# 5. 慣性系と特殊相対性原理 ## 5.1 Newton力学における慣性系 <details> 高校物理から、以下のNewtonの運動の3法則を思い出してみよう: - 第1法則:**慣性** の法則:力が働かない場合、物体は等速直線運動or静止し続ける - 第2法則:**運動方程式** $\boldsymbol{F}=m\boldsymbol{a}$ - 第3法則:**作用・反作用の法則** $\boldsymbol{F}_{1\to 2} = \boldsymbol{F}_{2\to 1}$ ここで、第1法則の持つ意味について少し掘り下げてみる。 第1法則「慣性の法則」は、一見すると単に「第2法則の$\boldsymbol{F}=\boldsymbol{0}$の場合」について言っているだけのように見えるかもしれない。しかし、これは実は **座標系の選び方(基準系の選び方)** に関連しており、「何も力が働かないと物体は等速直線運動する」ような座標系(**慣性系; inertial frame**)が取れることを主張していると読むことができる。逆に言えば、ニュートンの運動方程式 $\boldsymbol{F}=m\boldsymbol{a}$ は、慣性系さえ取れればいつでも成り立つ式と言える。つまり、後で見るように無限個存在する慣性系のどれを取っても $\boldsymbol{F}=m\boldsymbol{a}$ に従うように物体は運動するのだ。 高校物理では、普通このような「ちゃんとした」座標系を暗黙のうちに使っていた。たとえば地面に立っている人を基準にするのが典型だが、厳密には地球も太陽系内を加速度運動しており、太陽系も銀河系内を加速度運動しており、、、のように、厳密な慣性系にはなり得ない。しかし、地上の物体の運動を議論している限り、慣性系からのズレが気になることはあまりないので、高校ではそのように扱っていたわけだ[^22]。 [^22]: 日常でも、水栓を開けるとできる渦の回転方向を決めるコリオリ力など、非慣性系による効果を見ることができる。もっと言えば、この講義の終盤で学ぶ一般相対性理論によれば、重力自体、慣性力と等価である。重力により自由落下する物体の運動を考えるとき、実は重力(などというまやかしの力)は働いておらず、非慣性系にいるせいで余分な加速度が生じていると考えることもできるのだ。 </details> ## 5.2 Galilei変換と慣性系 <details> すでに4節で見たように、Galilei変換は3次元空間におけるアフィン変換として表される単純な座標変換の一つである。実は、このGalilei変換こそが、Newton力学における慣性系の間を結ぶ座標変換である。S 系を1つの慣性系とし、簡単のために、$x$方向に速度 $V$ で移動する S' 系への Galilei 変換 (Galilei ブースト) を考える: $$ \begin{cases} x \to x' = x - Vt,\\ y \to y' = y,\\ z \to z' = z,\\ t \to t' = t. \end{cases} $$ これは、3次元空間座標のベクトル表示では以下の通りアフィン変換として書けるのであった: $$ x^i \to x^{\prime i} = x^i - V^i t,\qquad V^i = \begin{pmatrix} V_x\\V_y\\V_z\end{pmatrix} = \begin{pmatrix} V\\0\\0\end{pmatrix} $$ この変換のJocobi行列は明らかに単位行列、すなわち $\delta^i{}_j$ である: $$ \dfrac{\partial x^{\prime i}}{\partial x^j} = \dfrac{\partial}{\partial x^j}(x^i - V^i t) = \dfrac{\partial x^i}{\partial x^j} = \delta^i{}_j. $$ さて、S 系は慣性系であるとしたので、Newtonの運動方程式が成り立つ: $$ F^i = m \ddot{x}^i. $$ 日常生活の経験から、力 $F^i$ は見る人によらず同じと考えるのが自然であろう。これはすなわち、$F^i$ が3次元変換に対して反変ベクトルとして振る舞うということである。すると S'系 に行くと、力は $$ F^i \to F^{\prime i} = \dfrac{\partial x^{\prime i}}{\partial x^j} F^j = \delta^i{}_j F^j = F^i. $$ これと、Galilei変換を運動方程式の両辺にそれぞれ代入すると $$ F^{\prime i} = m \dfrac{\mathrm{d}^2}{\mathrm{d}t^2}(x^{\prime i} + V^it) =m \dfrac{\mathrm{d}^2}{\mathrm{d}t^2}x^{\prime i} + m \dfrac{\mathrm{d}^2}{\mathrm{d}t^2}(V^it) = m\ddot{x}^{\prime i}. $$ すなわち、S' 系でも同じ形の式: $F^{\prime i} = m\ddot{x}^{\prime i}$ が成り立つことが確認できる。