# 第13章ルールを伴うコミュニケーションツール > 子どもがいとも容易に言語を習得してしまうわけ、そして、特に意識しなくても複雑に入り組んだ構造の言語が生まれてくるわけを、いったいどのように説明すればいいのだろうか。 - 言語は長期にわたる累積的文化進化の産物 - 言語はコミュニケーションのための文化的な適応 > 優れた技術、儀式、制度といった文化の他の諸側面と同様に、・・・ #### 共進化 - コミュニケーションシステムは、私たちの脳に合うように、類人猿の認知機能を利用して**文化的に変化した**。 - **遺伝子にかかる新たな選択圧、進化圧**がコミュニケーション能力を高めるような、ヒトの解剖学的構造や心理が形成した。 > 言語の進化を理解しようとする際にぶつかる問題の多くは、言語だけを近視眼的に見てしまうところに原因がある。 - 言語<ヒトのコミュニケーションレパートリー全体 - 道具、習慣、規範、コミュニケーション、言語が互いに相乗効果を及ぼし合う。 - 文化の一部としての言語 - コミュニケーションツール(単語) - それを用いるルール(文法) > 次の二点をしっかりと理解すれば、言語の起源や進化をはるかに説明しやすくなる。 1. 誰かが発明したり、意図して設計しなくても、文化進化によって、複雑だが習得しやすレパートリーが構築されていくということ。 2. 言語は文化-遺伝子共進化のプロセスの一要素なのだということ。 文化進化の蓄積のプロセスを直接観察することはできないが、 > 現代の社会や、歴史に記録されている社会のコミュニケーションシステムにさまざまな文化進化の痕跡が刻まれているはずだ。 1. コミュニケーションシステムは、物理的環境と社会環境の両方を含めた、ローカルな環境課題に適応(文化的適応)している。 2. 文化進化の状況がコミュニケーションレパートリーのサイズや複雑さに影響しうる。 - その言語共同体の規模と緊密さが、語棄数、音素数、および文法ツールに影響を及ぼす。 - **言語学・言語人類学の二つの大前提** - 言語間に優劣などなく、習得難易度、情報伝達効率、および表現力に大きな差は認められない。 - 言語の形成は非言語的な要因の影響をそれほど受けない。それ以外の世界とは一線を画している。 > このような二つの大前提が、言語に対する文化進化論的アプローチを妨げてきたのだ。ところが最近、新たなデータセットを用いて、文化進化の所産としての言語を研究するためのデータが新たに得られるようになるにつれて、そのような知的バリケードのあちこちにひび割れが生じてきた。 ## 文化的に適応するコミュニケーションレパートリー - 言語 < コミュニケーションシステム < 文化 > ではまず初めに、言語以外のレパートリーから見ていこう。なぜなら、そうすると、次の二つの点に気づくからだ。 1. 音声言語(話し言葉)は、現代では非常に重要なレパートリーになっているが、実は、ヒトのコミュニケーションシステムの一要素にすぎないこと。 2. ヒトは、話し手の意図を推し量ることによって、言葉だけでなく、さまざまな行動から意味を引き出すことができること。 > このような非言語的なシステムに注目することによって、人類の祖先が用いていた最も初期のコミュニケーションシステムがどんなものだったかが、ある程度わかってくるかもしれない。 ### 身振り言語とロ笛言語 #### 身振り言語(ジェスチャー) - 聴覚言語よりも視覚言語のほうが適している場面がある。 - (北アメリカの平原インディアン部族間で共通の)平原標準手話 - オーストラリア先住民の手話 - 本格的な手話は、社会のしきたりによって何か月間も、あるいは何年間も喋ることがタブーとされる集団において発達する傾向がある。 > 狩猟採集民の身振り言語には、私たちが言語について考える上で、注目すべき重要なポイントが三つある。 1. 身振り言語は、ローカルな文脈に、つまりそこで求められる役割に適応している。言語とは無関係の社会規範がコミュニケーションシステムの発達を促した。 - (大きな図像的なジェスチャーを用いる)平原標準手話:遠くにいる相手との、あるいは大規模な儀式の場でのコミュニケーションのために発達した。 - オーストラリアの手話(の微妙なジェスチャー):喋ることがタブーとされる期間に意思の疎通を図るために発達した。 1. ~~オーストラリアの身振り言語の複雑度や表現力は、集団によってまちまちだ。