# 慣性質量と重力質量の等価性について ## はじめに この文章は広島大学教育学部の「力とエネルギーのリテラシーⅠ」で扱われた問題(課題08)について、自分の考えをまとめたものである。授業では教科書に『力学の考え方』(砂川重信、岩波書店)を使っている。 ## 問題 ### 問題文 > 慣性質量と重力質量が等価であるためには、慣性質量と重力質量の比 $k$ が物質によって変わらない必要があることを説明せよ。 ### 問題の対偶 対偶を考えてみると > 慣性質量と重力質量の比 $k$ が物質によって異なることがあるならば、慣性質量と重力質量が等価であると言えないことを説明せよ。 となるだろう。 ## 重力質量と慣性質量の次元 教科書p15下部には「このようにして慣性質量と重力質量の次元を一致させたとき、$g$ の次元は加速度 $a$ の次元と同じになる。」とある。すなわち、筆者は慣性質量と重力質量を、はじめは次元すらも区別して考えるものだとしている。 ## 慣性質量の定義 物体に力が加わると、物体は加速度運動する。その加速度の大きさは物体によって異なり、また力と加速度には比例関係がある。物体によって異なる比例係数はその物体固有の値だと考えることができ、これを慣性質量ということにする。 ある物体の慣性質量を基準として $1[慣]$ とする。ただし、$[慣]$ は慣性質量の単位である[^慣性質量の次元]。ある大きさの力が基準物体にかかるときの加速度が $a_0$ であるとき、 同じ力を受けて加速度 $a$ で運動する物体の慣性質量を $$ m_I \equiv \frac{a}{a_0} \times 1[慣] $$ で表す。 ## 重力質量の定義 物体には重力がはたらくが、そのはたらき方は物体によって異なる。物体にはたらく重力の大きさが、物体固有の値によって定まると考えることができ、それを重力質量ということにする。 ある物体の重力質量を $1[重]$ として基準に取る。ただし、$[重]$ は重力質量の単位である。基準の物体にかかる重力の大きさが $W_0[\rm{N}]$ のとき[^重力と場所の変化]、重力の大きさが $W\rm{[N]}$ となる物体の重力質量を $$ m_G \equiv \frac{W}{W_0} \times 1[重] $$ で表す。なお、基準物体の重力質量 $1[重]$ を ${m_{G}}_0$ と表すことにする。これを用いると上の式は $$ m_G \equiv \frac{W}{W_0} {m_{G}}_0 $$ と表される。 $m_G$ を持ち出した理由は、単位の扱いをかんたんにするためである。$m_G$ とはまさに重力質量の単位そのもの。 定義式を見れば明らかだが、改めて説明すると、重力質量はある物体を1単位としてそれに対する重さ、すなわち重力の大きさの比として定められる。 ## 重力による加速度が等しいならば慣性質量と重力質量が等価とみなせること(ではなく、比例関係にあること)を示す 重力と物体の運動を表す運動方程式は $ma=F$ のうち、$m$ に $m_I$ を、$F$ に $W$ すなわち $\frac{m_G W_0}{{m_{G}}_0}$ を代入することで、 $$ m_I a = \frac{m_G W_0}{{m_{G}}_0} $$ となる。これを $$ \frac{m_G}{m_I} = {m_{G}}_0 \frac{a}{W_0} $$ と変形すると、加速度 $a$ が等しいならば右辺は物体によらず一定であるから、各物体固有の $\frac{m_G}{m_I}$ は物体によらず等しいことがわかり、定数 $k$ で表せることになる。この $k$ を用いることで、重力質量を慣性質量によって $$ m_G[重] = m_I[慣] \times k[重/慣] $$ と表せる[^単位の明示]。 ## 慣性質量と重力質量が等価であるとは何か →慣性質量を重力質量で書き換えられること、またその反対ができること? 同一のものとして定義を変更しても、不都合がないということ?(後者はいい感じなんじゃないかという気がしている。) これは両者が比例関係になければできない[^2]。逆に、比例関係にあれば、比例係数は単位変換の係数にすぎないので、単位を適切に定義しなおすことで係数を $1$ とすることができる[^1の次元]。具体的には次のように、重力質量の新しい単位 $[重']$ を <!-- $$ m_G[重] = m_I[重'] \times k[重/重'] $$ --> $$ 1[重'] \equiv \frac{1}{k}\times 1[重] $$ と定義するようにすれば良い。($k$ の単位は $[重/重']$ なので、$\frac{1}{k}$ の単位は $[重'/重]$ である。)この式は、 $1[\rm{km}] = 1000[\rm{m}]$ と同じことだ。($1000$ の部分に $\rm[km/m]$ が含まれている[^単位の明示]。) 実はこの $[重']$ の次元は、$[慣]$ の次元と同じだと考えて差し支えない。 慣性質量と重力質量は、それぞれを全く別々に定義し、特にそれらの次元が勝手に揃うようにもしなかったため、両者の次元は異なるものだとして考えるのが適当である。しかし、重力質量を使う場面がごく限られているため、慣性質量の次元と同じことにしてしまっても問題がない。本当にこのようなことをしてしまっても良いのかは、重力質量の要請に照らし合わせて考えて確かめる。