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# 美味しいカレーの作り方

仕事を終えたある夕方、私は、今日一日、また8時間フルタイムで働いたという自覚と一緒にやってくる達成感に似た疲労感、とともに臍の奥が後ろから斜め下方向に下がっていくような、明白な空腹感を感じていた。

そして、思った。脈絡もなく思った。カレーが食べたい。無性にカレーが食べたい。本格的なナンがついてくるようなカレーでもなく、緑色の爽やかな辛さが特徴のグリーンカレーでもない。家庭的ないつものカレーが食べたい。どうしても食べたい。今日はカレーだ。

独りで暮らしているからこそ、全てを独断で決める権利がある。自由がある。今日はカレーだ。決意した。カレーだ。帰り道にあるスーパーに寄り、今晩私の手によってカレーのルーに沈め、混ぜ込まれる物をお金で買い叩く。珍しくセールがあって安い。今日の私は傲慢かつ残酷なのだ。これからすべてのことを私利私欲のため。ただただ、自分でカレーを食べるだけに行うのだ。

さて、家に着いた。これから目を覆うような惨劇が繰り広げられる。

まず、玉ねぎを切り刻む。容赦はない。確定的な殺意を持って大地から切り離された玉ねぎを細切れにし、元の姿とはかけ離れた姿にした。人参は、木っ端微塵に切り刻まれた玉ねぎとは対象的に原型を留める形で皮を剥き、大きく切り、拷問の後の見せしめのような様相にしてやった。皮が剥がされた人参がまな板の上で蛍光灯に照らされている。そして、既に切り刻まれた牛の肉体にさらに手をかける。私が食べるためだけに一口大になるよう手をかける。これは屍に対する冒涜ではないのか。

次に、私はまた新たな地獄を作り上げる。お金で買いたたき、ここまでして切り刻んでもまだ痛めつけ足りないのだ。コンロが「パチパチパチッ、ボッ」と音を立て、これから起こると予想される事を現実にしていく。

銀色に金属光沢を放つ深い器が、近代文明の力によって築かれたいつでも手に入る焔の上に置かれ、即座に私は器の中に油を垂らす。瞬く間にその器の中は灼熱地獄へと作り変えられた。その灼熱地獄の中に、禍々しい原型を留めない玉ねぎだった物、人参とだった分かる酷い塊と、牛の屍に冒涜を重ねたものが放り込まれる。それをさらにかき混ぜる。ぞんざいの極みである。

その後、主役の登場にふさわしい舞台となるよう、この灼熱地獄を私が作り変えていく。水を注ぎ、更にかき混ぜ、煮込む。金の力で買い叩いた上に、切り刻み、灼熱地獄に落とし、あろうことか、更に15分もの時間、ぐつぐつと釜茹でにするのだ。

そして、お待ちかね、主役の登場である。人類がこの素材を得るために殺し合ったこともある、スパイスの塊。カレールーだ。この塊によって、私の手で作った地獄を完成させる。

とはいったものの、ここまで来ると、私は自分の手で行った事の重大さに気付く。私の手で作った地獄が眼の前にあるが、少々慈悲の心が芽生えてきた。一旦この灼熱地獄を作り上げている焔を止め……ると見せかけて、私は地獄の主役を登場させた。

見せかけの慈悲である。一思いに殺してくれという言葉があるが、その真逆を行った。

私は、最後まで残虐の限りを尽くす。今度は絶妙な加減で無間灼熱地獄を演出する。蛮行の結果が凝縮されたおぞましい液体が、ふつふつ、ごとっごとっ、というという音を立てている。私は、30分の間ゆるやかにそれをかき混ぜ続けた。

とうとう、カレーは出来上がった。私のお腹は空いている。丁度よい、最高だ。無垢な白い皿を、地獄から浚った人類の食欲で出来上がったの液体と、あらゆる食材に合う白色の塊で満たしていく。そう、これが私の望んだ結果。私利私欲のままに金で物を買いたたき、あろうことか買ったものに包丁をふるい、焔を使役し、見せかけの慈悲を駆使し痛めつけたあと、追い込むように地獄の主役を招き入れ、無間灼熱地獄を作り挙げ、無垢な白い皿を穢し、得たかったものはこれだ。

「いただきます」

一口。空腹も相まって、美味しい。
二口。食べているという実感がより湧いてくる。
三口。スパイスの香りが鼻を抜ける。
四口。辛さを感じたとき独特の汗ばむような感じが顔面を撫でる。

手が、進む、進む。五口、六口。

はふ、これがカレーの作り方。
以上、これが罪深いカレーの、サッ、作、もぐもぐ、り方である。

尚、この文章は、✗ーモントカレーの箱のレシピを参考に書いた。箱通りに正確に作ったカレーは美味しいらしい。皆さんも是非お試しあれ。