# 第13回 相対論講義ノート ### 8.5 無質量粒子の運動 ### 8.5.1 4元波数ベクトル <details> 次に、質量を持たない粒子の運動について触れておこう。当然念頭にあるのは光子である。特殊相対論は、光速度 $c$ の不変性を要請することで構築されている以上、合わせて議論しておくことが妥当であろう。Newton 力学では、光子の運動を扱うことはなかったが、特殊相対論では以下のように論ずることができる。 はじめに、これまでの質量 $m$ を持つ粒子の運動に関する結果に $m=0$ を代入してしまうと、エネルギーも運動量もゼロになってしまうように思われるが実はこれは正しくない。質量はほとんどの式で $m\gamma$ という組み合わせで現れることに着目しよう。このとき、$m\to0$ の極限を取ると同時に、$\gamma\to \infty$の極限を取り、$m\gamma$ をゼロでない定数にすることができるのだ。実際 Lorentz 因子 $\gamma$ は、定義から速度 $V\to c$ で発散するので、このようなことが起きそうである。もっと直接的に言えば、速度の大きさを運動量の大きさで書いて \begin{eqnarray} \beta = \dfrac{\mathcal{P}c}{E} = \dfrac{\mathcal{P}}{\sqrt{m^2c^2+\mathcal{P}^2}}, \end{eqnarray} としてみると、$m=0$ を代入することで $\beta=1$、つまり **質量を持たない粒子は必ず光速度で運動していなくてはならない** という極めて重要な帰結が得られる。そうでないと、エネルギーも運動量も0となってしまい、そんな粒子は無いに等しいというわけである。 では、光子のエネルギーや運動量が0にならないとして、一体どのような値を採用すればよいのであろうか。量子力学によると[^31]、振動数 $\nu$ を持つ光子はエネルギー $$ E = h \nu, $$ また、運動量は $$ p=E/c=h\nu/c, $$ であると言う。ここで、$h$ は Planck 定数 \begin{eqnarray} h = 6.62607015\times 10^{-34}\,\mathrm{J\,s}, \end{eqnarray} である。 このことを手掛かりに4元運動量を作ってみよう。これが無質量の粒子を有質量の粒子とともに力学の俎上に乗せるための基本方針となる。まず、波動方程式の解のところで導入した、角周波数 $\omega$ や波数ベクトル $k^i$ の大きさ $k=\sqrt{\delta_{ij}k^ik^j}$ は、振動数 $\nu$ と以下のように結ばれる: \begin{eqnarray} \omega = 2\pi\nu = 2\pi/T, \qquad k = 2\pi/\lambda = \omega/c. \end{eqnarray} ここで、$\lambda$は波長、$T$は周期である。すると、量子力学の結果を$$ E = (h/2\pi)\omega = \hbar\omega, \quad p=\hbar\omega/c=\hbar k, $$ とできるであろう。ここで、Dirac定数 $\hbar$ (換算Planck定数とも)は \begin{eqnarray} \hbar = h/2\pi = 1.054571817\times 10^{-34}\,\mathrm{J\,s}, \end{eqnarray} で定義される量である。これらを用いて、エネルギーと運動量を並べたものを書けば、 \begin{eqnarray} \mathcal{P}^{\mu} = \hbar k^\mu,\qquad k^\mu = \begin{pmatrix} \omega/c\\ k^i \end{pmatrix}, \end{eqnarray} となる。ここで、角周波数と波数をまとめたものを $k^\mu$ と書いたが、波数ベクトルの4元バージョンと言える。この **4元波数ベクトル** を用いると、波動方程式の解に現れる位相部分 $k^i x_i -\omega t$ は \begin{eqnarray} k^i x_i -\omega t = k^\mu x_\mu = \eta_{\mu\nu}k^\mu x^\nu, \end{eqnarray} のように Lorentzスカラー として簡潔に書ける。これは、伝播する波がある時空点で山なのか谷なのかは、観測者に依らないという、当然期待できる結果を示しており、このことからも角周波数と波数をまとめたものを4元ベクトルとして扱うことが妥当だと分かる。