サインの数が乏しく、文法体系もあまり発達していない集団もあれば、語彙・文法ともに十分なものを備えている集団もある~~。これらさまざまな身振り言語は、複雑度にせよ表現力にせよ、決して同等ではない。 1. オーストラリアの身振り言語は、子供の時に習得するものなので、(大人のときに習得する平原標準手話とは違って)それほど図像的ではない。図像的だと大人は学習いやすいが、子どもが言語を学ぶとき、図像性など必要ない。 - 文化進化は私たちよりもずっと賢く、コミュニケーションを促すための方法をいろいろと見つけ出してきた。 #### 口笛言語 - 険しい山々に囲まれた土地でのコミュニケーションに音響的に適応している。 - 文化進化によって、口笛によるさまざまな言語が生み出されたのは、口笛がその地域の状況に適していたから。 ### 聞こえ度 - ~~文化進化のプロセスが、身振り言語やロ笛言語だけに適用されて、典型的な音声言語には適用されないと考える理由はどこにもない~~。音声言語もやはり、状況次第では、その土地の音響環境や、言語とは無関係の社会規範の影響を受ける~~はずである。音声言語は、聞こえ度がまちまちで同じではない。:子音よりも母音のほうが、はるかに聞こえ度が高い。同じだけのエネルギーと努力で発音しても、聞こえ度の高い音声のほうが、聞こえ度の低い音声よりも遠くまで届くし、周囲の雑音にかき消されにくい~~。 - 音声言語の聞こえ度 - 聞こえ度の高い言語:母音が多い。 - 聞こえ度の低い言語:子音が多い。 - 騒音や音の散乱が激しい場所で、遠くにいる相手と話すことが多い状況では、言語の聞こえ度が高くなることが予想される。 - ロバート・モンローとジョン・フォート - 温暖な地域→屋外活動時間が長い→聞こえ度の高い言語 - 寒冷な地域→屋外活動時間が短い→聞こえ度の低い言語 - 環境温度だけで、言語の聞こえ度の変動の約三分の一を説明できる。 - 文化進化は、遺伝的進化で対応するような適応上の問題の多くを、より迅速に、種分化のプロセスを経げに解決することができる。 ## 複雑度、伝達効率、習得しやすさの文化的進化 言語を構成する要素ツール(単語)とルール(文法)も、食物獲得や弓矢の技術などと同じように、文化進化によって集積、整理、統合されていくのだろうか?累積的文化進化によって、言語のもつ表現力や伝達効率は増していくのだろうか? →その答えはイエスだ。しかし、それにもおのずと限界がある。語彙数、音素数、および文法ツールもやはり、文化の他の諸側面と同様に、集団の規模や相互連絡性、社会的ネットワーク、テクノロジー、制度などの影響を受けるはずである。 ## 語彙サイズ **語彙** ・単語は情報伝達のツールであり、適切な単語があれば、コミュニケーションのスピード、容易さ、質は向上する。 ・アメリカ人の語彙数は小規模社会の人々の語棄数の八〜一四倍に上る。 →小規模社会の言語にはない単語の多くは、そもそも小規模社会にはない技術、行動、概念を表す単語だからだ。 **色名** ・色の差異は連続的なものであって、実際には区切りなどない。したがって色と色の区切りは恣意的なものにすぎない。時が経つにつれて、同じ色名をもつ色に対する知覚的類似度が限りなく高まっていく。多くの文化的適応と同様に、この色名の仕組みも、ヒトの視知覚の制約をうまく活かして、色を相手に伝えるために編み出されたもの。 ・大多数の社会では「ー」「ニ」「三」の次は「たくさん」で、それ以上数えることができなかった。小規模社会のなかには、このような生得的能力に頼った数え方を補うものとして、身体の各部位に対応させていく数え方を文化的に習得している社会もある。子どもたちが整数や色名を完全に理解するのは、ずいぶん大きくなってからだ。少なくとも、それ以外の言語の諸側面に比べるとかなり遅い。しかし興味深いことに、現代の西欧の子どもたちは、昔の世代に比べると、幼いうちから基本色名をマスターするようになっている。 →文化的なシステムが進化して、こうした知識をすみやかに伝達できるようになっている。こうした累積的文化進化の産物、整数や色名を獲得したことが、ヒトの脳に変化をもたらしその認知能力にも影響を及ぼす。これまで見てきた整数や色名は、語棄の拡大がいかに私たちを「賢く」するかを示す具体的な例である。もっと一般的に言うならば、単語は思考のための便利なツールなので、語量が増すことによってある種の問題解決能力が高まると考えられる。