# 日中文化比較論20191118
# 日中文化比較論
## 1 なぜ中国語を学ぶか
中国……日本にとって歴史的, 文化的, 政治的, <u>経済的</u>に関係が深い
1. 中国の経済発展
中国...世界第二の経済大国
外貨準備高(ほぼドル) 2007年, 日本を抜き1位に
日本→貿易黒字で増やしてたけど赤字に(※ほかのもので黒字にはしてる)
GDP 2015 中国 11兆ドル 日本 4兆1千億ドル
経済力が増えるとそこと付き合おうという国は増える→中国語を学ぶ人も増える
1. 日本と中国の経済的結びつき
かつて日本は中国にとって1番の貿易相手だった
今は中国にとって日本は3番目
(日本にとって中国は二番目の貿易相手,ただしEUがまとめて換算されてるので単体だと2番目)
↓
日本の対中依存の拡大
2. 日本企業の対中進出
大手...昔に進出していた, すでに撤退しているところもある
中小...当たり前のように進出している
初期...製造業(安価で優秀な労働力,ただし最近では高価になっている)
※製造業の脱中国:インフラなどの問題からうまく脱出しきれていない
現在...多業種(市場として中国)
成長率
中国 6% 日本 1~2%
国際交流とは 強>弱
- 軍事的
- 政治的
- 経済的
に強いものの文化が弱いものに広まっていく
2. 日中間の摩擦回避=成功
大きな国が隣り合っているとどうしても問題が起きる
1972 日中国交回復
<u>関係性強化</u>→トラブルの増加
↑経済,人的往来
在中日本人...日本企業(上海周辺)8千社,常駐の日本人が5~6万人程度いる
中国人旅行者...
文化ギャップがある
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日的往来の増加
中国→日本 __1千万人__
訪中経験のある日本人 20%
来日経験のある中国人 2~3%
中国人旅行者の増加
かつてはビザが必要だった→今は日中間は2習慣程度の滞在なら不要
大使館までいく手間+金が必要
2008年から→団体旅行は許可
個人だとそのまま居着くのを恐れた
2009年には個人も許可(ただし年収25万元以上)
→収入が恵まれていれば帰るだろう
2010年 年収6万元まで緩和
対象となる世帯が150万から1600万世帯に増加
2018年 訪日外国人が3119万人
この内、中国(大陸)からの訪日外国人が754万人、香港から154万人、台湾から388万人
人の往来が増えるとどうしても文化ギャップがある
↓
文化ギャップの克服(相互理解)が必要
日中で発想から根本に違う部分がある
「自分がこう思うから相手もそうだろう」が通じない
無知が誤解の原因
例.
香典、香典返し
中国側に香典返しはないので「気持ちをつき返されたような気分」
電話
日本は最初に名乗る
→中国からすると、横柄に感じる(自分を知ってるだろうと言う傲慢さ)
中国は名乗らない
→日本からすると「名乗らないとは失礼なやつだ」
お互いに善意でやっていることが無知からの誤解によって軋轢、偏見に繋がる
日中間の往来が増えたが、渡中、あるいは中国人に接した経験のある日本人は全体で見て20%程度しかいない
逆に日本人に接した経験のある中国人は2~3%程度
これからさらに増えると思われる→相手のことを理解しておかないと文化ギャップを原因とするトラブルに巻き込まれかねない
3. 日本の国際化
国際化とはなにか?
→異文化理解
自分とは違う文化にたいしてそれを許容、受け入れ認めること
(相手に同調する必要はない、自分は自分)
文化に高い低いはない
→ではなぜ西欧文化が広まった?
