### 5.5.4 電磁波の進行速度とGalileiの相対性原理
<details>
これまでの議論から、電磁場は速度 $1/\sqrt{\varepsilon_0\mu_0}$ の平面波を解として持つ。これを電磁波と呼ぶ。量子力学によると、電磁波は波としての性質に加えて粒子としての性質を併せ持ち、これを **光子(photon)** と呼ぶ。すなわち、光は真空中で速度
$$
c = \dfrac{1}{\sqrt{\varepsilon_0\mu_0}},
$$ で運動することが分かった。
この量は、真空の誘電率と透磁率で書かれているが、真空が文字通り何もない空間だと思うと、どの観測者にとっても $\varepsilon_0$ や $\mu_0$ は同じように観測されると考えるのが自然ではなかろうか。すなわち、これらの量は(0階のテンソルという意味で)スカラー量である。すると、光速度 $c$ も観測者によって変化してはならない。
ところが、Galilei変換、特にGalileiブーストを考えると、異なる観測者で光の速度が同じとなるのはおかしい。そうではなく、速度は単純にベクトル和として合成されるのがGalileiブーストの帰結だ。$x$ 軸正方向に伝わる光に対し、$x$ 方向に速度 $V$ で運動する慣性系へのGalileiブーストを考えると、
$$
x \to x' = x-Vt, \quad \Rightarrow \quad c \to c' = \dfrac{\partial x'}{\partial t} = \dfrac{\partial x}{\partial t}-\dfrac{\partial Vt}{\partial t} = c-V,
$$ という当たり前の結果が確認できる。逆に、$x$ 軸負の方向に伝わる光は $c+V$ の速度を持つものと観測される。
仮に光速度が慣性系に応じて異なる値を持つものとすれば、電磁波の波動方程式が座標変換に対して共変でないことを意味する。つまり、
$$
\begin{cases}
\Delta \boldsymbol{E} - \varepsilon_0\mu_0\dfrac{\partial \boldsymbol{E}}{\partial t} = 0,\\
\Delta \boldsymbol{B} - \varepsilon_0\mu_0\dfrac{\partial \boldsymbol{B}}{\partial t} = 0,
\end{cases}
$$ が観測者によって変化する。上で見たように、Galileiブーストで移った先では、もはや光は進行方向によっても速度の大きさが変わってしまうが、$\varepsilon_0\mu_0$ の部分の数値をいじるだけではこれが実現できないことは想像できるであろう。つまり、上記の波動方程式はある特別な唯一の慣性系が存在していること、電磁気学の基本法則は、その慣性系だけでしか成立しないことを意味している[^25]。
よって、本節の結論は **電磁気学は Galilei の相対性原理を破る** となる。
[^25]: かつて光を伝える媒質として **エーテル** と呼ばれる仮想的な存在が仮定されていたことがある。つまり、電磁気学の基本法則はエーテルの静止系でのみ成り立つ。ところが、地球は太陽に対して相対的に運動し、太陽も銀河系の中をうごめいていると思うと、そして、それらの運動速度は日常生活のそれを凌駕するレベルで大きなものであることを鑑みると、我々には「エーテルの風」がとてつもない速度で吹き付けていると考えられる。これを見つけよう(すなわち、光の速度が向きに応じて異なる痕跡を探す)とする数々の試みはいずれも失敗に終わったが、このことが特殊相対論の成立を実験的に保証している。物理学実験で取り組んだであろう光速度の測定は、このように大きな意義を持つ。
</details>
### 5.6 Lorentz 変換
### 5.6.1 Galilei 変換から Lorentz 変換へ
<details>
Galilei変換のもとで、Newton 力学と電磁気学とを共変な形で整備することは叶わなかった。では、次の一手はどうすればよいであろうか?「誰が見ても物理法則は同じであるべし」という相対性原理を破棄することも考えられるが、この原理を堅持して何とかならないか足掻いてみよう。