人類の祖先たちが十分な文化的学習能力を獲得するや否や、たちまち語棄が増えていった。つまり概念に言葉を与えることができさえすればいい。ひとたび言語化され、身振りや音声と結びついた概念は、その社会集団内で代々受け継がれ、広く共有されるようになる。 要するに、言葉も文化の他の諸側面に似た性質をもっており、それぞれの言語の語量サイズは、その集団脳のサイズとともに増大していく。集団脳の拡大に付随して起きる語彙数の増大が、私たちに新たな認知能力を授け、そのIQを高めている。 ## 音素数 語棄数と同様に、社会で用いられる音素の数も、その集団の社会性の影響を受ける。用いられる音素の数は言語によってまちまちなのだが言語差が大きい。 →興味深い要因の一つと目されているのが、言語を習得する環境である。それはひとつには、お互いに話の文脈や背景がわかった上で話をしていることが多いからだ。このようなことが影響して、統合化された市場社会の大規模集団は、孤立した小規模な言語共同体よりも音素数が多いという傾向が生まれるのかもしれない。 話者数の多い言語ほど、異なる音として認識される音の顧類(すなわち音素数)が多いことを示す証拠が得られている。文化進化のプロセスにおいては、効率のよい情報伝達が選択されていくので、音素数の多い言語つまり多様性に富む大規模な言語共同体の言語ほど、単語が短くなる可能性がある。大きな集団で使われている単語は、小さな集団の単語よりも情報伝達効率が良いと考えてよさそうである。 ## 文法の複雑化 **類人猿の認知機能に根差すといわれる基本原則** ①近接の原則:空間的に近くにあるものは、言葉どうしも近くに配置して「まとめる」のである。 →情報を組織化するのに役立つ ②時系列順の原則:物語中の出来事は、実際にものごとが起きた順に古いほうから書いていく。 ③因果関係に則った組み立て。ヒトが真っ先に考えるのは、行為の主体(主語)。その次に、行為の客体(目的語)を、最後に主体の動作(動詞)を考える傾向がある。主語-動詞-目的語という英文の基本配置に反するものであったとしてもである。 →共通の語彙がありさえすれば、ある程度のコミュニケーションは可能だし、物語を伝えることもできる。 文化進化によって、こうした単語ストックに文法のルールやツールが徐々に加わることで、単純だった共通基語(祖語)が次第に複雑なものになっていったのだろう。そのプロセス典型的なプロセスとしては、まず初めに内容語(その単語のみで具体的な意味をもっている単語)を奪ってきて、その本来の意味を徐々に抜いていき、そのあとたいてい、伝達効率を高めるためか、長さを切り詰めてしまう。 実際のところ、言語を習得するには、単語の並べ方の可否を決める社会規範を身につけなくてはならないが、こうしたルールは徐々に変化していく。ルールに調整を加えて伝達効率や表現力を高めることに成功した人が選択的注目を受けて、手本にされるからである。 →未知の文法を習得し、それを使って意思の疎通を図る文法のツールやルールも、文化の他の諸側面と同様に、しだいに進化を遂げていく。ということは、過去をずっとさかのぼっていけば当然、時制を示したり、複数形を作ったり、従属節を埋め込んだりといった、言語に普遍的な様式がいくつか欠けた、もっと原始的な言語が存在したはずである。 ・現存する言語や歴史上の言語のなかに、文法のルールが非効率だったり、文法のツールキットが貧弱だったりする言語が見つかるのではないだろうか。ある一つの言語に何か優れたツールが現れると、便利な記数法がそうだったように、たちまち他の言語にも波及していってしまう。人々は、従属する句をある程度は使うが、その従属関係を従属接続詞のような専用の文法ツールを使って表すのではなく、後ろにどんどん繋げていくのである。ほとんどの現代言語に見られる複雑な階層構造や従属関係の多くは、長い歳月をかけた一累積的文化進化の産物らしい。こうした能力を存分に引き出す優れた文法ツールは、文化進化によって構築されたと言っているのである。 ・文法的複雑さは、文化の他の諸側面と同様に社会制度の影響を受け、社会のコミュニケーション事情に適応している。大規模な集団ほど形態論的に簡素になる理由について、興味深い説明がなされている。集団が大きくなるほど、成人後に言語を学ぶ者が増えるが成人は形態論的に複雑な言語を学ぶのが苦手だからだというのである。 →言語共同体が大きくなるほど、単語数、音素数、そして文法ッールの種類が多くなる。