# 第4回:ベクトル
## 1. ベクトルと基底
### 1.1 ベクトルの成分表示と基底ベクトル
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高校数学では、ベクトルは単に「大きさと向きをもつ量」として扱われ、成分として表されることが多かった。たとえば
$$\vec{a} = (1, 2)
$$ のような形で表されるベクトルがあったが、これは実は**基底ベクトル**に沿った成分表示である。$(a, b)$ のように書かれたベクトルのことを**行ベクトル**と呼ぶ。高校ではベクトルと言えば基本的に行ベクトルを意味することが多かったが、大学では列ベクトルで表すことが一般的:
$$
\vec{v} =
\begin{pmatrix}
a \\
b
\end{pmatrix}
$$ これは、次回学ぶ「行列とベクトルの積」において、列ベクトルを扱う方が自然だからである(線型変換のイメージにもつながる)。実際には, 行ベクトルを使って書く記法が誤りで, 列ベクトルだけが正しいとする数学的根拠はなく, 縦と横を入れ替えた形で全ての議論をやり直すことは常に可能である。単に, 列ベクトルを用いた記法に統一して進めましょうとあらかじめ決めているだけに過ぎない。
成分を並べて表示するベクトルの裏には, 必ず基底ベクトルが隠れている:
$$
\vec{a} = \boldsymbol{a} =
\begin{pmatrix}
1 \\
2
\end{pmatrix}
= 1 \cdot \vec{e}_1 + 2 \cdot \vec{e}_2.
$$ ここで、$\vec{e}_1 = \begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}$、$\vec{e}_2 = \begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}$ は標準基底。3次元であれば、
$$
\vec{e}_1 = \begin{pmatrix}1\\0\\0\end{pmatrix}, \qquad \vec{e}_2 = \begin{pmatrix}0\\1\\0\end{pmatrix} \qquad \vec{e}_3 = \begin{pmatrix}0\\0\\1\end{pmatrix},
$$ の3つを用意して, 任意の点の座標を
$$
\vec{r} = \begin{pmatrix} x\\ y\\ z\end{pmatrix} = x\vec{e}_1 + y \vec{e}_2 + z \vec{e}_3,
$$ で表す。$\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$, $\vec{e}_3$ は順に $\vec{e}_x$, $\vec{e}_y$, $\vec{e}_z$ とも。
高校数学におけるベクトルの導入を繰り返すと、「大きさと向きを持った量」であるわけだが, 単に成分を並べただけでは必ずしも向きは明確でない。大きさと向きを持った最も単純なベクトルが基底ベクトル (特に標準基底) であり, これらを組み合わせて任意のベクトルを表現してやろうというのが成分表示の心である。
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### 1.2 正規直交基底とクロネッカーのデルタ
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標準基底の性質は, 内積 (後述) を用いた以下の式
$$
\vec{e}_i \cdot \vec{e}_j = \delta_{ij} = \begin{cases} 1 & (i = j)\\ 0 & (i\neq j) \end{cases}
$$ によって簡潔に表すことができる。つまり, 同じ番号の基底ベクトル (例えば, $\vec{e}_2$ 同士) で内積を取ると $1$ (長さが $1$ であることを意味する), 異なる番号の基底ベクトル (例えば, $\vec{e}_3$ と $\vec{e}_1$) で内積を取ると $0$ になる (すなわち, これらは直交している) ことを表している。ここで, 記号 $\delta_{ij}$ を**クロネッカーのデルタ**と呼ぶ。この, 標準基底の持つ長さが $1$ で互いに直交しているという性質を, **正規直交性** と呼び, そのような基底を **正規直交基底** とか **正規直交系** などと呼ぶ。
標準基底でなくとも, 上式を満たしてさえいれば, 正規直交基底としての資格を持っている。2次元の例として, 標準基底 $\vec{e}_1 = \begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}$, $\vec{e}_2 = \begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}$ を組み合わせて
$$
\vec{e}^\prime_1 = \dfrac{1}{\sqrt{2}}(\vec{e}_1 + \vec{e}_2) = \begin{pmatrix}\dfrac{1}{\sqrt{2}}\\\dfrac{1}{\sqrt{2}}\end{pmatrix}, \qquad \vec{e}^\prime_2 = \dfrac{1}{\sqrt{2}}(\vec{e}_1 - \vec{e}_2) = \begin{pmatrix}\dfrac{1}{\sqrt{2}}\\-\dfrac{1}{\sqrt{2}}\end{pmatrix},
