す標識とみなす[^12]。これはもちろん、この記号がさらに前の段階の頭子音に含まれる1つまたは複数の分節に由来する可能性、あるいはそうであった可能性をも否定するものではない。これは音韻的には、舌先が後部歯茎領域に向かって後退することを表す。咽頭化の特徴と同様に、そり舌化も口蓋化の発達を妨げたが、頭子音と母音には異なる影響を及ぼした。『切韻』のそり舌音は三等韻に頻繁に見られるが、これは辞書内の人工的現象であると私は考えている。前述したようにDownerは、そり舌音の莊母 *tṣ-*/*tsr-*, 初母 *tṣh-*/*tsrh-*, 崇母 *dẓ-*/*dzr-*, 生母 *ṣ-*/*sr-* の後のヨードは非対立的であることを示した。そり舌閉鎖音の知母 *ṭ-*/*tr-*, 徹母 *ṭh-*/*trh-*, 澄母 *ḍ-*/*dr-*, 娘母 *ṇ-*/*nr-* の後のヨードについても、おおよそ同じことが言える[^13]。以下の形は、クラスB音節の発展を示すものである。 :spiral_note_pad: **表5: クラスB音節の発展** | 初期漢語 | 切韻 | TUPA | | :------- | :----- | :----- | | \*kran | *kan* | *kaen* | | \*kren | *kan* | *kaen* | | \*tri | *ṭjï* | *try* | | \*dru | *ḍjəu* | *dru* | | \*kre | *kăi* | *keej* | 3. クラスC:*通常音節*。クラスA, B音節とは対照的に、クラスC音節は無標であると考えられる。音韻的には、舌の位置が後退していないのが特徴である。このタイプの音節は、おそらく比較的早い段階で、弱い口蓋化が始まった。その後、口蓋化が顕著になるにつれて咽頭化が弱まり、最終的に『切韻』に見られるような状況になった。クラスC音節は、付加記号を必要としない。 :spiral_note_pad: **表6: クラスC音節の発展** | 初期漢語 | 切韻 | TUPA | | :------- | :----- | :----- | | \*kan | *kjän* | *kyen* | | \*ken | *kjän* | *kyen* | | \*ti | *tśjï* | *tjy* | | \*du | *źjəu* | *dju* | | \*ke | *kje* | *kye* | このカテゴリーの音節の口蓋化の第一歩は、おそらくより口蓋化した母音質の発達であった。\*kan はまず \*kän となり、次に母音の影響を受けて子音が口蓋化して *kjän*/*kyen* となった。 ここで紹介する分析には、これまでの再構にはない3つの大きな利点がある。第一に、『切韻』の至るところで見られるヨードの発展について、わかりやすく自然な説明ができることである。この説明によって、初期の転写の特徴が明らかになり、ユーラシア言語圏の他の地域で見られる類型論的な類似性が裏付けられる。第二に、本分析は、『切韻』の不均衡な体系がどのように生まれたかを示している。とりわけ、初期漢語の重要な文法的な助詞や単語は、現代方言の観察から予想されるように、ほとんどが単純な「CV\(C)」の形をしていた。最後に、ここで示した分析によって、初期漢語の再構をより単純化することができる。これを説明するために、『孟子』に出てくる最初の100字を、『切韻』の形、Karlgrenの上古漢語、李方桂の上古漢語、そして本稿で述べた考え方に基づく暫定的な初期漢語の形で以下に示す。また、上古漢語の韻部を『切韻』形の後に括弧書きで示した[^14]。 :spiral_note_pad: **表7: 『孟子』の最初の100字** | | 切韻 | TUPA | OC | Karlgren | 李方桂 | 初期漢語 | | :--- | :-------- | :-------- | :--- | :------- | :------- | :------- | | 孟 | *mɐng³* | *maengh* | 陽 | \*măng | \*mrang | \*mrang | | 子 | *tsjï²* | *tsyq* | 之 | \*tsi̯əg | \*tsjəg | \*tsi | | 見 | *kien³* | *kenh* | 元 | \*kian | \*kian | \*ʼken | | 梁 | *ljang¹* | *lyang* | 陽 | \*li̯ang | \*ljang | \*lang | | 惠 | *ɣiwei³* | *ghwejh* | 脂 | \*gʰiwəd | \*gwid | \*ʼgwiy | | 王 | *jwang¹* | *uang* | 陽 | \*gi̯wang | \*gwjang | \*wang | | 曰 | *jwɐt* | *uot* | 祭 | \*gi̯wăt | \*gwjat | \*wot | | 叟 | *səu²* | *souq* | 幽 | \*sug | \*səgw | \*ʼsu | | 不 | *pjəu¹* | *pu* | 之 | \*pi̯ŭg | \*pjəg | \*pi | | 遠 | *jwɐn²* | *uonq* | 元 | \*gi̯wăn | \*gwjan | \*won | | 千 | *tshien¹* | *tshen* | 真 | \*tsʰien | \*tshin | \*ʼtshin | | 里 | *ljï²* | *lyq* | 之 | \*li̯əg | \*ljəg | \*li | | 而 | *nźjï¹* | *njy* | 之 | \*ńi̯əg | \*njəg | \*ni | | 來 | *ləi¹* | *leoj* | 之 | \*ləg | \*ləg | \*ʼli | | 亦 | *jiäk* | *jiaek* | 魚 | \*zi̯ăk | \*rak | \*yak | | 將 | *tsjang¹* | *tsyang* | 陽 | \*tsi̯ang | \*tsjang | \*tsang | | 有 | *jəu²* | *uq* | 之 | \*gi̯ŭg | \*gwjəg | \*wi | | 以 | *jiï²* | *jyq* | 之 | \*zi̯əg | \*rəg | \*yi | | 利 | *lji³* | *lih* | 脂 | \*li̯əd | \*ljid | \*liy | | 吾 | *nguo¹* | *ngo* | 魚 | \*ngo | \*ngag | \*ʼnga | | 國 | *kwək* | *kweok* | 之 | \*kwək | \*kwək | \*ʼkwik | | 乎 | *ɣuo¹* | *gho* | 魚 | \*gʰo | \*gag | \*ʼga | | 對 | *tuəi³* | *tojh* | 微 | \*twəd | \*təd | \*ʼtuy | | 何 | *ɣâ¹* | *gha* | 歌 | \*gʰâ | \*gar | \*ʼgay | | 必 | *pjiet* | *pit* | 脂 | \*pi̯ĕt | \*pjit | \*pit | | 仁 | *nźjen¹* | *njin* | 真 | \*ńi̯ĕn | \*njin | \*nin | | 義 | *ngje³* | *ngyeh* | 歌 | \*ngia | \*ngjar | \*ngay | | 已 | *jiï²* | *jyq* | 之 | \*zi̯əg | \*rəg | \*yi | | 矣 | *jï²* | *yq* | 之 | \*zi̯əg | \*gwjag | \*wi | | 大 | *dâi³* | *dajh* | 祭 | \*dʰâd | \*dad | \*ʼdath | | 夫 | *pju¹* | *puo* | 魚 | \*pi̯wo | \*pjag | \*pa | | 家 | *ka¹* | *kae* | 魚 | \*kå | \*krag | \*kra | | 士 | *dẓjï²* | *dzryq* | 之 | \*dẓʰi̯əg | \*dẓrjəg | \*dzri | | 庶 | *śjwo³* | *sjyoh* | 魚 | \*kå | \*hrjag | \*hya | | 人 | *nźjen¹* | *njin* | 真 | \*ńi̯ĕn | \*njin | \*nin | | 身 | *śjen¹* | *sjin* | 真 | \*śi̯ĕn | \*hrjin | \*hyin | | 上 | *źjang²* | *djyangq* | 陽 | \*d̑i̯ang | \*djang | \*dang | | 下 | *ɣa²* | *ghaeq* | 魚 | \*gʰå | \*grag | \*gra | | 交 | *kau¹* | *kaew* | 宵 | \*kŏg | \*kragw | \*kraw | | 征 | *tśjäng¹* | *tjiaeng* | 耕 | \*t̑i̯ĕng | \*tjing | \*teng | | 危 | *ngjwe¹* | *ngue* | 微 | \*ngwia | \*ngwjəd | \*nguy | | 萬 | *mjuɐn³* | *muonh* | 元 | \*mi̯wăn | \*mjan | \*man | | 乘 | *dźjəng³* | *zjyngh* | 蒸 | \*d̑ʰi̯əng | \*djəng | \*ding | | 之 | *tśjï¹* | *tjy* | 之 | \*t̑i̯əg | \*tjəg | \*ti | | 弒 | *śjï³* | *sjyh* | 之 | \*śi̯əg | \*hrjəg | \*hyi | | 其 | *gjï¹* | *gy* | 之 | \*gʰi̯əg | \*gjəg | \*gi | | 君 | *kjuən¹* | *kun* | 文 | \*ki̯wən | \*kwjən | \*kun | | 者 | *tśja²* | *tjiaeq* | 魚 | \*t̑i̯å | \*tjiag | \*ta | | 取 | *tshju²* | *tshuoq* | 侯 | \*tsʰiu | \*tshjug | \*tsho | | 焉 | *jän¹* | *yen* | 元 | \*gi̯an | \*gwjan | \*wan | | 為 | *jwe¹* | *ue* | 歌 | \*gwia | \*gwjar | \*way | | 多 | *tâ¹* | *ta* | 歌 | \*tâ | \*tar | \*ʼtay | | 苟 | *kəu²* | *kouq* | 侯 | \*ku | \*kug | \*ʼku | | 後 | *ɣəu²* | *ghouq* | 侯 | \*gʰu | \*gug | \*ʼgu | | 先 | *sien¹* | *sen* | 文 | \*siən | \*siən | \*ʼsin | | 奪 | *duât* | *dwat* | 祭 | \*dʰwât | \*duat | \*ʼdot | | 饜 | *ʔjiäm¹* | *qiem* | 談 | \*ʔiam | \*ʔjam | \*am | | 未 | *mjwe̯i³* | *mujh* | 微 | \*mi̯wəd | \*mjəd | \*muth | | 遺 | *jiwi¹* | *jwi* | 微 | \*gi̯wɛd | \*rəd | \*wuy | | 親 | *tshjen¹* | *tshin* | 真 | \*tsʰi̯ĕn | \*tshin | \*tshin | | 立 | *ljəp* | *lip* | 緝 | \*gli̯əp | \*gljəp | \*lip | | 於 | *ʔjwo¹* | *qyo* | 魚 | \*ʔi̯o | \*ʔjag | \*a | | 沼 | *tśjäu²* | *tjiewq* | 宵 | \*t̑i̯og | \*tjagw | \*taw | | 顧 | *kuo³* | *koh* | 魚 | \*ko | \*kag | \*ʼka | | 鴻 | *ɣung¹* | *ghoung* | 東 | \*gʰung | \*gung | \*ʼgung | | 鴈 | *ngan³* | *ngaenh* | 元 | \*ngan | \*ngran | \*ngran | | 麋 | *mji¹* | *myi* | 脂 | \*mi̯ər | \*mjid | \*mi | | 鹿 | *luk* | *louk* | 侯 | \*luk | \*luk | \*ʼluk | | 賢 | *ɣien¹* | *ghen* | 真 | \*gʰien | \*gin | \*ʼgin | | 樂 | *lâk* | *lak* | 魚 | \*glåk | \*glak | \*ʼlak | | 此 | *tshje²* | *tshieq* | 支 | \*tsʰi̯ăr | \*tshjig | \*tshe | | 雖 | *sjwi¹* | *swi* | 微 | \*si̯wəd | \*sjəd | \*suy | | 詩 | *śjï¹* | *sjy* | 之 | \*śi̯əg | \*hrjəg | \*hyi | | 云 | *juən¹* | *un* | 文 | \*gi̯wən | \*gwjən | \*wun | | 經 | *kieng¹* | *keng* | 耕 | \*kieng | \*king | \*ʼkeng | | 始 | *śjï²* | *sjyq* | 之 | \*śi̯əg | \*hrjəg | \*hyi | | 靈 | *lieng¹* | *leng* | 耕 | \*lieng | \*ling | \*ʼling | | 臺 | *dəi¹* | *deoj* | 之 | \*dʰəg | \*dəg | \*ʼdi | | 營 | *jiwäng¹* | *jwiaeng* | 耕 | \*gi̯wĕng | \*gwjing | \*weng | | 民 | *mjien¹* | *min* | 真 | \*mi̯ən | \*mjin | \*min | | 攻 | *kung¹* | *koung* | 東 | \*kung | \*kung | \*ʼkung | | 日 | *nźjet* | *njit* | 脂 | \*ńi̯ĕt | \*njit | \*nit | | 成 | *źjäng¹* | *djiaeng* | 耕 | \*d̑i̯ĕng | \*djing | \*deng | | 勿 | *mjuət* | *mut* | 微 | \*mi̯wət | \*mjət | \*mut | | 亟 | *kjək* | *kyk* | 之 | \*ki̯ək | \*kjək | \*kik | | 囿 | *jəu³* | *uh* | 之 | \*gi̯ug | \*gwjəg | \*wi | | 麀 | *ʔjəu¹* | *qu* | 幽 | \*ʔi̯ôg | \*ʔjəgw | \*u | | 