###### tags: `翻譯案件` **校内翻訳作品集**  結婚の理想と実態 明治時代以降の統計により、日本人の結婚年齢は男性が26歳から27歳、女性が23歳から24歳になっています。昭和20年(1945)以前は、一般的に夫と妻の年齢が4歳差だったが、昭和20年(1945)以降は、年齢差が小さくなり、3歳か2歳の差は普通になっていますが、これは女性の結婚年齢が高まったためです。 女性の結婚年齢が高くなったのは、学歴の向上、女性の仕事の機会の増加、仕事による高まった女性の自主性ヽ医学の発達などが原因だが、女性の結婚適齢期は23歳が最も適すると言われています。 しかし、未婚女性はすべて結婚したいわけではないです。昔からの「結婚は女の幸せ」という価値観は、昭和55年(1980)の1月に発表された調査により、多くの女性が結婚したいのは「精神の安定が得られるから」と否定されたようです。 結婚したい女性の理想的な相手は「信頼できて、頼りになる男」ですが、実際には、女性は相手の優しさに感動して結婚を決意することが多かったです。一方、男性の理想的な相手は、人の気持ちをよく理解しヽ思いやりのある美しい女性です。 結婚にはお見合いや恋愛によったお見合い結婚と恋愛結婚の2種類に分けられているが、昭和45年(1970年)の頃から恋愛によった結婚は50%を超え、昭和50年(1975年)には65%を超えました。しかし、最近では「お見合いや恋愛で結婚することを気にしない」と思う男性が増えています。 ****  お見合いと仲人 女の子が結婚適齢期になれば、両親は娘を連れて写真館でお見合い写真を撮ります。半身写真と全身写真をそれぞれ1枚を撮る人や全身写真1枚だけを撮る人もいて、その中では着物姿が最も多かったですが、洋装をしている人もあります。撮った写真を厚紙の額縁にはめ込んで、そして母から写真を親友に分け、娘のために良い結婚相手を探してほしいと頼み、同時に女の子の履歴書や家族状況書も添付しています。家族状況書には家族や近い親族の近況が書かれています。もし依頼された人は自分が知っている人の中で、適当な相手がいれば、この写真を見せ、また、この女の子と彼女の家族の状況について相手に話します。これと同時に、相手に関する色んなことを女性側に伝えます。このように、二人が顔を合わせたい時は、お見合いを行います。 お見合いの場所は仲人の家やレストランで行われますが、江戸時代では男性が女性の家に行き、女の子側からお茶やお菓子を用意することが多かったですが、明治時代になると、劇場やコンサートで会う人が段々増えました。 紹介者は仲人とも呼ばれ、容易いことではなく、成功すればみんなが大喜ぶだが、失敗すれば人に文句でも言われます。頼める仲人がいなければ、結婚相談所を利用することもできます。最近、一部の企業では社内に婚姻相談室が設置し、数十社と共同で婚姻相談事業を経営していることもあるようです。 お見合いの結果、断られた人もいたが、お互いのことをより深く知りたい人もいれば、まず交際し、その後は事情を仲人に伝えます。二人が結婚したいならば、婚約を決めることができます。 恋愛によった結婚の場合は、結婚式で会社の上司などに「仲人」として頼み、これは「たのま仲」と呼ばれています。 ****  結納品 最近、ヨーロッパ式の婚約式を行う人もいますが、日本の伝統的な結婚式はお互いに贈り物を交換して成立したもので、このような風習は中国から始まり、日本と朝鮮に伝わってきました。 以前結婚した時、男性は酒と酒の料理を持ち、女性の家に行き、しばらくそちらで泊まるそうです。そして、お互いの家族が共に食事をし、お互いの親戚になったことを祝います。当時、あの酒の料理は「ゆいのもの」と言い、方言の違いで段々「結納」に変化しました。 その後、「結納」は婚約の贈り物の象徴となりました。結納品は酒の肴のほかに衣料品が加えられ、今の「結納金」となっています。 婚約を決めたとき、仲人はまず男性のとこに行き、次の結納品を持って女性の家に行きます。⑴赤色のやけ紙(2)扇子(3)麻縄(4)昆布(5)イカ(6)木魚(7)ワインジャー(8)金の包み(9)目次。そのうちの第8項の金の包みには結納金が入っており、上には「御带料」と書かれ、金額は一般的に男性の月給の2〜3倍です。 女性は結納品を受け取ってロビーに飾り付き、それから仲人に男性の家に結納品を持って行くと頼み、金の包みに「御袴料」と書きます。中には一般的に「带料」の半分の金額が入っていますが、最近ではその5分の1しか入っていません。 このような古い風習は嫌われてはなく、若者の中に人気を集まっています。デパートの結婚相談所に来た若者たちが、最も多く質問されているのは、結納に関する様々なルールでした。昭和45年(1970年)、デパートの調査によると、結婚を控えた100組の新人のうちに、85組が結納品を交換したことがあります。この儀式により、婚約の雰囲気をより深く味わえると考えられるかもしれません。 ****  結婚式と披露宴 昔の結婚式は自宅で行われることが多かったが、最近は結婚式場や観光ホテルを利用する人が増えています。秋に結婚式を行うことを決めて吉日を選ぶ人が多く、結婚式場はとても混んでいました。そのため、東京では、6ヶ月前から結婚式場を予約しなければなりません。そうなると、婚約から結婚式までは平均9ヶ月を掛からなければなりません。 結婚の式典には神前式、教会式、仏前式などがありますが、多くのは神前式です。