明解ヤンデレ中級編:第三話 == こんばんわ、52代takowasabiです。 [みす 52nd Advent Calendar 2018](https://adventar.org/calendars/3216)も、残りあと一週間になりました。時の流れは速いものですね。 今回は前回の予告通り、"修羅場"を書かせていただきました。良くも悪くもヤンデレでは避けて通れないのが修羅場です。 この実例を見て、修羅場がどんなもので、どんな風に心が躍るものなのかを、少しでも知って頂ければと思います。それではどうぞ! --- ——————12月18日 先週の衝撃的な出来事とは裏腹に、不気味なほど普段通りに部活を終え、僕はいつものように美夏のいる病院へと向かっていた。 僕自身、部長の行動も、自分の感情も全く理解できてはないないが、先輩の傷跡は僕の脳裏に深く焼き付いて離れない。 そんな僕の思考を見通しているのか、本を読んでいる間も、部長はちらちらとこちらの様子を伺っているようだった。 そんなことを考えていると、いつの間にか美夏の病室の前についていた。流石に毎日通っていると、身体が道のりを覚えてしまっているようだ。今なら、学校から目をつぶってでも、この病室にたどり着くことが出来るだろう。 病室を開けると、美夏がこちらを振り向きやさしく微笑むのも、毎日のことである。 「晴翔さん、今日も来ていただけたのですね...。嬉しいです」 先日の病状の急変から、美夏の病気はとても安定している。まるであの日だけ、恣意的に病状を悪化させたのでないかと思えるほどに...。 あの薬のことは、いまだ美夏に聞くことが出来ていない。 一週間前のあの日、僕以外は誰も美夏に会いに来た人間はいなかったという。あのビンの中の薬も、病院には普段置いていないものらしい。それらの事実から見えてくるのは、あの薬は美夏が自ら調達し、口にしたものだということだ。 そうなると、彼女は一体何故そんなことをしたのだろう? 自殺...。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。そして、目の前の義妹が浮かべる笑みが本当に心からのものなのか、分からなくなる。 「どうしたのですか?晴翔さん?」 「何かお悩みですか?もし良かったら、私に話していただけないでしょうか。お力にはなれないかもしれませんが、数少ないあなたの家族なのですから...」 そういって美夏が手を僕の頬に添える。 その手は、今にも凍ってしまいそうなほど冷たく、僕の体が一瞬こわばる。もういっそのこと彼女に直接聞いてしまおうか、そう思った瞬間、背後のドアが開く音がした。 「やあ、晴翔くん。それと、その義妹さん」 この場所、この状況であり得ない人物の声に、一瞬思考が止まる。 振り返るとそこには、文芸部の部長、高原花奈が立っていた。 「青木美夏ちゃん、だったかな?いつもそこの晴翔くんから話は聞いているよ。はじめまして、私は晴翔くんと同じ高校に通う高原という者だ。彼の所属する部活の、部長をやらせてもらっている」 驚く僕を横目に、部長は美夏に向かって話しかけ始めた。 「...はじめまして、高原さん...。その部長さんが私の病室に何の用ですか?」 美夏は、普段僕に決して見せないような、冷たい目で部長を睨んでいる。対する部長は、いつもの澄ました表情を一切崩さない。 「いや、大した用事じゃないんだ。そこのお兄さんに、忘れ物を届けに来ただけだよ」 そう言うと、部長はカバンから小さな黒い物体を取り出した。 「これが、晴翔くんの制服から”偶然”落ちてしまったようでな、届けに来たんだ。まあ、晴翔くんのものというよりは、君のものと言うべきなのかもしれないが」 その言葉を聞き、美夏の顔が青ざめる。さっきまでの警戒した様子が嘘のように、狼狽し、言葉を失っている。 「おかしいと思ったんだ、私が晴翔くんに接近しようとしたときに限って、君の容態は急変する。