# Pulleyblank 1984『*Middle Chinese*』の書評 :::info :pencil2: 編注 以下の論文の和訳である。 - Sagart, Laurent. (1986). Review of Pulleyblank 1984 “Middle Chinese: A Study in Historical Phonology”. *Cahiers de Linguistique Asie Orientale* 15(1): 183–185. [doi: 10.1163/19606028-90000021](https://doi.org/10.1163/19606028-90000021) 誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。 ::: --- 本書は、中古漢語の音韻論に関する著者の考えをまとめたものである。そこから浮かび上がってくる中古漢語音韻論のイメージは、多くの場合Karlgrenの再構とはかけ離れている。著者の提案は大胆ではあるが、首尾一貫しており、データによって裏付けられている。 Edwin G. Pulleyblankは、『切韻』体系=長安方言=唐代の標準語というKarlgrenによる等式を否定している。問題の時代(南朝から唐代末期)について、彼は2つの言語の段階を区別している。「初期中古漢語」(EMC = Early Middle Chinese)は首都南京の発音に由来する南朝の標準語であり、紀元601年の『切韻』でその音韻論が体系化された言語である。「後期中古漢語」(LMC = Late Middle Chinese)は長安方言に基づく唐代の標準語で、隋の統一と北への遷都の後、次第に古い南部の標準語を置き換えていった言語である。この2つの言語段階は、別々の資料から別々に再構されている。EMCの段階で北部方言と南部方言の2つが区別され、EMCとLMCの間の音韻変化は、北方EMCからLMCへの発展として扱われている。 本書の中核をなしているのは、EMCとLMCの語形の再構と、EMCからLMCへの推移に関する議論である。また、一方では上古漢語とEMCの間の、他方ではLMCと中世官話の間の音韻変化に関する問題が、EMCとLMCに割かれた章で論じられている。いくつかの章と付録では、多かれ少なかれ関連する様々なテーマ(特に現代北京語の共時的音韻論や、『中原音韻』の議論の余地のない再構)が扱われている。 歴史的なセクション(『中国における言語規範の歴史』 pp. 1–4; LMCの資料 pp. 60–63; EMCの資料 pp. 129-161)は、誰もが有益に読むことができる。本書は、中国語の歴史的音韻論について学びたい人向けではない。著者の主な目的は、十分な知識を持つ読者に対して、部分的に新しい理論を提示することである。 Pulleyblankが導入した主な新機軸は、いわゆる「三等」韻(Pulleyblankの用語ではタイプB韻)の母音に関するものである。Karlgren以来、この韻は硬口蓋性の半母音(Karlgrenは *-ị-* と表記)から始まっていたという見解で一致している。Pulleyblankによれば、この硬口蓋音による特徴付けはLMCにのみ当てはまる。LMC三等韻の主母音には硬口蓋音の *-i-* (開口)または *-y-* (合口)が含まれ、単独で主母音となるか、あるいは後続の低母音と二重母音を形成する。一方、EMCの段階では、3種類の高母音 *-i-*, *-ɨ-*, *-u-* のうちの1つまたは複数が主母音の位置に存在した。この解釈によって、EMCは類型論的にタイ語やベトナム語に近いものとなっている。したがって、EMCでは、硬口蓋性の半母音ではなく高母音から始まっていたという事実が、後に韻図において三等としてグループ化される韻の特徴であった。後に高母音が前舌母音に変化した結果(*-i-*, *-ɨ-* > *-i-* および *-u-* > *-y-*)、LMCの三等の母音体系が形成された。 Pulleyblankは、両唇音から始まる三等合口韻と三等開口虞韻、すなわち、まさに上古漢語の両唇閉鎖音・鼻音 \*p-, \*pʰ-, \*b-, \*m- がそれぞれ官話の *f-*, *f-*, *f-*, *w-* を与える韻に、EMC *-u-* を再構している。この母音 *-u-* が前進することで、両唇音から唇歯音への変化をもたらすのである。このように定義することで、三等音節の *-i̯-* の前にさらに \[u] または \[w] の両方が必要であると考えたKarlgrenの定式化よりも、変化の条件がはるかに単純になる。このKarlgrenの解決策は李方桂によって簡略化され、両唇音の唇歯音化の決定的な要因は硬口蓋性の半母音の存在であり、その円唇性は唇音との共同調音によるものとされた。