$$ のようにすると, $\vec{e}^\prime_1$ と $\vec{e}^\prime_2$ も正規直交基底 (確認してみよ)。これは斜め45$^\circ$方向に $x'$ 軸と $y'$ 軸を取ることに対応している。
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### 1.3 一般の基底
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基底ベクトルは何も正規直交基底に限られない。長さが $1$ でなかったり, 互いに直交しないベクトルの組を基底に取ることができる。数学的には, $n$ 次元空間では, $n$ 個のベクトルの組が, 後に学ぶ「線型独立性」という性質を持っているとき, これらのベクトルの組を基底として用いることができる。ここでは詳細に立ち入ることはしないが, 2次元空間では, 互いに平行でない $2$ つのベクトル $\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ を用意すればよく, さらに, $\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ が「張る」平面におさまらないように $\vec{e}_3$ を用意すれば $3$ 次元空間の基底を作れる。
あらゆるベクトルは, **基底ベクトルの線型結合の形で一意に表現できる**。つまり, 2次元空間の基底 $\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ に対し, あるベクトル $\vec{A}$ が
$$
\vec{A} = a \vec{e}_1 + b \vec{e}_2 = c \vec{e}_1 + d \vec{e}_2,
$$ と書かれている時, $a=c$ かつ $b=d$ である。
基底ベクトルを変える(=基底変換する)と、同じベクトルでもその**成分表示は変わる**。
$$
\vec{A} = a \vec{e}_1 + b \vec{e}_2 = a^\prime \vec{e}^\prime_1 + b^\prime \vec{e}^\prime_2,
$$ のように基底ベクトルの組 $(\vec{e}_1, \vec{e}_2)$ から別の基底ベクトルの組 $(\vec{e}^\prime_1, \vec{e}^\prime_2)$ を使って書き換えたとき, 成分 $\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}$ も $\begin{pmatrix}a^\prime\\b^\prime\end{pmatrix}$ に変化する。変換後の成分を知りたければ, 各成分ごとに上式を立式して, 連立して解けばよい。あるいは, 変換先の基底が正規直交性を持っているのであれば, 後述する射影のテクニックを利用することができる (演習問題を使って実際に確認する)。
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## 2. 内積と関連する演算
## 2.1 内積と長さ
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2つのベクトル $\vec{a}, \vec{b}$ に対して, **内積 (inner product)**は:
$$
\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta,
$$ のように**定義**される。ここで, 絶対値記号はベクトルの長さを表し, 角度 $\theta$ は $\vec{a}$ と $\vec{b}$ の成す角である。自分同士の内積を取ることで,
$$
\vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}||\vec{a}|\cos 0 = |\vec{a}|^2,
$$ のように長さの二乗を計算することができる。
*正規直交基底*においては, 内積は以下のようにも計算できる:
$$
\vec{a} \cdot \vec{b} =
a_1b_1 + a_2b_2 \quad \text(2次元の場合).
$$ 教科書によっては, むしろこの式を内積の定義とする場合があるが, 上で断っておいたように, あくまでも正規直交基底のときにだけ成り立つ式であることに注意が必要。正規直交基底の場合に, この式に従って「自分同士」の内積を取ると
$$
\vec{a} \cdot \vec{a} = (a_1)^2 + (a_2)^2,
$$ となるが, これが $|\vec{a}|^2$ に等しいことは, 三平方の定理に他ならない。
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### 2.2 単位ベクトル(方向ベクトル)と(正)射影
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ベクトルの向きだけを表したいときは、**単位ベクトル**(長さ1)に正規化するのが便利:
$$
\hat{a} = \frac{\vec{a}}{|\vec{a}|}.