一週間前の一件で確信したよ、君は何らかの方法で私と彼の会話を覗いているのだと。」 部長の言葉の意味が分からない。彼女は一体何の話をしているんだ? 「にわかには信じられないが、私と彼の会話で、私が過度な接近をしようとしたら、君は何らかの方法で自分の病状を悪化させていたんだ」 「そこからは簡単な論理だ。病室から出られない君は、私たちの学校にカメラをしかけたりすることは出来ない。何らかの形で、彼自身の体に仕掛けを施したと考えるのが自然だろう。さらに、彼の体に仕掛けるなら、気付かれないほどの大きさでなくてはならない。したがって、それはカメラではないのだろう。そう考えれば、誰でもこの結論にたどり着く」 そう言うと、部長は黒い物体を美夏のベッドに放り投げる。 「そう、君は聞いていたのだ。その盗聴器を使ってな...」 盗聴器...。その言葉を聞いて何故かある言葉が僕の頭をよぎる。 『ふふっ、晴翔さんは部活のある日でも毎日お見舞いに来てくださいますね。最近は外も寒そうなのに...』 僕は、美夏に部活のことを話していただろうか?火曜日でなくても、美夏のお見舞いが遅くなることはあった。だから、彼女もその理由をいちいち聞くことはなく、俺も特に話していなかったはずだ。 美夏は、息を整え、何とか反論の言葉を唱える。 「でたらめです...。たとえそれが盗聴器だとして、それが私の仕掛けたものである証拠がどこにあるのですか?そもそも、私が自分で自分の病気が悪くなるようなことを、するはずがありません!」 美夏の訴えに、部長は表情を全く変えずに切り返す。 「ある薬が、この病室に届けられたはずだ」 薬...。嫌なつながりが、僕の頭の中で生まれていく。 「ここからそう遠くない、ある薬局で一つの薬を大量に購入した女性がいたらしい。その薬は、どこの薬局でも売っている市販薬ではあるものの、少し特殊なある成分が含まれているものだそうだ。それはちょうど、君の病気に深刻な影響を与えるものでもある」 「大量の薬を買うその女性を不審に思った店員は、その名前を念のため書き留めていてくれたんだ。私の調べによると、その名前はまさに君たちの母親にあたる人物と一致する」 僕たちの母親、ということは一年以上前に家を出た父の再婚相手のことだろうか。未だに美夏のお見舞いに来ることがあるとは聞いていたが、まさか、そんな...。 「そして、薬が購入されたちょうど次の日、彼女はここに訪れている。」 「君は、そこで薬を手に入れ、盗聴器を兄の制服に取り付け、彼を監視していたんだ。彼が自分を思いやる気持ちを利用して、兄を自分に縛り付けようとしたんだ。違うかい?」 「違うっ!!!」 美夏が叫ぶ。こんなに取り乱す彼女は今まで見たことがなく、想像すらできなかったが、かえって今は、その姿が何よりも部長の言葉の真実味を強めることになっている。 「違わないさ、君は兄の優しさや心配する気持ちを踏みにじっていたんだ」 「違う!私は、晴翔さんに少しでも恩返しがしたくて!晴翔さんを苦しめるような人間から彼を守るために...」 「守る?笑わせないでくれ、君はただ独占したかっただけだ。君の病状が変わるたびに、君の兄がどれだけ苦しんでいるのか、それすら君には分かっていないというのに、守るだなんて軽々しく口にするんじゃない」 部長の語気が徐々に強まっていく。僕は、二人の言い争いを黙ってみていることしか出来ないのか? 「じゃあ、あなたは晴翔さんの何を知っているっていうの?高校で知り合っただけの、赤の他人のくせに!」 「ああ、そうだな、私は君のように法律で決められた”家族”というくだらない枠組みの中には入っていないが、それでも君より多く彼のことを知っているさ。君にとっては残酷な事実かもしれんが、少しだけ語ってあげようじゃないか...」 * * * 青木晴翔には、幼少の頃、一人の妹がいた。 彼女の名前は、青木 未果(あおき みか)。