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title: 距離空間の完備化の構成とその本質的一意性
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# 距離空間の完備化の構成とその本質的一意性
## はじめに
この記事はとある記事のコメントで説明した内容を単体で読めるように加筆・修正したものです. [](https://mathlog.info/articles/3917)
前提知識は簡単な 微積分 ($\mathbb R$または$\mathbb R^n$上の極限の定義 ($\varepsilon$-$N$論法) と その基本的な性質 (極限の順序の保存など)) と 集合論 (点列 や 商集合 といった概念など) とします. (距離空間の定義等は一応書いておきます. また, 本当は位相空間論の基本的な知識があると望ましいですが, これも仮定しないことにします)
## 本文
### 諸概念の定義
まずは, 距離空間における点列の収束といった基本的な概念の定義を述べます. 知っている人は適当に読み飛ばして下さい.
:::info
def 距離空間
**距離空間**とは, (空でない) 集合$X$とその上の関数$d \colon X \times X \to \mathbb R$の組$(X, d)$であって, 以下の条件を満たすもののことをいう :
- 任意の$x, y \in X$について$d(x, y) \ge 0$である. (非負性)
- 任意の$x, y \in X$について$d(x, y) = 0 \iff x=y$である. (非退化性)
- 任意の$x, y \in X$について$d(x, y) = d(y, x)$である. (対称性)
- 任意の$x, y, z \in X$について$d(x, z) \le d(x, y) + d(y, z)$である. (三角不等式)
$d$のことを$M$上の**距離(関数)**という. (非負性は他の3条件から導くことが可能であるが, 分かりやすさの為に記載している)
:::
この4条件のことを**距離の公理**といいます.
距離空間の最も身近な例はユークリッド空間$\mathbb R^n, \mathbb C^n$です. これらの空間にはノルム(絶対値)から距離$d(x, y) := \|x - y\|$が誘導されます. つまり, 距離空間とは$\mathbb R^n$における "長さ" の概念を抽象化した空間となっています.
距離空間では$\mathbb R^n$のときと同様に収束列やCauchy列を($\varepsilon$-$N$論法によって)考えることが出来ます.
:::info
def 収束列
距離空間$(X, d)$上の点列$\{x_n\}_n$が$X$上の点$x \in M$に**収束する**とは, 次の条件が成り立つことを指す :
$$\forall \varepsilon > 0\ \exists N \in \mathbb N\ \text{s.t.}\ \forall n \in \mathbb N \left[n \ge N \implies d(x_n, x) < \varepsilon \right].$$
このとき, $x$を$\{x_n\}_n$の**収束先**といい, $\lim_{n\to\infty}x_n$と表す.
収束先が存在する点列のことを**収束列**という.
:::
距離関数の非退化性より, 極限は一意的 (存在するならば一意に定まる) であることに注意します.
:::info
prf
$x$と$x'$を$\{x_n\}_n$の収束先とする. このとき, 任意の$\varepsilon > 0$について$\{x_n\}_n$の収束性からある$N, N' \in \mathbb N$が存在して$n \ge N$ならば$d(x_n, x) < \varepsilon/2$, $n \ge N'$ならば$d(x_n, x') < \varepsilon/2$となる. ここで, $n := \max\{N, N'\}$とおくと, $n \ge N, N'$となるので
$$d(x, x') \le d(x, x_n) + d(x_n, x') < \frac{\varepsilon}{2} + \frac{\varepsilon}{2} = \varepsilon$$
である. よって, $\varepsilon > 0$の任意性より$d(x, x') = 0$, すなわち$x = x'$となる.
:::
また, 実数の極限を用いると, $x = \lim_{x\to\infty} x_n$であることは$\displaystyle\lim_{n\to\infty} d(x, x_n) = 0$と表すことができます.
