# 早く『強くなる』ことは面白いのか?という問い ## TR;DR 手段として早く成長し早く強くなることに意味はある。 でも、本当のおもしろさというのは自分で攻略法を見出して自分で技を開発してそれを共有して試して行くことにあるんじゃないだろうか? 楽しみの副産物としての『成長』も悪くないのでは?と思う。 ## 最年少XXに惑わされるな 日々生活してると「最年少XX」というのがよく出てくる。 就活とかで言えば最年少部長とか最年少役員とかね。 そして純粋なみんなはそれに憧れとか自分もそうなりたいなんて思うのかもしれない。 それ自体は悪くないことだ。 でも考えてみてほしい。最年少XXな人は単体でも本当にすごいのか。単体でも目標を達成できるのかと。 社会人をしてると年が下でも結果を出してくるやつや天才は日々の積み重ねが違うというのがわかる。エンジニアの世界では特にそうだ。 でも彼らは最年少XXになりたかったわけではない。純粋に楽しんだ結果として強さや需要が彼らを求めたのだ。 つまりは最年少XXって呼ばれてる人たちの多くはPRのためにそう呼ばれてるだけで8割位は普通の人である。(特に営業系の職種は) ## 早く強くなること 最近運営やSに上がるスピードが早くなっててすごいなと思う。 確かに自分が研修生だったときにも期待の新人的な人やものすごい勢いで運営になった人がいた。自分も憧れた。でも今はその人達は残っていない。 彼らはくしくも自分の我に走ってしまい結局いなくならざるを得なかった。 早くモノポリーや基礎知識が強くなることに重きを置きすぎたと僕は分析している。 モノポリーなんてゲームだし基礎知識も知ってるだけでは意味はない。 でも型を早く習得したから、ズルを早く身につけたからと言ってそれは本当に大事なことなんだろうか? 要は早く強くなること=成長なのかと言うのを改めて問いたい。 ## 型を見つける楽しさ 僕は運営に上がったときのテストがあったのだけどそのテストはギリギリだった。 運営になっても仕事ももらえないくらいだった。 仕事がなかった理由は簡単で僕よりもモノポリーが強いひとはわんさかいたし、基礎知識が教えられる人も一杯いた。なにより僕はモノポリーが弱かった。 お前はモノポリー弱い、下手!って何回も言われてでもどうしても必要とされる運営になりたいなって思って色々とジタバタした結果ズルを手にした。 みんなは信じないかもしれないけどズルは副産物だった。 勝ちたい!フィードバックが刺さるようにしたい!感謝されたり真似されにくいプレーがしたい!とジタバタして研究をした。その研究はとても楽しかった。 そうやってジタバタしてクリエイティブはつくられたんだ。 これは僕が味わった楽しさなのだけど、それをみんなにも体験してみてほしい。 ジタバタしてはためには無駄に見えても丁寧に一次情報を拾い上げて咀嚼して自分のものにしていく楽しみというのはこの上ないエンタメなのだ。 商売やコミュニティづくりというのははてなく、いくらでもチューニングが可能な最高のエンタメなのだ。 ## まとめ 色々と書いたけどモノポリーにしろ、基礎知識にしろ、運営としてのたちるまいにしろ 最近はみんな共通の型にたより過ぎているとおもう。 空手で例えるのなら先生がこうしろといったから正拳突きをしているといったかんじだ。でも、実践なら?この撃ち方がなぜ有効なのか、基本型の意味するところはなんなのかとかを考えることを捨てている気がする。 その結果、試合に出て勝てないと教えに原因を求めてしまう気がするのだ。 自分ならどうする?という一人称化と自分だけの型と共通型の違いを認識したり そもそもこれはなぜこうなの?みたいな探求を楽しんでほしい。 無責任なようだが成長なんて副産物でいいと思う。 がちんこでモノポリーして負けて悔しいとか、そういう感情がある人のほうが最終的には運営としてもプレーヤーとしても強いと思うよ。