攸 | *jiəu¹* | *ju* | 幽 | \*di̯ôg | \*rəgw | \*yu | | 伏 | *bjuk* | *buk* | 之 | \*bʰi̯ŭk | \*bjək | \*bik | | 濯 | *ḍåk* | *droeuk* | 宵 | \*dʰŏk | \*drakw | \*drakw | | 白 | *bɐk* | *baek* | 魚 | \*bʰăk | \*brak | \*brak | | 鳥 | *tieu²* | *tewq* | 幽 | \*tiôg | \*tiəgw | \*ʼtiw | | 鶴 | *ɣâk* | *ghak* | 魚 | \*gʰåk | \*gak | \*ʼgak | | 在 | *dzəi²* | *dzeojq* | 之 | \*dzʰəg | \*dzəg | \*ʼdzi | | 牣 | *nźjen³* | *njinh* | 文 | \*ńi̯ən | \*njən | \*nun | | 魚 | *ngjwo¹* | *ngyo* | 魚 | \*ngi̯o | \*ngjag | \*nga | | 文 | *mjuən¹* | *mun* | 文 | \*mi̯wən | \*mjən | \*mun | | 力 | *ljək* | *lyk* | 之 | \*li̯ək | \*ljək | \*lik | | 觀 | *kuân¹* | *kwan* | 元 | \*kwân | \*kwan | \*ʼkwan | | 謂 | *jwei³* | *ujh* | 微 | \*gi̯wəd | \*gwjəd | \*wuy | ## 4. おわりに 本稿では、初期漢語の音韻体系がどのような段階を経て成立したのかについて、新たなモデルを提示することを試みた。ここで提案した3種類の主要音節タイプは、介音を完全に欠いた体系の再構を可能にする。これは、上古漢語音韻論における多くの研究が、長い期間にわたって進めてきた方向性であるように思われる。もちろん、ここで提案したモデルをどのように具体化して、『切韻』以前の漢語の本格的な再構を行うかについては、多くの問題が残されている。これらは今後解決していきたい問題である。 ## 参考文献 - Andersen, Henning. (1989). Markedness Theory: The First 150 Years. In: Tomić, Olga Miseska (ed.). *Markedness in Synchrony and Diachrony*. Berlin: De Gruyter Mouton. 11–46. [doi: 10.1515/9783110862010.11](https://doi.org/10.1515/9783110862010.11) - Avrorin, V. A. (1959). *Grammatika nanajskogo jazyka* Грамматика нанайского языка. Moscow: Izdatel’stvo Akademii Nauk SSSR Издательство Академии наук СССР. - Baxter, William H. (1980). Some proposals on Old Chinese phonology. In: van Coetsem, Frans; Waugh, Linda R. (eds.). *Contributions to historical linguistics: issues and materials*. Leiden: Brill. 1–33. [doi: 10.1163/9789004655386_003](https://doi.org/10.1163/9789004655386_003) ⇒[日本語訳](/@YMLi/ByvkRqgi6) - ⸺. (1986). Old Chinese \*-u and \*-iw in the Shi-jing. In: McCoy, John; Light, Timothy (eds.). *Contributions to Sino-Tibetan studies*. Leiden: Brill. 258–282. [doi: 10.1163/9789004655409_011](https://doi.org/10.1163/9789004655409_011) ⇒[日本語訳](/@YMLi/rk9l7tYR6) - Bodman, Nicolas C. (1980). Proto-Chinese and Sino-Tibetan: Data towards establishing the Nature of the Relationship. In: van Coetsem, Frans; Waugh, Linda R. (eds.). *Contributions to historical linguistics: issues and materials*. Leiden: Brill. 