:::info
def Cauchy列
距離空間$(X, d)$上の点列$\{x_n\}_n$が次の条件を満たすとき**Cauchy列**であるという :
$$\forall \varepsilon > 0\ \exists N \in \mathbb N\ \text{s.t.}\ \forall n, \forall m \in \mathbb N \left[n, m \ge N \implies d(x_n, x_m) < \varepsilon \right].$$
:::
$\{x_n\}_n$ がCauchy列であることも, 実数の極限を用いて$\displaystyle\lim_{n,m\to\infty} d(x_n, x_m) = 0$と表すことができます.
$\mathbb R^n$では, 収束列とCauchy列は同値な概念でしたが, 一般の距離空間では一方しか成り立たちません.
:::info
prop
(任意の距離空間で)収束列はCauchy列である.
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:::info
prf
$\{x_n\}_n$を$x$に収束する点列とする. $\{x_n\}_n$がCauchy列であることを確かめる.
$\varepsilon > 0$を任意に取る. このとき, $\{x_n\}_n$の収束性よりある$N \in \mathbb N$が存在して, 任意の$n \ge N$について$d(x_n, x) < \varepsilon/2$となる.
すると, 任意の$n, m\ge N$について
$$d(x_n, x_m) \le d(x_n, x) + d(x, x_m) < \frac{\varepsilon}{2} + \frac{\varepsilon}{2} = \varepsilon.$$
となるので, $\varepsilon > 0$の任意性より$\{x_n\}_n$はCauchy列である.
:::
$\mathbb R$における逆の証明は *Bolzano-Weierstrassの定理* が本質的に効いており, この定理は実数の連続性を表していたことに注意します.
:::info
ex Cauchy列は収束列とは限らない
$X = \mathbb Q$, $d(x, y) = |x-y$ を考える. このとき, $\mathbb R$上で$\sqrt 2$に収束する有理数列$\{q_n\}_n$を考えると, ($\mathbb R$上で考えれば収束列なので) $\{q_n\}_n$は$\mathbb Q$上のCauchy列になるが, $\sqrt 2 \notin \mathbb Q$なので$\mathbb Q$上での収束先は存在しないので収束列ではない.
:::
感覚的にはCauchy列は "収束しそうな点列" のことを表しています. この例は$\mathbb Q$が "収束しそうな点列" を考える上で十分多くの点 (収束先) を備えていないことを表しています. そして, $\mathbb R^n$のように十分多くの点を持つ空間のことを完備な距離空間といいます.
:::info
def 完備性
任意のCauchy列が収束列になる距離空間のことを**完備**であるという.
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上の例の$\mathbb Q$に対する$\mathbb R$のように, 距離空間を含む完備な距離空間のことを**完備化**といいます. まずは完備化の正確な定義を述べる為にいくつかの概念を定義します.
:::info
def 等長写像
$(X, d_X)$と$(X, d_Y)$を距離空間とする. 次の条件を満たす写像$f : X \to Y$のことを**等長写像**という :
- 任意の$x, x' \in X$について$d_X(x, x') = d_Y(f(x), f(x'))$である.
:::
等長写像は名前の通り "長さを保つ" 写像のことです. 距離関数の非退化性より, 等長写像は常に単射であることに注意します. そこで, 全射な等長写像を考えるとこれは全単射であり, 更に逆写像も全射な等長写像になります. そこで, 全射な等長写像のことを**等長同型写像**といい, 等長同型写像が存在する距離空間$(X, d_X)$と$(Y, d_Y)$のことを**等長同型**であるといい, $(X, d_X) \cong (Y, d_Y)$と表します.
:::info
def 稠密性
距離空間$(X, d)$の部分集合$S \subseteq X$が ($X$内で) **稠密**であるとは, $X$内の任意の点$x \in X$に対し, $x$に収束する$S$内の点列$\{s_n\}_n \subseteq S$が存在することをいう.
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距離空間$\mathbb R$における$\mathbb Q \subseteq \mathbb R$が稠密部分集合の例になっています. 稠密性は$X$に対して$S$が十分大きい集合であることを表す条件になっています.
以上で完備化の正確な定義を述べる準備が整いました.
:::info
def 完備化
距離空間$(X, d)$の**完備化**とは, 以下の条件を満たす距離空間$(\bar X, \bar d)$と等長写像$\iota : X \to \bar X$の組の$((\bar X, \bar d), \iota)$ことである :
- $(\bar X, \bar d)$は完備である.
