## 第7章 Minkowski時空と4元ベクトル <details> 前章までにLorentz変換を導いて、これが慣性系の間を移り合う変換であることを議論した。そこで、ここからは時間と空間を合わせた4次元時空が慣性系であるとは、幾何学的にどういうことなのかを見ていく。 </details> ## 7.1 Lorentz スカラー、ベクトル、テンソル <details> 慣性系だけに着目するので、一般座標変換は考えず、Lorentz 変換だけを作用させることにする。Lorentz変換は変換行列 $\Lambda^\mu{}_\nu$ を用いて $$ x^\mu \to x^{\prime\mu} = \Lambda^\mu{}_\nu x^\nu, $$ で与えられるのであった。これを変換前の座標で偏微分することで、変換のJacobi 行列は $$ \dfrac{\partial x^{\prime \mu}}{\partial x^{\nu}} = \Lambda^\mu{}_\nu, $$ で与えられる。また、この逆変換は $$ \dfrac{\partial x^{\mu}}{\partial x^{\prime\nu}} = (\Lambda^{-1})^\mu{}_\nu, $$ である。$x$ 方向へのブースト変換に限り、簡単のため、変換されない $y$ 成分と $z$ 成分を省略すると、これらは $$ \left[\Lambda^\mu{}_\nu\right] = \begin{pmatrix} \gamma & -\beta \gamma\\ -\beta\gamma & \gamma \end{pmatrix},\quad \left[(\Lambda^{-1})^\mu{}_\nu\right] = \begin{pmatrix} \gamma & \beta \gamma\\ \beta\gamma & \gamma \end{pmatrix}, $$ と書ける。ここで、$\beta = V/c$, $\gamma = 1/\sqrt{1-\beta^2}$ であった。これらが互いに逆行列になっていることは、簡単に確認できる。 先に学んだテンソルの項では、一般座標変換 $x^\mu \to x^{\prime\mu}$ に対して変換則 $$ T^{\mu_1\cdots\mu_n}{}_{\nu_1\cdots\nu_m}\\ \to T^{\prime\mu_1\cdots\mu_n}{}_{\nu_1\cdots\nu_m} = \dfrac{\partial x^{\prime \mu_1}}{\partial x^{\alpha_1}}\cdots\dfrac{\partial x^{\prime \mu_n}}{\partial x^{\alpha_n}}\dfrac{\partial x^{\beta_1}}{\partial x^{\prime \nu_1}}\cdots \dfrac{\partial x^{\beta_m}}{\partial x^{\prime \nu_m}} T^{\alpha_1\cdots\alpha_n}{}_{\beta_1\cdots\beta_m}, $$ に従うもののことをテンソルと呼んだ(その特殊な例がスカラー、共変ベクトル、反変ベクトル)。ここでは、話を Lorentz 変換に限定し、Lorentz 変換に対して $$ T^{\mu_1\cdots\mu_n}{}_{\nu_1\cdots\nu_m}\\ \to T^{\prime\mu_1\cdots\mu_n}{}_{\nu_1\cdots\nu_m} = \Lambda^{\mu_1}{}_{\alpha_1}\cdots\Lambda^{\mu_n}{}_{\alpha_n}(\Lambda^{-1})^{\beta_1}{}_{\nu_1}\cdots (\Lambda^{-1})^{\beta_m}{}_{\nu_m} T^{\alpha_1\cdots\alpha_n}{}_{\beta_1\cdots\beta_m}, $$ を満たすようなものを Minkowski テンソルまたは単にテンソルと呼ぶことにする。一般座標変換に対してどう変換されるべきかまでは要請していないので、本来のテンソルよりも条件が緩いことに注意する。 この特殊な例として、「0階のテンソル」のことを **Lorentz スカラー** と呼ぶ。つまり、**Lorentz スカラーとはどの*慣性系*で見ても同じ値を持つ単一の量** のことである。また、Lorentz ベクトル(または単に4元ベクトル、four vector)とは、「1階のテンソル」であり、Lorentz 変換に対して $$ A^\mu \to A^{\prime\mu} = \Lambda^\mu{}_\nu A^\nu, \quad\text{反変ベクトル} $$ あるいは $$ A_\mu \to A_{\prime\mu} = (\Lambda^{-1})^\nu{}_\mu A_\nu,\quad\text{共変ベクトル} $$ のように変換されるものを指す。 </details> ## 7.2 Minkowski時空の構造 <details> 特殊相対論において、時間と空間は独立したものではなく、**4次元時空**の中で統一的に扱われる。この4次元の構造を**Minkowski時空**と呼ぶ。 - 通常のユークリッド空間と異なり、Minkowski時空では**時間成分と空間成分が異符号で現れる計量**を用いる。 - $x^\mu = (ct, x, y, z)$ という表記を用いるのが一般的($\mu = 0,1,2,3$)。 $x^\mu$ のことを **事象** または **イベント** と呼び、この記号だけで時間と場所をまとめて指定していることに注意する。また、ある物体に対して $x^\mu$ が描く軌跡のことを **世界線** と呼んだ。もちろん、ベクトルには基底が隠れているので本来の意味でのベクトルを書き下すのであれば $$ \boldsymbol{x} = x^\mu \boldsymbol{e}_{(\mu)} = ct \boldsymbol{e}_{(0)} + x \boldsymbol{e}_{(1)} + y \boldsymbol{e}_{(2)} + z \boldsymbol{e}_{(3)} = ct \boldsymbol{e}_{ct} + x \boldsymbol{e}_{x} + y \boldsymbol{e}_{y} + z \boldsymbol{e}_{z}, $$ と書くべきでろう。この基底ベクトルがどのような性質を持つのかは、後の節で述べる。 </details> ### 7.2.1 時空間の計量(Minkowski計量) <details> 天下り的だが、Minkowski時空における2点 A, B 間の間隔(**世界間隔**, Lorentz不変量)を以下で導入する: $$ s^2 = -c^2 (t_\mathrm{A} - t_\mathrm{B})^2 + (x_\mathrm{A} - x_\mathrm{B})^2 + (y_\mathrm{A} - y_\mathrm{B})^2 + (z_\mathrm{A} - z_\mathrm{B})^2. $$ これは、どの慣性系においても**不変な量**である。このことは、光速度が全ての慣性系で等しいことから従う。仮に $t_\mathrm{A} \lt t_\mathrm{B}$ であるものとして、時刻 $t_\mathrm{A}$ に地点 $x_\mathrm{A}{}^i$ を出発した光が、時刻 $t_\mathrm{B}$ に地点 $x_\mathrm{B}{}^i$ に到着したものとすると、この2点間の空間的距離は $\sqrt{(x_\mathrm{A} - x_\mathrm{B})^2 + (y_\mathrm{A} - y_\mathrm{B})^2 + (z_\mathrm{A} - z_\mathrm{B})^2}$ であり、その間に光が進める距離は $c(t_\mathrm{A}-t_\mathrm{B})$ であるから、上記の量 $s^2$ は $0$ である。$x_\mathrm{A}{}^\mu$ や $x_\mathrm{B}{}^\mu$ は時間と場所をまとめた概念なので、「Aを出た光がBで観測される」という事実はどの観測者が見ても同じはず。言い換えると、A は「光が出た」イベントであり、B は「光が届いた」イベントである。今、光速度の不変性を要請しているので、別の慣性系から見ても $s^2=0$ であることが分かる($c$ を $c'$ などと変更する必要がない)。 世界間隔は、4次元時空に以下の計量を入れて距離を定義したものに当たる: $$ \eta_{\mu\nu} = \begin{pmatrix}-1 & 0 & 0 & 0\\ 0 & 1 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\ 0 & 0 & 0 & 1\end{pmatrix} = \text{diag}(-1,1,1,1), \quad s^2 = \eta_{\mu\nu}(x_{\mathrm{A}}{}^\mu-x_{\mathrm{B}}{}^\mu)(x_{\mathrm{A}}{}^\nu-x_{\mathrm{B}}{}^\nu). $$ > 備考:本講義では $\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(-1, +1, +1, +1)$ の符号 convention を採用するが、教科書によっては $\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(+1, -1, -1, -1)$ を使用しているので注意。 この計量 $\eta_{\mu\nu}$ を **Minkowski計量** と呼ぶ。また、上付添字の計量(双対空間の計量)は、この逆行列で与えられるが、計算してみるとすぐ分かる通り、成分は同じである: $$ \eta^{\mu\nu}=[\eta^{-1}]_{\mu\nu} = \text{diag}(-1,1,1,1). $$ また、時空上で微小に離れた2点間の距離である **線素** は $$ \mathrm{d}s^2 = \eta_{\mu\nu}\mathrm{d}x^\mu\mathrm{d}x^\nu = -(c\mathrm{d}t)^2 + \mathrm{d}x^2 + \mathrm{d}y^2 + \mathrm{d}z^2, $$ で与えられる。 Minkowski時空の線素(微小世界間隔)は $$ \mathrm{d}s^2 = \eta_{\mu\nu}\mathrm{d}x^\mu\mathrm{d}x^\nu = -(c\mathrm{d}t)^2+\mathrm{d}x^2+\mathrm{d}y^2+\mathrm{d}z^2, $$ で与えられる。 添字の構造から明らかなように、世界間隔や線素は Lorentz スカラー(= Lorentz 不変量)であり、どの慣性系から見ても同じ値を持つ。