また、$\omega$ と $k$ の関係式である分散関係から \begin{eqnarray} k^\mu k_\mu = \eta_{\mu\nu}k^\mu k^\nu = -\omega^2/c^2 + k^2 = 0, \end{eqnarray} つまり、$k^\mu$が光的であることもすぐに分かる。当然、$\hbar$ を掛けただけで得られる4元運動量も光的だ。これは、有質量の粒子に対する質量殻条件式の右辺に $m=0$ を代入したものと整合的である。 [^31]: 光が離散的な **光子** であるという「光量子仮説」を唱えたのも奇しくも Einstein である。すでに知られていた光電効果(電極に光を照射すると電流が流れたり電子が放出される現象)や、黒体輻射などの現象をよく説明するモデルとして導入された。Einstein は1905年にいずれも物理学において極めて根源的かつ画期的な成果となる4つの論文を書き、奇跡の年と呼ばれている。この4つは、光電効果(1本目)、特殊相対論(3本目)、質量とエネルギーの等価性(4本目)に加え、熱運動する媒質の不規則な運動に由来した **ブラウン運動** に関する研究(2本目)である。ちなみに、彼のノーベル賞は光電効果に関する研究に対して贈られている。 </details> ### 8.5.2 光の Doppler 効果 <details> 光の4元波数に対して Lorentz 変換を施すことで、光の Doppler 効果がすぐに導出できる。相対速度で $\beta c$ で $x$ 方向に等速で運動する系に Lorentz ブーストすると、4元波数は \begin{eqnarray} k^\mu \to {k'}^\mu = \begin{pmatrix} \omega'/c\\ {k'}^i \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \gamma & -\beta\gamma & 0 & 0\\ -\beta\gamma & \gamma & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\ 0 & 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \omega/c\\ k_x \\ k_y \\ k_z \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \gamma\omega/c - \gamma \beta k_x\\ -\gamma \beta \omega/c + \gamma k_x\\ k_y\\ k_z \end{pmatrix}. \end{eqnarray} 注目したいのは、この時間成分、$\omega'/c$ の部分だ。今は簡単のために Lorentz ブーストの方向を $x$ 方向に取り、その結果、$\omega'/c$ の表式の $\beta$ 依存性は $\beta k_x$ の形で現れた。これは、3元波数ベクトル $k^i$ のうち、ブーストしている方向の成分を取ってくる「射影」(=operationalには内積)の操作であることが分かるであろう。よって、ブーストを任意の方向に取りたければこの部分を $\beta^i k_i$ にするだけでよいことが分かる。つまり、観測者の運動に応じて、角周波数は \begin{eqnarray} \omega' = \gamma (\omega - c\beta^i k_i) = \gamma \omega (1-c\beta^i k_i/\omega) = \gamma \omega (1-\beta^i \hat{k}_i), \end{eqnarray} のように変化して観測される。最後の変形は、$k=\omega/c$ を用い、単位波数ベクトル $\hat{k}^i = k^i/k$ を導入した。この特殊な場合として、光と同じ方向に進む観測者に対しては \begin{eqnarray} \omega' = \gamma \omega (1-\beta) = \sqrt{\dfrac{(1-\beta)^2}{1-\beta^2}}\omega = \sqrt{\dfrac{1-\beta}{1+\beta}}\omega, \end{eqnarray} 光と逆向きに進む観測者に対しては \begin{eqnarray} \omega' = \gamma \omega (1+\beta) = \sqrt{\dfrac{(1+\beta)^2}{1-\beta^2}}\omega = \sqrt{\dfrac{1+\beta}{1-\beta}}\omega, \end{eqnarray} を得る。上記の議論では、あえて「光源」を特定しない一般のケースを考えた。今、Lorentz 変換前の系を光源の静止系、変換後を我々観測者と取ってもよいだろう。