つまり、大きな言語共同体の言語ほど複雑になる傾向があるのだ。歴史的な証拠から、単語数や文法ツールの種類は何百年、何千年という年月の間に増加してきていることがうかがえる。また、心理学的な証拠から、語棄内容や文法規則が、記憶や知覚といったヒトの認知能力を変化させうることが明らかになっている。それは、色名や整数を表す言葉がそれらに及ぼす影響で見てきたとおりだこのような事実から考えると、現代世界の諸言語は、人類の進化史を通して話されてきたさまざまな言語とはかなり異なるものになっている可能性がある。 ## 習得を容易にする文化進化 ヒトのコミュニケーションレパートリーが拡大していくにつれて、二種類の選択圧が働いた。 ①ヒトの遺伝子に対する選択圧:コミュニケーションシステムの諸要素を初めとする、人類の祖先の文化的学習能力は、それによって高められていった。 ②コミユニケーションの諸要素に対する選択圧:それによって言語は、特に子どもたちにとってより習得しやすいものになっていった。 →さまざまな道具がヒトの手や肩や身体能力に合わせて文化的に進化してきたように、言語もまたヒトの脳に合わせて文化的に進化し、(色名の例でもわかるとおり)ヒトの心理の特性や制約に適応して、より習得しやすいものになっていった。子どもたちは苦もなく言語を習得するが、そもそも習得しにくい要素は習得されず、したがって次世代には伝達されない。 ・他者が人工言語を使用するのを観察し、その意味を推測するということを、実験上の世代を何代にもわたって次々と繰り返していくうちに、ある種の構造(統語構造のようなもの)と構成性(単語のような基本的要素の組み合わせで全体の意味ができあがる性質)が現れることが明らかになった。 ・子ども(もしくは大人)にとっての習得しやすさは言語によって異なり、どれも同じではないことがうかがわれる。要するに、子どもたちが事もなげに言葉を覚えてしまうのは、そもそも現在使われている言語が文化進化を経て習得しやすくなった言語だからなのである。また、統語規則のような、どの言語にも見られる特徴のいくつかは、特に語彙が増大していくときに、習得しやすさを損なうまいとする文化進化の力が働いた結果に違いない。 ## 手指の器用さ、規範、身振り、および音声の相乗作用 人類の進化史を通じてずっと二つの重要な共進化が進行していた。 ①複雑度を増すコミュニケーションレパートリーと、複雑度を増す道具、習慣、制度との共進化である。両者は互いに作用し合って相乗効果をもたらす。なぜなら、二つ以上の文化領域が選択圧となって、価値ある文化的情報を獲得、著積、整理、再伝達する心理的能力を高める遺伝子に影響するからである。この相互作用によって、他者から学ぶ文化的学習能力に磨きがかけられていったはずだ。つまり、相手の目的や意図を推し量り(そのほうが学びやすい)、根底にある規則や規範を見抜き、複雑な階層構造を学ぶ能力が高められていったのだと思われる。 ②コミュニケーションレバートリーが文化的に蓄積されていくにつれて、コミュニケーションに関わる諸々の遺伝子に選択圧がかかるようになり、その結果、ヒトの心身にさまざまな変化が生じた。 重要なのは、どの領域から始まったにせよ、それが他の領域の発達をも促進した可能性が高い ・身振り語であれ道具作りの技であれ複雑さが増せば、皮質脊髄路を発達させる遺伝子に有利に働く選択圧が生じたはずだ。 →コミュニケーションスキルが高まることによって、道具の作り方や使い方に関する情報伝達の質も向上した可能性がある。 ・非言語的コミュニケーション手段だと手が他のことに使えない、あるいは常に互いの顔を見ていないといけないなどさまざまな制約があったのだが、音声言語はこうした制約を取り除いてくれるものだった。それゆえ、非言語的なコミュ三ケーションレパートリーに徐々に言語的要素が追加されていくようになり、発話に関わる遺伝子に有利に働く選択圧が生じたのである。 →こうした文化進化が遺伝的変化の選択圧となって、音声を用いたコミュニケーション能力が発達していった。 遺伝子に対するこうした選択圧は、音声言語だけでなく、コミュニケーション全般に作用した。人類の祖先はおそらく、現代の多くの狩猟採集民と同じく、音声言語とあわせて身振り言語も使っていたのだろう。社会規範や世評によって協調性を重んじる世界が形成されるにつれて、他者を欺いたり利用したりするよりも、コミュニケーショを図ったり、教え導いたりするほうが重要になっていった。 