ここでは慣性系の間の座標変換は Galilei 変換ではないとして、これに変わる変換で、光速度不変の原理を満たすものを探してみよう。
ある慣性系 S から、$x$ 方向に速度 $V$ で等速で運動する別の慣性系 S' への変換を考える。2つの座標系の空間原点は、時刻 $t=t'=0$ で完全に一致するものとする。この時刻において、空間座標の原点 O (= O')からあらゆる方向に光を放出したとする。その後、時刻 $t$ における球面波の位置は、S系において
$$
x^2 + y^2 + z^2 = (ct)^2,
$$ と書ける。今、光速度不変を要請しているので、S'系においても光速度は $c$ である。よって、S'系でも球面波は
$$
(x^{\prime})^2 + (y^\prime)^2 + (z^\prime)^2 = (ct^\prime)^2,
$$ に従って広がっていく。これらを同時に満たす変換を見つけることが本節のゴールとなる。
さて、S'系の原点 O' の位置は、S系で見ると
$$
x = Vt,
$$ で $x$ 方向に動いていく状況を考えていたことを思い出そう。これが、S'系で見ると $x^\prime=0$ となるわけなので、$x$ 方向の変換則は
$$
x^\prime = A(x-Vt),
$$ のように、$x$ や $t$ に対して線型な組み合わせで書ける。Galilei 変換の場合には $A=1$ であったが、ここでは未知数として残しておく。$x$ 座標の変換則にならって、時間変数 $t$ も線型に変換されると仮定し、
$$
ct \to ct^\prime = Cx + D(ct)
$$ と置く。今、$y$ 方向、$z$ 方向には何ら変換していないので、$y^\prime=y$, $z^\prime=z$ とし、$t$ と $x$ の2次元部分に集中する。2系での球面波の進行の式から、
$$
(ct)^2 - x^2 = (ct^\prime)^2 - (x^\prime)^2,
$$ を得る。右辺の $t^\prime$ と $x^\prime$ に上記の変換則を代入すると、
$$
(ct)^2 - x^2 = (Cx+Dct)^2 - A^2(x-Vt)^2.
$$ 右辺を展開し、全体を整理すると、
$$
(C^2-A^2+1)x^2 + 2c(CD+2AV/c)xt + (D^2-V^2/c^2-1)t^2 = 0,
$$ を得る。これが恒等的に成り立つとして
$$
\begin{cases}
A^2-C^2 = 1,\\
A^2V/c + CD = 0,\\
D^2 -(V/c)^2A^2 = 1,
\end{cases},
$$ となる。まず、最初の式から、この解は
$$
A= \cosh \phi,\quad C= -\sinh \phi,
$$ の形であると分かる。$C$ の符号は $+$ にしておいても問題ないが、最終結果から天下り的に負号を選んでいる。これを第2式に代入して $D$ について解くと
$$
D = \dfrac{V}{c}\dfrac{\cosh^2\phi}{\sinh\phi}.
$$ さらに $A$ と $D$ を第3式に代入することで
$$
\tanh\phi = \dfrac{V}{c} (:= \beta),
$$ を得る。ここでも、複合は最後の結果が綺麗になるように選んだ。最後に得た関係式を再び $D$ の式に代入すると
$$
D = \cosh\phi,
$$ を得る。まとめると、
$$
\begin{pmatrix}ct\\x\end{pmatrix}\to\begin{pmatrix}ct^\prime\\x^\prime\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\cosh\phi & -\sinh\phi\\ -\sinh\phi & \cosh\phi\end{pmatrix}\begin{pmatrix}ct\\x\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\gamma&-\beta\gamma\\-\beta\gamma&\gamma\\\end{pmatrix}\begin{pmatrix}ct\\x\end{pmatrix}.