すると、光と同じ方向に動く観測者のケースが「遠ざかる光源」に対応しており、その場合には光の角周波数は小さく観測され(つまり、波長が長く、エネルギーが小さくなる= **赤方偏移**)、逆に観測者に対して「近づく光源」の場合には角周波数が大きく(つまり、波長が短く、エネルギーが大きくなる= **青方偏移**)観測される。これらの効果は、実際に時空図を書いて確かめることができる(講義を参照されたい)。ちなみに、純粋に相対論的な効果として、たとえ光源が観測者に対して「横向きに」つまり、近づくでも遠ざかるでもない向きに動いていたとしても($\beta^i \hat{k}_i = 0$)、Lorentz 因子 $\gamma$ の分だけ角周波数が違って観測される。これを **横 Doppler 効果** と呼ぶ: \begin{eqnarray} \omega' = \gamma \omega = \dfrac{\omega}{\sqrt{1-\beta^2}}, \end{eqnarray} 最後に、光源と観測者の相対運動が、光速度に対して十分に遅い極限、つまり、非相対論極限を見てみよう。これは任意の方向に対する Doppler 効果の式を $\beta$ に対してMaclaurin展開すればすぐに分かる: \begin{eqnarray} \omega'/\omega &=& 1-\beta^i\hat{k}_i + \dfrac{1}{2}\beta^2 + \mathcal{O}(\beta^3)\cdots,\\ \end{eqnarray} 特別な場合には \begin{eqnarray} \omega'/\omega &=& 1-\beta + \dfrac{1}{2}\beta^2 + \mathcal{O}(\beta^3),\qquad (遠ざかる光源)\\ \omega'/\omega &=& 1+\beta + \dfrac{1}{2}\beta^2 + \mathcal{O}(\beta^3),\qquad (近づく光源)\\ \omega'/\omega &=& 1 + \dfrac{1}{2}\beta^2 + \mathcal{O}(\beta^3),\qquad (「横向き」に動く光源) \end{eqnarray} となる。 ここで、中学理科で習ったであろう音の Doppler 効果との違いに少しだけ触れておこう。音の Doppler 効果について覚えていれば、「音源が音を伝える媒質である空気に対して動いている場合」と「観測者が動いている場合」とで結果が異なっていたであろう。音源の速度を $V_\mathrm{s}$、観測者の速度を $V_\mathrm{o}$ とし、音速を $c_\mathrm{s}$ で書くと、静止する音源から出る音の角周波数 $\omega$ と観測される角周波数 $\omega'$ の関係は \begin{eqnarray} \omega'/\omega = \dfrac{c_\mathrm{s}-V_\mathrm{o}}{c_\mathrm{s}-V_\mathrm{s}}, \end{eqnarray} により計算される。ここで、$V_\mathrm{o} = V$, $V_\mathrm{s}=0$ と取ると音源は静止、観測者が速度 $V$ で遠ざかる場合に、$V_\mathrm{o} = 0$, $V_\mathrm{s}=-V$ と取ると観測者が静止、音源が速度$V$で遠ざかる場合に対応しているが、両者の結果は $(c_\mathrm{s}-V)/c_\mathrm{s}\neq c_\mathrm{s}/(c_\mathrm{s}+V)$ と異なる。一方で、光を伝える媒質(エーテル)の存在を仮定せず、なおかつ光源と観測者の運動が互いに対等であることを要請した特殊相対論では、両者の間の相対速度だけで結果が決まるようになっている。つまり、$\beta$ と書いたときに、光源が観測者に対して速度 $\beta c$ で動いているのか、逆に観測者が光源に対して速度$\beta c$で動いているのか気にする必要は全くない。また、横 Doppler 効果に見られるような Lorentz 因子 $\gamma$ で決まる効果は、相対的に動いている系の間で時間の進む速さが異なることを反映したものであり、相対論特有の現象と言える[^32]。 [^32]: ここで議論しているDoppler効果はあくまでも特殊相対論的効果を意味する。運動している天体から放たれる光の波長は、この効果により、天体の静止系における波長 $\lambda$ から変化して地球では別の値 $\lambda'$ として観測される。 $$ \lambda'/\lambda = 1 + z, $$ で定義される量 $z$ のことを **赤方偏移** (**redshift**)と呼ぶ。