# 上古漢語の再構について :::info :pencil2: **編注** 以下の論文の和訳である。 - Haudricourt, André-George. (1954). Comment Reconstruire Le Chinois Archaïque. *Word & World* 10 (2–3): 351–364. [doi: 10.1080/00437956.1954.11659532](https://doi.org/10.1080/00437956.1954.11659532) 原文には要旨・セクション見出し・表見出しがないが、英訳版を参考に追加した。 引用された語形のうち誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。 この他、以下のように表記を修正した。 - 現代中国語(北京語):原文ではDemiéville(1953)によるフランス式転写が用いられているが、漢語拼音に差し替えた。 - 中古漢語:原文ではKarlgren(1923)の再構音を一部修正した表記が用いられているが、Karlgren(1957)に基づく表記(“K-MC”)に差し替え(一部修正、脚注10参照)、また部分的に[切韻拼音](https://phesoca.com/tupa/)(“TUPA”)を添えた。本文ではK-MCのみを表記したか、両表記をスラッシュで繋いだ。 - 上古漢語:原文の表記を維持し、アスタリスクを付した。 本論文は上古漢語再構におけるさまざまな側面に対して意見を表明していることから、読者の便宜のため、特に重要な点については、今日広く受け入れられている再構との違いについて主にBaxter(1992)を参考として補記した。 ::: :::success :pushpin: **要旨** 中国語の再構は、文字体系が発音に関して間接的な証拠しか示さないという性質上、特有の困難を伴う。本論文では、KarlgrenとMasperoによって提案された再構を体系的に再検討し、他の東アジア言語からの比較データ、特に中国語からベトナム語やタイ語への初期の借用語に注目し、上古漢語、すなわち唐代以前に話されていた中国語についてのより良い証拠を提示する。 ::: --- ## 1. はじめに ### 1.1 アジア言語とヨーロッパ言語の歴史言語学 中国語の言語史はロマンス語と類似している。官話、広東語、呉語(長江下流)、閩語(福建省)はロマンス諸語に相当する。韓国語、日本語、ベトナム語の書き言葉である古典漢語は、ゲルマン語、ハンガリー語、西スラブ諸国の書き言葉である中世ラテン語と同じ役割を果たし、中国語からミャオ語、タイ語、ベトナム語、クメール語への初期の借用語は、ゲルマン語、アルバニア語、バスク語、ベルベル語の古代ラテン語の借用語に対応している[^1]。 しかしながら、2つの重要な違いがある。第一に、屈折語であるラテン語は、ゲルマン語、スラブ語、アルバニア語とともにインド・ヨーロッパ語族に分類され、バスク語やベルベル語はここには属さない。しかし、孤立語である中国語は、分類がより難しい。これはチベット・ビルマ語族に属するが、長い間信じられてきたようにタイ諸語に近いのだろうか。この種の言語の関連性は、語彙に基づいて評価するしかなく、中国語の借用語の重要性はしばしば見過ごされてきた。さらに、「混合言語」という概念が受け入れられ[^2]、C言語がA言語ともB言語とも共通する語彙を持つ場合、C言語はAの方言とBの方言の混合から生まれたと言われてきた。 現在では、A、B、Cの言語はすべて同じ語族に属するというのが最良の仮説だと思われる。東アジアでは、語族はすべて連鎖的に、ひとつの大家族となっている。チベット・ビルマ語や中国語はミャオ語やオーストロアジア語と関連し、この2つはタイ語と関連し、後者はマレー・ポリネシア語と関連している。 第二の違いは文字表記にある。ラテン語はアルファベットで表記されるため、その綴りには、時代を経ても変わることなく受け継がれてきた音声情報が含まれている。一方、初期のラテン語借用語は、ヨーロッパの諸言語のかなりの音韻進化に従ったものであるため、ラテン語の綴りを残す最近の借用語に比べると、かなり侵食されている。一方、中国語は表意文字で書かれるため、音韻の進化に対して無防備である。したがって、使用される公用語は、首都の位置や言語の音韻進化の度合いによって世紀ごとに変化した。実際、首都が北部に位置し、トルコ、モンゴル、ツングース、満州族の侵略を受け、王朝を築いた後、二言語併用時代を経て同化していった地域であったため、首都の言語は中国南部や東南アジアの言語よりもはるかに急速に発展した。最古の借用語に由来する中国語の俗な発音は、表意文字の公式な読みに代表されるような、より最近の学術的借用語よりも、元の発音をよく保っている。ヨーロッパでは例外的であるが、同様のケースが見られる。例えばドイツ語では、*Kaiser*「皇帝」という単語は、ラテン語 *Caesar* から初期に借用されたもので、固有名詞 *Cäsar* よりも古代の発音がよく残っている。 ### 1.2 上古漢語再構の方法論 我々は上古漢語を再構するために、まず比較言語学の方法論を自由に使うことができる。中国語の方言同士を比較し、初期の他言語からの借用語を使い、その再構が系譜的に中国語と関連する近隣の言語と照合するのである。 ==比較法の他に文字も手がかりとなる。== ほとんどの文字は表音文字であり、つまりレバスとして機能する。例えば「蛇」を意味する表意文字 巴 *bā* は、表音文字として 把 *bǎ*「つかむ」、靶 *bǎ*「的」、耙 *bà*「犂」、疤 *bā*「傷」などに含まれている。