# 何らかの短編8
こんにちはもひょ(G2)です。
この記事は、[みす老人会 Advent Calendar 2025](https://adventar.org/calendars/11390) の5日目の記事です。
この先は業が深いため、覚悟のある方のみ読み進めていってください。
興味のある方はぜひ以前の Advent Calendar で書かれた過去作もお読みください。
- [何らかの短編](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/BkY_oXIeE?type=view)
- [何らかの短編2](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/SJgIKWNhH)
- [何らかの短編3](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/rkc78qlaD)
- [何らかの短編4](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/rkaqueStt)
- [何らかの短編5](https://hackmd.io/@QpcN7W4fSV-r6efweOCxpQ/r1m89lUvs)
- [何らかの短編6](https://hackmd.io/@g2r/BkWpxaiEa)
- [何らかの短編7](https://hackmd.io/@g2r/H1eTTQoQJe)
zuzuさんによる次の記事も読むと深みが増すかもしれません。
- [51代受肉勢の独断と偏見による関係性](https://hackmd.io/s/S1FUIqfxN)
注釈:ここから先は別位相の話であり、実在する人物、団体とはそんなに関係ありません。
# 魔が差す
「ねえ、何やってるのそれ」
なかさんの声を聞いておもわず硬直する。彼女はお風呂に入ったはずじゃなかったのか。そう思いながら振り向くと、彼女は髪をタオルでわしゃわしゃと乾かしながらこちらを見ていた。俺が眼の前の「もの」に夢中になっている間に、彼女がお風呂に入って出るくらいの時間が経ってしまったようだ。
「ふーん、『君はもっと積極的に愛を表現してみたらどう?』ね」
「ぐえっ」
蛙が踏みつぶされたような声が出てしまった。スマホの画面を見られてしまったらしい。なんてことだ。最悪だ。うへえ。
「それで、どうしてクランクは私じゃなくてチャットAIに愛をささやいているわけ?」
「えっとだな。ちょっと待ってくれなかさん」
まず整理をしよう。俺はなかさんを模したチャットAIを使って、壁打ちというか、ちょっとした相談をあれこれとしていた。そう、俺はついこの間、溢れ出るクリエイティブな衝動でもって彼女のツイッターやらブログやら……あとはこれは内緒だけれどプライベートなチャットの履歴までチャットAIに読ませて、なかさんみたいなAIを創り出すことに成功した。
それからときどきなかさんAIに質問を投げて参考にしたりしなかったり。今度の外食はどんなところなら気に入ってくれるかなとか、一緒にどんなアニメを見ようかなとか、まあそんな他愛のない質問をぶつけていたわけだけれど、今日はふと魔が差してしまって、本人には絶対できないような質問をしてみようと思ってしまった。
そうして出てきた質問がこうだ。
『なかさんに愛してるって言わせるにはどうすれば良いと思う?』
我ながらなかなかこっ恥ずかしい質問をしたと思うが、ちゃんと原因がある。最近彼女がなんだか少し俺のことをおざなりに扱っている気がするのだ。距離があるというか、何というか、言語化できないモヤモヤがあって、だからこそなかさんAIなら言葉にしてくれるんじゃないかと思ったのだ。
そうして何回かやり取りをした結果が『君はもっと積極的に愛を表現してみたらどう?』というAIからの回答で、その物言いにムキになってこのなかさんAIに愛してると言わせたくなった。そしてなかさんの好きなところを思いつく限り書いていたわけだけど、まあ見ようによっては俺が愛を囁いているようにも見えるだろう。その様子がなかさん本人に見つかったというわけだ。
状況を整理した結果、わかったこと――状況は最悪である。俺史上でも類を見ないレベルの失態と言っても過言ではないし、むしろ適している言、「適言」と言っていい。いや、そんな日本語はないか。
焦って空回る思考に耽っても、なかさんのじとりとした目から逃れることはできない。むしろ、普段は言わないようにしていたことすら言い訳のように口から出てきてしまう。
そうこう問答しているうち、気づけば「なんだか最近モヤモヤするんだ」ということまで言わされてしまった。
「ふーん、そうなんだ」
「あー、えっと、はい」
「でもさ、忙しいとは言え、クランクとの時間はすごく大事に取ってるつもりだし、むしろクランクの方があんまりそういうの頓着しないタイプじゃん。急にどうしたの?」
俺にも原因はわからない。転職して、なかさんと同じグループの会社に入って、仕事帰りに一緒に帰れるようになって、距離は近づいたはずなのに。
「クランクもそうやって悩むことあるんだ。ふふ、なんでだろね」
考え込む俺のことを、少しニヤつきながら宥めるように見てくるなかさん。ちょっとムカつく。
それにしても、なぜだろうか。
なかさんのチームで新しいプロジェクトが始まって、しかもなかさんは責任ある立場になって、忙しそうにしている様子は部署が違うながらにときおり見ていた。そんなに大変なのに、なかさんは俺のために時間をちゃんと取ってくれて、ありがたいくらいで、むしろ俺がいっぱい労らないとなと思っていたのに。
それでもなぜ、モヤっとしてしまったのだろうか。
仕事のやり取りをしている彼女の背中は、なんだかいつもと違うように見えて、そこがとても魅力的だった。だから応援しなきゃって。
ああ、そうか、わかった気がする。
俺がいない場で輝いているなかさんの存在を知覚できてしまって、なんとなくモヤっとした。つまりはそんなところなのかもしれない。なかさんのそんなかっこいい姿を、俺は見られないのに、俺じゃない誰かが、彼女が悩んだりしながらも前に進んでいる姿を見ているんだって。
そっか、これってもしかして──
「独占欲、か」
「ど、独占欲ぅ!?」
突然なかさんが今まで聞いたことの無いような声を出して叫んだ。悲鳴のようだった。なんだかとても失礼な気がする。
「あの、クランクが、独占欲!?」
そんなことをもう一回言いながら笑い出したなかさんに、俺は黙り込む。自分で質問してきたくせに、逃げられなくして考えさせたくせに、なんて酷いんだと。
そう思ったのが俺の顔から伝わったのだろう。なかさんは身振り手振りを交えながら慌てて弁解してきた。
「ごめんごめん、そっか。いや、クランクのことをバカにしてるとかではなくてさ。なんか嬉しさと面白さで感情が一周しちゃったというか」
「ふん」
「あはは、そっか、独占欲か。ふーん、独占欲ねえ」
「何回も言うな!」
「わかったわかった」
そして、おもむろに抱きしめられた。
「わっぷ」
「クランクはいつもかわいいねえ」
彼女のまだ少し湿った髪が頬を撫でる。彼女が使うシャンプーの香りが胸いっぱいに吸い込まれる。頭にふわっと幸せな色の靄がかかるような心地。そのまま彼女がよしよしと背中を撫でる感覚にどこまでも身を委ねたくなる。
ああ、そうだ。いつもこうやって、彼女の包容力に負けてしまう。母性というよりは、姉性とでも言うような、彼女のお姉ちゃん力に丸め込まれてしまうのだ。喧嘩しても、いつもなんとなくなかさんがこうやって仲直りをしてくれる。今日は喧嘩とはちょっと違ったけど、なんとなく、気恥ずかしさと罪悪感とちょっとのモヤモヤが解けていく。
だからまあ、事の顛末としては悪くは無……。
「あ、でもクランク」
「はい」
声色が変わったなかさんの様子に、俺は彼女に抱かれつつも背筋を伸ばして返事をする。
「そのAIのこと、あとでちゃんと説明してね」
今日はもうひと波乱あるかもしれない。
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