非常に活発な性格で、引っ込み思案だった兄を、いつも引っ張り回して遊んでいた。 しかし、彼女はとある重大な病にかかり、幼い身ながら病床での生活を余儀なくされた。 兄である晴翔は、その病気の深刻さを親から伝えられず、ほとんど見舞いにいくこともなく、普段通りの生活をしていた。これは、間違いなく両親の優しさであり、彼が悲しまないための配慮としての行為だった。 だが、人の優しさが常に良い結果を生むとは限らない。むしろ、その優しさが、最悪の結果を招くことになった。 未果は病を克服することなくこの世を去っていった。 病状が悪くなるたびに、彼女は兄に会いたいと両親にせがんでいた。しかし、弱っていく妹の姿は見せられないと、その願いが叶うことはついぞなかった。彼女が死ぬ間際、発した言葉は、兄を探し求める言葉だったという。 その事実を知った晴翔は、深い悲しみを感じるとともに、少年にはあまりにも重すぎる、罪の意識を背負うこととなった。 妹の死をきっかけに、少しずつ家族の関係が歪んでいき、両親は離婚。晴翔は父方に引き取られる形になった。しかし、その頃には父は心身ともに疲れ果ててしまい、次第に晴翔に暴力を振るうようになっていった。 しかし、そんな暗黒に満ちた生活にも、転機が訪れた。 晴翔の父が再婚したのである。相手は、一人の娘がいる所謂シングルマザーで、奇しくも、晴翔には新たな妹が出来ることとなった。 新しい妹である美夏は、生まれつき体が弱く再婚の頃には、すでに病院で暮らさなくてはならない状態であった。 晴翔は心の中で、病室で暮らす彼女と、かつての妹を重ねてしまっていた。そして、もう二度と同じ過ちは繰り返さないと、心に誓ったのである。晴翔は、自らの妹を守ることが自分の宿命であるかのように思っていた。 一方で、新たな妻ができ、暴力を振るうことをやめた父は、幾度となく続く美夏のいる病院からの連絡に、嫌気がさしているようであった。彼もまた、美夏をかつての娘と重ねてしまったのだろう。 かつての娘を失ったショックが呼び覚まされたのか、父はまた暴力を振るうようになった。当然、再婚相手の母は父を怖がり、結果家を出ていくことになった。結局、父は再婚をしたところで、何も変わらなかったのである。深く刻まれた心のゆがみは、急に治ることはなく、果てしなく長い時間によって矯正する他ないのかもしれない。 晴翔はそんな暴力にも屈さず、自らの宿命と誓いを守るため、美夏のもとに通い続けた。先に旅立った妹のためにも、今回こそ彼女を失うわけにはいかなかったのだ... * * * 「...とまあ、私が調べ上げた彼の経歴はこんなところだよ。信用できる筋からの情報だ、そうそう間違いはないだろう」 一体どこからこんな情報を得たのだろう。家族でもない人間が、他人の人生をこうも細かく知ることが可能なのだろうか? 「これで分かってもらえたかな、君がどれだけ晴翔くんのことを知らないのか、君がどれだけ彼にとって大切なものを踏みにじってきたのかを」 部長の言葉を聞き、美夏は完全に打ちのめされている様子だった。焦点の合わない目で虚空を見つめ、うわ言のように言葉を発するのみである。 「嫌ぁ...違うの...知らなかっただけ...私はただ、あなたに...」 自分がやってきたことが一番知られたくなかった人の目の前で晒され、その行為が大切な人の心を侮辱するものだったことを知り、美夏の心は限界に達しているようだ。 美夏が僕のことを好いているのはもちろん気付いていた。 「あぁ...嫌だ...嫌わないで...下さい。嫌...知らなかっただけなの...お願いします。晴翔さん...。嫌わないで...ごめんなさい。あなたに嫌われたら、私...生きていけない。」 縋るように、美夏が僕の腕に両手を這わせる。 気付いた上で、それを決して認めることはしなかった。そんな気持ちの果てに、幸せなどないことは明白だったからだ。 しかし、一方でその気持ちを否定することは出来なかった。