# 第2回 相対論講義ノート ## 2. 数学的準備 ### 2.3 ベクトル ### 2.3.4 ベクトルの成分の変換則 <details> 前節では、ベクトルの基底が座標変換に対してどのように変更されるかを調べた。それでは、今度はベクトルの成分はどうだろう?先ほどの議論と同様に、**ベクトルそのものは座標変換に対して変化しないこと**を要請して、任意のベクトル $\boldsymbol{A}$ について考える。 $\boldsymbol{A}$ を $S$ 系、$S'$系 それぞれの基底を使って2通りに表現すると $$ \boldsymbol{A} = A^i \boldsymbol{e}_{(i)} = {A'}^i {\boldsymbol{e}'_{(i)}}. $$この式に、既に求めた ${\boldsymbol{e}'_{(i)}}$ の変換則を**添字の被りに気をつけて**代入すると $$ A^i \boldsymbol{e}_{(i)} = {A'}^i \dfrac{\partial x^j}{\partial {x'}^i}{\boldsymbol{e}_{(j)}}. $$任意のベクトルは同じ基底を使って一意に展開されることから、両辺で $\boldsymbol{e}_{(1)}$ の係数同士、$\boldsymbol{e}_{(2)}$ の係数同士、...はそれぞれ一致しなければならない。つまり $$ A^k = {A'}^i\dfrac{\partial x^k}{\partial {x'}^i}, $$が成立する。ここで、${\partial x}/{\partial {x'}}$の逆行列は${\partial x'}/{\partial {x}}$であること[^17]は、以下の計算により分かる。微分の連鎖則より $$ {\delta^i}_j = \dfrac{\partial x^i}{\partial x^j} = \dfrac{\partial {x'}^k}{\partial x^j} \dfrac{\partial x^i}{\partial {x'}^k}. $$ここで、左辺の${\delta^i}_j$は**Kroneckerのデルタ**と呼ばれる記号であり、$i$ と $j$ が等しい時だけ $1$、そうでない時は$0$ となるような量である。行列で書くと $$ [\delta^i_j] = \left( \begin{array}{ccc} 1 & 0 & 0\\ 0 & 1 & 0\\ 0 & 0 & 1 \end{array} \right ) $$と単なる単位行列のことである。以下では ${\delta^i}_j$ に加えて、添え字を2つとも下に取った $\delta_{ij}$ も登場し、こちらも全く同様に単位行列を表すこととする。そこで、${\partial x'}/{\partial {x}}$ を適宜添字が合うように $A^k$ の式の両辺にかけて、左辺と右辺を入れ替えることで、 $$ {A'}^i = \dfrac{\partial {x'}^i}{\partial x^j} A^j, $$を得る。これを基底の変換則と比較すると、変換行列が互いに逆行列となっていることが分かる。 [^17]: つまり、ある座標変換とその逆変換のJacobi行列は互いに逆行列である。 ここまでの結果は、次元を持った物理量を表すときに、単位をより大きいものに変更すると、数値は小さくなるという関係性と全く同じことを言っている。つまり、ベクトルにとって基底は単位のようなものであり、基底の大きさを大きく取ると、成分は小さくなるし、基底を時計周りに回転させるのと、成分を反時計回りに回転させるのとが同一と見なせるなど、基底と成分との関係について説明している。 </details> ### 2.4 テンソルに関する概論:相対論の中心人物 <details> ここまでで、座標変換に対する応答という見方で、ベクトルの性質について振り返ってきた。ここでは、ベクトルを拡張した概念であるテンソルを導入する。 </details> ### 2.4.1 共変ベクトルと反変ベクトル <details> すでに見たように、ベクトルの基底とベクトルの成分とは異なる変換規則に従う。