- $\iota(X)$は$X$内で稠密である.
:::
このとき, $\bar d$を$\iota(X)$上に制限した距離関数を考えることで, $X$と$\iota(X)$は等長同型になります. 等長同型は距離空間として "等しい" ことを表しているので, $\iota(X)$を$X$と同じ空間だと見なせば, $\bar X$は$X$に全てのCauchy列の収束先を添加した空間だと思うことが出来ます.
この記事では次の2つの主張を証明することを目的とします.
:::info
thm 完備化の存在
任意の距離空間$(X, d)$に対して, その完備化が存在する.
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:::info
thm 完備化の本質的一意性
距離空間$(X, d)$の完備化は一意的な等長同型を除いて一意である. すなわち, $((\bar X, \bar d), \iota)$と$((\hat X, \hat d), \iota')$を$(X, d)$の完備化としたとき, $\Phi \circ \iota = \iota'$なる等長同型$\Phi : \bar X \to \hat X$が一意に存在する.
:::
### 完備化の構成
まずは完備化の存在について確かめます. 実は距離空間$(X, d)$の完備化は$X$上のCauchy列を用いることで具体的に構成することが出来ます.
:::info
$(X, d)$を距離空間とする. $X_C$を$X$上のCauchy列全体の集合とし, $X_C$上の同値関係${\sim}$を以下で定義する :
$$\{x_n\}_n \sim \{y_n\}_n \overset{\mathrm{def}}{\iff} \lim_{n\to\infty} d(x_n, y_n) = 0$$
このとき, 商集合$\bar X := X_C/{\sim}$上には距離$\bar d$が次で定まる :
$$\bar d([\{x_n\}_n], [\{y_n\}_n]) := \lim_{n\to\infty} d(x_n, y_n).$$
更に, 各$x \in X$に対して定点列$\{x\}_n$を考えるとこれはCauchy列なので, 写像
$$\iota : X \to \bar X; x \mapsto [\{x\}_n]$$
が考えられ, これらの組$((\bar X, \bar d), \iota)$は$(X, d)$の完備化になる.
:::
この同値関係$\sim$は感覚的には同じ収束列を持つであろうCauchy列同士の同一視を行っています.
以降はこの議論の行間を埋めていく形で話を進めていきます.
まずはじめに, $\bar d$が本当に定義できることを確認します. その為に, 次の**距離関数の連続性**という性質を確認しておきます.
:::info
lem 距離関数の連続性
$(X, d)$を距離空間とする. このとき, 任意の$x, x', y, y' \in X$に対して次か成り立つ :
$$|d(x, y) - d(x', y')| \le d(x, x') + d(y, y').$$
:::
:::info
prf
まず, 三角不等式から次が得られる :
$$d(x, y) \le d(x, x') + d(x', y') + d(y', y).$$
よって, 移項することで
$$d(x, y) - d(x', y') \le d(x, x') + d(y', y)$$
となることが分かる. 同様に,
$$d(x', y') \le d(x', x) + d(x, y) + d(y, y')$$
から
$$d(x', y') - d(x, y) \le d(x', x) + d(y, y')$$
となるので, 両者を合わせることで結論を得る.
:::
:::info
prop $\bar d$のwell-defined性
上記の$\bar X$上の距離$\bar d$はwell-definedである.
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:::info
prf
$\{x_n\}_n, \{y_n\}_n \in X_C$とする. このとき, $\lim_{n\to\infty} d(x_n, y_n)$が収束することを確かめる.
$\varepsilon>0$を任意に取る. このとき, $\{x_n\}_n$と$\{y_n\}_n$が共にCauchy列であることから, ある$N_1, N_2 \in \mathbb N$が存在して$n, m \ge N_1$ならば$d(x_n, x_m) < \varepsilon/2$, $n, m \ge N_2$ならば$d(y_n, y_m) < \varepsilon/2$となる. すると, 距離関数の連続性から任意の$n, m \ge \max\{N_1, N_2\}$について,
$$\begin{align}
\lvert d(x_n, y_n) - d(x_m, y_m) \rvert &\le d(x_n, x_m)+d(y_m, y_n) \\
&< \frac{\varepsilon}{2} + \frac{\varepsilon}{2} = \varepsilon
\end{align}$$
となる. よって, $\{d(x_n, y_n)\}_n$は$\mathbb R$内のコーシー列なので, $\mathbb R$の完備性からこれは収束列となる.