$$ ここで、
$$
\gamma := \cosh\phi = \dfrac{1}{\sqrt{1-\tanh^2\phi}} = \dfrac{1}{\sqrt{1-\beta^2}}= \dfrac{1}{\sqrt{1-(V/c)^2}},
$$ と置いて、これを Lorentz 因子と呼ぶ。省略していた $y$ 成分、$z$ 成分も書くと、
$$
x^\mu \to x^{\prime \mu} = \Lambda^\mu{}_\nu x^\nu,\quad
[\Lambda^\mu{}_\nu]=\begin{pmatrix}\gamma & -\beta\gamma & 0 & 0\\ -\beta\gamma & \gamma & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix},
$$ となる。
</details>
### 5.6.2 Galilei 変換との対応
<details>
ここでは、Lorentz 変換の変換行列の低速度極限を考えることで、Galilei 変換との対応を見ていこう。ここで、「低速度極限」とは、S系とS'系の相対速度 $V$ が小さいことを意味している。因子 $\beta$ が $\beta = V/c$ で定義されていたことを思い出すと、これは、$\beta\ll 1$ の極限に対応するこのとき Lorentz 因子 $\gamma$ は
$$
\gamma = \dfrac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} \simeq 1 + \dfrac{1}{2}\beta^2 + \dfrac{3}{8}\beta^4 + O(\beta^6),
$$ のように Maclaurin 展開される。最低次の項だけ残すと、Lorentz 変換の変換行列は
$$
[\Lambda^\mu{}_\nu]=\begin{pmatrix}\gamma & -\beta\gamma & 0 & 0\\ -\beta\gamma & \gamma & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix} \simeq \begin{pmatrix}1 & -\beta & 0 & 0\\ -\beta & 1 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}1 & -V/c & 0 & 0\\ -V/c & 1 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix},
$$ となる。これを Galilei 変換の時空4次元表示における変換行列
$$
\begin{pmatrix}1 & 0 & 0 & 0\\ -V/c & 1 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix}
$$ と比べると、(0,1) 成分を除いて一致している。この不一致した部分も、速度 $V$ が光速度 $c$ より十分小さいのであれば小さい。この部分があると、変換前の $x$ 座標に応じて変換後の時間 $t'$ が異なることになり、絶対時間の原則は破れる。Newton 力学では絶対時間を採用していたので、このような食い違いが起こったわけだ。これを除くと、Lorentz 変換は光速と比べて無視できないほど大きな速度を持った系への変換にまで使えるよう、Galilei 変換を拡張したものと見なせる。
</details>
### 5.6.3 任意の方向への Lorentz 変換
<details>
上で得たローレンツ変換は、$x$ 軸方向への運動を仮定して導出したものであった。実際には、任意の方向への相対運動に対してローレンツ変換を適用できなければならない。そこで、座標軸を適切に回転させることで、任意方向のローレンツ変換も構成できることを示す。
まず、ローレンツ変換は以下の2つの変換を組み合わせて構成できる:
1. 空間回転(rotation): 空間回転を表す行列 $R$ を用いた変換で、時間座標を変化させず、空間部分を3次元の正規直交行列で回すもの。
2. 標準的なローレンツ変換(boost):相対運動が $x$ 軸方向であるときに導出したローレンツ変換。
たとえば、$z$ 軸方向への速度 $\boldsymbol{V} = (0, 0, V)$ に対応するローレンツ変換を考えるには、まず空間を回転して $z$ 軸を $x$ 軸と一致させ、$x$ 軸方向のローレンツ変換を施し、最後に空間回転の逆操作を行えばよい。
任意の速度 $\boldsymbol{V} = V\hat{\boldsymbol{n}}$ に対しても同様で、$\hat{\boldsymbol{n}}$ の方向へ空間を回転させた後、$x$ 軸方向のローレンツブーストを適用し、再び逆回転するという3段階の変換を考えればよい。これにより、一般のローレンツ変換 $\Lambda(\boldsymbol{V})$ は
$$
\Lambda(\boldsymbol{V}) = R^{-1}(\hat{\boldsymbol{n}})\Lambda(V\hat{\boldsymbol{x}})R(\hat{\boldsymbol{n}}),
$$
の形で表される。$\boldsymbol{\beta} = \boldsymbol{V}/c = (\beta^1,\beta^2,\beta^3)$ として、これをあらわに書くと
$$
[\Lambda^\mu{}_\nu] = \begin{pmatrix}
\gamma & -\gamma \beta_i\\
-\gamma \beta_i & {\delta^i}_j + (\gamma-1)\beta^i\beta_j
\end{pmatrix}
$$ となる[^27]。ただし、このときの Lorentz 因子 $\gamma$ は
$$
\gamma = \dfrac{1}{\sqrt{1-\beta^2}},\quad \beta^2 = |\beta^2| = \beta^i\beta_i,
