## 第8章 特殊相対論的力学 <details> ここからは、Newton 力学を更新して Lorentz 共変な理論体系を構築する。そのために、まず Newton の運動の法則を再掲しておく: - 慣性の法則 - 運動方程式 $\boldsymbol{f} = m\boldsymbol{a}$ - 作用・反作用の法則 既に述べたように、第一法則は「慣性系」の存在を謳ったものと読むことができる。特殊相対論における慣性系は Minkowski 時空であり、異なる慣性系の間を Lorentz 変換で移り合えることを見た。そこで、本節でまず取り組むのは第二法則の Lorentz 共変化である。これには、力や運動量などといった諸量の適切な4元ベクトル化が鍵となる。次に、第三法則に当たるものはそのまま成り立つものとしよう。Newton力学において、作用・反作用の法則は、言い換えると相互作用する多体の間の運動量の保存則を意味していた。特殊相対論においても、4元ベクトル化の手続きにて適切に更新された新しい運動量が、作用・反作用の法則のおかげで保存されることを見る。 </details> ### 8.1 4元ベクトル <details> 前章では、Minkowski 時空における座標である事象(イベント)について論じる際に4元位置ベクトル $x^\mu$ について紹介した。特殊相対論では専ら慣性系について考え、異なる慣性系の間を Lorentz 変換で乗り移る。そこで、テンソルの概念も、Lorentz 変換に対する変換性に着目して導入し直すのであった。ここでは、力学を構成する上で基本となるいくつかの4元ベクトルについて紹介することで、特殊相対論的力学の構築に向けた準備としたい。 </details> ### 8.1.1 4元速度 <details> まずは速度から着手しよう。位置ベクトルについて、$x^i=(x,y,z)$ に時間変数 $ct$ を合わせて $x^\mu=(ct,x,y,z)$ としたことを思い出そう。安直には、これを $t$ で微分してみることが考えられる: $$ v^\mu = \dfrac{\mathrm{d} x^\mu}{\mathrm{d} t} = \left(c,\dfrac{\partial x^i}{\partial t}\right) = (c,v^i). $$ こうすると、空間3成分 $v^i$ は Newton 力学における通常の速度の定義と一致する。しかし、このように導入した量 $v^\mu$ がベクトルとしての変換則を満たさないことは明白である。まず、第0成分の $c$ は「光速の不変性」から変化できない。そして、空間3成分は極めて複雑な変換性を持つことをすでに見た。これは、時間成分と空間成分が一体となって、変換の Jacobi 行列 (Lorentz 変換の場合は $\Lambda^\mu{}_\nu$) で変換されるというベクトルの要件を満たしていない。実は、$\mathrm{d}x^\mu/\mathrm{d}t$ を $\mathrm{d}x^\mu$ と $\mathrm{d}t$ に分けて考えてみると、前者は Lorentz ベクトルであるが、後者は Lorentz スカラーではない。上記の $v^\mu$ がベクトルでないのはここが原因である。そこで $$ \mathcal{V}^\mu := \dfrac{\mathrm{d} x^\mu}{\mathrm{d} \tau} = \left(c\dfrac{\partial t}{\partial \tau},\dfrac{\partial x^i}{\partial \tau}\right) = (c\gamma,\gamma v^i), $$ のように、分母を Lorentz スカラーである固有時に書き換えたものを導入し、これを **4元速度ベクトル** とする。これは Lorentz ベクトルなので、Minkowski 計量で脚を潰して Lorentz スカラーが作れる。実際に計算してみると $$ \eta_{\mu\nu}\mathcal{V}^\mu \mathcal{V}^\nu = \mathcal{V}^\mu \mathcal{V}_\mu = -c^2\gamma^2 + \gamma^2 v^iv_i = -c^2\gamma^2 (1-v^2/c^2) = -c^2. $$ となって、確かに右辺は Lorentz スカラーだ。因果律のところでは、微小世界間隔 $\mathrm{d}x^\mu$ について、そのノルムである $\mathrm{d}s^2 = \eta_{\mu\nu}\mathrm{d}x^\mu\mathrm{d}x^\nu$ の正負に基づいて、時間的、空間的、そして光的を定めた。任意の Lorentz ベクトルに関しても、これと同じように区分する。今、$-c^2\lt 0$ なので、ベクトル $\mathcal{V}^\mu$ は時間的である。