そこで、以下では、基底と同じ変換則に従う文字式の組のことを**共変ベクトル** (covariant vector)、これとは逆に、ベクトルの成分と同じように変換される組のことを**反変ベクトル** (contravariant vector)と呼ぶことにする。そして、**前者は下付添字で、後者は上付添字で**表す。**添字の上下は、ベクトルの変換性を明らかにするために使う**のである。 相対論では、このように成分の変換性に基づいて2種類のベクトル(実際には成分を並べたもの)を定義する。すなわち、相対論における「ベクトル」とは、単に複数の数字を並べて括弧で括ったものという以上の意味を持つ。一般に、*複数の文字式を並べてセットにしたものは、この意味でのベクトルになるとは限らない*ことに注意が必要である。そのような例の一つとしては、「位置ベクトル」が挙げられる。これは、基底の変更だけでなく、原点の変更によっても成分が変わることからも分かるように、一般には非線型座標変換$\boldsymbol{x}\to\boldsymbol{x}'=\boldsymbol{x}'(\boldsymbol{x})$ に従うべき量であり、線型変換である変換則 $\boldsymbol{x}' = \left(\dfrac{\partial x'^i}{\partial x^j}\right) \boldsymbol{x}$ を満たさない。一方で、基底が場所によらない場合には、2つの地点の位置ベクトルの差である相対位置ベクトルはれっきとしたベクトルと言える。上で見た$\overrightarrow{PQ}$ は確かにそうなっている。しかし、基底が場所ごとに異なる場合、$\overrightarrow{PQ}$ をどの地点の基底で展開するのか曖昧さが残り、その意味で通常の意味でのベクトルとは少し性質が異なっている。微小変位 $\mathrm{d}\boldsymbol{x}$ であればその問題を回避することができ、自信を持って反変ベクトルと呼ぶことができる。 共変ベクトルの例として、直交座標における $\boldsymbol{\nabla}$ 演算子の成分表示 $$ \boldsymbol{\nabla} = (\partial_x, \partial_y, \partial_z), $$がある。微分演算子を並べたものをベクトルと呼ぶのは奇妙に思うかもしれないが、各成分の変換則は微分の連鎖則から $$ {\partial'}_i = \dfrac{\partial}{\partial {x'}^i} = \dfrac{\partial x^j}{\partial {x'}^i}\dfrac{\partial}{\partial x^j} = \dfrac{\partial x^j}{\partial {x'}^i}\partial_j, $$となり、これが共変ベクトルであることが確認できる。 上記の例からも分かるように、上付添字の量 $x^i$ が $\partial/\partial x^i$ のように分母に登場すると、全体として下付添字の役割をする。この偏微分操作を示す記号である $\partial_i$ が下付きとなっているのはこのためである。 反変ベクトルや共変ベクトルは、このあと紹介するテンソルの一種となっている。ベクトルは、上付きにせよ下付きにせよ、1つの添字だけで指定されるので、**1階のテンソル**と呼ばれる。 </details> ### 2.4.2 スカラー <details> 2つのベクトルについて見てきたところで、より簡単なところに戻ってスカラーについて考えてみよう。スカラーとは **0階のテンソル**、すなわち脚(添字)を持たない量である。 物理理論において、座標系の取り方に依存せず、どの観測者にとっても同じ意味を持つ量こそが「本質的」なものである。相対論ではそのような量をスカラーと呼ぶ。 たとえば、反変ベクトル $A^i$ と共変ベクトル $B_i$ を用いて $$ s = A^i B_i, $$のような形で作られる量は、添字が上下で組み合わされており、成分がすべて足し合わされている(縮約されている)ので、脚が残らずスカラーになる。このようにテンソルの縮約によってスカラーを作る操作は、相対論において非常に重要である。 スカラーの厳密な変換性や、縮約によるスカラーの構成法については、後の節(3.4)で詳しく説明する。 </details> ### 2.4.3 テンソル <details> ここまでの話からより一般の**テンソル**と呼ばれる量がどのようなものなのか、概ね想像がつくであろう。