後に、これらの値の正負が持つ意味についてもう少し考察する。 </details> ### 7.2.2 Minkowski計量自体の変換性 <details> 計量は下付き添字を2つ持つ量なので、2階の共変テンソルとして振る舞うことは序論ですでに見た。今、Minkowski計量なる$1$と$-1$でできた計量を定義したが、願わくばこれはどの慣性系でも同じであってほしい。 > 以前に、$\delta_{ij}$ や $\delta^{ij}$ に一般の座標変換を施すと、もはや $i=j$ のとき $1$、$i\neq j$ のとき $0$ という構造を保てないということを調べた。すなわちこれらはテンソルではない。一方で、$\delta^i{}_j$ や $\delta_i{}^j$ はテンソルであった。これと同じような議論である。 実際、Minkowski計量がLorentzテンソルだと仮定して、座標変換してみると、変換先でも $\text{diag}(-1,1,1,1)$ になっていることが確認できる(板書)。このことから、Lorentz 変換で移れる慣性系の中だけで考えたとき、$\eta_{\mu\nu}$ はれっきとしたテンソルと見なせる。 ### 添字の上げ下げ 今、慣性系とその間を結ぶ Lorentz 変換だけに注目し、軽量として $\eta_{\mu\nu}$ を採用することにした。そこで、添字の上げ下げのルールがどうなっているか確認してみよう。添字を下げる演算は、例えば共変ベクトルに対しては $$ A_\mu = g_{\mu\nu}A^\nu, $$ であった。また、添字を上げるためには $$ A^\mu = g^{\mu\nu}A_\nu, $$ とすればよかった。今、$g_{\mu\nu}$ に $\eta_{\mu\nu}$ を、$g^{\mu\nu}$ に $\eta^{\mu\nu}$ を代入して、成分を書き下すと、 $$ A_0 = -A^0,\quad A_i = A^i, $$ となる。すなわち、空間3次元部分の計量は単に Kronecker デルタなので、その部分は正規直交基底を成しており、上付きも下付きも同じである。一方で、空間部分は計量が $-1$ なので、反変成分と共変成分で符号が変化する。 同様に、より多くの添字を持ったテンソルの添字の上げ下げを調べることができる。例えば、2階のテンソルであれば、 $$ T_{00} = -T_0{}^0 = -T^0{}_0 = T^{00}, \quad T_{0i} = T_0{}^i = -T^0{}_i = -T^{0i}, $$$$ T_{i0} = -T_i{}^0 = T^i{}_0 = -T^{i0}, \quad T_{ij} = T_i{}^j = T^i{}_j = T^{ij}, $$ のようになる。 </details> ### 7.2.3 d'Alembertian 再考 <details> 講義を振り返ってもらうと、光(電磁波)の速度は真空の Maxwell 方程式から導かれる波動方程式から決まるものであった。この方程式をコンパクトに書いたものが $$ \square \boldsymbol{E} = \square \boldsymbol{B} = \boldsymbol{0},\quad \square := -\dfrac{1}{c^2}\partial_t^2+\boldsymbol{\nabla}\cdot\boldsymbol{\nabla}, $$ であった。ここで、d'Alembert 演算子(d'Alembertian)$\square$ の形に注目すると、これは $$ \square = \eta^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu, $$ であることがすぐ分かる。つまり、この量は Lorentz スカラー(Lorentz 不変量)であり、どの慣性系でも同じものである。このことから、電磁気学(の少なくとも波動方程式の部分)が、Lorentz 変換に対して共変的(形を変えないの意)であることが分かる。 </details> --- ## 7.3 時空図 <details> Lorentz変換は、Minkowski空間内の座標変換であり、光速不変かつ Minkowski計量を保つ。まずは、これが時空図上でどうなるか見てみよう。 </details> ### 7.3.1 時空図上の Lorentz 変換 <details> まず、慣性系 S における時空図の書き方をおさらいしておく: - 横軸に $x$、縦軸に $ct$ をとる。 - 原点から45度で進む直線は**光の世界線**(傾き1)。 これに対し、$x$ 方向への Lorentz ブーストで移れる別の慣性系 S' を同じダイアグラム上に書くと - 座標軸 $x'$, $ct'$ は原点を通り、光の世界線に対して対称に傾く。 > Lorentz変換は**双曲回転**(hyperbolic rotation)に対応し、Euclid 空間の回転と同様に、長さ(ここでは Minkowski ノルム = 世界間隔)を保つ。 逆に、S' 系が直交するようにダイアグラムを書くと、S 系の方が斜交座標のように見える。S 系の特定の点 P, Q が S' 系で見るとどこにあるように見えるのか、を、ブーストの速度を変えながら描いていくと、双曲線(の一方)を描く。 もう一つ重要なのは、2つの系で、**同時線(面)が異なる** ことである。要するに、野球のアウト、セーフの判定が、光に近い速度で走る走者と、審判とで異なるようなことが起きえる(過去問参照)。 </details> ---