次に, Cauchy列の取り方に依らないことを確かめる :
$\{x_n\}_n \sim \{x'_n\}_n$, $\{y_n\}_n \sim \{y'_n\}_n$とする. このとき, 上記の収束性に注意すると
$$\begin{align}
\lim_{n\to\infty} d(x_n, y_n) &\le \lim_{n\to\infty} \left( d(x_n, x'_n)+d(x'_n, y'_n)+d(y'_n, y_n) \right) \\
&= 0 + \left( \lim_{n\to\infty} d(x'_n, y'_n) \right) + 0 \\
&= \lim_{n\to\infty} d(x'_n, y'_n)
\end{align}$$
となる. 役割を入れ替えると逆側の不等式も得られるので, 両者が一致することが分かる.
$\bar d$が距離の公理を満たすことは簡単に確かめられるので省略する.
:::
$\bar d$のwell-defined性にさえ注意すれば, 埋め込みの等長性はほぼ明らかです.
:::info
prop 埋め込みの等長性
$\iota : X \to \bar X$は等長写像である.
:::
:::info
prf
$\iota$と$\bar d$の定め方より明らか.
:::
次に, $\iota(X)$の稠密性を確かめます. これは次の主張が本質的です.
:::info
lem $\iota(X)$内のCauchy列の収束性
$\iota(X)$内のCauchy列$\{\iota(x_n)\}_n$は$\bar x := [\{x_n\}_n] \in \bar X$に収束する.
:::
:::info
prf
$\iota$の等長性から$\{x_n\}_n$は$X$内のCauchy列であることに注意する.
$\varepsilon > 0$を任意にとる. このとき, $\{x_n\}_n$はCauchy列であることから, ある$N \in \mathbb N$が存在して$n,m \ge N$ならば$d(x_n, x_m) < \varepsilon/2$となる.
$n \ge N$を固定する. すると, $\{d(x_n, x_m)\}_m$は収束列である ($\bar d$のwell-defined性の証明を参照) ことから, ある$N' \in \mathbb N$が存在して$m \ge N'$ならば
$$\lvert d(x_n, x_m) - \lim_{l\to\infty} d(x_n, x_l) \rvert < \frac{\varepsilon}{2}$$
となる. そこで, $m := \max\{N, N'\}$とおけば
$$\begin{align}
\lim_{l\to\infty} d(x_n, x_l) &< d(x_n, x_m) + \frac{\varepsilon}{2} \\
&< \frac{\varepsilon}{2} + \frac{\varepsilon}{2} = \varepsilon
\end{align}$$
となる. ($\bar d$の定義を思い出すと) 左辺は$\bar d(\iota(x_n), \bar x)$なので, $\varepsilon > 0$の任意性から$\{\iota(x_n)\}_n$が$\bar x$に収束していることが分かる.
:::
つまり, この補題は$[\{x_n\}_n]$という点が$X$内のCauchy列$\{x_n\}_n$の収束先であることを述べています. $\bar X$はこのような形の元(のみ)によって構成されているので, $X$内のCauchy列の収束先(のみ)を全て加えた集合であると思うことが出来ます.
:::info
prop $\iota(X)$の稠密性
$\iota(X)$は$\bar X$内で稠密である.
:::
:::info
prf
各$\bar x \in \bar X$に対し, $\bar x = [\{x_n\}_n]$となる代表元$\{x_n\}_n \in X_C$を取ればこれはCauchy列なので, から$\bar x$に収束する$\iota(X)$内の点列$\{\iota(x_n)\}_n$が得られる.
:::
最後に, $\bar X$の完備性を確かめます. これは今までの主張を組み合わせることで確かめられます.