この式が成り立つということは、$F^{\prime i} = 0$ を代入すると、$\ddot{x}^{\prime i} = 0$ が得られ、「力がかかっていない物体は、等速直線運動するか静止し続ける」ことが確認される。したがって、S' 系も慣性系であると言える。 上の導出を見ると、S 系と S' 系の間の相対速度 $\boldsymbol{V}$ は必ずしも $x$ 方向を向いていなくてもよいことがすぐに分かる。さらに、Galilei ブーストと3次元空間回転、時間に依らない平行移動を組み合わせた一般の Galilei 変換の場合を考えてみる。引き続き絶対時間を採用し、空間3次元部分だけにかかる変換則を考えると、これは $$ x^i \to x^{\prime i} = R^i{}_j x^j + V^it + d^i, $$ のようになるであろう。この場合、Jacobi 行列は $$ \dfrac{\partial x^{\prime i}}{\partial x^j} = R^i{}_j, $$ で与えられる。したがって、力の変換則は $$ F^i \to F^{\prime i} = \dfrac{\partial x^{\prime i}}{\partial x^j} F^j = R^i{}_jF^j. $$ 一方で、加速度は $$ \ddot{x}^i \to \dfrac{\mathrm{d}^2}{\mathrm{d}t^2}x^{\prime i} =\dfrac{\mathrm{d}^2}{\mathrm{d}t^2}\left(R^i{}_j x^{j}+V^i t + d^i\right) = R^i{}_j \ddot{x}^j. $$ と、運動方程式の両辺ともに同じように変換されることが分かる。つまり、 $$ F^{\prime i} = m\ddot{x}^{\prime i} $$ が成り立つので、S' も慣性系と言える。 </details> ## 5.3 Newton力学における慣性力 <details> 前節では、Galilei 変換が慣性系間の座標変換を与えることを見た。では Newton 力学において、非慣性系での運動方程式がどのようになるのかを見てみよう。 その単純な例は、Galilei 変換において時間に依らない定数として与えた $R^i{}_j$ や $d^i$ が時間に依存する場合を考えることで得られる。これは、前節で Galilei 変換後の系の運動方程式を調べた際、$R^i{}_j$ が時間微分 $\mathrm{d}^2/\mathrm{d}t^2$ をすり抜けたことと、$d^i t$ に $\mathrm{d}^2/\mathrm{d}t^2$ を作用させたら $0$ になったことからすぐに分かる。 Galilei 変換において時間に依らない定数として与えた $R^i{}_j$ や $d^i$ が時間に依存する場合、つまり慣性系に対して「加速度運動する座標系」や「時間とともに回転する座標系」[^23]を考えると、運動方程式に変形が生じる。これにより、**慣性力(inertial force) **と呼ばれる見かけの力を導入する必要が出てくる。このことを具体的に見ていこう。 </details> ### 5.3.1 回転を伴わない加速度運動 <details> 簡単な例として、ある慣性系 S に対して、$x$ 方向に時間依存する位置 $X(t)$ を持つ非慣性系 S’ を考えよう。この議論では $y$ 方向、$z$ 方向は一切登場しないので、添字を落として $x$ 成分だけを書くものとする。S’ から見た座標は $$ x’ = x - X(t), $$ となる。すると、物体の位置 $x(t)$ を S 系で記述したとき、その加速度は $$ \ddot{x} = \ddot{x}’ + \ddot{X}(t). $$ 一方で、力 $F$ は S' 系でも同じと考える(今、Jacobi行列が $1$ であることに注意せよ)。よって、S 系での運動方程式 $F = m\ddot{x}$ を S’ 系に書き直すと、 $$ F = m(\ddot{x}’ + \ddot{X}) \quad\Rightarrow\quad F - m\ddot{X} = m\ddot{x}’ $$ ここで、 $$ F’ = F - m\ddot{X} $$ と定義すれば、S’ 系では $F’ = m\ddot{x}’$ が成り立つ。つまり、加速度 $\ddot{X}(t)$ を持つ非慣性系では、「見かけの力」 $-m\ddot{X}(t)$ を加えることで、運動方程式の形を保てる。この $-m\ddot{X}(t)$ が 慣性力 の一種である。 </details> ### 5.3.2 円運動と慣性力:遠心力・コリオリ力 <details> 次に、非慣性系として慣性系から「時間に依存する回転行列」によって移れる系について考えてみよう。これを $$ x^i \to x^{\prime i} = \tilde{R}^i{}_j(t)x^j. $$ と書くことにする。