# Pulleyblank 1991『*Lexicon of Reconstructed Pronunciation*』の書評 :::info :pencil2: 編注 以下の論文の和訳である。 - Sagart, Laurent. (1992). Review of Pulleyblank 1991 “Lexicon of Reconstructed Pronunciation in Early Middle Chinese, Late Middle Chinese, and Early Mandarin”. *Diachronica* 9(1): 119–123. [doi: 10.1075/dia.9.1.12sag](https://doi.org/10.1075/dia.9.1.12sag) 誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。 ::: --- E. G. Pulleyblankは、1984年に出版された著書『*Middle Chinese: A study in Historical phonology*』(Baxter 1987; Coblin 1984–85; Sagart 1986の書評も参照)および書評への返答(1988–89)において、初期中古漢語(紀元500–600年頃)、後期中古漢語(紀元800–900年頃)、初期官話(紀元1300–1400年頃)という3段階の連続した中国語の標準語を再構した。最近出版された『*Lexicon of Reconstructed Pronunciation*』には、約8000字(十分すぎる数)の漢字についてPulleyblankによる上記3段階の再構が掲載されており、彼の体系を知らない人でも彼の再構に簡単にアクセスできるようになっている。 本書は、序論(pp. 1–21)、辞書本文(pp. 23–425)、文字索引(pp. 427–486)、短い参考文献リスト(pp. 487–488)で構成されている。辞書の項目は、普通話(現代標準中国語)の拼音表記のアルファベット順に従って分類されている。拼音転写については巻末の索引を参照されたい。漢字とそれに対応する転写のほかに、各項目には文字の図形を表す数値コード(部首番号+追加画数)、諸橋轍次の『大漢和辞典』(全13巻)における文字番号(「M」で始まる数字コード)、Karlgrenの『*Grammata serica recensa*』における文字番号(「K」で始まるコード)、3種類の再構、英語による簡素な語釈が含まれている。「M」と「K」の参照は、諸橋とKarlgrenの記念碑的著作の語彙解説に読者が簡単にアクセスできるようにするものであり、それによって本書の語釈の簡潔さと文献的出典の欠如を補っている。ちなみに、諸橋とKarlgrenの著作には拼音索引が存在しなかったため、少なくとも一般的な文字については、本書をその索引として用いることができる。 本書で用いられている再構は、『*Middle Chinese*』で示された体系と完全に同一というわけではない。いくつかの修正(純粋に図形上の変更もあれば、より本質的な変更もある)は序文で紹介されている。その中で最も重要なのは、1984年に出版された著作ではそり舌音(「r-colored」)として再構されていた初期中古漢語の母音に関するもので、彼は現在それらを二重母音 \[əi], \[aɨ] として再構しており、その第二要素は音響的にそり舌音に非常に似ていると述べている。Pulleyblankは「類型論的な裏付け」(例えば、言語Xに提案されている二重母音の存在など)を挙げてはいるが、その修正の理由は明確に述べられていないため、なぜ新しい解釈が彼の古い解釈より望ましいのか、完全には明らかではない。以前の解釈では、初期中古漢語の母音を後期中古漢語の対応する音に変えるには3つの音韻変化で十分であったが、現在では5つの音韻変化が必要とされているようである。 Pulleyblankは序文で、紀元6世紀から14世紀にかけて中国における標準語の変化をもたらした歴史的状況について簡潔かつ権威ある説明を行い、それぞれの歴代標準語に関連する辞書や韻図などの出典について簡潔に述べている。初期中古漢語は、紀元317年から589年にかけての、中国北部が非漢民族に征服された後、王朝が南北で分裂した時代の標準語であり、その音韻体系は紀元601年に完成した有名な集団著作の韻書『切韻』に具体化されている。『切韻』の性質については、過去に多くの議論がなされてきた。Wang(1963)やChang(1979)などの研究者は、『切韻』に含まれる非常に複雑な音体系は、実際には生きた言語の音韻論を反映したものではなく、異なる時代や異なる方言に見られる対立を重ね合わせた結果であると主張している。一方Pulleyblankは、周祖謨にならって、『切韻』を「分断された時代の南北両国の教養ある話者の間で共有されたエリートの標準語」とみなしている。 Pulleyblankによる初期中古漢語音韻論における最も印象的な特徴は、これまで介音に硬口蓋わたり音 *-j-* が再構されてきた単語(中国音韻学の専門用語でいう「三等音節」;Sagart 1986参照)の扱いである。