→政治的、経済的、軍事的に強い文化が広がる
ヨーロッパの文化が広まったのも同様の理由
中国も上記の面で強くなったので文化が広がりつつある
以上3点から出される結論として、中国を避けて通ることはできない(好きになる必要はない)
日本にとって中国は政治的にも経済的にもパートナーであるが同時にライバルでもある
敵を知り己を知らば百戦危うからず
中国のことを知って上手く立ち回ろう!(意訳)
太平洋戦争中
日本→英語=敵性言語
アメリカ→日本研究
敵を知らないと負ける
1. 日本社会の国際化
日本以外の文化・価値観を認識する
日中間のトラブルのほとんどは誤解と偏見
- 常識や価値観の相違
- 中国 : 報道規制
- 日本 : おもしろおかしく, 過分な脚色(民間の報道はうける内容を報道しようとする)
日本にとって今の中国は避けて通れない存在
経済的なライバル(鉄道の日本式・中国式とか)でありパートナー(日中合弁企業, SHARPとか)
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敵を知り, 己を知れば百戦危うからず
### 1.2 日中関係経緯
※明治以降のことをメインにやる
江戸時代 唐人屋敷
オランダとのみ交易×
オランダと中国(清朝)のみ交易
清朝も鎖国弊策をしていた
→しかしアヘン戦争(1867)を原因に開国
1894 日清戦争
中でゴタゴタやっていた,海戦の経験が薄かった,西太后のせいで近代化が遅れた
→日本にやられる, 清朝の衰退の始まり
1904 日露戦争
朝鮮半島,満州地区の権益
日本→朝鮮まで来られるとロシアの脅威が直接届くところに来てしまう
ロシア→海まで行きたい
主な戦場が満州だったので清朝にも大きな影響を与えた
自分の領土内にもかかわらず他国が争っているのを止められない
→国際的な影響力の低下
↓
辛亥革命 中華民国成立
1915年 第一次大戦
軍事進出の時代
日本も侵略される側からする側に, 主な対象は大陸
1931 満州事変
日本が中国を挑発し, 戦争にもっていこうとして起きた
→戦争になれば勝てる, 権益のさらなる拡大を狙って
↓
満州国成立
中華民国は漢族が中心, それ以前(清など)は満州族が支配していた
その満族が満州にもどって自分たちの国をつくったのが満州国(建前)
日本はその手助けをした(建前)
実際は日本が勝手に作ってその後に清朝の末裔を呼んできて皇帝にすえた(傀儡政権)
↓
その後これをきっかけにして日韓事変,日中戦争が起こる
1945 日本の敗戦, 撤退
日本撤退後当然中華民国が統治することになるが...
国民党VS共産党
もともと中国内部で内戦が起こっていた,しかし日本と戦争をするのに内戦をしている場合ではないので国共合作, 協力して日本と戦った
日中戦争が終わり協力する必要がなくなったため再び内戦が始まった
1941 中華人民共和国が成立
負けた国民党は台湾へ
10.1 __国慶節__ (建国記念日)
1950 朝鮮戦争
ロシア軍VS米軍(国連軍)
当初, ロシア側がクサン島のあたりまで攻め込む
国連の武力制裁が決まり,ほぼ朝鮮と中国の国境まで押し返す
北朝鮮は中国にとっての緩衝材なのでなくなると中国は困る
→中国義勇軍の派遣(正規の軍だとアメリカとの戦争になってしまうのであくまで義勇軍という形をとった)
__朝鮮特需__
場所が近い日本から物資調達をすることに(作ってすぐ送る)
1972年 日中国交回復
日本は中華民国とは交流があったが中華人民共和国との交流はなかった
国交回復まで中国が何やってるかわからなかった(台湾辺りから流れてくる情報しかなかった)
→国交回復によりようやく中国内の様子がわかるように
それぞれの代表は __田中角栄__ ×周恩来
日本による経済援助・賠償放棄で日清戦争の後始末
田中英格「たいへんなご迷惑をかけた」
日本側だとこの言葉に重い責任があるが中国語に直すと軽い感じになってしまう→少しトラブルになった
1978年 日中平和友好条約
これまで国交を回復したが具体的な交流がなかった
→条約を結んで友好関係を促進