それは、彼女を守ることとは真逆の行為であることが分かっていたし、彼女を深く傷つけることになることを直感していたからだ。分かった上で、ただひたすらに、問題を先延ばしにしていたのだ。 「なぁ、晴翔くん。君は一体どう思う?」 そう言いながら、部長が背中からしなだれかかってくる。首に腕を回し、僕の頭を抱き、頬を指でなでる。 「君の義妹は、こんなに自分勝手なことをした上で、まだ自分のことばかり考えて、君のことを頼っている」 「いずれ決着をつけなきゃいけない気持ちなら、ここで今君の答えを伝えてあげるべきなんじゃないか?」 耳元で部長がささやく。暖かい彼女の吐息が耳にあたるのを感じる。 「私は、君を縛ったりしない。君と私はそんなことをしなくったって繋がっているから...」 「だから、私にも君の気持ちを教えて欲しいな。私は君を愛しているから、君にも私を愛してるって言って欲しい」 部長の蠱惑的な声に意識を溶かされながらも、美夏の心拍を計っている心拍計が、明らかに異常な値になっていることに気付く。 部長の腕を振りほどき、急いでナースコールを押し、美夏をベッドに寝かせる。 「ふふっ、病は気からというが、精神が弱るとやはり身体も弱まるものなのだな」 「それじゃあ、私はこれで帰るとするよ。返事は...そうだな、来週の火曜日に学校の前に来てくれ。一日をゆっくり君と過ごしながら、君の気持ちを隅から隅まで聞かせてほしい」 そう言うと、部長は病室から出ていき、その後、入れ替わるかのように医者とナースが病室に駆け付けてきた。 * * * その後数時間、美夏の意識が戻るのを待ったが、結局美夏が目を覚ますことはなく、僕は病院を追い出された。 家につくと、かなり遅い時間にもかかわらず、リビングの電気がついている。音から察するに、また父が酒におぼれているのだろう。 「おい!聞こえたぞ!帰ってきたな!今すぐこっちに来い!!」 かなりお怒りのようだ。ただでさえ今日は疲れているのに、なんと不幸なことだろうか。 リビングに入ると、案の定酒瓶を片手に、父がソファに座っている。 「なあ、なんで俺に、あのクソガキのビョーキのことが知らされてくるんだ?お前は一体何のために毎日毎日アイツのところに行ってるんだ?本当に何の役にも立たないやつだなお前は」 「ああ!言葉だけじゃ気が収まらねぇ、もっとこっちに来い、いつものように馬鹿みたいに殴られろよ!!」 ああ、本当にツイてない。だが、いつものことだ。なんてことはない、何の感情を働かせる必要もない。それだけだ。 「こんなことになるならよぉ、アイツも早く死んじまえば良いんだ。小学生にもなれずに死んだ、あのバカ娘みたいによ」 父の言葉を聞いた刹那、目の前は真っ赤に染まり、自分の中の何かが切れる音がした。 * * * 気が付くと、目の前には血まみれの父が倒れていた。かろうじて息はしているようだが、なぜかもう、彼の生死に興味もわかなくなってしまった。 異常な光景を目の前に、僕の思考は恐ろしいほど冷静に回っていた。リビングの戸棚から通帳と印鑑を取り出し、自分の部屋に戻っていくつかの下着をカバンに詰め込んだ。 そして救急車を呼ぶと、僕は静かに家を後にした。 ああ、本当に今日は、ツイてないな... --- だいぶ展開が進んでまいりました。この後晴翔くんには一体どんな運命が待ち受けているのでしょう。楽しみでですね! そこで、皆さんに晴翔くんの運命を決めていただこうと思います。[こちら](https://twitter.com/oreTakowasabi/status/1074908416483573760)で投票できますので、ぜひ推しのヒロインに一票頂けると嬉しいです。 ということで、明日のみす52代アドカレ寄稿者は、しらすサラダくんです。いったい誰なんでしょう?
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