地球に近づく向きに動く天体に対しては $z\lt 0$ となり、**青方偏移** と呼ぶ。赤方偏移は遠方の銀河までの距離の指標としてよく使われるが、その場合にはここで議論している特殊相対論的 Doppler 効果ではなく、**宇宙論的赤方偏移** (**cosmological redshift**) であることに注意されたい。こちらについては詳しくは後期の宇宙論の講義で扱う予定だが(「星間物質と銀河の物理学」でも簡単に扱う)、純粋に一般相対論的効果であり、天体から放たれた光が地球に届くまでの間に、宇宙が膨張することで波長が徐々に引き伸ばされる効果である。にも関わらず、特に一般向けの講演、啓蒙書、報道などでは、遠方の銀河ほど、そこまでの距離に比例して大きな速度で地球から遠ざかるのを反映して、特殊相対論的効果によって波長が伸ばされるかのような説明をしばしば見聞きする。これだと、あるところより遠くに行くと光速度を超えてしまうような気がするが大丈夫なのか?光速度を超えた速度で遠ざかる銀河の赤方偏移って計算できないのではないか?と言った疑問が湧いてきて、色々なところで齟齬をきたすであろう。実は、時間的にも空間的にも大きく離れた銀河の「地球に対する速さ」はどのような座標系で測る量なのかでいかようにも変わる曖昧な概念であり、正確に理解するためには一般相対論の理解が必要となる。上記の簡易的な説明は、本来一般相対論的な効果である宇宙論的赤方偏移を特殊相対論における Doppler 効果を使って無理やり理解させようとするせいで、正確性を欠いたものとなっているので注意しよう。 #### 練習問題: 光速度近くまでに加速することが可能なスーパーカーのレースにおいて、静止系では赤色に見える車が相対速度 $0.8c$ で別の車を追い抜いて行った。追い抜かれた車から見て、追い抜いた車は何色に見えるであろうか。1)車が真後ろから迫ってくる状況、2)真横を追い抜く状況、3)追い抜いた後、前方に逃げていく状況、の3つについて答えよ。簡単のために車の色を $700\,\mathrm{nm}$ の単色光とせよ。$\beta=v/c$ の最低次の評価とフルオーダーの評価をいずれも示してみよ。(観測される波長に加えて、大まかな色も答えよ。例:橙、赤外線なので人の目には見えない、etc.) #### 解 $\beta=0.8$ を対応する状況の Doppler 効果の式に代入して計算する。波長は角周波数の逆数であることに注意すると - 1) $233.3\,\mathrm{nm}$ (フルオーダー; 紫外線=見えない), $140\,\mathrm{nm}$ ($\beta$ の線形項まで; 紫外線) - 2) $420\,\mathrm{nm}$ (フルオーダー; 紫), $476\,\mathrm{nm}$ ($\beta$の2次の項まで; 青) - 3) $2100\,\mathrm{nm}$ (フルオーダー; 赤外線=見えない), $1260\,\mathrm{nm}$ ($\beta$ の線形項まで; 赤外線) となる。 この結果は波長 $\lambda$ を $\beta$ で Maclaurin 展開し直して求めたものであるが、角周波数のまま Maclaurin 展開した上記の式をそのまま使って $\omega$ 経由で $\lambda$ を求めると少しだけ異なる結果となる。 </details> ### 8.5.3 相対論的ビーミング効果 <details> 高エネルギー天体現象界隈では、光に近い速度で動く光源からの放射をしばしば考える。そんなときに重要な効果がこのビーミング効果だ。これは、光源の静止系であらゆる方向に同じ明るさで(=等方的に)光を発生させたとしても、この光源が動いているように見える別の系からは、特定の方向に優先的に光を出しているように見える効果である。この説明からも分かるように、上記の Doppler 効果と同様、光の4元運動量に対して Lorentz ブーストを施せば議論のほとんどは尽くされる。先ほどは第0成分(時間成分=エネルギー)を見たが、今回は光が運行する方向が問題となるので、空間成分を見てみよう。議論を簡単にするために、$x$ 方向を引き続き Lorentz ブーストを起こす方向に、さらに、光の進行方向が $x-y$ 平面内に閉じ込められるように $y$ 方向を選ぶことにしよう。そして、光の進行方向の、$x$ 軸正方向からのズレの角度を $\alpha$ と書く。つまり、4元波数は \begin{eqnarray} \mathcal{P}^\mu = \begin{pmatrix} \omega/c\\ k\cos \alpha\\ k\sin \alpha\\ 0 \end{pmatrix}, \end{eqnarray} で与えれれるものとしよう。波数の大きさ$k$は分散関係より $\omega/c$ に等しい。