34–199. [doi: 10.1163/9789004655386_004](https://doi.org/10.1163/9789004655386_004) - Bolla, Kálmán. (1981). *A Conspectus of Russian Speech Sounds*. Cologne and Vienna: Böhlau Verlag. - Cantineau, Jean. (1960). *Études de linguistique arabe*. Paris: C. Klincksieck. - Catford, John Cunnison. (1977). *Fundamental Problems in Phonetics*. Bloomington: Indiana University Press. - Chao, Yuen Ren 趙元任. (1941). Distinctions within Ancient Chinese. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 5(3–4): 203–233. [doi: 10.2307/2717913](https://doi.org/10.2307/2717913) - ⸺. (1968). *A Grammar of Spoken Chinese* 中國話的文法. Berkeley and Los Angeles: University of California Press. - Chinese Academy of Social Sciences, Institute of Linguistics 中國社會科學院語言研究所. (1981). *Fāngyán diàochá zìbiǎo* 方言調查字表. Beijing: The Commercial Press 商務印書館. - Coblin, W. South. (1983). *A Handbook of Eastern Han Sound Glosses*. Hong Kong: The Chinese University Press. - ⸺. (1986). *A Sinologist’s Handlist of Sino-Tibetan Lexical Comparisons*. Nettetal: Steyler Verlag. [doi: 10.4324/9781003077367](https://doi.org/10.4324/9781003077367) - Dong, Tonghe 董同龢. (1954). *Zhōngguó yǔyīn shǐ* 中國語音史. Taipei: Zhonghua wenhua chuban shiyeshe 中華文化出版事業社. - Downer, Gordon B. (1957). A Problem in *Chiehyunn* Chinese. *Bulletin of the School of Oriental and African Studies* 19(3): 515–525. [doi: 10.1017/s0041977x00133609](https://doi.org/10.1017/s0041977x00133609) - Gamkrelidze, Thomas V. (1989). Markedness, Sound Change and Linguistic Reconstruction. In: Tomić, Olga Miseska (ed.). *Markedness in Synchrony and Diachrony*. Berlin: De Gruyter Mouton. 87–101. [doi: 10.1515/9783110862010.87](https://doi.org/10.1515/9783110862010.87) - Greenberg, Joseph H. (1966). *Language Universals: With Special Reference to Feature Hierarchies*. Berlin: De Gruyter Mouton. [doi: 10.1515/9783110899771](https://doi.org/10.1515/9783110899771) - Jakobson, Roman. (1931). *K xarakteristike jevrazijskogo jazykovogo sojuza* К характеристике евразийского языкового союза. Reprinted in Jakobson 1962: 144–201. - ⸺. (1957). Mufaxxama: the ‘Emphatic’ Phonemes in Arabic. Reprinted in Jakobson 1962: 510–522. [doi: 10.1515/9783110892499.510](https://doi.org/10.1515/9783110892499.510) - ⸺. (1962). *Selected