一連のステップ(系列動作)を伴う複雑な非言語的作業を習得する能力が、「遺伝的」に進化していく人工ニューラルネットワークに、同時に文法習得の課題を与えるすると、人工ニューラルネットワークは文法習得の能力を遺伝的に進化させるが、文法自体もこうしたネットワークを習得しゃすいように文化的に進化していく。シミュレーションの結果、明らかになったのは次の三点だ。 ①非言語的な系列動作を習得する能力の遺伝的進化が、文法習得能力を高めた。つまり、道具と言語との間には相乗作用が見られる ②非言語的な系列動作(道具作り)の習得能力を高めるだけでは、文法習得能力の遺伝的進化は妨げられた。 ③文法習得に特化した遺伝子が優位になることはないにもかかわらず、人エニューラルネットワークの文法習得能力は向上した。 →既存の人エニューラルネットワークが容易に学べるように、文法自体が文化進化を遂げたからだ。つまり、文化進化によって習得しやすい文法ができあがったのである。 ## 複雑な系列動作を学習するための遺伝子と脳 人類進化の過程において、手順や系列動作の学習能力の向上に関与したと思われる遺伝子がわかってきた。(FOXP2遺伝子)累積的文化進化が起きたことで、FOXP2遺伝子が生存上有利になって集団内に広まり、ヒトの系列動作学習能力(文化的に出現した復雑な道具作りの手順を習得するための能力)が高まっていったと考えるのは妥当だと思われる。こうして生まれた能力がヒトのコミュニケーションレパートリーにも利用されて、より複雑な構文を操れるようになったのかもしれない。あるいは、順序はその逆だった可能性もある。それとも符合することだが、脳機能イメージング技術を利用した研究の結果、言語使用と道具使用(手指の動作)に関与する脳領域は重なり合うことが明らかになっている。実際、道具使用に関与する領域、もしくは言語使用に関与する領域だけに注目してみても、両者の違いはほとんど見当たらない。発声を学ぶのにも、道具作りを学ぶのにも、模倣に関与する同じ脳領域が使われるので、音声模倣は脳内において、他の模倣行動と明確に区別できるものではない。現在でも、文化がヒトの遺伝的進化の主要な駆動力であることに変わりはなく、文化進化によって生まれた、集団ごとにそれぞれ異なる言語の特徴が、なおも遺伝子頻度の変化をもたらしている可能性がある。非声調言語の出現が、二種類の遺伝子バリアントの一伝播を促す要因となったらしいのだ。 →非声調言語の話者は、新たなバリアントを保持している傾向があるのだ。もちろん、人類の集団が世界中に広がっていった歴史を考えれば、遺伝子と言語とが相互に関運し合っているのは当然だろう。両者はほとんど一緒に動くからである。 ## 文化、協力、そして行動が言語よりも雄弁なわけ 広い視野に立った見方を提示してきたが、これは新旧さまざまな主張に異を唱えるものである。従来の見解では、人類進化の途上での言語の出現とそが、進化のルビコン川であって、それを越えたとき、ヒトは他の動物と一線を画すことになったのだとされてきた。 こうした一般的な見方には大きな問題点が三つある。 ①この見方は、言語がなくても、かなりの文化伝達や文化進化が可能だということを認識していない。言語と呼べるものが出現したのはおそらく、文化進化がかなり進み、単純なコミュニケーションレパートリーが出そろった後だったのではないかと思われる。 ②言語それ自体が文化進化の産物であって、言語が文化をもたらすわけではない。もちろん、言語は、文化伝達(文化的情報の流れ)を容易にしてくれるし、物語伝承、カテゴリー分類、詩歌など、まったく新たな道筋を築いてくれたりもする。しかし、こうした新たな道筋も、その端緒を開いたのは、言語によらない文化進化なのだ。そのずっと後に、言語から文字や読み書き能力が立ち上げられ、文化進化の新たな道を築いたのと同じだ。 ③言語は、その根本に、協力行動にとっての深刻なジレンマを抱えている。少なくとも短期的には、言葉で簡単に相手を嘱すことができるので、人を利用したり、操ったりする格好の手段になりうるのだ。 この協力上の問題に対処できなければ、言語の進化は、遺伝的にも文化的にも限られたものになる。理由は明らかだ。もし他者が自分を嘱すために言葉を使ってくるのなら、何を言われても信じなければ、あるいは完全に耳をふさいでしまえばいいからだ 複雑なコミュニケーションレパートリーの進化がスタートするためには、その時点ですでに、協力上のジレンマがいくらかでも解消されている必要がある。