# 1 松枯れ対策と森林の再生 ###### tags: `提言` ### ⑴ 現状と課題 #### ア 松枯れの基本事項 松本市では、 10年近く防除対策が行われてきたが、この外来の病気(北米大陸からの侵入病害)は、防除に多大なコストをかけても被害拡大を抑えられなかった場所が非常に多い。松枯れの防除は莫大な予算を長年にわたって必要とするため、面積の狭い海岸林の防除とは異なり 、広大な山地の被害抑止(軽減)は、 防除の専門家の見解では、 ほぼ不可能という認識である。 一般的な防除方法は、薬剤の予防散布(空中散布または地上散布) と枯死木の伐倒駆除で、これは両方同時に実施する必要がある。マツノマダラカミキリは、病原体の線虫(マツノザイセンチュウ)を体内に保持して移動し、健全なマツの若枝をかじる(後食)。その時に線虫がマツの組織内に入って病気を起こす。薬剤は散布した範囲しかマツノマダラカミキリの殺虫効果は無い。また、翌年にカミキリが枯死木から羽化して出ないように、枯れ木の伐倒駆除を枯死年度中に100 %実施する必要がある。専門的判断では、薬剤散布地の枯死率が年々上昇する場合は、防除が成功していないことを示しており、方法の見直しあるいは中止を決定する。また、散布地周辺地域の枯死率が高い場合も、防除の見直しが必要となる。 #### イ 松本市の状況 松本市では枯死木の伐倒駆除が充分に実施されていなかった。枯死木がアカマツ林内に残されており、毎年多数のマツノマダラカミキリが枯死木から羽化脱出する。 散布薬剤には殺虫効果が充分あるが、飛来するカミキリが多いと感染の機会が増加し、 枯死木が増えることが分かっている。散布効果が期待できるのは、被害発生初期で枯死本数が少なく、しかも枯死木の伐倒駆除が周辺地域も含めて100 %実行された場合である。 防除の一つの方法として、殺線虫剤の「樹幹注入」があるが、ここにも誤った情報による過大な期待がある。樹幹注入は6~7 年に一度、幹に穴を開けて薬剤を注入する。感染した場合の枯死率は下げられるが、カミキリの生息数は減らせない(薬剤散布では減らせる )ため、 注入木以外の枯死は減らせない。 薬剤散布と同時に用いる手法であり、散布の代替にはならない。また、 7 年ごとに繰り返し注入する必要があり、その予定がないなら無駄になる。 松本市の四賀地区で松林を視察し、被害データを検討した結果、 予防薬散布による被害抑止は無理と判明した。樹幹注入は森林(自然環境)の維持という観点では有効性は認められないこと、被害林分ではマツの後に広葉樹が活発に育っていることから、薬剤注入による一部のマツの延命措置の意義は認められない。 #### ウ 市民の意見の相違 松枯れ防除に関して、市民の間で対立が生まれた原因は、専門家による科学的な説明および防除の指導を受けなかったことが背景にある。議会等の記録からは、様々な立場の人それぞれが、不正確な情報に基づいて考えたため、議論の食い違いが続いたと推測できる。森林は、たとえ私有林であっても、環境保全の面では公的資産という側面も ある。 したがって、所有者の判断だけでなく居住者の価値観も考慮した対応を行う必要がある。散布対象地及び近隣の住民に対して十分に説明し、合意が得られなければ、 散布は実施すべきではない。この場合は、「薬剤は安全かどうか」の議論をするのは誤りで、「健康に過ごしたいから薬剤散布は望まない」という意見を尊重する必要がある。 #### エ 防除の解釈の誤り 松本市では松枯れ専門家の指導を受けていなかったため、長年誤った防除が行われてきた。現在でも、市民・行政がこの病気への対応方法を理解されていないことが残念である。 伐倒駆除を100%実施しないと 効果がないという事実をまず受け入れていただく必要がある。 また、公的資金の投入には公益性を重視して欲しい。つまり、将来につながる森林の保全や資源活用及び森林の持続性の確保である。 当会議の目的は、松枯れ後の森林管理についての検討であるため、開始に先だって市内の松枯れを視察し現状を把握した。その結果、アカマツの大半が枯死している場所から無被害の林まで、様々な状態の森林が認められた。専門的見解では、アカマツがすでに半数以上枯死した林や、近距離に激害林がある場所では、薬剤散布を続けたとしても被害は減らないことが分かっている。その場合は防除を中止して、倒木による事故を防止するレベルに対策を変更する必要がある。松本市の薬剤散布中止の判断は妥当である。 ### ⑵ 対策 #### ア 今後のアカマツ林への対応 効果の見込めない松枯れ対策に時間とコストをかけるよりも、市内全体の森林を総合的に見て、持続性と将来を考えることが大事である。「空中散布をしても効果が弱かった、効果が無かった」という過去の批判はする必要はない。