## 4. 線型変換・アフィン変換 ### 4.1 アフィン変換とは <details> ここまでやや抽象的な話が続いたので、ここから具体的な座標変換について見ていく。 一般には、座標変換 $x^i \to x^{\prime i}$ として非線型なものを考えてよい。ここで考えたいのは、その特殊な場合として、$x^i$ の $0$ 次および $1$ 次までで書ける、以下のような変換である: $$ x^i \to x^{\prime i} = T^i{}_j x^j + d^i $$この形の変換を**アフィン変換**と呼ぶ。特に、$d^i$ がない場合を**線型変換**と呼ぶ。 この変換式を偏微分することで、アフィン変換の場合には $$ \dfrac{\partial x^{\prime i}}{\partial x^j} = T^i{}_j $$であることがすぐに確認できる。つまり、アフィン変換だけ考えた場合のスカラー、ベクトル、テンソルの変換性は、$T^i{}_j$に対する応答のことを指す。 以下では、空間2次元、3次元、そして時間を加えた4次元の場合のアフィン変換について順に見ていく。 </details> ### 4.1.1 空間2次元の場合 <details> まずは $x^i={}^t\!(x,y)$ を直交座標として、上記の変換でどんな座標系 $x^{\prime i}$ に移れるか調べる。 ### 平行移動 $d^i$ の役割は極めて明快で、座標系全体を平行移動する操作を意味する。空間上の点の位置を固定して考えると、この変換により、原点 $O$ は$-d^i$ だけ動く。これは基底と成分が逆向きに動くことと同じ原理となっている。ただし、この場合は行列、逆行列による表現とはなっていない。 > 例:東京にいる観測者から見ると秋田は北にあるが、原点を北に移して北海道に持っていくと、秋田はむしろ南にあるように見える。 この変換は線型変換ではないが、Affine変換で書ける: $$ x^i \to x^{\prime i} = x^i + d^i. $$ この式は空間次元が3次元となっても変わらない。 特に重要な例として、**Galilei変換**がある: $$ d^i = d^i(t) = -V^i t. $$ この変換は、時間 $t$ に応じて異なる大きさの平行移動をする変換として書かれている。これは、S系に対して一定の速度 $V^i$ で等速直線運動するS'系で座標を書き直しているに過ぎない。Newton力学では、慣性系同士の座標変換として重要な役割を果たす。 ### 拡大縮小 行列が対角成分のみの場合は、拡大縮小を表す: $$ \begin{pmatrix} s_x & 0\\ 0 & s_y \end{pmatrix} $$ $x$方向に $s_x(>0)$ 倍、$y$方向に $s_y(>0)$ 倍拡大する。このように、対角行列によって表現される拡大・縮小操作は、方向ごとに別々の拡大率を実現することができる。これを「斜め」方向に拡張したい場合は、後述の回転行列と組み合わせればよい。 ### 回転 代幾でおなじみの回転行列である: $$ \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta\\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix} $$ 唯一の自由度 $\theta$ が、時計回りの回転角を表している。 ### せん断 (shear) 前節でも登場したように、正方形を平行四辺形に変形するような変換のこと: $x$方向せん断: $$ \begin{pmatrix} 1 & k\\ 0 & 1 \end{pmatrix} $$ $y$方向せん断: $$ \begin{pmatrix} 1 & 0\\ k & 1 \end{pmatrix} $$ パラメータ $k$ で、どのくらいぐにゃりとつぶされるかが変わる。これも、座標軸を固定することで実際に物が潰れるように見せる場合と、座標軸の方を傾ける場合とで、反対向きに動く。 ### 反転 (鏡映) 文字通り鏡に映す変換である鏡像変換は、以下の行列で表現できる: $x$軸反転: $$ \begin{pmatrix} -1 & 0\\ 0 & 1 \end{pmatrix} $$ $y$軸反転: $$ \begin{pmatrix} 1 & 0\\ 0 & -1 \end{pmatrix} $$ これまでに登場した変換と違って、この変換行列の行列式は負であることに注意する。 ここまでに紹介した変換を組み合わせるためには、変換行列を順次かけていけばよい。ただし、**行列の積は非可換**(順序によって結果が異なる)であることに注意が必要。