一方で、Lorentz ブースト後の量をプライムをつけて表すことにする。すると Lorentz 変換後の運動量の $x$ 成分および $y$ 成分は \begin{eqnarray} k'_x &=& k'\cos \alpha' = -\beta\gamma \omega/c + \gamma k\cos \alpha,\\ k'_y &=& k'\sin \alpha' = k_y = k \sin \alpha, \end{eqnarray} により与えられる($k'_z=0$ は自明)。これらの式を整理して、Lorentz 変換前後の光の進む角度である $\alpha$、$\alpha'$ の関係を調べると \begin{eqnarray} \cos \alpha' = \dfrac{k'_x}{\sqrt{{k'_x}^2+{k'_y}^2}} = \dfrac{-\beta + \cos \alpha}{1-\beta \cos \alpha}, \end{eqnarray} となる。 Doppler 効果の議論と同様に、Lorentz ブースト前を光源の静止系、Lorentz ブースト後を観測者の静止系に取ろう。光源からは等方的に光が放たれたものとする。角度 $[\alpha,\alpha+\Delta \alpha]$ の範囲に対応する立体角は $2\pi \sin\alpha \Delta \alpha$、これが観測者の静止系からは $[\alpha',\alpha'+\Delta \alpha']$ の範囲の立体角 $2\pi \sin\alpha' \Delta \alpha'$ の範囲に放たれているように見える。この立体角の変化のために、観測者の静止系からは方向 $\alpha'$ に応じて異なる光度で輝いているように見える。光度は立体角に反比例するので、比 $\sin\alpha\Delta\alpha / \sin \alpha' \Delta \alpha'$ を調べれば、その増幅率を計算することができる。そのために、$\cos \alpha'$ の式の両辺の微小変化を調べると \begin{eqnarray} -\sin \alpha' \mathrm{d}\alpha' &=& \dfrac{-\sin \alpha \mathrm{d}\alpha (1-\beta \cos \alpha)-(-\beta+\cos \alpha)\beta \sin \alpha \mathrm{d}\alpha}{(1-\beta \cos \alpha)^2}\nonumber\\ &=& -\dfrac{1-\beta^2}{(1-\beta \cos \alpha)^2}\sin \alpha \mathrm{d}\alpha\nonumber\\ &=& -\dfrac{1}{\gamma^2 (1-\beta \cos \alpha)^2}\sin \alpha\mathrm{d}\alpha, \end{eqnarray} ここから直ちに増幅率が \begin{eqnarray} \gamma^2 (1-\beta \cos \alpha)^2, \end{eqnarray} と求まる。興味深いことに、この因子は、Doppler 効果によるエネルギーの増幅率 $\omega'/\omega$ のちょうど2乗となっている[^33]。この因子 $(\omega'/\omega)$を$\mathcal{D}$ と書くと、相対論的ビーミングを受けた光源の見かけの明るさは $\mathcal{D}^3$ だけ変化する。つまり、特定の方向に放たれる光の数が $\mathcal{D}^2$ だけ変化する効果と、各々の光子の持つエネルギーが Doppler 効果で $\mathcal{D}$ だけ増幅される効果があり、これらを掛け合わせたものがトータルのエネルギーの変化となる。加えて、観測者が受信できる光の波長帯が装置の特性で限定されていると、Doppler 効果により、光源の静止系で見ると全く異なる波長帯の光を観測していることになるため、受け取るエネルギーはさらに変化する。 [^33]: Doppler効果の式では、光の進行方向とLorentzブーストの方向に対する内積 $\beta^i\hat{k}_i$ を使って表記したが、これは今の設定では $\cos \alpha$ に他ならない。 相対論的ビーミング効果は、天文学のさまざまなシーンで重要となる。銀河中心のブラックホールから上下に放たれるジェットの一方が他方より明るかったり(あるいは一本しか見えない場合も)する効果はまさに相対論的ビーミングの影響である。さらに、最近話題のブラックホールシャドウのドーナツ状の構造に、明るい側と暗い側が存在するのも同じ効果によるものである。