神前式はキリスト教の結婚式から学んだもので、明治33年(1900)に始まった式典です。 神前結婚式には、新郎、花嫁、紹介者夫婦、家族、親族が出席します。神官が祈りの言葉を読み上げた後、新郎は神に誓いをします。続いて、新郎と花嫁の「三三九度の杯」(飲み交わす式典)が行われます。巫女は3種類のグラスを持ってきて、まずは小杯から男、女、男の順番に交わして飲み、次は中杯で、女、男、女の順番に行い、最後は大杯で男、女、男の順番に巫女が注いた敬神酒を飲むことで、二人は夫婦となります。そして、親族全員が杯を挙げて共に飲み、家族になったことを祝います。 結婚式が終わると、披露宴が開かれます。専門の結婚式場には宴会場が設けられており、観光ホテルには結婚式場が設けられているため、披露宴も行うことができます。一般的に披露宴に出席するお客は約50人がいます。式典は仲人の前置きで始まり、主客の挨拶の言葉ヽ乾杯ヽ最後ウェディングケーキを切って食事を始めます。この時、親戚や友人も新郎と花嫁の面白い話を話し、花嫁は席を外して着替えをします。これは「お色直し」と言われています。式典の最後は主婚者がお客たちに感謝を述べ、儀式の終わりになります。お客さんたちは新人からもらったお礼「引き出物」を家に持ち帰り、そして新人夫婦はハネムーンに行きます。 ****  翻訳 日本の若者はだんだん背が高くなり、体重が重くなる傾向があります。昭和25年(1950)の時、17歳の高校生の男子の平均身長は161.8センチで、昭和53年(1978)になると169.3センチに増加しました。同時期の女子の身長も152.7センチから156.6センチに増えました。 日本人は平均1日に2500キロのカロリーを摂取していますが、その50.3%が大麦、小麦、米、あわ、などの穀物から来ました。2500キロのカロリーは中国より高く、韓国より低い摂取量です。 昭和25年以前、日本人は結核で死亡した例が多く、新しい薬が発明されてから結核で死亡する割合が急速に減り、他の感染症にも非常に少なくなりました。 昭和52年(1977)の当時、10万人の中で131.2人は医者で、これはイキリス(1974年)より高く、フランス(1975年)より低かったです。病床数は昭和53年(1978)の時は、10万人あたり107.1の床に割り当てることができます。この数字はイタリア(1972年)より高く、西ドイツ(1975年)より低かったです。昭和52年の時、交通事故の死亡率は10.7で、イギリスの12.3(1976年)より低かったです。 公害の中で最も苦情が多かったのは騒音、振動であり、次に悪臭、大気汚染と水質汚染です。 犯罪事件は大都市で発生することが多く、これはすべての国の共通点であります。しかし、東京ははるかにニューヨーク、ロンドンより安全です。例えば昭和54年(1979)の東京の強盗事件の発生率につき、ニューヨークの225分の1にすぎない、当時の警察の数が少ないですが・犯罪の検挙率は非常に高い、これは日本人が自白しやすいこととも関係があると考えられています。 ****  翻訳 子供の教育費用と住宅ローンは家計の中で2つ重要な負担であります。 男の子と男の子より2歳年下の女の子がいる家庭では、この二人の子供の男の子を大学に通いさせ、女の子を短期大学から卒業させるまで、教育期間は18年くらいかかります。 この間、父の収入はだんだん多くなりましたが、相対的に2回の費用の比率が高くなった時期があります。最初は二人の子供が幼稚園に通っていたとき、この学費は年収の12.4%を占めていました。2回目は長男が大学3年生になり、次女が短期大学に入ったとき、その時の学費は年収の16.3%を占めています。昭和55年(1980)になると、自宅通学の国立大学生でも、入学した年は57万7000円かかります。アパートから通学している私立大学の学生は、143万円がかかると推定されています。家庭における保育料の補助金で学費を払える限度は20%だそうです。実際には子供の生活費用を収入の38%まで手伝ってくれる親もいます。入学後1ヶ月の生活費は7万5000円(昭和54年)かかりますが、子供には他の支出もあるため、年間100万円の生活費がかかると推定されています。 学費より負担がもっと重いのは住宅ローンです。日本の住宅の1軒は平均80.3平方メートル(24.33坪)で、フランス(1974年)より大きく、スペイン(1970年)より小さいが、日本の地価は絶えずに上昇しており、お金を借りに行っても早く土地を買う必要があり、貯蓄額が土地の値上げに間に合わないわけです。50坪の土地を買い、30坪の大きな家を建てるのは日本人の理想です。そのために収入の5.8年を支払わなければならないです。アメリカでは3年で済む金額ですが、現在では、月収の30%で支払いをする家庭が一般的で、耐えられなくローン契約を解除したり、自殺したりする人もいます。
×
Sign in
Email
Password
Forgot password
or
By clicking below, you agree to our
terms of service
.
Sign in via Facebook
Sign in via Twitter
Sign in via GitHub
Sign in via Dropbox
Sign in with Wallet
Wallet (
)
Connect another wallet
New to HackMD?
Sign up