しかし、そのために李方桂は、\*pj- ⇔ \*pji- という不自然な対立を仮定することになった(例えば、富 *pjəu* > 官話 *fù* ⇔ 彪 *pjiəu*, 官話 *biāo*)。一方Pulleyblankの解決策は、非常に単純であることに加え、古くからある漢語借用語の発音(例えば、凡 EMC *buam*, Karlgren *bʰi̯wɐm* → ベトナム語 *buồm*)や、佛 EMC *but*, Karlgren *bʰi̯uət* 「ブッダ」のような借用語によくなじむ。また、門 EMC *mən*, Karlgren *mən* : 問 EMC *mun*, Karlgren *mi̯uən* など、多くの諧声関係の説明を単純化する。 母音 *-ɨ-* は、*-u-* を持つ韻に対応する開口韻に再構される。遇摂では、魚韻(Karlgren *-i̯wo*)は虞韻(Karlgren *-i̯u*)に対応する開口韻と見なされ、この2つの韻にはそれぞれ *-ɨă* と *-uă* が再構される。この全く新しい解決策は魅力的だが、魚韻が多くの現代方言において円唇母音を持つことについては、依然として説明されていない。最後に、之韻の *-ɨ* は真新しい考えではない(李方桂 *-ï* を参照)。この再構は母音体系を単純化するという大きな利点があり、実際、同じ摂に2つの三等開口韻がある場合、Pulleyblankは一方に *-i-* を、もう一方に *-ɨ-* を再構することができるようになった。例えば山摂では、仙韻開口と元韻開口(Karlgren *-i̯än*, *-i̯ɐn*)はそれぞれEMC *-ian*, *-ɨan* と再構されている。Karlgrenの体系の明らかな欠点は、母音体系の低母音の乱雑さであった。*-u-* の場合と同様に、保守的な方言(特に閩語)や漢語借用語の最古層の発音(呉音、ベトナム語への初期の借用語)は、いくつかの韻で *-ɨ-* の再構を支持している。Pulleyblankは、歌韻三等開口と微韻開口の *-ɨa* と *-ɨj* という再構を支持する形を引用していないが、前者については 茄 EMC *khɨa* 「茄子」→シャム語 *khīa* 「茄子」を引用することができるだろう。最後に、*-i-* は上記以外のすべての三等韻に再構される。 三等母音の再解釈は、上古漢語の頭子音体系からEMCの頭子音体系への発展に重要な洞察をもたらしている。軟口蓋音系列では、有声閉鎖音の群母 *g-* は三等韻としか組み合わさらないという点でユニークであり、したがって匣母 *ɣ-* と相補分布を形成している。PulleyblankはKarlgrenと同様、両方の頭子音を同じ音素 \*g- に由来させているが、Karlgrenの解釈ではヨードが後続する場合を除くすべての環境で摩擦音化が生じるのに対し、Pulleyblankの解釈では \*g- が非高母音に先行する場合にのみそれが起こる。これは音声学的により妥当であると思われる。 Pulleyblankの理論にとって最も深刻な問題が生じるのは、硬口蓋音系列の場合である。これらの頭子音は三等のみに現れ、研究者の間では、上古漢語の特定の音素、特に歯音の口蓋化によって形成された(\*tj- > *tɕ-*)という見解で一致している。三等のヨードが必ずしも硬口蓋音とは限らない高母音に置き換えられても、このような口蓋化は可能なのだろうか。Pulleyblankはこれに可能だと答え、特にバスク語や日本語など、高母音の前で歯音が口蓋化するさまざまな例を挙げている。しかし、これらの「口蓋化」(例えば日本語の *ti* > *chi*、*tu* > *tsu* など)は、主に歯擦音の事例であるようだ。とはいえ、Pulleyblankが *-ɨ-* または *-u-* を再構する三等韻の大半は、硬口蓋音の頭子音を持たないことに注意すべきである。問題は鍾韻 *-uawŋ*, 東3韻 *-uwŋ*, 尤韻 *-uw*, 之韻 *-ɨ* のみで生じる。例えば、鐘 EMC *tɕuawŋ* < \*t-、終 EMC *tɕuwŋ* < \*t-、掌 EMC *tɕɨaŋ* < \*t- である。 この困難は乗り越えられないものではないと思われるが、三等母音に関する新たな解釈は、初期の音韻論の様々な側面を大幅に単純化し、最古の漢語借用語と保守的な方言の発音をよりよく統合している。本書は、初期の中国語の音韻論について、首尾一貫した詳細な図式を学術的に提示している。これらの再構の多くの側面について議論する必要があるが、Pulleyblankの『*Middle Chinese*』は重要な貢献を果たしている。 ## 参考文献 - Pulleyblank, Edwin G. (1984). *Middle Chinese: A Study in Historical Phonology*. Vancouver: University of British Columbia Press.