逆に、S' 系から S 系への変換は $$ x^{i} = R^i{}_j(t)x^{\prime j},\qquad R := \tilde{R}^{-1} $$ となる。Jacobi行列は $$ \dfrac{\partial x^{\prime i}}{\partial x^j} = \tilde{R}^i{}_j(t), \qquad \dfrac{\partial x^i}{\partial x^{\prime j}} = R^i{}_j(t), $$ で与えられる。S' 系から S系 への変換則の両辺を2度時間微分すると、 $$ \ddot{x}^{i} = \dfrac{\mathrm{d}^2}{\mathrm{d}t^2}\left(R^i{}_j(t)x^{\prime j}\right) = \dfrac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}\left(\dot{R}^i{}_j(t)x^{\prime j} + R^i{}_j(t)\dot{x}^{\prime j}\right) = \ddot{R}^i{}_j(t)x^{\prime j} + 2\dot{R}^i{}_j(t)\dot{x}^{\prime j} + R^i{}_j(t)\ddot{x}^{\prime j}, $$ を得る。すなわち、加速度は反変ベクトルとしての変換則に従わず、余分な項が出る。S 系は慣性系であると仮定しているので、 $$ F^i = m\ddot{x}^i, $$ が成り立ち、力 $F^i$ は反変ベクトルなので、 $$ F^{\prime i} = \tilde{R}^i{}_j(t) F^j, \qquad F^{i} = R^i{}_j(t) F^{\prime j}, $$ のように変換される。これと加速度の変換則を S 系の運動方程式に代入すると $$ R^i{}_j(t) F^{\prime j} = m\left[\ddot{R}^i{}_j(t)x^{\prime j} + 2\dot{R}^i{}_j(t)\dot{x}^{\prime j} + R^i{}_j(t)\ddot{x}^{\prime j}\right]. $$ 両辺それぞれ $\tilde{R}^k{}_i(t)$ と縮約を取ると $$ F^{\prime k} = m \tilde{R}^k{}_i(t)\ddot{R}^i{}_j(t)x^{\prime j} + 2m\tilde{R}^k{}_i(t)\dot{R}^i{}_j(t)\dot{x}^{\prime j} + m\ddot{x}^{\prime k}, $$ を得る。ここで、行列と逆行列の関係から $\tilde{R}^k{}_i(t) R^i{}_j(t) = \delta^k{}_j$ であることを用いた。 ここから、S' 系では運動方程式の形が慣性系のものとは異なることが分かる。余分な項を左辺に移して $$ F^{\prime k} - m \tilde{R}^k{}_i(t)\ddot{R}^i{}_j(t)x^{\prime j} - 2m\tilde{R}^k{}_i(t)\dot{R}^i{}_j(t)\dot{x}^{\prime j} = m\ddot{x}^{\prime k}, $$ と書くと、S' 系では見かけの力 - $- m \tilde{R}^k{}_i(t)\ddot{R}^i{}_j(t)x^{\prime j}$ (遠心力) - $- 2m\tilde{R}^k{}_i(t)\dot{R}^i{}_j(t)\dot{x}^{\prime j}$ (Coriolis力) が発生しているように解釈できる。これらについて具体的に見るために、以下では $z$ 軸回りの等速回転を考える: $$ [\tilde{R}^i{}_j] = \begin{pmatrix} \cos \omega t & -\sin\omega t & 0\\ \sin \omega t & \cos \omega t & 0\\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix},\qquad [R^i{}_j] = \begin{pmatrix} \cos \omega t & \sin\omega t & 0\\ -\sin \omega t & \cos \omega t & 0\\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}, $$ $R$の1階および2階微分を実際に計算すると、 $$ [\dot{R}^i{}_j] = \begin{pmatrix} -\omega \sin \omega t & \omega\cos\omega t & 0\\ -\omega \cos \omega t & -\omega \sin \omega t & 0\\ 0 & 0 & 0\end{pmatrix} = \omega \begin{pmatrix}- \sin \omega t & \cos\omega t & 0\\ -\cos \omega t & - \sin \omega t & 0\\0 & 0 & 0\end{pmatrix} $$ $$ [\ddot{R}^i{}_j] = \omega \begin{pmatrix}- \omega\cos \omega t & -\omega\sin\omega t & 0\\ \omega\sin \omega t & - \omega\cos \omega t & 0\\0 & 0 & 0\end{pmatrix} = -\omega^2 \begin{pmatrix}\cos \omega t & \sin\omega t & 0\\ -\sin \omega t & \cos \omega t & 0\\0 & 0 & 0\end{pmatrix} $$ よって、遠心力は $$ \left[- m \tilde{R}^k{}_i(t)\ddot{R}^i{}_j(t)x^{\prime j}\right] = -m \begin{pmatrix} \cos \omega t & -\sin\omega t & 0\\ \sin \omega t & \cos \omega t & 0\\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} (-\omega^2) \begin{pmatrix}\cos \omega t & \sin\omega t & 0\\ -\sin \omega t & \cos \omega t & 0\\0 & 0 & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x^\prime\\y^\prime\\z^\prime\end{pmatrix} $$ $$ = m\omega^2\begin{pmatrix} 1 & 0 & 0\\ 0 & 1 & 0\\ 0 & 0 & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x^\prime \\ y^\prime \\ z^\prime \end{pmatrix} = m\omega^2\begin{pmatrix} x^\prime \\ y^\prime \\ 0 \end{pmatrix}, $$ と見慣れた結果を復元する。Coriolis力についても $$ \left[- 2m\tilde{R}^k{}_i(t)\dot{R}^i{}_j(t)\dot{x}^{\prime j}\right] = -2m\begin{pmatrix} \cos \omega t & -\sin\omega t & 0\\ \sin \omega t & \cos \omega t & 0\\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}\omega \begin{pmatrix}- \sin \omega t & \cos\omega t & 0\\ -\cos \omega t & - \sin \omega t & 0\\0 & 0 & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\dot{x}^\prime\\\dot{y}^\prime\\\dot{z}^\prime\end{pmatrix} $$ $$ = 2\omega \begin{pmatrix}0 & 1 & 0\\ -1 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\dot{x}^\prime\\\dot{y}^\prime\\\dot{z}^\prime\end{pmatrix} = 2\omega \begin{pmatrix}\dot{y}^\prime\\-\dot{x}^\prime\\0\end{pmatrix}, $$ を得る。ちなみに、回転速度が一定でない場合 ($\dot{\omega}\neq0$)、これらに加えて Euler 力と呼ばれる力が生じる(導出は省略、上記で時間微分する際に $\dot{\omega}$ の項を拾っていけばよい)。 [^23]: 前節で扱った時間に依存しない $R^i{}_j$ も回転行列ではあるが、時間によらずいつも同じ向きを持った $x'$ 軸、 $y'$ 軸、 $z'$ 軸に移すだけなので、慣性力は発生しない。 </details> ## 5.4 Newton力学まとめ <details> - 慣性系と呼ばれる特殊な観測者が無数に存在。 - ブースト、(時間に依らない)回転、時空原点取り直しを含む、一般 Galilei 変換で、慣性系の間を移動できる。 - 全ての慣性系は等価である。 - どの慣性系でも $F^i = m\ddot{x}^i$ の形の運動方程式が同じように成立する。 - これは、Galilei 変換に対して、左辺の $F^i$ と右辺の $\ddot{x}^i$ が同じように変換されること(共変性)を意味している。(もっと言うと、物理法則は全ての慣性系で同じ:**Galilei の相対性原理**) - Galilei 変換でない変換(e.g., 加速度系への変換)では、見かけの力が生じ、これを慣性力と呼ぶ。 - Newton 力学は一般座標変換に対して共変的でない。 </details> ## 5.5 電磁気学と波動方程式 <details> 次に、電磁気学が相対性原理、特にGalileiの相対性原理を満たすのか調べてみよう。電磁気学の基礎方程式は以下の4本のMaxwell方程式である: $$ \begin{cases} \text{div}\boldsymbol{E} = \dfrac{\rho}{\varepsilon_0},\\ \text{rot}\boldsymbol{E} = -\dfrac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t},\\ \text{div}\boldsymbol{B} = 0,\\ \text{rot}\boldsymbol{B} = \mu_0\left(\boldsymbol{J}+\varepsilon_0\dfrac{\partial \boldsymbol{E}}{\partial t}\right). \end{cases} $$ ここで、$\boldsymbol{E}$ は電場、$\boldsymbol{B}$ は磁場で、$\rho$ は電荷密度、$\boldsymbol{J}$ は電流密度である。また、$\varepsilon_0$ は真空の誘電率、$\mu_0$ は真空の透磁率であった。電磁気学の完全な特殊相対論的記述は後に回すとして、ここでは以下の波動方程式に注目して話を進める。 </details> ### 5.5.1 真空の電磁場 <details> 「真空における電磁学」と言われれば、$\rho=0$、$\boldsymbol{J}=\boldsymbol{0}$ のときを指す。このとき、Maxwell方程式をうまく組み合わせて、ベクトル解析の公式を適用して計算を進めると、以下の方程式に行き着く: $$ \begin{cases} \Delta \boldsymbol{E} - \varepsilon_0\mu_0\dfrac{\partial \boldsymbol{E}}{\partial t} = 0,\\ \Delta \boldsymbol{B} - \varepsilon_0\mu_0\dfrac{\partial \boldsymbol{B}}{\partial t} = 0. \end{cases} $$ ここで $\Delta = \partial_x^2 + \partial_y^2 + \partial_z^2$ は Laplace演算子 (Laplacian) である。 一般に、 $$\Delta f - \dfrac{1}{v^2}\dfrac{\partial f}{\partial t} = 0, $$ の形の偏微分方程式を **波動方程式(wave equation)** と呼ぶ。この方程式が $f$ に対して線型であることに注目すると、時間微分もまとめて $$ \square_v := \Delta -\dfrac{1}{v^2}\dfrac{\partial^2}{\partial t^2}, $$ と書けば、波動方程式は $$ \square_v f = 0, $$ となる。この $\square_v$ を **D'Alembert 演算子(D'Alembertian)** と呼ぶ。特に、パラメータ $v$ が光速度の場合を単に $$ \square_c = \square, $$ と書く。 </details> ### 5.5.2 変数分離による波動方程式の解法 <details> 以下では、波動方程式の一般解について調べてみよう。 この方程式は、**変数分離** によって解くことができる。解を $$ f(\boldsymbol{x},t) = f_x(x)f_y(y)f_z(z)f_t(t), $$ の形であると仮定する。これを波動方程式に代入して $f$ で割ると $$ \dfrac{1}{f_x}\dfrac{\mathrm{d}f_x}{\mathrm{d}x} +\dfrac{1}{f_y}\dfrac{\mathrm{d}f_y}{\mathrm{d}y} +\dfrac{1}{f_z}\dfrac{\mathrm{d}f_z}{\mathrm{d}z} -\dfrac{1}{v^2}\dfrac{1}{f_t}\dfrac{\mathrm{d}f_t}{\mathrm{d}t}=0, $$ を得る。左辺に登場する4項は、それぞれ $x$ だけ、$y$ だけ、$z$ だけ、$t$ だけの関数であることと、この方程式があらゆる $(\boldsymbol{x},t)$ で成り立つことから、**4つの項はいずれも定数** であることが分かる。