__鄧小平__ 来日
日本との交流を含めて中国の発展につなげようという考え
初めて日本に中国の国家主席が訪れることになった
天皇との対談
昭和天皇「過去に不幸な歴史」
鄧小平「長い日中の友好の中でほんの一時期のこと」
→日中蜜月時代へ このころは大きな問題もなかった(中国が日本の経済力に比べてまだそこまで力がなく競争が起きず,鄧小平も日本を高く評価していたため)
1980~ __胡耀邦__「日本の平和主義, 民主主義, 教育に学べ」→保守派が反発によりうまくいかなかった
保守派「日本は帝国主義」という主張
1985 中曽根康弘 靖国神社参拝断念
保守派の日本は帝国主義という主張の根拠の一つだった(このころから気にするようになった)ため
「胡耀邦を失脚させるわけにはいかない」
1988 __天安門事件__
学生(を中心とした)の民主化運動(西欧のような民主主義の導入を求めた)
これを武力制圧した
本来民を守るべき軍が民を攻撃するという異常事態
犠牲者は不明(正確な人数を中国は発表していない,中国側は数百人,運動側は数千人と主張)
保守派「民主化を進めた結果,民が政府に不満を抱くようになったのが原因」と主張
国際社会...経済制裁をおこなった, 中国に大打撃(国が転覆しかけた)
なぜ鄧小平が許可したか?→再び中国が分裂する恐れ
西欧型民主主義はまだ中国では無理→自分の意見が通らないと反発する人間が多くいるためと考えたから
鄧小平引退後の中国の最高指導者
江沢民...反日(日中戦争時に育ててくれた叔父を日本によって失う)
__愛国教育__ を行った
共産党が中国を統治する正当性の教育
- 日中戦争で中国を侵略しようとしていた日本を撃退させたのは共産党である
- 抗日紀念館を各地につくり日本がどれだけ非道なことをしたか掲示
- 実際は日中戦争時主に戦ったのは国民党
- 戦後の経済成長は共産党のおかげ
- マルクス理論 アメリカや日本のように資本主義だとやがて行き詰るので共産党が先に社会主義国家をつくる
民主主義では共産党が統治する正当な理由がない(選挙で選ばれていない)ので正当性を示す必要があった
※国内がつらくなると外に敵を作るのは常套手段
2002 __馬立誠__ (人民日報)
「対日外交の御思考」
↑
江沢民チルドレン(愛国教育をうけた若者)の強い反発
↕
小泉首相 靖国参拝
戦後責任→A級戦犯にあるのであって靖国に祭られている人の大半には責任がない ←中国側反発
その後の中国の最高指導者
胡錦濤...対日政策の転換を図る
2012.9.11 __尖閣諸島国有化__ (野田政権)
これまで日本人が所有していたのを国有地にすることで解決しようとした
→私有地だと個人の意向でどうにでもなってしまうため
国有化
日本 自らのコントロール下におくと考え
中国 領土化するという考え(中国には個人所有の土地がないため)
これが大きなトラブルとなり胡錦濤は親日政策をとれなくなった
習近平...(胡錦濤に比べると)反日的
反日的にならないといけない面もある(国内がつらくなると外に敵を作る)
原因は国内矛盾
- 経済発展の鈍化 10%→6% (つまり共産党が統治する正当性の弱体化)
- 貧富の差の拡大 (共産党は貧富の差をなくすために作られたはず)
- 対外摩擦が多い (米中関係が悪化しているため日中まで悪化させるのはまずい)
調べてくる 2018/10/02
田中英格×周恩来, 鄧小平, 胡耀邦
## 現代中国基礎知識
### 1. 基礎の基礎
1. 国土
日本の20倍
人口: 13~14億
2. 気候 北: ツンドラ ⇔ 南: 亜熱帯, 沿岸~乾燥
チベット高原などの高山, 西のほうに行くと砂漠
3. 民族: 漢族(90~95% 11~12億人), __少数民族__ (55民族,少数といっても大きいものは何千万人もいる)
満族: 東北部に分布, 満州語を話していた
ウイグル族 新疆に分布
チベット族 チベットに分布
回族 イスラム
etc.
(ウイグル族やチベット族には独立の動きがありそれに対する弾圧などの問題もある)
雲南省...少数民族の宝庫(タイ族, バイ族, etc.)