$$ である。
上記の結果は、$x$ 方向の Lorentz ブースト
$$
[\Lambda^\mu{}_\nu]=\begin{pmatrix}\gamma & -\beta\gamma & 0 & 0\\ -\beta\gamma & \gamma & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix},
$$ の類推から
$$
[\Lambda^\mu{}_\nu]=\begin{pmatrix}\gamma & -\beta_1\gamma & -\beta_2\gamma & -\beta_3\gamma\\ -\beta_1\gamma & \gamma & 0 & 0\\ -\beta_2\gamma & 0 & \gamma & 0\\-\beta_3\gamma&0&0&\gamma\end{pmatrix},
$$ のようになると思われるかもしれないが、**そうはなっていない** ことに注意しよう。また、$x$ 方向、$y$ 方向、 $z$ 方向へのブースト変換
$$
[\Lambda_x(\beta_1)^\mu{}_\nu] = \begin{pmatrix}\gamma_1 & -\beta_1\gamma_1 & 0 & 0\\ -\beta_1\gamma_1 & \gamma_1 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix},
$$
$$
[\Lambda_y(\beta_2)^\mu{}_\nu] = \begin{pmatrix}\gamma_2 & 0 & -\beta_2\gamma_2 & 0\\ 0 & 1 & 0 & 0\\ -\beta_2\gamma_2 & 0 & \gamma_2 & 0\\0&0&0&1\end{pmatrix},
$$
$$
[\Lambda_z(\beta_3)^\mu{}_\nu] = \begin{pmatrix}\gamma_3 & 0 & 0 & -\beta_3\gamma_3\\ 0 & 1 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\-\beta_3\gamma_3&0&0&\gamma_3\end{pmatrix},
$$ を順次かけ合わせて
$$
\Lambda^\mu_\nu = \Lambda_z(\beta_3)^\mu{}_\alpha \Lambda_y(\beta_2)^\alpha{}_\beta \Lambda_x(\beta_1)^\beta{}_\nu
$$ とも **なっていない**[^28]。上記の行列積は、まず $x$ 方向へのブーストを行ってから、$y$ 方向、そして $z$ 方向に順次ブーストすることを意味しているが、これがどうしてダメかと言えば、
- 変換前のS系から見てS'系の速度が $\boldsymbol{V}$
- $x$ 方向にだけブーストした系 S$_x$ から、最終的な変換先であるS'系を見ると、相対速度は$(0,V_2,V_3)$ とはなっていない。
- さらに $y$ 方向にだけブーストした系 S$_y$ から、最終的な変換先であるS'系を見ると、相対速度は$(0,0,V_3)$ とはなっていない。
ことに起因している。詳しくは、次節の速度の合成則を参照のこと。
[^27]: 空間3次元部分は曲がりのない慣性系を考えているので、$\beta^i$ と $\beta_i$ は同一である。また、以下で $|\beta|^2 = \delta_{ij} \beta^i \beta^j = \beta^i\beta_i$ である。
[^28]: 3方向のブーストに対応する Lorentz 因子 $\gamma_i = 1/\sqrt{1-\beta_i^2}$ の違いに気をつけて実際に計算してみるとよいが、結果が煩雑になるのでここでは省略。
</details>
### 5.6.4 Lorentz 変換の双曲線関数表示と幾何学的意味
<details>
Lorentz 変換の導出時に見たように、双曲線関数 $\cosh\phi$, $\sinh\phi$ を用いて表現できた理由を再考しよう。これは、Lorentz 変換が 双曲回転 (hyperbolic rotation) として幾何学的に解釈できることと関係している。
Euclid 空間における通常の回転は、例えば $x$-$y$ 平面での角度 $\theta$ の回転として
$$
\begin{pmatrix}x^\prime \\ y^\prime \end{pmatrix} =
\begin{pmatrix}\cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}x \\ y\end{pmatrix}
$$
で与えられ、これはベクトルの大きさ (Euclid ノルム) $x^2 + y^2$ を保つ。
一方、Lorentz 変換は $ct$-$x$ 平面における「回転」と考えることができ、
$$
(ct)^2 - x^2 = (ct^\prime)^2 - (x^\prime)^2
$$
という「Minkowski 距離」を保つ変換である(後述)。これは、$x$ 軸方向のローレンツ変換が
$$
\begin{pmatrix}ct^\prime \\ x^\prime\end{pmatrix} =
\begin{pmatrix} \cosh\phi & -\sinh\phi \\ -\sinh\phi & \cosh\phi \end{pmatrix}
\begin{pmatrix} ct \\ x \end{pmatrix}
$$
と書けることから分かる。
この「双曲回転角」$\phi$ は **rapidity(ラピディティ)** と呼ばれ、速度 $V$ と次の関係にある:
$$
\tanh\phi = \dfrac{V}{c} = \beta,\quad \Rightarrow\quad V = c\tanh\phi.