したがって、言語だけではヒトの協力行動を促す決め手にはなりえないのだ。 **言語が抱える協力上の問題を緩和する方法** ①誠実さを求める社会規範 ②悪評を伝えるには、言葉を使わなくても指差しや顔の表情だけで十分に伝わる。 →必ずしも言葉に頼らずとも評判は伝わるものなのだ。 ③世評は操作されやすいが、文化的学習に長けた者はすでに、利己的な人物が流すデマに顕されないための認知能力を身につけている。 →ヒトの文化的学習メカニズムは、嘘やデマによる世評の信悪性の低下を防ぐのにも役立っている。 ・虚偽情報をつかまされる危険性が生み出した選択圧によって、情報を受け取る側が、ある手がかりに注目するようになった。筆者はそれを信悪性ディスプレイ(CRED)と呼んでいる。CREDとは、言っているとこと考えていることが異なるとき、つまり言葉と本心が食い違っているときには現れるはずのない行動である。CREDは、言語がもたらした手軽な文化伝達経路を悪用しようとする者から身を守る、一種の情報フィルターとして機能する。子どもや大人を対象にした実験的研究から、食物選好、利他行動、さらには超自然的・反直感的信仰など、さまざまな信念や習慣の文化伝達にCREDが重要な役割を果たしていることが示されている。このように、言葉を使って人を場そうとする相手に対し、CREDがある程度、情報フィルターの役割を果たしてはいる。 私たちがCREDを利用するのは、行動は言葉よりも雄弁で、行動にこそ本心が現れるからなのだCREDは、自己利益のために虚偽情報を流して人を賜そうという企みに歯止めをかける役割を果たしているのである。 ## まとめ 心に留めておいてほしいことを七つ挙げておく。 ①言語は、情報伝達のための文化的適応の積み重ねによってできあがったものだ。テクノロジーや社会規範の場合と同様に、ひとたび文化進化が始まると、地域の状況に適した複雑なコミュニケーション手段が生み出されていく。身振り言語や口笛言語が生まれるのも、言語共同体の音響環境に合わせて言語音の聞こえ度が変わるのも、すべて文化進化の働きなのだ。 ②言語には、習得しやすくなるよう文化的に進化していく傾向がある。そして、言語とは無関係のヒトの生得的心理の諸側面を利用して、習得しやすさを高めていくうちに、言語に共通する諸々の特徴が生まれてくる。しかし、言語を学ぶのはだれなのか子どもだけなのか、それともあらゆる年齢層の人々なのかによって、事情は少し変わってくる。 ③道具類の場合と同様に、集団の規模が大きく、成員同士の結びつきが強くなるほど、語彙サイズが増し、音素数が増えて、単語自体は短くなる。また、従属接続詞のような複雑な文法ッールが文化的に進化して維持されるようになる。 ④こうした傾向を念頭に置きながら、多様な言語について得られた人類学的・歴史的証拠に照らして考えると、人類の進化史を通じて支配的だった言語は、英語のような広く普及している現代言語とはまったく異なるものだった可能性がある。小規模社会の技術や制度が、私たちの社会のものとはかなり異なっているのと同じだ。 ⑤言語の獲得は、ヒトの心理の諸側面を変化させるとともに、個人にそれまでなかった認知能力を授けてくれる。 ⑥文化進化の産物である言語は、人類の進化史を通してずっと、ヒトの遺伝子に対して強い選択圧をかけ続けてきた。それを受けてヒトの身体や脳は、発話や協力的なコミュニケーションを交わすのに適したものへと変化してきたのだ。そのプロセスは今もなお続いている。 ⑦言語の進化を理解するためには、道具、技術、および社会規範を含めた、もっと大きな文化-遺伝子共進化の文脈の中に位置づける必要がある。文化は、遺伝子には手を加えなくても、ありとあらゆる方法でヒトの脳や身体の機能を変化させることができる。
×
Sign in
Email
Password
Forgot password
or
By clicking below, you agree to our
terms of service
.
Sign in via Facebook
Sign in via Twitter
Sign in via GitHub
Sign in via Dropbox
Sign in with Wallet
Wallet (
)
Connect another wallet
New to HackMD?
Sign up