こちらは[みす老人会 2nd Advent Calendar 2024 2ページ目](https://adventar.org/calendars/10422)7日目の怪文書です。
ちなみに明日の枠はまだ空いてます。
# 小説版「廻中時計」
……うーん、あのピッチャーまだまだって感じだなあ。
もっと身体全体を使わなきゃ。
窓から隣のクラスのソフトボールを眺めながら、自分ならどう投げるかな、と想像する。
いいなー体育。私もそっちがいい。
ほら、ボールはちゃんと握って。正面向くんじゃなくて、投げる前は身体を横向きに構えて。
「……橋」
そしてぐっと力を込めて前に踏み込ん
「鈴橋!」
「ハッヘイッ」
やば、当てられた。空気とも声ともつかない間抜けな返事が口から漏れる。
先生に聞こえたかどうかも怪しい大きさだし返事になってるのかどうか……慌てて立ち上がりながら耳のあたりが少し熱くなるのを感じた。
ガタガタ鳴る椅子がやけにうるさいのは自分の気にしすぎだろうか。
視線を上げると黒板に色々書いてあって、先生が指しているところは確かに問題と思しき文章が書かれている。
「ここの答えは?」
「……」
問題と思しき文章。うん、全然何が書いてあるのか理解できない。
わからないから飛ばしてくださいという気持ちを先生に送る。主に表情と視線と念で。
「聞いてなかったのか。答えは“1.21ジゴワット”だ。授業前に予習しておきなさい」
曖昧な笑顔を浮かべながら席についた。いったんやり過ごしたらしい。
適当に返事しつつ、席につきながら左手を机にかけてあるバッグに突っ込む。
手に硬くひんやりとした感触。あった。手探りで、溝の入った頭――パーツの正しい名前は知らない――をつまみ、力を込める。
予習なら、今できた。
ジリッ。
「じゃあここをー……そうだな、鈴橋」
「はいっ」
ハッキリ返事をする自分の声。いい感じ。
すっと椅子を引き立ち上がる。よし。
「“1.21ジゴワット”です」
――キマった。
60秒。
その間なら、私は無敵だ。
***
時計には長針と短針、あるいは更に秒針がついているものだということは、小学1年生か2年生くらいで習うものだったと思う。
けれどこの時計には針が1本しかなかった。その針は動いてすらいない。
遠目に外側だけを見ればただの懐中時計、しかして蓋を開けるとその実態はろくに時刻もわからないガラクタ。
なんとなく拾ってきてしまい、公園のベンチでしげしげと眺めた結果、わかったのはそれだけ。
猫と遊ぶ少女やワイワイとキャッチボールする少年たちに混ざって、鑑定士気取りでベンチを占拠する私。
「……いや、交番に届けるだけですよ?」
猫の鳴き声とストラーイクなんて声に挟まれながら、誰に向けてでもなく呟く。
特に後ろめたいこととか無いけどね。
別に万が一にでもこれが骨董品として高く売れたらなんて思ってなかっ
瞬間、頭に衝撃が走る。
残念ながら何か閃いたわけではなく、おでこに物理的な痛みがあった。
さすりながら涙でちょっとボヤける視界を上げると、グローブを持った少年がこっちに手を振っている。
どうやら彼が取りそこねたボールが良くないところでバウンドして、うつむき気味に時計を眺めていた私のおでこにクリーンヒットしたらしかった。
すみませーんボールとってくださーい、じゃないよ!とはもちろん声に出さない。
ボールを拾い、優しく投げ返してあげた……つもりが、少年のグローブは思ったより良い音を立てた。
こっちは一瞬火花が見えたんだから、おあいこだ。
気を取り直して。
「時計は無事……?」
確かめるように周りを調べていると、ギザギザと溝が刻まれた部分が少し動くことに気づいた。
何か緩んでしまったのだろうか?
ペットボトルの蓋を締める容量で、ぐっと力を込めて捻じる……
ジリッ。
一瞬、視界が歪んだ気がした。目眩?
もしかして熱中症?確かに暑くなってきたし、まだ身体が慣れてないのかな?