重力質量の意味を制限するのは、重力質量の定義だけであって、それを見ると本質的に問題ないことがわかる。 こうして重力質量の次元と慣性質量の次元を同一視し、統合すること(=等価原理を設けたこと)によってアインシュタインは一般相対性理論を構築した。 <!-- 単位の変換について詳しく考えてみたい。同じ次元の異なる単位同士の間には、値が定数倍であるという関係がある。$[\rm{m}]$ と $[\rm{km}]$ を想像するとよいかもしれない。 --> <!-- つまり、$1[慣] = 1[重']$ となるよう、重力質量の単位を定義し直すと $$ m_I[重'] \times 1[重/重'] = m_G[重] = m_I[慣] \times 1[重/慣] $$ $$ m_I[重']= m_G[重] \times 1[重'/重] = m_I[慣] $$ --> <!-- 次元はどうなっているのだろうか。今、慣性質量と重力質量は、それぞれを全く別々に定義し、特にそれらの次元が勝手に揃うようにもしなかったため、両者の次元は異なるものだとして考えるのが適当である。しかし、重力質量を使う場面がごく限られているため、慣性質量の次元と同じことにしてしまっても問題がない。本当にこのようなことをしてしまっても良いのかは、重力質量の要請に照らし合わせて考えて確かめる。重力質量の意味を制限するのは、重力質量の定義だけであって、それを見ると本質的に問題ないことがわかる。 --> <!-- ### オームの法則において電流と電圧が等価であるとは何か 抵抗と長さの間には比例関係がある。 ある抵抗について考える。もし抵抗値 $R$ が変化しないという仮定をおけば、もはや電流と電圧は(次元が異なるとしても)それが意味するものは同じではないか。「電圧があればすなわち電流がある」というのは気持ちが悪いと言うか、それが言える世界が狭すぎるので役に立たない --> ## 本題:もし $k$ が等しいなら等価とみなせることを示す(執筆中) 冒頭に示したように、対偶を考えてみる。すなわち、$k$ が異なることがあれば等価とみなせないことを示そうとしてみる。 前節で、2つの量が比例関係にあり、かつ等価とみなして問題がないときに両者を等価とみなせると説明した。(このの説明が必要十分な変形のみからなっていれば、対偶を考えずとも、いま示そうとしていることはあたりまえとして片付く気もする。) ある物体 $A$ の慣性質量と重力質量の比を $k_A$、他のある物体の慣性質量と重力質量の比を $k_B$ と表すことにしたとき、$k_A \neq k_B$ であるならば、一般に、慣性質量と重力質量の関係は、少なくとも比例関係として表すことはできない。 あたりまえのことなので、抽象的な説明だとかえって説明された気がしないかもしれない。そこで、実際に $k$ が異なる状況で重力質量を慣性質量に置き換えてみてどのような不具合が起こるのかを見てみる。 重力の捉え方不思議だな ## おまけ:重力加速度が力であるとは、どうしてそう言っているのか いずれ書きます。 ## その他 http://plus.harenet.ne.jp/~eijun/file07.pdf によれば、 > アインシュタインが〈一般相対性理論の公準〉として掲げた『等価原理』は、簡単に言うと、《重力による加速と、力の作用によって生じる力学的な加速が等価である》ということです。その論拠として、彼は“重力質量”と“慣性質量”の同等性を述べていますが、それは『等価原理』の論証としてはピント外れで、まるで論証になっていません。“重力質量”と“慣性質量”が一致する事と、“重力による加速”と“力学的な力による加速”が等価であるか、そうでないかということは、まったく別の事柄です。前者は物体が示す性質の問題であり、後者は作用=メカニズムの問題です。 たしかにそうなんだよな 重力の本質は、その場にある物体にある加速度を生じさせると説明するのが最もしっくり来る気がする。力学にそろえて力に注目するからこそ質量という概念が出てくるのではないか。 いや、でも、重力を重さという力に基づいて考えればそうなるか。 加速度という運動的なものさしではなく。 そもそも、力というのが運動にも変形にも関係しているのがややこしい。神経に対する変形の作用はすなわち重さという感覚になる。やはり力とは何かを定義したくなる。(教科書では、物理の世界をガチガチの論理でかためてしまうことには危険があるとあったが、それをしようとした彼と同じ気持ちになる。) [^慣性質量の次元]: 運動方程式周辺の定義を鑑みると $[慣]$ の次元は $[\rm{kg}]$ と同じであることになる。たぶん。そういう定義がない文脈においては、この注釈は意味をなさない。 [^2]: ほんとうにそうなのか。嘘かも。このことについてはよくわかっていない。次元と言うか、変化の仕方的に比例関係じゃないとそのまま置き換えは厳しそう。 [^重力と場所の変化]: 地球と月では物体にはたらく重力の大きさが異なるが、驚くべきことに、物体間の重力の大きさの比は、場所が変わっても常に等しい。(たぶん。) [^単位の明示]: ここでは単位を明示して式を書いたが、このような書き方は文字に単位がかかっているように見えるかもしれない。単位は文字に含まれるものであるため、そう捉えるとおかしなことになってしまうが、まあ普段人々はその辺りを気にすることなく書いているので、あまりピリピリしないほうが良いのかもしれない。(こんなことを書いておきながら、単位の正書法(?)はわかっていない。) [^1の次元]: おそらく $1$ は無次元である。