# 1NC
# DM 医師による殺人
## 固有性
### 1.
そもそも、終末期の患者は、ほぼ全員障害を持っています。
[横浜市立大 有馬 2019](「死ぬ権利はあるか」p370)
>ある意味では、深刻に病んでいるか終末期にあるかする患者はほとんどすべて、あるていど身体障害者である。死にかけている患者はさまざまな機能を失い、最後には寝たきりになっているかもしれない。
### 2.
医療現場では、このような患者が、差別偏見から安易に治療を放棄されやすいです。これはPlanの様な要件を設定するだけでは防げません。
[先の有馬](「死ぬ権利はあるか」p364)
>しかし、十分な支援や合理的な選択の内容を、最初から完全にあいまいさを排したしかたで法律の規定に盛り込むことはまず不可能である。つまり、どうしても部分的にこれは臨床の判断に委ねられなければならない。問題は、この臨床判断が差別的偏見に大きく左右されうると考えられることである。(中略)ところが、患者に機能障害があると、周囲はすぐに患者が死にたいというのももっともだと思うから、患者の生きようとする意欲を高めるのに有効な支援はこれ以上ないとかんたんに諦めてしまう可能性がある。
### 3.
そこで、それでも医師に慎重な判断を促し、安易な治療放棄に歯止めをかける唯一の手段があります。それこそが、安楽死の全面的禁止です。
[鳥取大 渋山 1997](https://digital-archives.sophia.ac.jp/repository/view/repository/00000010834)
>医療従事者の免責を目的とする法制化が行われていないことが、現在では医療従事者に対してより慎重な思慮深い態度決定を促すことを可能にする唯一の歯止めとなっているからである。この歯止めによって安楽死要件が揃えば患者の依頼を医師が安易に承認し、安楽死が単に形式通りに遂行されるというふうにはいかなくなる。
## 発生過程
### 1.非自発的安楽死
一旦法律の歯止めが外されると、医者が暴走し、明確な同意がない患者でも、表向きは“自発的”だと診断書に書かれながら、不本意に殺されます。
このような医者を突き動かすのは、一旦患者を殺すことを認めると、あの人もこの人もかわいそうに”見える”から殺して”あげよう”という善意です。
[ダートマス大 ベラルト 2007](臨床家のための生命倫理学倫理問題解決のための実践的アプローチp283)
>オランダでの経験で明らかになったことは、純粋に自発的な安楽死が行われるよう注意深く計画されたというのに、こういう計画でさえ、見かけは善意の医師が、安楽死がもたらす恩恵を他の人にも広げたいと思うことによって損なわれてしまう運命にあるということである。(中略)
>医師たちがこういう行為を正当化しようとして、もしこれらの患者に同意能力があれば、現在の悲惨な状態で生き続けるよりも安楽死させてもらうことに同意したはずだという理屈をつける例もある。
このように殺される患者の数は非常に多いです。彼らの多くは、安楽死の希望をそもそも1回も口にしなかった患者でさえ殺されます。
[米国カトリック司教協議会 2017 和訳](https://www.usccb.org/issues-and-action/human-life-and-dignity/assisted-suicide/to-live-each-day/upload/assisted-suicide-from-voluntary-to-involuntary-edits.pdf)
>1973年以降、一連の判決により、「耐え難い苦痛」の中で自発的に死を求めた患者を殺害したり、自殺を幇助しても、刑罰を恐れる必要はないとされた。
1991年にオランダ政府が実態を調査したところ、年間2300件の自発的安楽死、400件の自殺幇助があったが、1040件のケースでは、患者の知らないうちに、あるいは同意を得ずに患者を殺していた。このカテゴリーでは、72%の患者が安楽死に興味を示したことがなく、14%は十分な意思表示能力を持っていた。
~~Since 1973 a series of court decisions has established that Dutch doctors need not fear punishment or prosecution if they kill, or assist the suicides of, patients in “unbearable suffering” who make a voluntary request to die. When the Dutch government studied actual practice in 1991, it found: 2300 cases of voluntary euthanasia every year; 400 assisted suicides; and 1040 cases in which doctors killed patients without their knowledge or consent. In this last category, 72% of the patients had never expressed an interest in having their lives taken, and 14% were fully competent. In addition, 8100 patients died from overdoses of pain medications intended primarily to end life rather than relieve pain, and 61% of the time (4941 cases) this was done without the patient’s consent.~~