これらを順に $A_x$, $A_y$, $A_z$, $A_t$ と書くと、 $$ A_x + A_y + A_z - A_t = 0, $$ であり、また $$ \dfrac{1}{f_x}\dfrac{\mathrm{d}f_x}{\mathrm{d}x} = A_x, \quad \Rightarrow \quad \dfrac{\mathrm{d}f_x}{\mathrm{d}x} = A_x f_x,$$$$ \dfrac{1}{f_y}\dfrac{\mathrm{d}f_y}{\mathrm{d}y} = A_y, \quad \Rightarrow \quad \dfrac{\mathrm{d}f_y}{\mathrm{d}y} = A_y f_y,$$$$ \dfrac{1}{f_z}\dfrac{\mathrm{d}f_z}{\mathrm{d}z} = A_z, \quad \Rightarrow \quad \dfrac{\mathrm{d}f_z}{\mathrm{d}z} = A_z f_z,$$$$\dfrac{1}{v^2}\dfrac{1}{f_t}\dfrac{\mathrm{d}f_t}{\mathrm{d}t} = A_t, \quad \Rightarrow \quad \dfrac{\mathrm{d}f_t}{\mathrm{d}t} = v^2A_t f_t,$$ が成り立つ。代表して $f_x$ について見ていくと、この一般解は $$ f_x = \begin{cases} c_0 e^{\sqrt{A_x}x}+c_1e^{-\sqrt{A_x}x} & (A_x \gt 0),\\ c_0 + c_1 x & (A_x=0),\\ c_0 e^{i\sqrt{-A_x}x}+c_1e^{-i\sqrt{-A_x}x} & (A_x \lt 0), \end{cases} $$ のように $A_x$ の符号に応じて得られるが、物理的に意味のある解は $A_x \lt 0$ の場合の振動解である[^24]。従って、 $$ A_x = - k_x^2,\quad A_y = - k_y^2,\quad A_z = - k_z^2,\quad A_t = - \dfrac{\omega^2}{v^2}, $$ のように書き直し、複合のうちの一方を適当に取ってくると、全体として波動解の解は $$ f \propto e^{i(k_x x+k_y y+k_z z - \omega t)} = e^{i(\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}-\omega t)}, $$ を得る。この形の解を **平面波(plane wave)** と呼ぶ。また、積分定数の間には、$A_x+A_y+A_z-A_t=0$ より $$ \omega = v |\boldsymbol{k}|, $$ の関係が成り立つ。 [^24]: 複素数表示に慣れていない場合は $c_0 \sin \sqrt{-A_x}x + c_1 \cos \sqrt{-A_x}$ だと思ってもらえばよい。また、これ以外の解は、$|x|\to\infty$ で発散する物理的にあまり現実的でない解となっている。 </details> ### 5.5.3 分散関係と波動の伝播速度 <details> 次に、前節で得た解の持つ物理的意味について考えていく。 $e^{i\phi}$ の形をした関数において、$\phi$ の部分を位相と呼ぶ。この関数は $\phi$ が $2\pi$ 増える毎に元に戻る **振動関数** の格好をしている。位相は、振動の山や谷を表すような数量である。まずは、位相が一定な場所や時間について見ていこう。これは $$ \boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}-\omega t = \text{const}, $$ で表される。まず、$\boldsymbol{k}$ は **波数ベクトル** と呼ばれる量だ。これを大きさと向きとを分けて $\boldsymbol{k}=k\hat{\boldsymbol{k}}$ と表示すると、 $$ \boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x} = k\hat{\boldsymbol{k}}\cdot\boldsymbol{x} := kx_{//}, $$ のように、位置ベクトルのうち $\hat{\boldsymbol{k}}$ に平行な成分 $x_{//}$ で書ける。すると位相一定面は $$ kx_{//} - \omega t = \text{const}, $$ となる。よって、時間を止めて考えると、$kx_{//}=\text{const}$ すなわち、$\hat{\boldsymbol{k}}$ の方線方向に広がる平面が位相一定面となる。両辺を$k$で割って整理すると $$ x_{//} = \dfrac{\omega}{k}t+\text{const}, $$ となるが、これは速度が $\omega/k$ で一定の式になっている。すなわち、振動の山や谷は **速度 $\omega/k$ で、$\hat{\boldsymbol{k}}$ に平行な向きに伝わる** ことが分かる。 一般に、波数 $k$ と角周波数 $\omega$ の関係を **分散関係(dispersion relation)** と呼ぶ。前節の結果から、今は $$ \omega = v k, $$ とこの関係は一意に決まるが、一般には波は異なる速度で進行する複数の成分で構成され、それに応じて波の波形が変化していく(文字通り「分散」していく)ことからこのように呼ばれる。 </details>