この介音は以前(例えばKarlgrenや李方桂など)の再構では、紀元前800–500年に周王朝の宮廷で使われていた言語である上古漢語から継承されたものと考えられてきた。Pulleyblankの見解では、これは上古漢語には存在せず、初期中古漢語から後期中古漢語にかけて初めて生じたものである。彼の見解によれば、三等音節は初期中古漢語では高い主母音から始まる韻を持っており、この母音が前進した結果、後期中古漢語では硬口蓋音から始まる韻となったという。こうしてPulleyblankは母音体系の新たな解釈にたどり着いた。これは時に従来の常識とはかけ離れた音価を持つ。例えば、魚韻はKarlgrenと李方桂の *-jwo* に対してEMC *-iă* となり、虞韻はKarlgrenと李方桂の *-ju* に対してEMC *-ua* となる(ただし、漢越語の発音も引用したHaudricourtは、1954年の影響力のある論文で、この2つの韻について *-iwe* と *-wu* を再構している)。 Pulleyblankが上古漢語と中古漢語における介音 *-j-* を否定するのは、同源語や借用語、中国文字の根底にある音韻体系、上古漢語の単語家族、初期の外国語転写、そして彼が主張するように外国語における漢語借用語の発音にその存在を示す証拠がないことを考えれば、理にかなっている。こうした観点からは、この提案は大いに歓迎すべきものであり、最近も何人かの学者が彼と同様の提案をしている。一方、最も深刻な問題は、上古漢語と初期中古漢語の間に起こった、三等音節の初頭位置における歯茎音の口蓋化である。以前のパラダイムでは、これは介音 \*-j- によって条件付けられたごく自然なものであった。Pulleyblankは『*Middle Chinese*』において、この口蓋化は高母音によって条件付けられたものだと考えているが、彼の高母音はそれ自体二次的なものである(彼は高母音の出現をある韻律的条件と結びつけている)。したがってPulleyblankは、高母音がどのように生じ、それがどのように口蓋化を条件付けたのかについて明確な説明をする必要がある。 589年以降、隋・唐代に中国が統一され、首都が中国北部の長安(現在の西安)に移されたことで、より簡素な、しかし決定的に異なる新しい標準語出現し始めた。後期中古漢語の音韻体系は、長安の発音に基づくもので、『韻鏡』などの韻図や慧琳『一切經音義』などの音注集によって明らかにされている(ただし、Coblin 1984: 215はこの点については疑問視している)。初期中古漢語と後期中古漢語の違いは、それ以前の研究では見落とされていたものであり、中古漢語の発展に関する我々の理解に対するPulleyblankの最も重要な貢献であろう。Karlgrenに続く初期の著者は、『切韻』が長安で作られたという事実に惑わされ、これが新しい首都の発音を反映していると見なしていた。そのため、彼らは「中古漢語」の再構を、『切韻』と唐代末期あるいは宋代の韻図という、実際には異なる言語基準を反映している2種類の資料に基づいて行っていた。 初期中古漢語と後期中古漢語の区別が現実に存在することは間違いないが、母音に関する問題や介音 *-j-* の否定などの理由で、私は、彼の後期中古漢語の再構の方が初期中古漢語の再構よりも現実的であるというBaxterの感覚(Baxter 1987)に同意する。 標準語としての後期中古漢語が消滅し、不完全にしか知られていない中国語のある品種に置き換えられた後、13世紀から14世紀にかけて、現代官話の多くの特徴を示す初期官話が出現した。これは、モンゴル人による中国征服の後、帝都が中国東北部の大都(現在の北京)に移ったことに関連している。初期官話の主な典拠は、『中原音韻』と『蒙古字韻』という辞書である。初期官話の再構体系は他にもいくつか存在し、Stimson(1966)やYang(1981)のものが有名である。当然ながら、これらのシステムの違いは、初期の発音に比べれば、時間的に近い言語であるため、それほど大きくはない。 本書は見やすく、誤字・脱字も見当たらない。技術的な面では、集中的な使用に耐えられるだけの糊付けがされているかどうかはわからないが、印刷は綺麗である。特に、珍しく漢字はその多くがはっきりと読める。 ## 参考文献 - Baxter, William H. (1987). Review of Pulleyblank 1984 “Middle Chinese: A Study in Historical Phonology”. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 47(2): 635–656. [doi: 10.2307/2719193](https://doi.org/10.2307/2719193) ⇒[日本語訳](/@YMLi/SylJDvaR6) - Chang, Kun 張琨. (1979). The Composite Nature of the Chʼieh-yün 切韻的綜合性質. *Bulletin of the Institute of History and Philology Academia Sinica* 中央研究院歷史語言研究所集刊 50(2): 241–255. - Coblin, W. South. (1984–1985). On E. G. Pulleyblank's *Middle Chinese: A study in historical phonology*: A review article. *Monumenta Serica* 36: 211–227. [doi: 10.1080/02549948.1984.11731169](https://doi.org/10.1080/02549948.1984.11731169) - Haudricourt, André-George. (1954). Comment Reconstruire Le Chinois Archaïque. *Word & World* 10(2-3): 351–364. [doi: 10.1080/00437956.1954.11659532](https://doi.org/10.1080/00437956.1954.11659532) ⇒[日本語訳](/@YMLi/ry5lQanlT) - Karlgren, Bernhard. (1964). *Grammata Serica Recensa*. Göteborg: Elanders Boktryckeri. - Li, Fang-kuei 李方桂. (1971). Shànggǔ yīn yánjiū 上古音研究. *Tsing Hua Journal of Chinese Studies* 9: 1–61. - Morohashi, Tetsuji 諸橋轍次. (1955). *Dai Kan-wa Jiten* 大漢和辞典. Tokyo: Taishūkan shoten 大修館書店. - Pulleyblank, Edwin G. (1984). *Middle Chinese: A Study in Historical Phonology*. Vancouver: University of British Columbia Press. - ⸺. (1988–1989). Middle Chinese: A Response to some Criticisms. *Monumenta Serica* 38: 231–247. [doi: 10.1080/02549948.1988.11731209](https://doi.org/10.1080/02549948.1988.11731209) - ⸺. (1991). *Lexicon of Reconstructed Pronunciation in Early Middle Chinese, Late Middle Chinese, and Early Mandarin*. Vancouver: University of British Columbia Press. - Sagart, Laurent. (1986). Review of Pulleyblank 1984 “Middle Chinese: A Study in Historical Phonology”. *Cahiers de Linguistique Asie Orientale* 15(1): 183–185. [doi: 10.1163/19606028-90000021](https://doi.org/10.1163/19606028-90000021) ⇒[日本語訳](/@YMLi/S1d2-p-fC) - Stimson, Hugh. (1966). *The Jongyuan in yunn: A guide to Old Mandarin pronunciation*. New Haven: Yale Univ. Far Eastern Publications. - Wang, Li 王力. (1963). *Hànyǔ yīnyùn* 漢語音韻. Beijing: Zhōnghuá shūjú 中華書局. - Yang, Naisi 楊耐思. (1981). *Zhōngyuán yīnyùn yīnxì* 中原音韻音系. Beijing: Zhōngguó shèhuì kēxué chūbǎnshè 中國社會科學出版社. - Zhou, Zumo 周祖謨. (1966). Qièyùn de xìngzhì hé tā de yīnxì jīchǔ 切韻的性質和它的音系基礎. In: *Wèn xué jí* 問學集. Beijing: Zhōnghuá shūjú 中華書局. 434–473. (English translation by Bertil Malmberg in *Bulletin of the Museum of Far Eastern Antiquities* 40: 33–78 (1968))