### 2.対象の拡大
また、1のような違法な安楽死でも、時間が経って社会に安楽死が浸透するに連れ許容されるようになります。
[オタワ大 ベレイラ 2011 和訳](https://www-ncbi-nlm-nih-gov.translate.goog/pmc/articles/PMC3070710/?_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=ajax,se,elem)
>オランダでは、安楽死法が施行されてから最初の4年間で、16件が司法当局に送らレたが、調査は殆ど行われず、全く起訴されなかった。自殺の仕方について末期ではない人にアドバイスを提供したカウンセラーが無罪となったケースもある。これは安楽死と自殺幇助の合法化後の社会的価値観の変化により、法の違反に対する寛容性が高まっている事を示す。
~~The circumvention of safeguards and laws, with little if any prosecution, provides some evidence of the social slippery slope phenomenon described by Keown 5,28. Till now, no cases of euthanasia have been sent to the judicial authorities for further investigation in Belgium. In the Netherlands, 16 cases (0.21% of all notified cases) were sent to the judicial authorities in the first 4 years after the euthanasia law came into effect; few were investigated, and none were prosecuted 5. In one case, a counsellor who provided advice to a non-terminally ill person on how to commit suicide was acquitted~~
この社会の安楽死の寛容さは日本でも認められ生ます。
2010年朝日新聞の調査によれば、国民の70%が安楽死に賛成しています。
また、更に日本人には障害者に対しての差別意識が強く、リスクが高いです。
[阪大 霜田 2006](https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwiAuPru1L7xAhWVNaYKHdWWDLkQFjAAegQIBBAD&url=http%3A%2F%2Fponto.cs.kyoto-wu.ac.jp%2F~shimoda%2Fp25c.pdf&usg=AOvVaw1xyU4YyuoQ4usMyeN7GLiz)
>こうした傾向は、「迷惑」や「負担」という理由による障害者など自立生活が困難な人への根強い差別意識がある日本においては、とくに警戒を要する。社会の「お荷物」になる前にすみやかに「身を引く」ことが美徳という伝統的な「姥捨て山」思想も、今なお人々の意識の底に横たわっている。そしてそれは、社会的コストや生産効率性を重視する考えと結びついて、ターゲットになりうる人たちへの圧力になる可能性を有する。
### 3.精神疾患患者の切り捨て
結局外国では、近年意思表示の出来ない認知症患者が、安楽死の主な対象になっている国もあります。ベルギーの例。
[オタワ大 ベレイラ 2011 和訳](https://www-ncbi-nlm-nih-gov.translate.goog/pmc/articles/PMC3070710/?_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=ajax,se,elem)
>近年の2つの研究は、Battinとその同僚による発見とさらに矛盾している。Chambaereによれば、自発的および非自発的な安楽死は、主に昏睡状態または認知症の80歳以上の患者で発生したことが報告された。彼は、これらの人は、要求がないリスクがある脆弱な患者グループとして説明されると指摘している。
~~Two recent studies further contradict the findings by Battin and colleagues.
Chambaere etal found that voluntary and involuntary euthanasia occurred predominantly among patients 80 years of age or older who were in a coma or who had dementia 10 .
