この記事は、みす51代 Advent Calendar 2018 の10日目の記事です。遅くなりましたすみません!
この先は業の深い地獄なので、覚悟のある方はどうぞ読み進めていってください。
最後まで読んだら、次の記事も読むと深みが増すかもしれません。
注釈:ここから先は one of 別位相の話であり、実在する人物、団体とはそんなに関係ありません。
十二月、師走、世間が慌ただしくなる中、俺は家でテレビゲームをしていた。時刻は午後八時。世間の喧騒から隔離され、平時と同じように時が進む空間は、時流に乗って豆電球が散りばめられた街中よりも遥かに居心地が良かった。大学は休暇に入り、一日中家でぐだぐだしていても許される幸福を噛み締めながら、ソファから身を乗り出すようにゲーム機のコントローラーをガチャガチャといじり続ける。
「うわ、まただ」
思わず声を上げる。今遊んでいるゲームで、何度挑戦してもうまくいかない場所があるのだ。これで四度目の失敗。悔しい。コントローラーを握りしめうつむき加減で攻略方法を考えていると、後ろから声がかかった。
「クランク、まだクリアできないん?」
どこか煽るような調子で語尾を上げてくるところが嫌らしい。なにが「できないん?」だ。お前だってさっき同じところで躓いていたじゃないか。言い返してやろうと勢いよく振り向くと、タオルを首にかけ頬を上気させた友人が立っていた。少し胸元がはだけた寝巻き姿が妙に艶やかで、思わず目をそらしてしまう。
「さっきわたしがお風呂上がるまでにはクリアしとくって言ってたじゃん。で、その結果? マジ?」
笑いながら煽ってくる彼女の方を見ることができず、むむむと口を尖らせることしかできない。
「ま、いいや。あとはわたしに任せとけ! 早くお風呂に入ってきなよ。お湯冷めちゃうぞ?」
彼女はそう言うと、持っていたコントローラーをひったくり、ソファにどさっと腰を下ろした。彼女はいつの間にか冷蔵庫から取り出したと思しき缶チューハイまで手に持っている。
「わかった」
やれやれまったく自由なやつだ、ここは俺の家だぞと心の中で悪態をつきながら、リビングをあとにした。
お風呂に浸かりながら、今日のできごとを朝から順に思い出す。と言っても、朝からずっとゲームをして漫画を読んでパソコンをいじってぐだぐたしていただけだ。冬の長期休暇に入ってからこの生活はそんなに変わっていない。昨日とだいたい同じだ。昨日と違うのは、そう、彼女が遊びに来たこと。そのせいで自分と妹、それからなかさんの三人分のご飯を作る羽目になったこと。
彼女はなかさん。大学に入ってからの友人だ。かれこれ三年弱の付き合いになる。仲良くなったのは、なぜか彼女が懐いてきたのがきっかけだった。いつも邪険に扱っているけれど、北海道から大学進学のために東京に出てきて、最初とても心細かった俺の心を温めてくれたのは、他でもないなかさんだった。本人の前じゃ恥ずかしくて言えないけれど、少しは感謝している。
「それにしても」
先ほどのなかさんの格好を脳裏に浮かべながら、自分の胸を見た。なかさんとは違い平べったい胸。薄い服を着るとどうしてもわかってしまうその差。普段は気にしないようなフリをしていても、ときには少し嫉妬してしまう。
ボーイッシュ、と呼ばれるような見た目をしているし、性格だってどちらかと言えばそっちよりだという自覚はある。一方で、女の子らしくありたいという気持ちもある。それはなぜかと言われると自分でもわからないけれど、どこかには可愛くなりたいという気持ちがあるのだ。そう、最近気づいた。いつもこだわってつけている髪飾りなんかもその現れなのだろう。
髪飾り、でついなかさんのことを思い出してクスりと笑ってしまう。なかさんは結構女の子っぽいセンスの服を来て、いつだって可愛いのだけど、なぜか髪飾りのセンスだけは致命的に意味不明なのだ。棒人間の顔をちょっとキリッとさせたような髪飾りを常につけている。ほげくんというキャラクターらしい。しかも漫画か何かのキャラクターなんかではなくて、自分で考えたキャラクターらしい。デザインしてオーダーメイドで作ってもらったんだとか。
嬉しそうにほげくんの説明をしていた友人の無邪気な姿は、本当に楽しそうで、こっちまで楽しくなってしまったのを覚えている。あんまりセンスは良いとは思えなかったけれど、本人が良いならそれで良い。実は最近、ほげくんが少し好きになってきた。これが刷り込みというやつだろうか。
「そろそろ上がるか」
お風呂を堪能しきったので、ゆっくりと湯船を出た。ふいーなんて言いながら立ち上がるのは、ちょっとおじさんくさいだろうか? なんてことを思いながらお風呂場の扉を開けると、そこにはなかさんがいた。
「は?」
意味がわからない。なぜお風呂を出たらそこに友人が立っているのだろう。しかも、なかさんは何も言わない。こちらをぼうっと見つめているだけだ。心なしかさっきより頬の赤みが強い。
「なんでお前そこにいるの」
返事はない。ただ目をとろんとさせて――そうか。大事なことを思い出した。こいつは『お酒に弱い』。しかもさっきこいつが持っていた缶チューハイはアルコール度数九度のそこそこ強いやつだ。おそらくちゃんと確認せずに飲んでしまったのだろう。
「なあ、クランク、わたしさ」
なかさんはどこか焦るように、ゆっくりと手を伸ばしてきた。その手を押しとどめる。
「待てなかさん」
「え?」
何か話があるのだろう。わかった。それは聞こう。けれども待ってほしい。俺はなぜか高鳴る胸の鼓動をごまかすように言った。
「まずは服を着させてくれ」
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そして位相のずれた世界の数々で、ヒトは交差する。仮想的に与えられた実体ともに。様々な思惑と、偶然と、願いと、あと神絵師を頼りに――