(人種≠民族,人種は生物的な違いで民族は社会的な違い)
4. 言語: 原則として普通語(北京語, 英語でマンダリン(満大人))
方言(上海語, 広東語, 福建語, etc.)→共通語化政策 成果 若い世代ではほぼ北京語で通じる(上海語等は消えつつあるため残そうとする運動もある, 祖父母(上海語)と孫(北京語)で話が通じない, 授業を北京語でやることに対する反発などの問題もあり反発もある))
漢語(かつて方言で話が通じないとき共通語の役割があった)
文字: 簡体字 丰, 日本 豊, 繁体字 豐
5. 宗教:
三大宗教に加え道教がある
仏教 ~寺
イスラム教
キリスト教
道教 中国人の中で一番根深い, なんでもあり, 中国大陸独自 ~廟
↕
共産主義=宗教否定
(宗教の自由を建前上は認めつつもそれが社会的に力を持ち始めると弾圧, 宗教が国家を転覆させた例は中国で何度かある)
__法論講__ ...キリスト教+仏教のような感じ, ある程度広まって力を持ち始めた際に政府が建物を破壊,関係者を逮捕するなどの弾圧を行った
6. 歴史(王朝交代(=国家滅亡)の歴史)
暦-周-(春秋, 戦国)-秦-漢-(三国)-晋-(南北朝)-隋-唐-栄-元(モンゴル)-州-清(満族)-中華民国-中華人民共和国
元, 清は異民族に支配された時代,春秋・戦国・三国・南北朝は分裂時代
↓
国家, 民族の興亡を見てきた
→ 国家=未来永劫あるものではない, いつか滅ぶもの
だからこそ維持する努力をする
・国旗
・オリンピック
・愛国教育 etc.
7. 北と南
日本 均一性が高い
↕
中国 多種多様
食べ物が違う
北...粉食(小麦)
南...米食
南甜北咸東辣西酸...東西南北で味が違う
__南船北馬__
かつて南のほうでは船で交通を行い, 北は草原が多かったので馬で交通を行った=南北で風土が違うということ
さまざまな民族, 文化をまとめて国家を運営することの難しさ
↓
広くかつ複雑
中国はこうだ!と一概に言えない
__群盲象をなでる__ ...『物事や人物の一部、ないしは一面だけを理解して、すべて理解したと錯覚してしまう』 こと
中国も一部だけを見ても全体をとられることはできない, 部分的に正しくてもそれが全体にあてはまるとは限らない
8. 政治制度
現在の中華人民共和国...中国共産党の一党支配(中央政府 中国共産党-党独裁, 他の党がないわけではないがほぼ機能していない)
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選挙制はない(一時期民主制の動きがあったが主席が習近平になってから元に戻った)
独裁を行う共産党の正当な理由(言い分)としては「日本の侵略を遮り, 現在の繁栄をもたらした=だから共産党が運営するのは当然だ」
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鄧小平「今の中国で普通選挙を行うと内戦に戻るだろう」=自分の支持した政党が敗北してもそれを受け入れられる民度がなければ力によって解決しようとする
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中国の一般論
人権, 自由よりも経済的な繁栄のほうが大切(たとえ人権,自由が抑圧されていても経時的に反映して自分たちの生活が保障されればそれでよい)
食えない自由社会よりも食える抑圧社会
9. 国政
国家主席(__習近平__)-首相(現在は __李 克強__)-国務院(日本で言う内閣)-全人代(国会, ただし年に1度でほぼ案を承認するだけ)
人権・報道・言論の自由......×
三権分立......×
etc.
