# 何らかの短編4
この記事は、[みす51代 Advent Calendar 2021](https://adventar.org/calendars/6313) の2日目の記事です。
この先は業の深い地獄なので、覚悟のある方はどうぞ読み進めていってください。
興味のある方はぜひ過去作もお読みください。
- [何らかの短編](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/BkY_oXIeE?type=view)
- [何らかの短編2](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/SJgIKWNhH)
- [何らかの短編3](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/rkc78qlaD)
zuzuさんによる次の記事も読むと深みが増すかもしれません。
- [51代受肉勢の独断と偏見による関係性](https://hackmd.io/s/S1FUIqfxN)
注釈:ここから先は別位相の話であり、実在する人物、団体とはそんなに関係ありません。HackMDはスペースがうまく効かないので行の頭に空白がないのは許してね。
## ただいま
「あらためてなかさん、卒業おめでとう」
「あはは、ありがとう」
私は大学院の卒業式を終えて、そのまま新居に帰ってきた。
と言っても、この家に来たのは数ヶ月ぶりなのだけれど。
クランクからのおめでとうの言葉を横において、私は部屋の様子を見て目を輝かせた。
「わーすごい! 家具がある」
「あるに決まってるだろ。俺が住んでるんだから」
「そりゃそうだ」
家を借りた当初は何もなかった部屋が、今や見たこともない空間に様変わりしていた。
玄関には生活感があり、キッチンには調理用具が一通り揃っている。
リビングは彼女の趣味が反映されたシックな雰囲気でまとまっており、彼女の丁寧な性格を感じさせた。
「落ち着いた雰囲気」
「あー、俺が勝手に家具とか買っちゃったし、気に入らないやつとかあったら変えて良いよ」
「ううん、このままがいい。なんだろな。一緒に住んでるって感じがして嬉しいから」
「……そっか。まあ欲しい物があったら好きに買いな」
せっかく広い部屋なのに、観葉植物やインテリアのようなものがほとんど無いのがちょっと寂しいが、それはこれから私が置いていけば良いだろう。
そうやってものを増やしていくことを考えると、彼女の部屋を私色に染められるというちょっと背徳的な喜びで心が満たされていくのを感じた。
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はたして、新しい家を探そうと最初に言ったのはどちらだったか。
もともとは大学院生の私と社会人になった彼女とで、半ば勢いで始めた二人暮らしだった。
そんなわけだから、今度はもっときちんと考えて、二人にとって都合の良い場所に引っ越そうということになったのだ。
いい加減二人で暮らすにはちょっと手狭に感じていたし、社会人二人で家賃を折半すればもっと広い部屋に住めるのだから、引っ越さない手はないだろう。
勤め先も決まり、会社に出社しやすい電車の路線に住みたいという気持ちもあったので、少し早いかもしれないが初めての家にはおさらばしたのだ。
二回目の部屋探しは、お互いの趣味嗜好をよくよくわかってからのものだったから、一回目よりもスムーズに進んだ。
冬前から部屋探しをしたのも良かったのだろう。良物件が多く、選べる幅も広かった。
その中から彼女と私で話し合って、内見もして、ここだという部屋があったのですぐに契約をした。
部屋を借りるまではトントン拍子だったが、さあ引っ越しだという段階で、私が実家に帰らなければいけない事情ができてしまった。
というのも、私の大学院での研究が忙しくなりすぎて、新しく借りた部屋から学校に行くのが現実的ではなくなってしまったのだ。有り体に言って学校まで遠すぎた。
最初は頑張ろうと思ったのだけれど、クランクが止めてくれた。いわく「QOLを大事にしよう」と。
「お前には研究を頑張って欲しいし、そのためには実家から通ったほうが近い上に家事の量も減るんだから、今だけは実家に帰ろう。新しい家は俺が守っとくから」
少しかっこつけたようなクランクにそんなことを言われたら、反論したくてもできなかった。
彼女が私のことをどれだけ気遣ってくれているか伝わってきたし、それにもし料理当番や家事の当番を私ができないということになったら彼女ばかり負担が増えてしまう。
二人暮らしの費用をほとんど出してくれて、朝から晩まで忙しく働いている彼女の重りにはなりたくなかった。
私は、社会人として先を行く彼女の横に立ちたかった。
だから、そのために私は一旦実家に帰ったのだ。
もちろんこの数ヶ月の間、彼女と全く会わなかったというわけではない。しかし、彼女も私も忙しく、たまにご飯に行くくらいでデートらしいデートはしていなかった。
彼女はそれで満足していたのかも知れないが、私はもっと彼女と触れ合いたかった。
私は彼女のドライなところが好きなのに、たまにそのドライなところを残念に思う。この数ヶ月は、何度ご飯のあとに「今日は引き止めてくれないかな」と思ったことだろうか。
けれども、彼女が私を引き止めてくれることは一度もなかった。
わかってる。それが私のため。彼女なりのライン引き。
そして、私が私の道を進み、彼女に並ぶために必要な試練。
私はそう自分に言い聞かせ、長い長い数ヶ月をかけて試練を一つ乗り越えた。
そして今日、私は卒業式を終えた。
卒業式後は家族や友人と写真を撮り、感謝と別れを告げ、そのまま実家には帰らず彼女の家へと上がり込んだ。
ううん、間違えた。
私たちの家に帰ってきた。
良い響きだ、と思う。
今までの同棲生活では、どこか遠慮してしまったところがあったのだろう。
社会人である彼女に経済的に依存してしまっていたという事実は、どうしようもなく胸を蝕んでいたようだ。
しかし、これからは違う。
ここは、正真正銘彼女と私の家。
私たちの家。
「どうしたなかさん。にやにやして」
「え、私にやにやしてた?」
「してたぞ。部屋の隅から隅までにらみつけたかと思ったら急ににやにやと」
思わず頬を抑えて目をつむる。
恥ずかしい。
クランクは馬鹿にするような様子ではなく単に指摘したという感じであったが、それでもほっぺたがじわあと熱くなる。
「なあ」
「ひえっ」
「熱いな。もしかしてぼうっとしてる? 熱でもあるんじゃないか?」
突然襲ってきた髪をかきわけられるそわそわとした感覚と、おでこに伝わる冷たい感触に思わず声が出てしまう。
熱があると思ったのだろう。彼女が私のおでこに手を添えたようだ。冷え性気味な彼女の手だ。おでこから心地良い冷たさが伝わってくる。
おかげで少し冷静になれた気がする。
「えっと、熱とかそういうのじゃなくて」
「本当に?」
「うん。あの、嬉しかったんだよ。ここが私たちの家だーって思えることが。これから二人で暮らすんだーって」
「……なんか照れるな」
「あ、クランクも照れることあるんだ」
「そりゃあるに決まってるだろ」
「ほんと? どんなとき?」
「……言えない」
彼女はいつもの通り表情はあまり変わらなくて、それでも恥ずかしがっていることは伝わってきた。
これでお互い様だと心の中でほくそ笑む。
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心地よい沈黙。
気づけば私の両手が、おでこに添えられていた彼女の手を取って包み込んでいた。
にぎにぎと手を動かすと、冷たくてやわらかな感触が伝わってくる。
ぼんやりと目を合わせる。
何も言わずとも、なんとなく幸せな時間。
「ねえ、クランク。もっかい言わせてよ」
「何を?」
「ただいま」
「あーはいはい。おかえり」
ことさら優しそうな声でおかえりと言ったくれたことが愛おしすぎて、私は我慢できず彼女に飛びついて抱きしめた。
「好きだよ、クランク」
「……俺も、なかさん」
「これからもよろしく」
「ああ」
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