:::info
prop $\bar X$の完備性
$(\bar X, \bar d)$は完備距離空間である.
:::
:::info
prf
$\bar X$内のCauchy列$\{\bar x^{(k)}\}_k$を任意に取る.
このとき, $\iota(X)$の稠密性から, $\bar x^{(k)}$に収束する点列$\{\iota(x_n^{(k)})\}_n$が存在する. 特に $\varepsilon = 1/k$ を考えれば, $\bar d(\iota(x_n^{(k)}), \bar x^{(k)}) < 1/k$となる$n_k \in \mathbb N$が得られる.
$\{\iota(x_{n_k}^{(k)})\}_k$が$\iota(X)$内のCauchy列になることを確かめる. $\varepsilon > 0$を任意にとる. このとき, $\{\bar x^{(k)}\}_k$が$\bar X$内のCauchy列であることから, ある$N \in \mathbb N$が存在して, $k,l \ge N$ならば$\bar d(\bar x^{(k)}, \bar x^{(l)}) < \varepsilon/3$となる. このとき, 任意の$k, l \ge \max \{N, 3/\varepsilon\}$について
$$\begin{align}
\bar d(\iota(x_{n_k}^{(k)}), \iota(x_{n_l}^{(l)}))
&\le \bar d(\iota(x_{n_k}^{(k)}), \bar x^{(k)}) + \bar d(\bar x^{(k)}, \bar x^{(l)}) + \bar d(\bar x^{(l)}, \iota(x_{n_l}^{(l)})) \\
&< \frac 1 k + \frac \varepsilon 3 + \frac 1 l \\
&< \frac \varepsilon 3 + \frac \varepsilon 3 + \frac \varepsilon 3 = \varepsilon
\end{align}$$
となる. 故に, $\{\iota(x_{n_k}^{(k)})\}_k$は$\iota(X)$内のCauchy列である.
よって, $\iota(X)$内のCauchy列の収束性から$\{\iota(x_{n_k}^{(k)})\}_k$は$\bar x := [\{x_{n_k}^{(k)}\}_k] \in \bar X$に収束する. すると, $\{\bar x^{(k)}\}_k$自体も$\bar x$に収束することが
$$\begin{align}
\lim_{k\to\infty} \bar d(\bar x, \bar x^{(k)}) &\le \lim_{k\to\infty} \left( \bar d(\bar x, \iota(x_{n_k}^{(k)})) + \bar d(\iota(x_{n_k}^{(k)}), \bar x^{(k)}) \right) \\
&\le 0 + \lim_{k\to\infty} \frac 1 k = 0
\end{align}$$
によって得られる.
:::
この証明は議論の流れとしては「$\bar X$内のCauchy列に対して, ($\iota(X)$の稠密性から)同じ極限に収束することが期待される$\iota(X)$内の点列を取ることで$\iota(X)$内のCauchy列の収束性に帰着させる」という議論を行っています.
### 完備化の本質的一意性
等長同型性が距離空間の間の同値関係になることに注意すれば, 先ほど構成した$(\bar X, \bar d)$との等長同型写像を構成すれば十分であることに注意します.
:::info
prf 完備化の本質的一意性
$((X', d'), \iota')$を$(X, d)$の完備化とする. (もう一方の完備化$((\bar X, \bar d), \iota)$a は先ほど構成したのものを用いる)
このとき, $X$上の各Cauchy列$\{x_n\}_n$に対して, $\iota'$の等長性と$X'$の完備性から$\{\iota'(x_n)\}_n$の収束先$x' \in X'$が存在するので, $\Phi' : X_C \to X'; \{x_n\}_n \mapsto x' = \lim_{n\to\infty} \iota'(x_n)$が定まる.
このとき, 任意の$\{x_n\}_n, \{y_n\}_n \in X_C$について, $\iota'$の等長性から
$$\begin{align}
|d(x_n, y_n) - d'(x', y')|
&\le d'(\iota'(x_n), x') + d'(\iota'(y_n), y') \\
&\to 0 + 0 \quad (n\to\infty)
\end{align}$$
となるので, $\lim_{n\to\infty} d(x_n, y_n) = d'(x', y')$である.