地方制度:
4直轄市(__北京,上海,大津,重慶__)
22省
5自治区...少数民族(最近は中央政府からの締め付けがあり本当に自治出来ているかは怪しい)
2特別行政区(__香港,マカオ__)...ひまわり学生運動
### 2. 戦後中国の歴史
1945.8 日本の敗戦, 引上げ
戦前の中国は国民党(__蒋介石__)vs共産党(毛沢東)の内戦状態だった
日本との戦争がはじまり, 内輪もめしている場合ではないので内戦を停止していた
日本敗戦後再戦、4年続き1949.10に共産党の勝利で終わった
1949年 中華人民共和国建国
10.1 __国慶節__
敗北した国民党は中国大陸全土では力を失ったため台湾へ(中華民国)
- 台湾の苦しみ「犬(日本)が去って豚(国民党)が来た」
犬:うるさい(規則に厳しい),実害は少ない
豚:無秩序
1950 朝鮮戦争
日本が引き上げた後の朝鮮半島をどうするか
南からアメリカ(アメリカ+イギリス)軍, 北からソビエト軍
大体今の北朝鮮、韓国のラインでわかれた
統一をめざして北側が休戦ラインを越えて南に進行
ほぼ統一まで北側が迫る
国連軍を組織して(ソ連は棄権, 中華人民共和国はまだ不参加)対抗し逆にほぼ北側を制圧するところまで押し返す
中国としては朝鮮半島がアメリカの政権下にあるのは避けたい(資本主義の国がすぐそばにあるのは避けたい)
↓
__義勇軍の参戦__
- 義勇軍(中国の有志の集まり(建前))が北朝鮮のサポートに(実際は中国が軍を派遣したようなもの)
現在"__休戦中__"(停戦ではないので書類上は現在も終わってない)
→戦後、中国は国際的に孤立することになった, 通称 __竹のカーテン__(中国社会が国際情勢から孤立した(遮断した))、20年ほど情勢がわからなかった
1953 第一次5ヶ年計画(ソ連式)...一定の成果をあげる、国内がある程度落ち着く
(劉少奇 等官僚)
1956 毛沢東「百花斉放,__百家争鳴__」
国をつくるために様々な人が自由に意見を述べる必要がある(表向き)=実は反右派闘争(右寄りの意見を持つ人をあぶりだして粛正するためのもの)→極左思想, どれだけ国が発展しても非共産的なことはだめ
1958 __大躍進政策__ →極左思想のさらなる発展, 皆で力を合わせて中国をアメリカなどに負けない国にしよう = 実態を無視した無理な理想??
工業...製鉄,すべての町に製鉄所を作って何でもいいから鉄をつくる(質を問わない)→役に立たないクズ鉄ができるばかり
農業...人民公社化, 農地をすべて国のものにして畑を耕す人間すべてでその土地を耕し、利益をみんなで分配する(食事なども一緒にとる)→今までは畑は国有地だが一定の分を国に治めて残りは自分で売るなど出来た(=資本主義的)がそれができなくなったので自由市場が停止した. 悪平等が蔓延した=農民の意欲が激減
→3年連続の災害(中国政府は自然災害というが実際は人災,農民の意欲の減少を原因とする施設の整備不足や農地の手入れ不足)→2000万人以上の餓死者(日中戦争で死んだ中国人の数がおよそ1000万人程度とされる)
結果として大躍進政策は現実を無視した理想政策であり失敗に終わった
1960 大躍進政策の失敗により毛沢東が一線を引く
→実務派:共産的な思想に溺れず現実をみていこう=大躍進政策の失敗を認め国を立て直す(__劉少奇__, 鄧小平)
工業...重工業から軽工業への転換
農業...人民公社...同一賃金ではなく労働に応じた分配
→経済的にある程度の立ち直りを見せ, 着実に力をつけていくように見えた
1965 文化大革命(毛沢東, 政治的には一線を引いているので文化面で革命を起こした)
旧来の封建的社会を打破して新しい文化社会を創造する。(=伝統的なものをすべて否定する)
(実は毛沢東の権力奪還運動)
- 造反有理→先鋭化していき収集がつかなくなる(反抗すればするほどよい=だれも止めれない)
- __紅衛兵__...毛沢東の思想に共感し文化改革をすすめる集団(中高生が中心)→無秩序な破壊行動を行った