$$ つまり, 長さが $0$ でないベクトル $\vec{a}$を, 自分自身の長さで割ることで, 長さ $1$ のベクトルを作るような操作を考えている。
ベクトル $\vec{a}$ のベクトル $\vec{b}$ の方向への **射影 (projection)** とは
$$
(\vec{a} \cdot \hat{b}) \, \hat{b} = \left( \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{b}|} \right) \dfrac{\vec{b}}{|\vec{b}|},
$$ のことである。これは「ベクトルの影を取る」ような操作である。特に, この影の長さだけ欲しい場合には
$$
\vec{a} \cdot \hat{b} = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{b}|},
$$を計算すればよい。
上記ように, ある軸に対して垂線を下すような形での射影を特に **正射影** と呼ぶ。「斜め方向」から光で照らして影を取ることで, より一般の射影(斜交射影)を考えることもできる。ここでは詳しく触れないが, 行列積の形, あるいは双対空間という抽象的な概念を用いることで, 斜交射影についても簡単な演算で表現することができる。
$\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ が正規直交基底を成すとき, $\vec{A} = A_1 \vec{e}_1 + A_2 \vec{e}_2$ の成分, $A_1$, $A_2$ は, 以下で計算するように射影を使って簡単に計算できる:
$$
\vec{A}\cdot \vec{e}_1 = (A_1 \vec{e}_1 + A_2 \vec{e}_2)\cdot \vec{e}_1 = A_1 \vec{e}_1\cdot\vec{e}_1 + A_2 \vec{e}_2\cdot\vec{e}_1 = A_1 \cdot 1 + A_2 \cdot 0 = A_1,
$$$$
\vec{A}\cdot \vec{e}_2 = (A_1 \vec{e}_1 + A_2 \vec{e}_2)\cdot \vec{e}_2 = A_1 \vec{e}_1\cdot\vec{e}_2 + A_2 \vec{e}_2\cdot\vec{e}_2 = A_1 \cdot 0 + A_2 \cdot 1 = A_2.
$$ いずれにおいても, 正規直交性をそのまま利用している。
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## 3. 外積(3次元)
### 3.1 外積の定義
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3次元空間で, $\vec{a}, \vec{b}$ を正規直交基底で成分表示したとき, 以下の演算を **外積 (outer product)** または **クロス積 (cross product)** と呼ぶ:
$$
\vec{a} \times \vec{b} = \begin{pmatrix} a_2 b_3 - a_3 b_2 \\ a_3 b_1 - a_1 b_3 \\ a_1 b_2 - a_2 b_1\end{pmatrix}.
$$
外積の大きさは, 2つのベクトルが作る平行四辺形の面積に等しい:
$$
|\vec{a} \times \vec{b}| = |\vec{a}| |\vec{b}| \sin \theta.
$$ ここで, $\theta$ は2つのベクトルの成す角。外積の向きは, $\vec{a}$, $\vec{b}$, $\vec{a} \times \vec{b}$ がこの順に右手系を成すような向き。**ベクトルの内積が単一の数値 (スカラー) を与える一方で, 外積を取るとベクトルが得られること** に注意。
外積は入れ替えに対して反対称である:
$$
\vec{b} \times \vec{a} = -\vec{a} \times \vec{b}.
$$
この演算は, 力学や電磁気学などで広く利用されるほか, **ある平面に対して垂直なベクトルを1つ求めたいとき** などにも利用できる。そのような場合, 平面に含まれるような 2 つの平行でないベクトルを用意し, それらの外積を取る。
後に学ぶ行列式を用いると, 3次元空間におけるベクトルの外積は
$$
\vec{a} \times \vec{b} =
\begin{vmatrix}
\vec{e}_1 & \vec{e}_2 & \vec{e}_3 \\
a_1 & a_2 & a_3 \\
b_1 & b_2 & b_3
\end{vmatrix}
$$ のようにも書ける (行列式を学んだのちは, これが覚えやすい)。
もっと進んだ事項まで学ぶと, レヴィ・チビタ記号 $\varepsilon_{ijk}$ なるものを用いて以下のように書ける:
$$
[\vec{a}\times\vec{b}]_i = \sum_{j=1}^3\sum_{k=1}^3 \varepsilon_{ijk} a_j b_k,
$$$$
\varepsilon_{ijk} = \begin{cases} 1 & (i,j,k \text{が} 1, 2, 3 \text{の偶置換})\\ -1 & (i,j,k \text{が} 1, 2, 3 \text{の奇置換})\\ 0 & (\text{それ以外})\end{cases}.