Writings, Volume 1: Phonological Studies*. ʼs-Gravenhage: Mouton. [doi: 10.1515/9783110892499](https://doi.org/10.1515/9783110892499) - Jaxontov, Sergej E. (1959). Fonetika kitajskogo jazyka 1 tysjačeletija do n. e. (sistema finalej) Фонетика китайского языка I тысячелетия до н. э. (система финалей). *Problemy Vostokovedenija* Проблемы востоковедения 2: 137–147. ⇒[日本語訳](/@YMLi/SkmmxC7-a) - ⸺. (1960a). Fonetika kitajskogo jazyka 1 tysjačeletija do n. e. (labializovannye glasnye) Фонетика китайского языка I тысячелетия до н. э. (лабиализованные гласные). *Problemy Vostokovedenija* Проблемы востоковедения 6: 102–115. ⇒[日本語訳](/@YMLi/SJjf4buza) - ⸺. (1960b). Consonant combinations in Archaic Chinese. In: *Papers presented by the USSR delegation at the 25th International Congress of Orientalists, Moscow*. Moscow: Oriental literature publishing house. 1–17. ⇒[日本語訳](/@YMLi/Bk8JobEfp) - ⸺. (1965). *Drevnekitajskij jazyk* Древнекитайский язык. Moscow: Izdatel’stvo ‘Nauka’ Издательство «Наука». - Ladefoged, Peter. (1971). *Preliminaries to Linguistic Phonetics*. Chicago: University of Chicago Press. [doi: 10.7208/chicago/9780226221892.001.0001](https://doi.org/10.7208/chicago/9780226221892.001.0001) - Lass, Roger. (1984). *Phonology: An Introduction to Basic Concepts*. Cambridge: Cambridge University Press. - Li, Fang-kuei 李方桂. (1971). Shànggǔ yīn yánjiū 上古音研究. *Tsing Hua Journal of Chinese Studies* 9: 1–61. (Reprinted: Shāngwù yìnshūguǎn 商務印書館, 1980.) - ⸺. (1976). Jǐge shànggǔ shēngmǔ wèntí 幾個上古聲母問題. In: *Jiǎng gōng shìshì zhōunián jìniàn lùnwén jí* 蔣公逝世週年紀念論文集. Taipei: Academia Sinica. 1143–1150. - Li, Rong 李榮. (1952). *Qièyùn yīnxì* 切韻音系. Zhongguo kexueyuan chuban 中國科學院出版. (Reprinted: Kexue chubanshe 科學出版社, 1956.) - Li, Xinkui 李新魁. (1983). *Hànyǔ děngyùn xué* 漢語等韻學. Beijing: Zhonghua Shuju 中華書局. - Lu, Zhiwei 陸志韋. (1947). *Gǔyīn shuōlüè* 古音説略. Beiping: Hafo Yanjing xue she 哈佛燕京學社. - Luo, Changpei 羅常培. (1931). Zhī chè chéng niáng yīnzhí kǎo 知徹澄娘音値考. *Bulletin of the Institute of History and Philology Academia Sinica* 中央研究院歷史語言研究所集刊 3(1): 121–158. - Pulleyblank, Edwin G. (1962). The Consonantal System of Old Chinese. *Asia Major* 9(1): 58–144, 9(2): 