$$
ラピディティは以下のような良い性質を持つ:
- 相対速度 $V$ の合成則は非線型だが、ラピディティは単に加算される。
- これは次節で見る速度の合成則を単純化するために便利である。
</details>
### 5.6.5 虚時間による Lorentz 変換の構成
<details>
Lorentz 変換は双曲回転によって表されることを見たが、時間成分を虚数として扱うことで Euclid 回転との形式的な類似性が得られる。すなわち、
$$
w = i ct,
$$
と置いて、時間座標を$w$で書くことを考える。このとき、Lorentz 変換
$$
\begin{pmatrix}
ct’ \\
x’
\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}
\cosh \phi & -\sinh \phi \\
-\sinh \phi & \cosh \phi
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
ct \\
x
\end{pmatrix},
$$
に対して、$ct = -i w$ を代入すると:
$$
\begin{pmatrix}-iw’ \\x’\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}\cosh \phi & -\sinh \phi \\-\sinh \phi & \cosh \phi\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}-iw \\x\end{pmatrix}.
$$
さらに双曲角 $\phi$ を $\theta = i \phi$ と変数変換すれば、双曲関数は三角関数に変換され:
$$
\cosh\phi=\cosh(-i\theta) = \cos \theta, \quad \sinh\phi = \sinh(-i\theta) = -i \sin \theta.
$$
したがって、Loretnz 変換は形式的に回転変換と同型となり:
$$
\begin{pmatrix}
-i w’ \\
x’
\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}
\cos \theta & i \sin \theta \\
i \sin \theta & \cos \theta
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
-i w \\
x
\end{pmatrix}
\quad \Rightarrow \quad
\begin{pmatrix}
w’ \\
x’
\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}
\cos \theta & -\sin \theta \\
\sin \theta & \cos \theta
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
w \\
x
\end{pmatrix}.
$$
このように、時間を虚数とすることで Lorentz 変換は Euclid 空間の回転と同じ形式を持つようになる。これは、統計力学や量子場理論で重要となる「Wick 回転(Wick rotation)」と呼ばれる操作であり、これにより、 Minkowski 時空における問題を Euclid 空間の問題に焼き直すことができる。
</details>
### 5.7 速度の合成則
<details>
2つの慣性系 S, S’ について考える。S から見て S' は $x$ 方向に $V_1$ の速度で運動している。S' 速度 $\boldsymbol{V}_2 = (V_{2x},V_{2y},V_{2z})$ で運動している物体を S系 から見たらどうなるだろうか?