本講義で採用している添字を使った行列積の表記では、これがどのように実現されるか考えてみよ。 ### 不可逆変換 例えば $x$ 軸への射影: $$ \begin{pmatrix} 1 & 0\\ 0 & 0 \end{pmatrix} $$ は $y$ 方向の情報を完全に失うため、物理法則の共変性の文脈には適さない。数学的に言えば、この行列の行列式は $0$ であり、逆行列は存在しない。一方で、これまでに扱った変換は正則な変換であり、逆変換(逆行列)が存在する。 ### 斉次座標のテクニック 余分な次元を加えることで、平行移動も行列積により統一的に表現することができる: $$ \begin{pmatrix}x'\\y'\\1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1 & 0 & d_x\\0 & 1 & d_y\\0 & 0 & 1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x\\y\\1\end{pmatrix} $$ この手法は、コンピュータグラフィックスの処理、例えば、OpenGLなどの描画パイプラインで使われている。 </details> ### 4.1.2 空間3次元の場合 <details> 2次元の操作を組み合わせることで、3次元のアフィン変換を構築できる。 例えば $y$ 軸回りの回転は $$ \begin{pmatrix} \cos\theta & 0 & -\sin\theta\\ 0 & 1 & 0\\ \sin\theta & 0 & \cos\theta \end{pmatrix} $$と表される。「斜めを向いた」軸を中心に回転したい場合も、$x$, $y$, $z$ 方向への回転行列のうちいずれか $2$ つを組み合わせることで必ず表現することが可能。 > 注意:回転の順序は重要で、$x$軸回転と$y$軸回転の順序を入れ替えると結果が異なる。 ### 物理的に重要な変換 **長さを保つ変換**が特に重要で、これは直交変換群 $O(3)$、特に行列式が $+1$ の $SO(3)$ (回転群)で表現されます。 鏡像変換(行列式 $-1$)も長さを保つが、右手系と左手系を入れ替えます。すなわち、そのような変換で移った先の座標系では、フレミングの左手の法則の代わりにフレミングの右手の法則が成り立つ。 </details> ### 4.2 4次元時空 <details> これまで、空間の中での線型変換(回転、拡大縮小、せん断など)を扱ってきた。ここからは、時間と空間をまとめた世界を考え、それに対する線型変換を見ていこう。 この考え方は、これから学ぶ「特殊相対性理論」の土台となる。まずは、高校物理で慣れ親しんだ「ニュートン力学」との違いを意識しながら、話を進める。 </details> ### 4.2.1 事象(イベント) <details> まず、これからの話で重要になる「事象(event)」という言葉を導入する。 高校物理では、物体の運動を「位置 $x(t)$」や「速度 $v(t)$」で表していたが、ここではもっと広い視点を取る。「ある時刻 $t$ に、ある場所 $x$ にいる」という事実を1つのまとまったものとして考えたものが「事象」だ。つまり、 - 時刻 $t$ - 位置 $\boldsymbol{x}$ の組み合わせ $(t, \boldsymbol{x})$ が1つの事象を表す。すなわち、これからは、単なる「位置」や「時刻」だけでなく、**「いつ、どこで」**というペアで世界を記述することにする。 時間座標 $t$ と、空間座標 $\boldsymbol{x}$ をまとめて $x^\mu = (ct, x, y, z)$ のように書くことにしよう[^21]。また、添字が代表するインデックスは $1, 2, 3, 4$ ではなく $0, 1, 2, 3$ を走ることにして、$x^0 = ct$, $x^1=x$, $x^2=y$, $x^3=z$ を表すことにする。この例だけでなく、時空4次元をまとめて書いたベクトルやより一般のテンソルについても、添字としてギリシャ文字を採用し、空間3次元部分だけを表す際にはアルファベットを用いる。 </details> [^21]: より専門的な相対論を学ぶ際には、$c=1$ とする特殊な単位系(自然単位系:natural unit)を採用することが多いので、$t$ と $ct$ の違いはどうでもよくなる。 ### 4.2.2 時空図と世界線 <details> 前節で紹介した「時刻と位置」を同時に描いた図を「時空図」と呼びます。