206–265. ⇒[日本語訳](/@YMLi/rJIytCsGT) - ⸺. (1965). The transcription of Sanskrit k and kh in Chinese. *Asia Major* 11(2): 199–210. ⇒[日本語訳](/@YMLi/H1B1Sv09T) - ⸺. (1973). Some New Hypotheses Concerning Word Families in Chinese. *Journal of Chinese Linguistics* 1(1): 111–125. ⇒[日本語訳](/@YMLi/B1rIN7s56) - ⸺. (1984). *Middle Chinese: A Study in Historical Phonology*. Vancouver: University of British Columbia Press. - Shao, Rongfen 邵榮芬. (1963). Dūnhuáng súwénxué zhōng de biézì yìwén hé Táng-Wǔdài xīběi fāngyīn 敦煌俗文學中的別字異文和唐五代西北方音. *Zhongguo yuwen* 中國語文 1963(3): 193–217. - Starostin, Sergej A. (1989). *Rekonstrukcija drevnekitajskoj fonologičeskoj sistemy* Реконструкция древнекитайской фонологической системы. Moscow: Izdatel’stvo ‘Nauka’ Издательство «Наука». - Wang, Li 王力. (1958). *Hànyǔ shǐ gǎo* 漢語史稿. Beijing: Kexue chubanshe 科學出版社. - Zhou, Zumo 周祖謨. (1966). Dòu Shǒuwēn Yùnxué cánjuàn hòujì 讀守温韻學殘卷後記. In: *Wèn xué jí* 問學集. Beijing: Zhonghua Shuju 中華書局. 501–506. [^1]: 特にJaxontov(1959, 1960a, 1960b)、Pulleyblank(1962, 1965, 1984)、Li(1971, 1976)を参照。 [^2]: この問題については、Li(1983, §3)で詳しく論じられている。 [^3]: 『韻學殘卷』が編纂された時期と場所については、Zhou(1966: 502)で論じられている。Li(1983: 50)は、「等」という概念は頭子音が同定される以前には誕生していなかったと指摘している。残念ながら、中古漢語の頭子音が最初に体系的に同定されたのはいつなのか、正確にはわかっていない。 [^4]: 『切韻』の再構は他にも提案されている。特に重要なものは、Dong(1954)、Li(1952)、Wang(1958)、Pulleyblank(1962, 1984)である。これらのうち、Karlgrenの基本体系が現在でも最もよく知られており、中国学界で最も広く使われている。李方桂とCoblinが提案した修正を加えれば、本稿の目的には十分である。 [^5]: Chinese Academy of Social Sciences (1981)。 [^6]: 同様の区別はChao(1941)にも見られる。ほとんどの目的のためには、(私がここで定義した意味での)中古等は韻図等よりも有用な概念であると思われる。 [^7]: 口蓋化⇔非口蓋化のような音韻的対立がある場合、有標メンバーは、他のメンバーにはない音韻的特徴が存在することで区別される。口蓋化の場合、口蓋化された分節やその集合は、口蓋化されていない分節やその集合に対して有標的である。口蓋化は、他の調音に「付け加えられる」ものである(Lass 1984: 45)。Greenberg(1966)などは、無標音素の方が対応する有標音素よりもテキスト上の頻度が高いという主張を展開している。Andersen(1989: 30)は、Trubetzkoyの研究から反例を挙げ、このような有標性と頻度の乖離が見られる場合、歴史的な過程における再音韻化が原因であることが多いと指摘する。これはまさに漢語の歴史において起こったことであり、もともとは無標のカテゴリー(非口蓋化・通常の音節)であったものが、再音韻化の過程を経て有標のカテゴリーとなり、同時にそれ以前の有標のカテゴリー(咽頭化音節)が無標となったのである。このことが、『切韻』の段階において、主要な無標カテゴリーが反対のカテゴリーよりもテキスト上の頻度が高いという不自然で一過性の状況を生んだ。従来のインド・ヨーロッパ祖語の再構における、類型論的に不自然な阻害音体系に関するGamkrelidze(1989: 96)の次のコメントは、このような状況に関連している。 > もし、このような特殊で非常に例外的な特徴を持つインド・ヨーロッパ祖語の体系が「歴史的に証明された」言語であるとすれば、その例外的な構造的特徴を説明し、その特殊で非常に「有標的」特徴と類型論的に例外的な特徴を正当化するための前段階を設定することが求められると感じるはずである。