防除予算には限界があり完璧な実施が無理になった、その結果として被害が増加方向に進んだということである。 今後の管理は、松枯れの進行程度と現在の植生(生えている木の種類) により 、区分して検討するのが妥当である。小面積単位(山腹の位置、 斜面、 所有者ごとの林分など) で、 松枯れの状態を正確に把握するとともに、 実施可能なことと困難なことを挙げ、専門的観点から判断する必要がある。その検討には、松枯れ、森林生態・管理および林業の専門知識が不可欠である。 #### イ 松枯れ激害地で、広葉樹林に変化しつつある場所 松本市の場合、 松枯れによってアカマツの密度が低下した場所では、植生が広葉樹林に変化してきているが、こ れまで長期にわたって森林が持続成立していた場所では、突然の斜面崩壊になる可能性は低い。 しかし、 立地によっては、適切な植生管理がなされなければ後継の高木種が充分に生育できなくなる恐れがあるため、 広葉樹林を資源とするためには、どのような育成が必要なのか早急に検討して具体的な計画を策定する必要がある。 利用価値のある樹種(例:コナラ、クリ、ホオノキ、サクラ類、ネズミサシなど)が成立し、かつ、良好に生育している場所では、 有用材としての利用を想定した育林を行う。 里山での林業的な育林は前例がほとんど無いので、基本的な構想から計画を立案すること が必要となる。 その際、当該地域でかつて行われていた伝統的な森林の形態が参考になるため、地域の年配者への聞き取りを行うことも重要である。 アカマツ林特有の痩せ地で、後継の高木種の密度が低く、中・低木種例:ソヨゴ、ネジキなど) が多い場所では、 有用材の資源量は限られ、 木質利用の経済的メリットもあまり期待できない。 このような立地で、 斜面崩壊の危険性が低い状態にまで植生が回復するようであれば、当面は利用を考えない。 #### ウ 松枯れ被害が増えつつあり 、広葉樹林への遷移が初期段階の場所 防除を実施してもしなくても、枯死木は今後さらに増加する。現在、 生きているアカ マツをできるだけ伐採して利用することが、経済的な面からは重要である。枯死木は、搬出が容易であれば伐採し、チップや薪などとしてエネルギー利用するのが望ましい。 森林所有者の意欲や、森林・林業に関する知識が高い場合は、 下記図の○で示すように、森林管理が推進しやすい。しかし、意欲が低いか、所有 林の状態に無関心な場合は、 マツの枯死木が放置されて林分全体が荒廃しやすい。資源利用を通じて森林が持続するかどうかは、所有者の意欲により変化するため、行政の側では、意欲が向上するような施策や技術的な指導が重要となる。 #### エ 松枯れの未被害地について 近隣(1km以内) に松枯れ被害の進行した場所があれば、被害はすぐに始まると考える必要がある。一方、被害地から数km以上距離がある場所や、被害地から尾根を隔てた場所など、マツノマダラカミキリが飛来しにくい地形の松林では、数年以内には被害が発生しない可能性がある。そのような地形による被害動向を見つつ、次のように森林を管理する。 材質の良いアカマツが生える場所では、数年以内の松枯れ動向を想定しつつ、 それを優先的かつ迅速に活用していくことが重要である。 一方、 材質の悪いアカマツや、それが多く生える場所に関しては、伐採搬出が可能であれば、チップ等での利用を推進し、伐採後の広葉樹林への遷移を速やかに誘導することが重要である。 材の価格 低い 高い地理条件 悪い 良い マツ枯れへの危機感 森林所有者の 意欲は変化する ⇒所有者の意 欲が向上する政 策があると、好 転させられる 森林所有者の 管理意欲 森林・林業の知識 高い 低い 所有者の意欲と知識による 森林管理の将来性 #### オ 限定的な樹幹注入の実施 樹幹注入によってアカマツ林を面的に守ることは不可能であるが、文化的あるいは景観的な価値など、特定の守るべきアカマツを選定し、限定的かつ計画的な樹幹注入を実施する。 #### カ マツタケに替わる林産資源への転換 里山のアカマツ林はマツタケの生産の場として活用されてきたが、今後はマツタケ生産の回復は困難である 。 今後の里山資源として、例えば、コナラのキノコ原木としての活用など新たな利用転換を検討する。 キ 危険な枯れ木の処理ライフラインへの障害など危険な枯れ木の処理は最優先で実施する。 枯死木は倒木しやすくなるので、迅速な対応が必要である。 #### ク 生態系の自然回復力を高める 林床植生の自然回復に重点を置いた森林整備を行い、森林の回復力を高めることに努める。生態系の変化を早めに察知したり 、 有用な林産資源を発掘したりするための調査を持続的に行い、状況に応じて速やかに施策に反映させる仕組みを整備する。