特に, $\{x_n\}_n \sim \{y_n\}_n$ならば$d'(x', y') = 0$ (すなわち $x' = y'$) となるので, 写像
$$\Phi : \bar X \to X' ; [\{x_n\}_n] \mapsto x' = \lim_{n\to\infty} \iota'(x_n)$$
は well-defined であり, $\bar d$の定義から$\Phi$は等長写像となる.
$\Phi$の全射性は$\iota'(X)$の稠密性から直ちに得られる. 実際, 任意の$x' \in X'$に対して, $\iota'(X)$の稠密性から$x'$に収束する点列$\{\iota'(x_n)\}_n$が存在する. このとき, (一般に) 収束列はCauchy列であることと, $\iota'$の等長性から$\{x_n\}_n \in X_C$である. よって, この$\{x_n\}_n$を用いること$\Phi([\{x_n\}_n]) = x'$となる.
また, $\Phi \circ \iota = \iota'$となることも, $\Phi$の定め方から明らかである. また, この性質から$\Phi$が一意的であることも得られる. 実際, $\Psi : \bar X \to X'$を$\Psi \circ \iota = \iota'$を満たす等長写像としたとき, 任意の$\bar x \in \bar X$について, $\iota(X)$の稠密性から$\bar x$に収束する点列$\{\iota(x_n)\}_n$が存在し, このとき
$$\begin{align}
d'(\Phi(\bar x), \Psi(\bar x))
&\le d'(\Phi(\bar x), \Phi(\iota(x_n))) + d'(\Phi(\iota(x_n)), \Psi(\iota(x_n))) + d'(\Psi(\iota(x_n)), \Psi(\bar x)) \\
&= \bar d(\bar x, \iota(x_n)) + d'(\iota'(x_n), \iota'(x_n)) + \bar d(\iota(x_n), \bar x) \\
&= \bar d(\bar x, \iota(x_n)) + d(x_n, x_n) + \bar d(\iota(x_n), \bar x) \\
&= \bar d(\bar x, \iota(x_n)) + \bar d(\iota(x_n), \bar x) \\
&\to 0 \quad (n \to \infty)
\end{align}$$
となることから$\Phi(\bar x) = \Psi(\bar x)$ ($\bar x \in \bar X$) が得られる.
:::
## 補足
### 擬距離について
距離の公理の非退化性の条件を次の条件に弱めたものを**擬距離** (pseudometric) といいます :
- 任意の$x\in X$について$d(x, x) = 0$である.
ここで, $\bar d$のwell-defined性の証明を見ると, 実は前半の議論から$X_C$上の擬距離を次で定めることが出来ることが分かります :
$$d'(\{x_n\}_n, \{y_n\}_n) := \displaystyle\lim_{n\to\infty} d(x_n, y_n) \quad (\{x_n\}_n, \{y_n\}_n \in X_C).$$
このとき, $X_C$上の同値関係$\sim$は次で定義されていると思うことが出来ます :
$$d'(\{x_n\}_n, \{y_n\}_n) :\iff d'(\{x_n\}_n, \{y_n\}_n) = 0 \quad (\{x_n\}_n, \{y_n\}_n \in X_C).$$
すると, $\bar d$のwell-defined性の後半の議論は以下のように一般化することが出来ます.
:::info
prop
$d'$を集合$Y$上の擬距離とする. このとき, $Y$上の同値関係${\sim}$を以下で定める :
$$y \sim y' :\iff d'(y, y') = 0 \quad (y, y' \in Y).$$
このとき, 商集合$Y/\sim$上には次の方法でwell-definedな**距離**$d$を定めることができる :
$$d([y], [y']) := d'(y, y') \quad ([y], [y'] \in Y/{\sim}).$$
:::
このように, 擬距離から距離を構成する方法は距離空間の完備化に限らず様々な所で表れます. 例えば, $L^p$空間の(正確な)定義を与える際にこのような方法を用いられます.