すなわち、(固有時を定義できる有質量の粒子については)世界線の進む方向は常に時間的領域に限られているのだ。これは、そのような粒子の速度が光速未満であることからも明らかである。 </details> ### 8.1.2 4元加速度 <details> 4元速度の作り方が分かれば、4元加速度についても明らかであろう。4元速度を固有時で微分することで $$ \mathcal{A}^\mu := \dfrac{\mathrm{d}\mathcal{V}^\mu}{\mathrm{d}\tau} = \left(\gamma^4 \dfrac{a^jv_j}{c}, \gamma^2 a^i + \gamma^4 \dfrac{a^jv_j}{c^2}v^i\right), $$ を **4元加速度ベクトル** とするこの計算はやや煩雑なので、講義中に示すことにする。ここで、Newton 力学における加速度を $$ a^i:= \dfrac{\mathrm{d}v^i}{\mathrm{d}t}, $$ により導入した。 $\mathcal{A}^\mu$ についてもまずノルムを調べてみよう: $$ \eta_{\mu\nu}\mathcal{A}^\mu\mathcal{A}^\nu = \gamma^4\left\{\gamma^2\left(\dfrac{a^iv_i}{c}\right)^2+a^2\right\}. $$ これは正なので、4元加速度は空間的であることが分かる。特に、今運動について議論している粒子と一緒に動く系では、$v^i=0$、$\gamma=1$なので、右辺は $a^2$ そのものとなる。つまり、4元加速度のノルムは、その粒子とともに動く系で測った3次元の加速度のノルムに等しい。この3次元加速度を$\tilde{a}^i$ と書くと $$ \eta_{\mu\nu}\mathcal{A}^\mu\mathcal{A}^\nu = \tilde{a}^i\tilde{a}_i := \tilde{a}^2. $$ これが Lorentz 不変量であることは、固有時の議論と同様である。つまり、「どんな系から眺めていたとしても、一旦その粒子とともに運動する系に移ってから加速度の大きさを測れ」という操作を通じて、慣性系に依らない加速度の大きさが得られる。 最後に、$\mathcal{V}^\mu$ と $\mathcal{A}^\mu$ の関係について見ておこう。これらの内積は $$ \eta_{\mu\nu}\mathcal{V}^\mu\mathcal{A}^\nu = \eta_{\mu\nu}\mathcal{V}^\mu\dfrac{\mathrm{d}\mathcal{V}^\nu}{\mathrm{d}\tau} = \dfrac{1}{2}\dfrac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}\left(\eta_{\mu\nu}\mathcal{V}^\mu\mathcal{V}^\nu\right) = \dfrac{1}{2}\dfrac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}(-c^2) = 0. $$ すなわち、これらの4元ベクトルは互いに直交する。このことは、時空図上で4元速度と加速度がどのように作用しているかを明らかにする。4元速度は定義から世界線に沿った方向を向いている。一方で、世界線が曲がっているところは、加速度が生じていることを表しており、その向きは世界線と直交する。世界線を追いかけていくことで、その粒子がどこでどんな加速度を受けたか読み取ることができる。 </details> #### 等加速度運動 <details> 前節で速度と加速度を4元化した。ここまでに述べた一般論だけでは、いささか物理的状況が読み取りにくいであろうから、等加速度運動を例に、特殊相対論的な運動について具体的に見てみよう。 まず、問題となるのは、「等加速度」というのが一体誰にとって等加速度なのかということだ。すでに何度も述べているように、特殊相対論で扱えるのは、慣性系における運動である。今、加速する粒子の運動を考えているので、この粒子の静止系は慣性系ではなく、運動を議論する際の土台となる系として採用できない。そこで、任意の慣性系を採用して、当該の粒子が加速する様子を議論することになるが、今考えたいのは *この慣性系から見たときの加速度が一定の場合ではない*。むしろ、ロケットなどを想像し、これが一定の割合で燃料を噴射して加速しているような状況を思い浮かべてほしい(ただし、燃料の噴射によるロケットの質量の減少は無視できるものとせよ)。ロケットの瞬間的な静止系で評価した(Newton 力学的な意味での)加速度の大きさを $a$ とし、これが時間的に一定である状況を考えよう。 