これは、歴史的に証明された言語の類型論的な特殊性を説明し、関連する方言群の祖先体系としての役割を果たす、方法論的に受け入れられる手続きであろう。 [^8]: ほとんどの文法助詞が単純なCV形をしている現代標準中国語と比較してみてほしい。 [^9]: 私が初期漢語について提案しているものは、一般的にはロシア語に見られるものと類似しているが、それが同一であったと提案しているわけではないことに注意されたい。そうではなく、ロシア語では口蓋化子音と咽頭化子音が対照的であるのに対して、初期漢語ではもともと咽頭化子音と通常(すなわち非咽頭化)子音の違いがあったのである。興味深いことに、Jakobson(1931)は、ある種のテュルク諸語で次のような現象を観察している。 > 2系列の母音とともに、子音の組み合わせも観察される。子音も硬⇔軟によって区別され、母音調和は子音調和と不可分に結びついている。ある単語は「軟母音」と「軟子音」で構成され、ある単語は「硬母音」と「硬子音」で構成される。これを音節調和と呼ぶことができる。 [^10]: 同じような問題は、17世紀の満州語の書き言葉でも起こった。満州語では、*g*, *k*, *h* は母音 *i*, *u*, *e* の前では軟口蓋音または硬口蓋音で発音されるが、母音 *o*, *ü*, *a* の前では口蓋垂音で発音される。したがって、*kan* と翻字される音節は実際には \[q‘an] と発音された。漢語の音節 *kan* が満州語に翻字される際、口蓋垂音 \[q‘] は不適切であると考えられたため、軟口蓋音 *g* や *k* が *a* や *o* の前に現れる漢語音節を転写するために、2つの特別な転写文字 *g‘* と *k‘* が作られた。甘 *g‘an*, 康 *k‘ang*, 歌 *g‘o*, 可 *k‘o* といった音節はこの状況を示している。摩擦音 *h* については、北京方言では(他の多くの北部普通話方言と同様に)すべての環境で口蓋垂音であるため、特別な文字は必要なかった(Chao 1968: 20)。 [^11]: Jaxontovは1960年の国際東洋学者会議で論文を発表し、主に分布的根拠から、『切韻』の二等韻は、第2要素に \*l を持つ頭子音クラスターに由来すると提唱した。Pulleyblank(1962)も二等韻の起源に関する問題に対して同じ解決策を提案した。彼は後にこの二等介音を \*-r- に変更し、この提案は現在では多くの漢語歴史言語学者に受け入れられている。李方桂はこの提案を自身の上古漢語の再構に取り入れた(Li 1971)。Bodmanはシナ祖語に関する研究の中で、二等韻は \*-r- クラスターと \*-l- クラスターの両方から生じた可能性があると提唱している(1980: 142f.)。 [^12]: 一般的な音声学では、そり舌音はほとんどの場合、調音の第一次的位置と見なされており、共同調音とは見なされていない(Ladefoged 1971)。Catford(1971: 119)は、共同調音の章でそり舌母音に触れ、その例としてアメリカ英語の *bird* のそり舌母音を挙げている。より適切な例は、そり舌音の特徴を持つ母音が共同調音する北京方言のそり舌母音であろう。実際、北京語の \[baʳ] のような音節では、そり舌音化した \[a] の舌の位置が音節全体にわたって存在する。北京語を母国語としない人は、このようないわゆる「児化」(R音化)音節の発音を間違うことが多いが、これはまさに母音を完全にそり舌音化させないためである。このような非母国語話者のそり舌音化の始まりは、頭子音の後のどこかにあることが多いが、それに対してネイティブの場合は音節の最初からある。私は李方桂による上古漢語の再構のように \*r を頭子音の後に書いているが、これは頭子音と主母音の間の位置を占める分節と見なすべきではなく、頭子音と母音の両方に影響する音節的特徴と見なすべきである。私の見解は、Pulleyblankが初期中古漢語の再構に提案しているものに近い。しかし、Pulleyblankがそり舌音化を音節的特徴とみなしているのか、それとも母音にのみ付随するものとみなしているのかは、私にはまったくわからない。 [^13]: 比較的よく使われる単語では、棹 *ḍau³*/*draewh* ⇔ 召 *ḍjäu³*/*driewh* のようなほぼミニマルなペアをいくつか見つけることができるが、それでも数は多くない。 [^14]: 私はまだ初期漢語の母音を詳細に検討したことはないが、Jaxontov(1959, 1960a)やBaxter(1980, 1986)の考え方に大きな影響を受けている。一般的に私は、初期漢語の母音体系は類型論的に妥当であるだけでなく、後世の言語学的現実にしっかりと根ざしたものであるべきだと考えており、特に、現代中国語の話し言葉に見られるような母音体系を考慮に入れるべきだと考えている。この議題に関する私の見解は、今後の論文で詳しく述べる予定である。また、この表では、簡略化のために声調を省略している。