- __下方政策__...都市部にいるインテリを農村に送り農業労働に従事させる(インテリには農村の現実が分からないから一度行かせろという理屈)=リソースの無駄
- 伝統文化の否定
- 階級闘争...派閥抗争(数千万人規模の死者)
→経済活動の低下(ほぼ停止), 生活が破綻, 数千万人の犠牲者(中国政府は発表しないのでわからない)
原因:毛沢東という理屈を超えた存在(=毛沢東のいうことは絶対に正しいという感情), 多くの人の反インテリ感情
1968 チェコ事件→中ソ対立
親ソ派()vs親米派
__四人組__(文革の推進勢力)の特権階級化
1971 __林彪__ 失脚 (毛沢東の後継者と目されていた, 親ソ派)
1972 米中国交回復, 日中国交回復(田中角栄)
1976 .1 周恩来 .9 毛沢東 死去 .10 毛沢東の後ろ盾を失った四人組が失脚(逮捕)
→文革終了
1978 全中大会 文革の全面否定(この10年に行われた文革は間違っていたと認めた)
失脚していた鄧小平が復活
鄧小平体制: 胡耀邦, 趙紫陽
改革開放:4つの現代化(農業,工業,科学技術,軍事)
工業:郷鎮企業
農業:生産請負制 自留地
1985 人民公社解体
__経済特区__(深圳)
資本主義の導入→経済発展→民主化要求
1989.6.4 __天安門事件__
民主化要求デモへの武力弾圧
### 3.中国人(漢族)の伝統的価値観
1.国家, 一族 個人について
中国の歴史=歴史王朝の興亡 (長く続いても300年)
中国 : 国家=滅ぶもの(事実)→国家や社会に100%依存は不可→ 生きていくためには __個人__ の力が必要(学歴, 経済力(外貨(ドル等),金), 海外移住,etc.)→<u>__人間は一人__</u>
↕
日本 : 国家=絶対的存在
<br>
中国社会=対決社会
- 自分以外は敵, 競争相手(←他民族)
- 人間関係 - 分かり合えないもの
- 日本:話せばわかる=世界:話さないとわからない(=話せばわかる __かも__)
- 友人 利害関係,離合集散
- 同僚 必要のない人間関係は切る
- 国家→滅ぶもの
- 個人優先, 個人の成果や責任の所在を明確化 → __一人の中国人は虎, 二人の中国人は豚, 一人の日本人は豚, 二人の日本人は虎__
- 社会的価値観 - 変化するもの
- 絶対的な正義はない→正義とは相対的なもの(今の国ではこれをしてもいいor今の国ではこれはしてはいけない)
→遵法精神の欠如
- 職業
- 生涯雇用×
- 労働者:現在の待遇(給与)がすべて
- 仕事:流動的(転職が多い, 人材完成×)
- 企業:即戦力を求める
唯一の便り→一族(血族)=絶対的
- 一族>地縁>友人(同盟関係)
- 挨拶の次には名前(どの血族か)を聞く
- 名ではなくまず姓を聞く
- 華僑:海外で活躍する,大切なものは国境よりも一族,一族大会(一族のつながりを確認する)
- 一族間の相互扶助が求められる
- 汚職につながる
- コネが大切
個人への恩返しは不可
- 恩(貸し)の貯金
- 困ったときに助けてほしい
教育 社会で適用する実践力→教育は過熱
×人間教育, 教養
重点大学
2.性説(人の本性は善か悪か)
__性善説__ : 戦国時代 __孟子__
善なる本性(四端,善になるもと)-教育→あるべき善性(仁義)に成長
人はなぜ悪事を行う?
→世には悪があふれており、その悪に人が持つ善性が覆われていくから(=外的要因)
悪=外的要因(貧困・憎悪・欲望・etc.)を取り去るのが教育
井湖の童子(井戸に落ちそうな子供)
→悪人でもとっさに助ける
なぜか?
→報酬や名誉などを期待したわけではなく, とっさのことだったから(反射的に本質である善性が現れる)
__性悪説__ : 戦国後期 __荀子__
人は生まれながらに悪なる存在
生来の悪性を教育によって矯正(本質を善にすることはできない)
日本社会=性善説をもとに成り立っている(無人駅、無人販売所、自動販売機、確定申告、etc. )
中国社会(日本以外の国)=性悪説をもとに成り立っている
→悪人だけでは社会が混沌とする、ではどうやって社会を成り立たせる?