$0$ 階のテンソルがスカラー、$1$ 階のテンソルがベクトルであったが、まずはその次の「階数」を持ったテンソルである、$2$ 階のテンソルについて考える。 $2$ 階のテンソルは、フリー添字を2つ持った量である。そのような量として以下の4つのパターンが考えられるであろう: $$ T^{ij},\quad T_{ij}, \quad {T^i}_j, \quad {T_i}^j. $$最初のように上付添字2つを持つテンソルを**2階の反変テンソル**、次の2つの下付添字を持つ量を**2階の共変テンソル**、最後に、上付きと下付きが混ざったものを**2階の混合テンソル**と呼ぶ。 脚が2つついていることから、これらの2階のテンソルは、行と列を持った行列と同様のものであることはすぐに分かるであろう。ベクトルやスカラーのときの議論と同様に、テンソルは単なる行列以上の意味を持っている。その意味は、添字の上下に対応して、適切に座標変換に対して変化することである。上記の4つのタイプのテンソルは、順に \begin{eqnarray} T^{ij} \to T'^{ij} &=& \dfrac{\partial x'^i}{\partial x^a}\dfrac{\partial x'^j}{\partial x^b} T^{ab},\\ T_{ij} \to T'_{ij} &=& \dfrac{\partial x^a}{\partial x'^i}\dfrac{\partial x^b}{\partial x'^j} T_{ab},\\ {T^i}_j \to {T'^i}_j &=& \dfrac{\partial x'^i}{\partial x^a}\dfrac{\partial x^b}{\partial x'^j} {T^a}_b,\\ {T_i}^j \to {T'_i}j &=& \dfrac{\partial x^a}{\partial x'^i}\dfrac{\partial x'^j}{\partial x^b} {T_a}^b, \end{eqnarray} と変化する。3階以上のテンソルも、座標変換に対する変換規則に従って同様に定義される。 反変ベクトルと共変ベクトルの積を取り、縮約によって脚を潰すことでスカラーを作ったのと同様に、$1$ 階のテンソルであるベクトルを使って $2$ 階のテンソルを構成することができる。例えば $$ {{T_i}^j}_k = A_i B^j C_k $$のように、今度は異なる添字を用意することで、階数の高いテンソルを作ることができる。また、一部の脚を潰して $$ {T^i}_k = L^{ij}M_{jk} $$のように、異なる変換性を持ったテンソルを構成することも可能だ。一般のテンソルは、反変性を示す上付添字の数 $a$ と、下付添字の数 $b$ とを並べて **$(a,b)$-型テンソル** と呼ばれる。 </details> ## 3. テンソルと物理量の表現 <details> 前節までの議論で、**変換則**を手掛かりに、様々な数の**脚**を持った、一般のテンソル(スカラーやベクトルを含んだ意味で)を導入した。ベクトルに関しては、*ただ複数の数字を並べただけのもの*の背後には**基底**の存在が暗に仮定されていることを思い出してもらった。では、一般のテンソルはどのような基底を持ったものと考えればよいであろうか?加えて、2.4節では「普通のベクトルの成分」が上付添字で表される反変ベクトルであると紹介したが、では、下付きの「普通でない」ベクトルとは一体何なのであろうか?これを明らかにするために、やや抽象的ではあるが、**双対空間**について紹介し、上付き、下付きのベクトルについてより包括的な理解を深めていく。 </details> ### 3.1 双対基底と双対空間 ### 3.1.1 内積と計量テンソル <details> さて、ここからの議論の準備として、**射影**という操作について復習し、ベクトルから「反変成分を取り出す」とはどのようなことであったか考えよう。 まず、正規直交基底を成すベクトルの組 $\boldsymbol{e}_{(i)}$ $(i=1,2,3)$ について考えよう。正規直交の言葉から明らかなように、これらは $$ \boldsymbol{e}_{(i)}\cdot\boldsymbol{e}_{(j)} = \delta_{ij}, $$を満たす。