今、ロケットの運動方向を $x$ 方向に取り、$y$, $z$ 成分は書かないことにしよう。さて、ロケットの運動を観測する慣性系で書くと、ロケットの4元速度および加速度は $$ \mathcal{V}^{\mu}(\tau) = \begin{pmatrix} c\dfrac{\mathrm{d}t}{\mathrm{d}\tau}(\tau)\\ \dfrac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}\tau}(\tau) \end{pmatrix},\qquad \mathcal{A}^{\mu}(\tau) = \begin{pmatrix} c\dfrac{\mathrm{d}^2t}{\mathrm{d}\tau^2}(\tau)\\ \dfrac{\mathrm{d}^2x}{\mathrm{d}\tau^2}(\tau) \end{pmatrix}. $$ これらから2つのLorentzスカラーを作る(以下、引数の$\tau$は省略): $$ \mathcal{V}^\mu\mathcal{V}_\mu = -\left(c\dfrac{\mathrm{d}t}{\mathrm{d}\tau}\right)^2 + \left(\dfrac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}\tau}\right)^2 = -c^2,\quad \mathcal{A}^\mu\mathcal{A}_\mu = -\left(c\dfrac{\mathrm{d}^2t}{\mathrm{d}\tau^2}\right)^2 + \left(\dfrac{\mathrm{d}^2x}{\mathrm{d}\tau^2}\right)^2 = a^2. $$ これらを連立して解くことを考えよう。 まず、1本目の速度のノルムの式を $\tau$ で微分することで $$ c^2\dfrac{\mathrm{d}t}{\mathrm{d}\tau}\dfrac{\mathrm{d}^2t}{\mathrm{d}\tau^2} = \dfrac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}\tau}\dfrac{\mathrm{d}^2x}{\mathrm{d}\tau^2}, $$ としておいて、速度および加速度のノルムの式から $x$ の1階および2階微分の項を消去することで $$ c^2\left(\dfrac{\mathrm{d}t}{\mathrm{d}\tau}\right)^2 \left(\dfrac{\mathrm{d}^2t}{\mathrm{d}\tau^2}\right)^2 = \left\{\left(\dfrac{\mathrm{d}t}{\mathrm{d}\tau}\right)^2-1\right\}\left\{c^2\left(\dfrac{\mathrm{d}^2t}{\mathrm{d}\tau^2}\right)^2+a^2\right\}. $$ 右辺を展開して整理し、 $$ \dfrac{\mathrm{d}^2t}{\mathrm{d}\tau^2} = \dfrac{a}{c}\sqrt{\left(\dfrac{\mathrm{d}t}{\mathrm{d}\tau}\right)^2-1}, $$ とするとこれは積分が可能で、積分定数を適当に決めると以下の解を得る $$ \dfrac{\mathrm{d}t}{\mathrm{d}\tau}(\tau) = \cosh \left(\dfrac{a\tau}{c}\right),\quad t(\tau) = \dfrac{c}{a}\sinh \left(\dfrac{a\tau}{c}\right),\quad x(\tau) = \dfrac{c^2}{a}\cosh \left(\dfrac{a\tau}{c}\right). $$ ちなみに、もとの慣性系におけるロケットの速度 $v=\mathrm{d}x/\mathrm{d}t$ を求めると(上記の2式から $\mathrm{d}x$ と $\mathrm{d}t$ を計算して、辺々割るのが簡単) $$ v(t) = c\,\tanh\left(\dfrac{a\tau}{c}\right), $$ となる。すなわち、どれだけ加速し続けても光速度 $c$ を超えないという、特殊相対論の帰結に忠実な結果を得る($\tanh x$の値域を思い出そう)。 $\sinh$ および $\cosh$ で書かれていることから明らかな通り、この解は時空図上で双曲線を描く。また、この双曲線は、$x\to\pm \infty$ で光の世界線に漸近する。 </details>