この速度を$\boldsymbol{V}_\mathrm{total} = (V_{\text{total},x},V_{\text{total},y},V_{\text{total},z})$ と書くとGalilei変換では単純に
$$
V_{\text{total},x} = V_1 + V_{2x},\quad V_{\text{total},y} = V_{2y}, \quad V_{\text{total},z} = V_{2z},
$$
であったが、特殊相対論ではそうはならない。2つの系の間の Lorentz 変換を書き下し、これをS'系の量でS系の量を書く形で逆解きしておいてから、変分 $\mathrm{d}t$, $\mathrm{d}x$, $\mathrm{d}y$, $\mathrm{d}z$ を計算すれば、$\boldsymbol{V}_\mathrm{total}$ が得られる(板書を参照)。結果は
$$
V_{\mathrm{total},x} = \dfrac{V_1 + V_{2x}}{1 + V_1V_{2x}/c^2},
$$
$$
V_{\mathrm{total},y} = \dfrac{V_{2y}}{\gamma_1(1 + V_1V_{2x}/c^2)},
$$
$$
V_{\mathrm{total},z} = \dfrac{V_{2z}}{\gamma_1(1 + V_1V_{2x}/c^2)},
$$
となる。ここで、Lorentz ブーストしているのはあくまでも $x$ 方向であるにも関わらず、$y$ 方向、$z$ 方向にも補正がかかることは注目に値する。これは、Lorentz 変換によって2つの系の間の時間間隔が変わることに由来している。
上記の変換式が極めて煩雑である一方、ラピディティ $\phi$ を用いれば、速度の合成則は非常に単純になる。$x$方向だけに注目すると:
$$
\phi_{\text{total}} = \phi_1 + \phi_2.
$$
この関係が、双曲関数を用いたローレンツ変換表示の大きな利点である。ラピディティと速度の関係を双曲回転角について解くと
$$
\phi = \tanh^{-1} V/c,
$$
となるので、上記の合成則を無理やり書くと
$$
V_\mathrm{total} = c\tanh \left[\tanh^{-1} (V_1/c)+\tanh^{-1} (V_2/c)\right],
$$
のようにもできる。要するに、速度を常に $c$ を単位として評価するようにした上で、$\tanh$ で速度を角度変数に持っていき、角度変数は普通に足し引きできて、最後に $\tanh$ の逆関数で速度に戻すような操作をすればよい。
</details>
#### 光速不変性と速度の合成則の意味
<details>
Lorentz 変換に基づく速度の合成則により、以下のような重要な結論が得られる:
- どれほど速い速度同士を合成しても、合成された速度は常に光速 $c$ を超えない(板書で確認)。すなわち、S に対して S' が、S' に対して S'' ががそれぞれ光速未満で相対運動していれば、S から見た S'' は常に $c$ 未満に保たれる。
- ある慣性系で光速 $c$ で運動する物体(たとえば光子)は、他のどの慣性系から見てもやはり速度 $c$ で運動している。これはローレンツ変換の基本的な前提、すなわち「光速度不変の原理」によるものであり、特殊相対論の出発点そのものである。
このように、相対論的な速度の合成則は、光速が絶対的な上限であることを自然に保証する。古典力学(Galilei 変換)では成り立たなかったこの特徴は、電磁気学(Maxwell 方程式)との整合性を保つために必須であり、特殊相対論の根幹をなす。
#### 余談:光速を超える仮想粒子「タキオン」
理論的には、最初から光速を超えて運動している(決して光速以下にはならない)粒子の存在も考えうる。これを「タキオン(tachyon)」と呼ぶ。タキオンはローレンツ変換の数式に形式的に代入することはできるが、次のような特徴がある:
- 静止系を持たず、常に光速より速く運動する。
- 速度が増すほど運動量・エネルギーが減少するという逆の関係式が現れる。
- 多くの枠組みでは因果律(時間の順序)を破る可能性があり、現実的な粒子とは考えられていない。
現在のところ、タキオンの存在を示す実験的証拠は一切なく[^29]、特殊相対論とも整合的に扱うことは困難である。しかし、場の量子論や弦理論においては「タキオン的不安定性」や「タキオン凝縮」といった形で理論的に登場することがあり、興味深い研究対象となっている。
[^29]:かつて2011年にOPERA実験におけるニュートリノの速度の測定から、ニュートリノが光速を超えている可能性が結論され、業界が騒然となったことがある。しかし、この結果は、検出器側の光ケーブルのボルトが緩んでいるなどの実験の不備であることが後に明らかになった。
</details>