ここで、ベクトルの内積を表す記号として、$\cdot$ を用いた。さて、任意のベクトル $\boldsymbol{A}$ が、この基底を使って展開されていたとしよう $$ \boldsymbol{A}=A^i\boldsymbol{e}_{(i)}. $$ここから反変成分$A^i$を抜き出すためには、内積が利用できる。例えば、第1成分が欲しいのであれば、上式の両辺に $\cdot \boldsymbol{e}_{(1)}$ をつけることで $$ \boldsymbol{A}\cdot \boldsymbol{e}_{(1)}=A^i\boldsymbol{e}_{(i)}\cdot \boldsymbol{e}_{(1)}. $$正規直交性から、右辺はさらに $$ \text{(右辺)} = A^i\delta_{i1} = A^1, $$となる。ここでは、$i$ についての縮約が取られていることと、$i$ と $1$ が異なる場合にKroneckerのデルタが $0$ になることが重要であり、このおかげで反変成分 $A^1$ を抜き出すことができた。別の成分を抜き出す場合にも同様である。その成分を $j$ とすると: $$ \boldsymbol{A}\cdot \boldsymbol{e}_{(j)} = A^i\boldsymbol{e}_{(i)}\cdot \boldsymbol{e}_{(j)} = A^i \delta_{ij} = A^j. $$この操作を、「ベクトル $\boldsymbol{A}$ の第 $j$ 軸に対する**射影**」と呼ぶ。 ところが、一般の場合を考えると、必ず正規直交基底を取れるとは限らない。実際、曲がった時空間を扱う一般相対論ではそのようなケースの方が一般的である。そのような場合、$\boldsymbol{e}_{(i)}\cdot\boldsymbol{e}_{(j)} = \delta_{ij}$ を満たさない。そこで、この内積のことを $$ \boldsymbol{e}_{(i)}\cdot\boldsymbol{e}_{(j)} := g_{ij}, $$と書いて、**計量テンソル (metric tensor)**と呼ぶ。「量を計る」という字が当てられているが、どういう意味で言っているかすぐに明らかになる。 さて、$\boldsymbol{A}=A^i\boldsymbol{e}_{(i)}$ における基底 $\boldsymbol{e}_{(i)}$ が上記の計量テンソルを持つとする。このとき、$\boldsymbol{A}$ の大きさ(の二乗)、$|\boldsymbol{A}|^2$ を計算してみよう。これは $$ |\boldsymbol{A}|^2 = \boldsymbol{A}\cdot\boldsymbol{A} = \left(A^i \boldsymbol{e}_{(i)}\right)\cdot \left(A^j \boldsymbol{e}_{(j)}\right) = A^i A^j \boldsymbol{e}_{(i)}\cdot\boldsymbol{e}_{(j)} = A^i A^j g_{ij}. $$ここで、同一添字が $4$ 回繰り返されないよう[^18]、$i$ と $j$ を使い分けていることに注意しよう。さて、もし正規直交基底であれば、$g_{ij} = \delta_{ij}$ なので、上式はご存知の通り $\boldsymbol{A}$ の各成分をそれぞれ二乗してから足し上げることになる。高校数学(Euclid幾何学)では、これがベクトルの長さの測り方であった。これを任意の基底に一般化すると、$g_{ij}$ が出てくるのだ。計量テンソル $g_{ij}$ は、長さの尺度を決めてる量となっていることが分かったであろう。 [^18]: そうなってしまうと、もはやどの量とどの量で縮約を取っているのかわからなくなる。また、所詮ダミー添字なので、好きな文字を選んでよかったことも思い出そう。 </details> ## 4. 線型変換とアフィン変換 ここまで、双対空間やテンソル積といった抽象的な構造を扱ってきたが、ここからは具体的な座標変換の話に移る。特に、特殊相対論の準備として、まずは古典的な線形変換・アフィン変換の理解を固める。