$$
</details>
### 3.2 三重積
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3つのベクトル $\vec{a}$, $\vec{b}$, $\vec{c}$ を用いて定義される以下の演算を, **スカラー三重積** と呼ぶ:
$$
\vec{a}\cdot(\vec{b}\times\vec{c}).
$$ 幾何学的には, 3つのベクトルによって作られる平行六面体の符号付き体積と解釈できる。符号は, $\vec{a}$, $\vec{b}$, $\vec{c}$ がこの順に右手系を成す場合を正, 左手系の場合が負となる。対称性から, サイクリックに入れ替えた以下は全て等しい:
$$
\vec{a}\cdot(\vec{b}\times\vec{c}) = \vec{b}\cdot(\vec{c}\times\vec{a}) = \vec{c}\cdot(\vec{a}\times\vec{b}).
$$ 一方で, 2つだけ取って入れ替えると符号が反転してしまうので注意:
$$
\vec{a}\cdot(\vec{c}\times\vec{b}) = -\vec{a}\cdot(\vec{b}\times\vec{c}).
$$
次に, 以下のような積を **ベクトル三重積** と呼ぶ:
$$
\vec{a}\times(\vec{b}\times\vec{c}).
$$ 名前から明らかであろうが, スカラー三重積がスカラーを返すのと違い, ベクトル三重積はベクトルを返す。色々と公式が知られており, 以下を使いこなせると電磁気学などの学習がスムーズ:
$$
\vec{a}\times(\vec{b}\times\vec{c}) = (\vec{a}\cdot\vec{c})\vec{b}-(\vec{a}\cdot\vec{b})\vec{c},
$$$$
\vec{a}\times(\vec{b}\times\vec{c})+\vec{b}\times(\vec{c}\times\vec{a})+\vec{c}\times(\vec{a}\times\vec{b})=0.
$$
</details>
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## 4. ベクトルで書かれた方程式の解法
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力学の学習を進めていくと, 至る所でベクトルで書かれた方程式が登場する。ここでは, その代表的かつ単純な例として, 小球の衝突について取り上げる。ベクトル方程式の処理という観点からは, その他の例であっても基本的な考え方は同じである。
</details>
### ◆ 例:小球の衝突(2次元)
<details>
2つの小球が斜めに衝突するような状況では、運動量保存をベクトルで書くと:
$$
m_1 \vec{v}_1 + m_2 \vec{v}_2 = m_1 \vec{v}_1' + m_2 \vec{v}_2'
$$
さらに、弾性衝突であればエネルギー保存も:
$$
\frac{1}{2}m_1|\vec{v}_1|^2 + \frac{1}{2}m_2|\vec{v}_2|^2 =
\frac{1}{2}m_1|\vec{v}_1'|^2 + \frac{1}{2}m_2|\vec{v}_2'|^2
$$
これらを**連立方程式**として解くことで、衝突後の速度ベクトル $\vec{v}_1'$, $\vec{v}_2'$ を求めることができる。
### ⚠️ 注意:ベクトルは割り算できない!
$$
\frac{\vec{a}}{\vec{b}} \quad \text{← これは定義されていない!}
$$
ベクトルに対して「割る」ことはできない。方程式を解く際は、**スカラー積や内積、成分ごとの比較**を用いること。実際に演習問題を解いてみて, 射影などのテクニックがどのように活かせるか体験してみよう。
</details>
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## まとめ
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- ベクトルは「成分」だけでなく、「基底」も意識することが大切
- 記法や演算(内積・外積)を通じて、ベクトルの構造を理解する
- 物理に応用される場面では、ベクトル方程式として運動を記述することが多い
- 正しい演算と意味を理解し、図形的・物理的なイメージを持とう
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