According to them, these patients “fit the description of vulnerable patient groups at risk of life-ending without request.~~
このような動きは日本にも当てはまるでしょう。
[阪大 霜田 2006](https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwiAuPru1L7xAhWVNaYKHdWWDLkQFjAAegQIBBAD&url=http%3A%2F%2Fponto.cs.kyoto-wu.ac.jp%2F~shimoda%2Fp25c.pdf&usg=AOvVaw1xyU4YyuoQ4usMyeN7GLiz)
>こうした流れの中で、死を選択する状態として想定される「尊厳なき生」の意味範囲の 拡大の動きも認められる。「重度老年期痴呆症」への適用拡大に関する日本尊厳死協会の会員へのアンケート調査で、約 85%がこれに賛成した。(中略)このことが示唆しているのは、尊厳死思想の中に、不治かつ末期の患者や植物状態患者に加えて、認知症高齢者や寝たきり生活を「生きるに値しない生」と見なす考え方が容易に入り込むということである。
現在11万人の会員がいる日本尊厳死協会は、理事の半分が医師で、他にも多数の医師が所属しています。
このように、日本にも、認知症患者は勝手に殺して問題なしって考えてる医師がかなりの数存在しています。
また、実際にこのような考えを持つ医師が少数派であったとしても問題の発生量は削られません。
質疑でも確認した通り、医師にも拒否権があるのが普通です。
すると、要件を満たしていないが安楽死をしたいと思っている患者またはさせたいと思っている家族は、簡単に死なせてくれる安楽死賛成派の医師の所に集中してしまうからです。
固有性で見た通り、彼らは差別偏見から安易に患者を殺します。
アメリカのオレゴン州の実例。
[ケアラー連盟 児玉 2010](http://www.arsvi.com/2010/1010km.htm)
>また08年に88%、09年には97%のケースで合法化ロビー、Compassion&Choiceが関与していた。01年から7年間の致死薬の処方箋271件のうち66%は、わずか20人の医師が書いたものだ。これらのデータから見えてくるのは、自殺希望者をC&Cが積極的に“支援”しつつ、一部の協力的な医師のところへと誘導し、精神障害など要件対象外でも「処方はお望みのままに」……というシナリオでは?
日本でも、先ほど述べた日本尊厳死協会のHPに、会員医師のクリニックのリストが公開されているなど、非常に恐ろしい殺人が行われる準備が既に整っています。
## 深刻性
以上に見た様に、医師の殺人というタブーを破ってしまう事で、Planでは想定されていない同意なき殺人が社会に蔓延する事は避けられません。だからこそ、絶対に最後の歯止めを外してはいけません。
[ダートマス大 ベラルト 2007](臨床家のための生命倫理学倫理問題解決のための実践的アプローチp283)
>この害悪は、その法が認めるものではないが、新しい法が制定されれば起こると予想がついていたはずであり、疑いもなく、法の変更が直接生み出したものにほかならない。(中略)非自発的な安楽死という副作用が生まれるのは避けられないが、これは耐え難いことであるから、VAEやPASのプログラムを合法化することは望ましくないのである。
## 判断基準
社会的弱者の切り捨ては国家の根幹を揺るがす大問題であり、自己決定権を制限してでも予防すべきです。特に、高齢者や認知症患者の切り捨ては、誰もがいずれ当事者になる深刻な切り捨てであり絶対に許されません。
[オタワ大 ベレイラ 2011 和訳](https://www-ncbi-nlm-nih-gov.translate.goog/pmc/articles/PMC3070710/?_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=ajax,se,elem)
>自律性と選択はどの社会においても重要な価値観ではあるが、制限がないわけではない。私たちの民主主義社会には、より大きなコミュニティを保護するために、個人の自主性と選択を制限する多くの法律がある。例えば、過度の運転速度の制限、または個人所得税および法人所得税による拠出義務がそうだ。なぜ、自律性と選択肢の異なる規格は、安楽死とした場合に適用されるべきであるか全く不明だ。
~~Autonomy and choice are important values in any society, but they are not without limits. Our democratic societies have many laws that limit individual autonomy and choice so as to protect the larger community. These include, among many others, limits on excessive driving speeds and the obligation to contribute by way of personal and corporate income taxes. Why then should different standards on autonomy and choice apply in the case of euthanasia and pas~~