# 『瘤談』 読書メモ ###### tags: `感想` 梨さん作の怪談『瘤談』の考察にも満たない読書メモを書きました。 『瘤談』 https://note.com/pearing/n/n207b0123374a -------------------------- ## 目次部分のひらがな 翻訳チャレンジ 古語および方言は一切分かりません > みないことえ それわだめだあよ 見ない事へ それは駄目だあよ → 知らんぷりは駄目だよ > へえこつきみたよにして 【へえこつき】【みたように, みたいに】して 【へえこ】【憑き, 突き】 → ??? > ずうと あたまおさがらせたけども ずっと 頭を下がらせたけれども → 【謝らせていた?, 謝っていた?】けれども > ねすにわわからんとゆつて たのは 【1.寝す?, 2.熱す?, 3.ねす】には分からんと言って たのは ねす:部落外の者。転じて素人。( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B4 ) → 素人/部外者には分からんと言ってたのは > あたなことのであつて 貴方のことなのであって → 貴方のほうであって、 > なのでこもみたよなさべりかた で なので【子供?, 菰?, 此も?】【見たような, みたいな】喋り方 で → ??? > つがつてばかりのわ だめだあよ 【番って?, 使って?】ばかりなのは 駄目だあよ → ??? > ちあんとみただのに わらってばかりわだめだあよ ちゃあんと見てたのに 笑ってばかりは駄目だあよ > やらかかつただのにいしいれてふたして 柔らかかったのに石入れて蓋して →"死後硬直が解けてぐだぐだになった死体が入った棺には丸石を入れたように、石は生命力の象徴として、或いは命そのものとして扱われたりも――" →埋葬する≒死ぬor殺す の隠語? > だめだあよておもうから 駄目だあよって思うから > わるいひとておもわればいい 悪い人って思われればいい →他人から恨まれて呪われればいい の婉曲表現? ※ 「悪い人って思われればいい=呪われればいい」はこちらの解釈によるものです https://twitter.com/Alexandrite_000/status/1351568737795641345 ### 意訳 > みないことえ それわだめだあよ へえこつきみたよにして ずうと あたまおさがらせたけども ねすにわわからんとゆつて たのは あたなことのであつて なのでこもみたよなさべりかた で つがつてばかりのわ だめだあよ ちあんとみただのに わらってばかりわだめだあよ やらかかつただのにいしいれてふたして だめだあよておもうから わるいひとておもわればいい 知らんぷりは駄目だよ 【へえこつき?】【みたように?, みたいに?】して ずっと【謝らせて?, 謝って?】いたけれども 素人/部外者には分からんと言ってたのは 貴方のほうであって、 なので【子供?】【みたいな】喋り方で 【番って?, 使って?】ばかりなのは駄目だよ ちゃあんと見てたのに 笑ってばかりいるのは駄目だよ 埋葬は(=貴方が殺したのは? 貴方を殺すのは?) 駄目だよって思うから (貴方が)悪い人って思われ(て、呪われれ)ばいい ---------------- ## 地蔵 ### 石堂地蔵 https://goo.gl/maps/3M7TVUnSmSdPbMCHA ### 苅萱石堂丸物語 GoogleMapsの現地写真から文字起こし&要約 『瘤談』本文中では同じ場所を撮影した写真にモザイクがかけられている #### 1. 子宝にご利益のある地蔵(本文で言及される) * 加藤左衛門尉が夢のお告げのとおりに地蔵から霊石を授かり、世継ぎにめぐまれた * 子供は石堂丸と名付けられる。成人した石堂丸は加藤左衛門尉繁氏と名乗った #### 2. 家族の悲話 * 繁氏には妻・桂子と側室・千里がいた * ある日繁氏は親しげに囲碁をする桂子と千里の姿から、2匹の蛇が絡み合って戦う影を見る * 繁氏は出家し、苅萱道心として修業に入った * 残された千里は男児を生み、男児は父の幼名と同じ石堂丸と名付けられる * 繁氏を探しに千里と石堂丸が高野山を尋ねる。