やや違う文脈では、宇宙マイクロ波背景輻射 (Cosmic Microwave Background (CMB) radiation) の温度マップも、地球の運動によるビーミング効果(と Doppler) のせいで僅かながら進行方向と反対方向で温度が異なる。これを逆手に取り、双極子成分の測定から、CMB静止系に対する地球の運動を推定することができる[^34]。同様な考えから、遠方銀河の分布が地球の運動方向に見掛け上よりたくさん集まることからも地球の運動について検証することができる。 [^34]: 実際には、地球の太陽周りの運動+太陽の銀河の重心に対する相対運動+銀河のCMBに対する運動で、大まかな値はこの順に $30\,\mathrm{km/s}$, $300\,\mathrm{km}/s$, $550\,\mathrm{km/s}$ となっており、ネットの速度は $368\pm2\,\mathrm{km/s}$ と測定されている。 </details> ### 8.5.4 Compton 散乱 <details> 光の4元運動量を書き下した今、質量を持つ粒子の散乱問題と同様に、光が絡んだ散乱問題を考えることができる。その最も重要なものとして、**Compton散乱** が挙げられる。これは、光子が電子と衝突して進行方向やエネルギーが変更される現象である。すでに考えた2体散乱の設定と全く同じものを考えよう。今、「粒子1」とされていたものが光子となり、もちろん質量は$0$で、4元運動量が \begin{eqnarray} \mathcal{P}_1^\mu = \begin{pmatrix} \hbar \omega/c\\ \hbar k^i \end{pmatrix}, \end{eqnarray} で与えられる。これが、散乱によってエネルギーを変え、 \begin{eqnarray} \mathcal{P}_3^\mu = \begin{pmatrix} \hbar \omega'/c\\ \hbar {k'}^i \end{pmatrix}, \end{eqnarray} に変化する。光子の質量殻条件は分散関係 $\omega = kc$ ないし $\omega' = k'c$ に他ならない。 一方、「粒子2」、「粒子4」は電子で、質量を $m_2$, $m_4$ を$m_\mathrm{e}$とする。有質量粒子の散乱問題と全く同様に、エネルギーおよび運動量に対して散乱の前後で保存するように要請し、散乱後の角周波数 $\omega'$ について解くと \begin{eqnarray} \omega' = \dfrac{\omega}{1+(\hbar \omega/m_\mathrm{e}c^2)(1-\cos\theta)} \quad (\lt \omega), \end{eqnarray} を得る。散乱により、光子が持っていたエネルギーの一部が電子に移るため、光子はエネルギーを失い、角周波数が減少する。光子が持つエネルギー $\hbar \omega$ が電子の静止エネルギー $m_\mathrm{e}c^2$ と比べて十分小さいときは、$\omega'\simeq \omega$ であり、エネルギーをほぼ保ったまま進行方向を変えることができる。この近似が成り立つとき、**Thomson散乱 (Thomson scattering)** と呼ぶ。この条件は、波長で表すと \begin{eqnarray} \lambda = \dfrac{2\pi c}{\omega} \gg \dfrac{h}{m_\mathrm{e}c}, \end{eqnarray} と書き直せる。そこで、電子の場合に限らず、右辺に出てくる長さの次元を持つ量 \begin{eqnarray} \lambda_\mathrm{c} \equiv \dfrac{h}{mc}, \end{eqnarray} のことを質量 $m$ の粒子のCompton波長と呼び、電子の場合にはその質量を代入すると $2.426\times 10^{-12}\mathrm{m}$ を得る。これはガンマ線の波長領域に対応する。天文学では、概ねX線やガンマ線などの短波長の電磁波の散乱を Compton 散乱、一方で光子のエネルギーの変化をほとんど伴わない、可視光などの長波長の電磁波の散乱を Thomson 散乱と呼ぶ。 Compton 散乱の導出では、電子が静止している状況を考えていた。一方で、高いエネルギーを持つ電子が光子と衝突することで、光子の方がエネルギーを増すような状況も考えられる。これは、単に Compton 散乱を Lorentz 変換し、衝突前の電子が動いている系に移すことで得られる。簡単のために、光の入射方向と同じ方向に動く観測者を考える。この観測者から見ると、電子は光のやってくる方向に向かって動いており、両者は正面衝突する。