1. 教育(道徳)
善行→表彰
善行は表彰されるべき
悪行→厳罰
2. 環境整備 (悪事を働かせぬ環境)
- 監視カメラ, 警官, 店員が多い ← 日本の場合、人件費削減のため減らしたいので少ない(治安か経費か)
- 警備員も多い、ある程度の規模の組織では必ずいる(学校、銀行等)
- 公務員などは休みの日も制服で出歩く(警官っぽい服装)=抑止力になる
3. 力による抑圧と矯正
- 厳罰主義(罰則が正しい)
__死刑が多い__ 2008年 1718人 (公開されているもの、実際は不明、なお現状は公開されてないので不明)
- 見せしめ
悪事を働くとどうなるかを大衆に広める
かつては公開処刑があった
4. 個人としての防衛
- 人を見たら泥棒と思え
- 人→言葉,生活,習慣,etc.が同じかわからない=常に防衛をしないと危険
- 窓に鉄格子
- 鍵が多い,何重にもしてある
- 自己主張の強さ
- 存在感がないといないのと同じ
- 自己主張=自分の存在感があるということが防衛につながる
5. 歴史上人物観
- 悪人はあくまで悪人
岳飛 南宋の救国の英雄
↕
秦檜 : 売国奴?
3.中華思想
中華思想→ 中国大陸の中央部が最も文化的に発展していて遠ざかるほど遅れている(__排外的__)
戦国時代、__中原__ が最も優れていて中国の外の4方向をそれぞれ __西戎,東夷,南蛮,北狄__ と呼んでいた(=下に見ていた)
よいものは常に自分たちのところにある=外にあるものにいいものがあるとは思えない(外国から学ぶものはない)
文化=内から外に流れていくもの
↕
日本だと文化=外から入ってくるもの
舶来品=輸入品, いいもの(=外国のものはいいもの)
日本は外来語が多い(漢語,カタカナ語,etc.)
日本人はいいものは外国からやってくると感じた(中華思想と逆)
当時の情勢的には漢族がそう思っても仕方なかった
しかしその情勢は崩れていく
鉄砲伝来
日本: 1543 種子島, ポルトガル船→たちまち普及
中国: 1514 広東 広東にポルトガル船が漂着→受入に消極的
↓
1592 文禄の役 日本の鉄砲隊が活躍
開国
日本: 1867 明治維新 → 近代化 西洋文化の受け入れに積極的
中国: 1892 アヘン戦争(__南京条約__) 近代化(西洋化)の必要性を痛感 (__洋務運動__) → 保守派の反対があってなかなか進まない(西太后が造園のために海軍の予算を回したせいで整備が遅れる)
↓
1894 日清戦争→日本に惨敗 __李鴻章__
日本にやられるとこれはまずいと思う→東夷に負けるのはまずい(中央に近い国, 中原に負けるのはまあいいが外の国に負けるのはまずいという中華思想 )
↓
__変法運動__(__光緒帝__, __康有為__)⇒反発した __西太合__ のクーデター(光緒帝を拉致監禁し康有為を追放)
中華文明...同化力が高い
中原を制圧した民族が自分の文化を中原に広めていくのではなく中原の文化に染まっていく(=漢族化)
征服した側がされた側の文化に染まっている(文化的優越性)
元: 遊牧民 → 定住化, 農耕
清: 儒教, __科挙__ を取り入れる
戦前の日本人:中華料理, 支那服, 京劇
習近平「__中国の夢__」...清朝最成期の領土(東シナ海九段線)と地位(=中華思想?)
4.儒家思想と道家思想
儒家: __仁義礼智__ 支配者階級の思想
仁 思いやり
義 社会のルールを守る(≠法律)
礼 仁義を体現する
智 学問
道家: 無為自然
何かをしようとしなければ,自ずからうまくいく
__屈原__ と漁師
正義を通そうとして疎まれた屈原が漁師に「まわりに合わせないといけない」と言われる(屈原=儒家, 漁師=道家を表している)
|儒家|道家|
|-|-|
|積極的|消極的|
|理想主義|現実主義|
|硬直的|柔軟|
|絶対的正義|相対的正義|
|士丈夫(官僚)の考え|一般人の考え|
儒家は自殺が多い,道家には遵法精神の欠如や時間にルーズなどの問題もある
__上有政策 下有対策__