これは何も難しい概念ではなく、電車の「ダイヤグラム」であったり、小学校の算数で旅人算について考える際にも登場したグラフであり考え方である。 相対論における時空図では、横軸に $x$ (空間座標)、縦軸に $t$ (時間)を取るのが普通だ。もしくは、両者の次元を揃えるために縦軸を $ct$ としてもよい。 物体の運動をこの図に描くと、1本の線になる。これは、時間を描かずに空間座標軸だけで描いたグラフの線とは全く意味が異なるので注意が必要だ。時空図上では、例えば、 - 物体が止まっていれば、縦にまっすぐな線(位置が変わらない) - 一定速度で動けば、斜めの直線(位置が時間とともに変わる) このように、物体が「どこから来てどこへ行くのか」という運命全体を表した線を「**世界線(world line)**」と呼ぶ。 </details> ### 4.2.3 4次元時空における線型変換 <details> ### Galilei変換再訪 3次元空間におけるアフィン変換の1つとしてGalilei変換を紹介した。これは、4次元時空では線型変換として書けることを以下で見ていく。 Galilei変換は、互いに等速直線運動している観測者を原点とした直交座標間のアフィン変換である。4次元で表現すれば、これは線型変換として書くことができる。$x$ 方向に速度 $V$ で動く系を考えた場合、$y$, $z$ 成分は変換されないので省略すると、Galilei変換は: $$ \begin{pmatrix}ct'\\x'\end{pmatrix}= \begin{pmatrix}1 & 0\\-\beta & 1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}ct\\x\end{pmatrix} $$で表される。ここで $\beta = V/c$ である。 任意の方向へのGalilei変換の変換行列 $T^\mu{}_\nu$ は、相対速度ベクトルを光速で規格化したものを $\beta^i = V^i/c$ と書けば: $$ \begin{pmatrix}1 & 0 & 0 & 0\\-\beta^x & 1 & 0 & 0\\-\beta^y & 0 & 1 & 0\\-\beta^z & 0 & 0 & 1\end{pmatrix} $$となる。先ほど紹介したアフィン変換との類似性に着目する。今、第$0$成分が時間 $ct$ なので、時間に比例して平行移動されることを読み取ろう。 ### 変換行列の構造 行列を次のように分割して考える: $$ T^\mu{}_\nu = \left(\begin{array}{c|ccc}T^0{}_0 & & T^0{}_j & \\ \hline &&&\\ T^i{}_0 && T^i{}_j & \\&&&\end{array}\right) $$ - 左下部分:Galileiブースト(相対速度) - 右下部分:空間回転 - 右上部分:**禁断の成分**(相対論で重要に) ### 絶対時間の破れ Newton力学では$\frac{\partial x'^0}{\partial x^0}=1$、$\frac{\partial x'^0}{\partial x^j}=0$としてたが、これらを変更すると: 1. $\frac{\partial x'^0}{\partial x^0} \neq 1$ → 時間の進み方が変化 2. $\frac{\partial x'^0}{\partial x^j} \neq 0$ → 位置に依存する時間の進み方 これらは**特殊相対論で実際に起こる現象**となっている。 ### 一般化Galilei変換 物理的に意味のあるNewton力学の範囲では: $$ \begin{pmatrix}ct\\ x \\ y \\ z\end{pmatrix}\to\begin{pmatrix}ct' \\ x' \\ y' \\ z'\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1 & 0 & 0 & 0 \\-\beta_x & R^1_1 & R^1_2 & R^1_3\\-\beta_y & R^2_1 & R^2_2 & R^2_3\\-\beta_z & R^3_1 & R^3_2 & R^3_3\end{pmatrix}\begin{pmatrix}ct \\ x \\ y \\ z\end{pmatrix}+\begin{pmatrix}d_{ct} \\ d_x \\ d_y \\ d_z\end{pmatrix} $$ この変換は合計10個の自由度(ブースト3、回転3、シフト4)を持ち、Galilei群を形成する。 </details>