高野山は女人禁制だったため石堂丸のみが入山する * 繁氏を尋ねる石堂丸に、苅萱道心は「探し人は亡くなった」と嘘をつく * 石堂丸が下山すると千里は旅に病んで亡くなってしまった * 孤独の身になった石堂丸は、道念坊と称して(父とは知らずに)苅萱道心に師事する * 一人前になった石堂丸が去ったあと、苅萱道心は自分が親子の絆を断ち切れていなかったことに気がつき、信州善光寺に旅立つ。苅萱道心は長野県の往生寺で没する * 後に苅萱道心を訪ねた石堂丸(道念坊)は、苅萱道心が往生寺に残した地蔵菩薩を真似てもう1体を制作した。今では「親子地蔵尊」と呼ばれている 物語としては2の方が能の題目になったりと有名っぽい(無知) ---------------- ## 四津さん(仮名) 四津(よず)さん 福岡県では北九州市若松区に見られるらしい https://myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=%E5%9B%9B%E6%B4%A5 メール4通目が抜けている →"何個か前に送った文章に関しては、もし載せるなら最初の方に載せて"という要望がある。メール4通目は四津さんが"あの子"から聞いた目次部分のひらがな(張り紙)で確定か 大学ノートの判型って普通B5じゃない? 張り紙はA4なの? A4ノートは大きすぎない? ------------------ ## "あの子" "その人"を探す"あの子" → 繁氏(苅萱道心) を探す 石堂丸(or千里) に重ねている? "あの子も分からないなりに頑張ってた" (全員が筆者のように信仰や伝承に明るいわけではないの意) → "あの子"は仏門を分かっている石堂丸本人ではない → 石堂丸物語は「親を探す子供」のフレーバーのみの利用? たぶん(子にとって悪いことをして姿を消した)親を探している子が物語の核 掲示板の前に居た女性は"その人"を探し続けて大人になった"あの子"? ボストンバッグの中身は丸石? 掲示板を見つめていた女性 → 掲示板は透明なパネルが貼られていた → 反射した自分の顔を見ていた? → (夢の中で)女性の顔には男(探している"その人"?)の面が貼られていた (※夢の女性と掲示板の前に立っていた女性が同一人物かは確定していない) → (夢の女性と同一人物なら、)掲示板の反射のなかに男("その人"?)の顔を見ていた? -------------- ## "やらかかつただのにいしいれてふたして" > やらかかつただのにいしいれてふたして 部分に符号する > 死後硬直が解けてぐだぐだになった死体が入った棺には丸石を入れたように、石は生命力の象徴として、或いは命そのものとして扱われたりも──── という話を、 この怪異に関係しているっぽい石堂地蔵と一緒に紹介した、 "私が質問をしたその方"とは一体何者なのでしょうか…… -------------- ## まとめ - "みないことえ それわだめだあよ" = 知らんぷりするのは駄目だよ - 途中で調べるのをやめた主人公(最後の一文から四津さん同様に呪われたことがわかる) - 作者(梨さん)の他の作品から「分からないものを勝手にあれこれ想像して像を結んでしまうのが一番怖い」という思想が伺える - 特に『無縁』 http://scp-jp.wikidot.com/muen よってこの物語の真実が明かされることはこの先ないと思うので、 我々読者が真相を調べようにも、作者がこれ以上の情報を提示しないかぎり調べようがありません=これが考察の限界と思われます → このお話を読んだ人全員が、主人公と同じように「途中で調べるのをやめる」状態になります → "それわだめだあよ" → "私も夢を見ました。" おわり ----------- ## 読書感想文 ひらがな部分は同作者による[SCP-511-JP](http://scp-jp.wikidot.com/scp-511-jp)の悪文や『忌譚』の「みさき」の悪筆手紙を思い出しました。聞き間違い・書き間違い(誤配の可能性)が面白い。(解けないように作られた問題なので、モヤモヤするのは本当) 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の逆で、無いものをあれこれ想像してしまうのが一番怖いというのは本当に同意します。消化不要や懸念が残ることも含めて面白かったです!