観測者の速度の大きさ(したがって、電子の速度の大きさ)を $V=\beta c$ と書き、散乱前後の光子の4元運動量を Lorentz 変換する。新しい観測者の系で測った量をチルダをつけて表現することにしよう。今興味があるのはエネルギーの変化だけなので(したがって、角周波数 $\omega=E/\hbar$ で代表して書くことにする)、これがLorentz変換でどう変わるのかを書いてみよう。まず、散乱前の光子の角周波数は \begin{eqnarray} \tilde{\omega} = \sqrt{\dfrac{1-\beta}{1+\beta}}\omega. \end{eqnarray} これは遠ざかる光源の Doppler 効果の式に他ならない。一方で、散乱後の光子の角周波数は \begin{eqnarray} \tilde{\omega}' = \gamma (1-\beta\cos\theta)\omega', \end{eqnarray} となる。よって、チルダのついた観測者から見ると、散乱前後のエネルギー比は \begin{eqnarray} \dfrac{\tilde{E}'}{\tilde{E}} = \dfrac{\tilde{\omega}'}{\tilde{\omega}} = \gamma (1-\beta\cos\theta)\sqrt{\dfrac{1+\beta}{1-\beta}}\dfrac{\omega'}{\omega} = \dfrac{1-\beta \cos\theta}{1-\beta}\dfrac{\omega'}{\omega}, \end{eqnarray} となる。今、Thomson散乱が良い近似になっている状況 $\omega'\simeq\omega$ を考えると、エネルギーの比は $\theta=\pi$ つまり光がやってきた方向に反射して戻っていくときに最大となり、なおかつ相対論極限 $\beta\simeq1$ を考えると、 \begin{eqnarray} \dfrac{1-\beta \cos\pi}{1-\beta} = \dfrac{1+\beta}{1-\beta} \simeq 4\gamma^2, \end{eqnarray} となる。ここで、相対論極限において $\gamma^2 = 1/(1-\beta^2) = 1/((1+\beta)(1-\beta))\simeq 1/(2(1-\beta))$ から $1-\beta\simeq 1/(2\gamma^2)$ を用いた。つまり、このとき光子はエネルギーを獲得しており、もともと持っていたエネルギーの約 $4\gamma^2$ 倍になることが分かる。このように、Compton 散乱で光子のエネルギーが増加するような状況のことを **逆Compton散乱 (inverse compton scattering)** と呼ぶ。 天文学では数々の高エネルギー天体現象が知られており、しばしば高い Lorentz 因子が実現する。例えば、活動銀河核、超新星残骸となどの高エネルギー天体付近を通過する光子は逆 Compton 散乱でエネルギーをもらい、X線やガンマ線などの短波長の電磁波となる。また、宇宙論的な状況下では、宇宙マイクロ波背景放射が銀河団などの高温領域を通過する際にエネルギーを獲得することが知られており、**Sunyaev-Zel'dovich効果(SZ効果)** と呼ばれている。 #### 練習問題 Compton散乱によるエネルギー変化の式を用いて、この効果による光子の波長の変化 $\lambda'-\lambda$ をCompton波長を使って書け。 #### 解 波長と角周波数の関係 $\lambda = \dfrac{2\pi c}{\omega}$ から直ちに \begin{align} \lambda' = \dfrac{2\pi c}{\omega'} = \dfrac{2\pi c}{\omega}\dfrac{\omega}{\omega'} = \dfrac{2\pi c}{\omega}\left[1+ \dfrac{\hbar\omega}{m_\mathrm{e}c^2}(1-\cos\theta)\right], \end{align} となる。右辺の1項目 ($\dfrac{2\pi c}{\omega}=\lambda$) を左辺に移項することで \begin{align} \lambda'-\lambda = \dfrac{2\pi c}{\omega}\dfrac{\hbar\omega}{m_\mathrm{e}c^2}(1-\cos\theta) = \dfrac{h}{m_\mathrm{e}c}(1-\cos\theta) = \lambda_\mathrm{c}(1-\cos\theta), \end{align} を得る。 </details>