でも頭が痛いのはボールがぶつかったからだし、とおでこに手を当てて気付いた。痛くない。じんじんと熱を持ち始めていたはずだったのに。
ふと、猫の鳴き声が聞こえてきた。
嫌な予感がしてふと前を見ると、キャッチボールをしていた少年たちの片方が崩れたフォームで「しまった」という顔をしている。
その手から放られたボールは相棒のグローブで止められること無く私の方まで飛んできた。反射的にキャッチする。
もしかして、と思いながら駆け寄ってくる少年の次の言葉を待ち、「すみませーんボールとってくださーい」と聞いた私の驚きようを、できるなら誰か想像して欲しい。
***
もちろん、最初は夢でも見てるんだと思った。
勘違いとか、デジャヴとか、それこそ熱中症による幻覚も疑った。
だけど試せば試すほど、信じるしか無いという結論に至る。これは、時間を戻せる懐中時計なのだ。
そうは言っても万能じゃない。
どうやら時計の頭を巻いた瞬間からちょうど1分前に自分の意識だけが巻き戻る。
子どものときに見た何かの映画の言葉を借りるなら、肉体ごと移動する「タイムスリップ」ではなく、意識だけが移動する「タイムリープ」ってやつだ。
それに、連続では使えなくて、一度使ったら2分間待たなきゃ使えない。つまり、2回連続で使っても2分前に戻れるわけではない、ってこと。
何でもやり直せるのは確かだけど、1分間、しかも一度だけだ。
微妙に使いづらい……なんて言うのは贅沢というもの。これがなかなか楽しいのだ。
東に廊下でプリントの束を崩してしまう委員長あれば転びそうなタイミングで支えてやり、
西に先生のパシりとなる同級生(と私)あれば先生が教室に入ってくる前に速攻で教室を出ていき、
南に限定フラペチーノを買い逃した少女(つまり私)あれば店まで走ってライバルより先に注文し、
北に風船を飛ばしてしまった子どもあれば届かなくなる前にキャッチし。
1分戻るだけで、意外に色んなことができた。有り体に言ってやりたい放題。まさに無敵。
やり直せる以上、怖いものなんて無いと思ってた。
今になって考えれば、あの時が「使った」直後じゃなくて本当に良かった。
ひととおり遊んだ帰り道。家にまだ宿題も残しているし、小走りで急いでいるところで、公園の脇を通りがかった。
曲がり角で遠くにちらりと見えた少女は、いつかの公園でも見かけた子だ。
大通りに向かって走って……おかしい。横断歩道で止まる様子がない。
え、と声が漏れる。
女の子は勢いを緩めない。
信号なんて見てない……視界は前を走る猫だけを捉えていて、それを追いかけて、その勢いのまま、大通りに飛び込んでいく。
私は、半ば反射的に、何も考えること無く――考えるような時間も無く――時計を握って力を込めた。
歪んでいく視界と意識の中、大通りに飛び出す影とトラックの急ブレーキ音が重なったような気がした。
ジリッ。
***
歪む視界が再構成される。
周囲の音が明瞭になる。
はっ、と我に返って、私は走り出した。
明らかに今のはヤバい。
だけど、あの子に追いつける?
呼べば振り向いてくれるかもしれないけど名前も知らない。
考えるほど焦る。
足がもつれそうになる。
公園が見えてきた、あと何秒?
曲がり角。あの子だ!
叫んでみるけれど、猫に夢中のあの子に聞こえていそうもない。
止めなきゃ。何か方法はない?
何か――そう考えながら視線を落とすと、手には“それ”が握られていた。
これしかない。
自信があるかどうか?確実かどうか?
そんなことを考えるより早く、身体が動く。
ちゃんと握って。正面向くんじゃなくて、投げる前は身体を横向きに構えて。
そしてぐっと力を込めて、前に踏み込む!
「とどけえええええぇぇぇぇ――――」
私が投げた時計はぐんぐん飛んでいく。
少女を追い抜き、猫を追い抜き。
猫の真ん前に、思いっきり派手な音を立てて落ちた。
それに驚いた猫が飛び退いて止まる。
あの子も大通りに飛び出す直前で猫に追いついた。
私は全身から力が抜けていくのを感じながら、自分の口から漏れた呟きを他人事のように聞いた。
「……ストライク」
一縷の望みがあるかと“それ”の墜落現場を見に行ってみたけれど、案の定めちゃくちゃ。
よほどの天才技術屋ならいざ知らず、そのへんのお店に持っていったところで私が期待するような修理はしてもらえないだろう。
少しの間その残骸を見つめていたけれど、はぁ、と息が漏れたのを合図にして、私はそれに背を向けた。
「明日の授業、範囲どこだっけな」
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