しかし、この文字体系は紀元前2000年近くまで遡るものであり、当時は似たような発音だった単語でも、現在ではまったく異なるものもある。表音文字と表意文字を確実に区別できれば、元の発音を知る貴重な手がかりを得ることができるだろうが、残念ながらそれは叶わない。例えば、肥 *féi*「太る」という文字には 巴 が含まれているが、これが太ったヘビを示しているのか、両唇音で始まり開母音が続く単語の発音を示しているのか、あるいはその両方を示しているのかを知るのは難しい。 ==最後に、中国内的資料を用いることができる。== 紀元3世紀になってから、人々は「反切」と呼ばれる方法で文字の発音を比較するようになった。これは、ある文字の発音を、それと同じ頭子音(声母)を持つ文字と、同じ韻(韻母)を持つ文字の2つで表す方法である。例えば、巴 の発音 *pa*(K-MC)/*pae*(TUPA) は、*pɐk*/*paek* と *ka*/*kae* とで表される[^3]。MasperoとKarlgrenは、反切、日本語やベトナム語における漢字の発音、そして何よりも601年に編纂され、最近まで1008年版しか入手できなかった[^4]韻書に基づいて、唐代の中国語の発音を再構しようと試みている。MasperoとKarlgrenはすべての点で意見が一致しているわけではないが、より先進的で体系的なのはKarlgrenの再構であり、大多数の中国学者に採用されている[^5]。さらにKarlgrenは、表音文字と『詩経』の押韻を出発点として、孔子の時代、つまり周代の中国語の発音の再構も試みた[^6]。Karlgrenの2つの再構は互いに依存している。本論文ではまず頭子音について、次に韻について批判する。 ## 2. 頭子音 ### 2.1 MasperoのOC3体系 対 Karlgrenの4体系 MasperoとKarlgrenは、中古漢語に3系列の閉鎖音、すなわち、平常無声音系列 *p*, *t*, *k*、無声有気音系列 *ph*, *th*, *kh*、そして第三系列を再構することで合意しているが、その第三系列の再構については一致していない。この系列は、Masperoにとっては平常有声音 *b*, *d*, *g* であるが、Karlgrenにとっては有声有気音 *bh*, *dh*, *gh* である。最初の2つの系列はすべての方言でそのまま維持されている。第三系列は、呉語方言においてのみ、有声有気閉鎖音として特徴づけられている。Masperoは、サンスクリットの中国語転写を用いて、有声閉鎖音が有気音になったのは唐代(8~10世紀)の終わり頃であり、それ以前は平常有声閉鎖音が使われていたことを示した(Maspero 1920: 27)。有声閉鎖音から無声有気閉鎖音への変化は、東南アジアの他の言語で見られる。タイ語[^7]やカレン語(Haudricourt 1946; 1953)では、方言によって有声閉鎖音が平常無声閉鎖音または有気無声閉鎖音に変化した。 次のような相関関係を見る限り、MasperoとKarlgrenの間の差は無視できるものだと言えるかもしれない。 $$ \begin{array}{l} p & t & k \\ ph & th & kh \\ b(h) & d(h) & g(h) \end{array} $$ 第三系列の対立的特徴は有声音であることだけであり、2つの解釈の違いは、音素の音声的実現に関する見解の違いにすぎないように思われる。 実は、これがKarlgrenの再構において非常に重要な点である。なぜなら、Karlgrenは時代に先駆けて音韻論的アプローチを採り、表の中に平常有声閉鎖音がないことを、埋めるべき「構造上の空白」と考えていたからである[^8]。彼は周代の音韻体系として、次のようなバランスの取れた体系を再構している。 $$ \begin{array}{l} \text{*p} & \text{*t} & \text{*k} \\ \text{*ph} & \text{*th} & \text{*kh} \\ \text{*b} & \text{*d} & \text{*g} \\ \text{*bh} & \text{*dh} & \text{*gh} \end{array} $$ 彼は、唐代には \*b, \*d, \*g は失われ、*bh*, *dh*, *gh* は保持されたと考えている[^9]。この追加の有声音系列の再構は、表1の例のように、語頭に閉鎖音を持たない表音文字が、語頭に閉鎖音を持つ単語を表記するのに使われるという事実に基づいている[^10]。 :spiral_note_pad: **表1: 接近音の表音文字が、閉鎖音の単語を表記する例** | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 単語 | *K-MC* | *TUPA* | | :-------- | :--- | :------- | :------- | :--- | :-------- | :-------- | | 0264/1185 | 用 | *i̯wong³* | *juongh* | 筩 | *dhung¹* | *doung* | | | | | | 通 | *thung¹* | *thoung* | | | | | | 桶 | *thung²* | *thoungq* | | | | | | 誦 | *zi̯wong³* | *zuongh* | | 0292/0391 | 匀 | *i̯uĕn¹* | *jwin* | 均 | *ki̯uĕn¹* | *kwin* | | 0249/0995 | 又 | *ji̯ə̯u³* | *uh* | 求 | *ghi̯ə̯u¹* | *gu* | | | | | | 灰 | *χuậi¹* | *hoj* | | 0239/0617 | 炎 | *ji̯äm¹* | *yem* | 談 | *dhâm¹* | *dam* | | | | | | 毯 | *thâm²* | *thamq* | | 0184/0976 | 台 | *i¹* | *jy* | 治 | *d̑hi³* | *dryh* | | | | | | 治 | *d̑hi¹* | *dry* | | | | | | 始 | *śi²* | *sjyq* | | | | | | 胎 | *thậi¹* | *theoj* | 逆に、表2のように、語頭に閉鎖音を持つ表音文字が、語頭に閉鎖音を持たない単語を表記するのに使われることがある。 :spiral_note_pad: **表2: 閉鎖音の表音文字が、接近音の単語を表記する例** | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 単語 | *K-MC* | *TUPA* | | :-------- | :--- | :----- | :----- | :--- | :----- | :----- | | 0425/1202 | 谷 | *kuk* | *kouk* | 欲 | *i̯wok* | *juok* | | | | | | 裕 | *i̯u³* | *juoh* | | 1006/0003 | 多 | *tâ¹* | *ta* | 爹 | *ti̯a¹* | *tiae* | | | | | | 移 | *ie̯¹* | *jie* | Karlgrenは、この「ゼロ」頭子音は有声閉鎖音 \*g または \*d の消失を示しており、唐代以前には、上記の文字にそれらが再構されなければならないと結論づけている。例えば表1の例は唐代以前には表1’のようになる。 :spiral_note_pad: **表1’: 接近音の表音文字が、閉鎖音の単語を表記する例(唐代以前)** | AA/GS | 文字 | 唐代以前 | 単語 | 唐代以前 | | :-------- | :--- | :-------- | :--- | :------- | | 0264/1185 | 用 | \*di̯wong³ | 筩 | \*dhung¹ | | | | | 通 | \*thung¹ | | 0292/0391 | 匀 | \*gi̯uĕn¹ | 均 | \*ki̯uĕn¹ | | | | | | など | Karlgren(1923: 18–27)は破擦音について、邪母 *z* は \*dz に、常母 *ź* は \*dź に由来すると述べている。これはもっともらしいが、彼はさらに、有声有気音 \*dzh, \*dźh と対立する有声無気音 \*dz, \*dź の存在を推論し、特定の「ゼロ」頭子音の表音文字には \*z, \*ź を再構した。 したがって、唐代には表3のようになるが、唐代以前は表3’のようになる。 :spiral_note_pad: **表3: 接近音の表音文字が、破擦音・摩擦音の単語を表記する例** | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 単語 | *K-MC* | *TUPA* | | :-------- | :--- | :------ | :------ | :--- | :------- | :------- | | 0211/0732 | 羊 | *i̯ang¹* | *jyang* | 祥 | *zi̯ang¹* | *zyang* | | 0187/0800 | 亦 | *i̯äk* | *jiaek* | 跡 | *tsi̯äk* | *tsiaek* | | | | | | 夜 | *i̯a³* | *jiaeh* | :spiral_note_pad: **表3’: 接近音の表音文字が、破擦音・摩擦音の単語を表記する例(唐代以前)** | AA/GS | 文字 | 唐代以前 | 単語 | 唐代以前 | | :-------- | :--- | :------- | :--- | :-------- | | 0211/0732 | 羊 | \*zi̯ang¹ | 祥 | \*dzi̯ang¹ | | 0187/0800 | 亦 | \*zi̯äk | 跡 | \*tsi̯äk | | | | | 夜 | \*zi̯a³ | Masperoに従って有声有気音系列 *bh*, *dh*, *gh*, *dzh*, *dźh*, … の古さを批判するには、再構体系全体を再検討しなければならない。 Karlgrenは、あたかも中国語が方言の影響を受けずに2~3000年にわたって直線的に発展してきたかのように、音法則の絶対的な規則性と構造上の空白の理論に基づいて厳密な方法で研究を進めた。 #### 2.1.1 有声摩擦音と有声破擦音の対立 まず、有声破擦音と有声摩擦音の対立について検証してみよう。Karlgrenは韻書に見られる頭子音をもとに、從母 *dzh* と邪母 *z*、船母 *dźh* と常母 *ź* を区別しているが、有声反舌摩擦音 ==*ẓ* (俟母)== の存在を認めず、有声有気破擦音 *dẓh* (崇母)だけを認めている。 ##### 2.1.1.1 KarlgrenのMC反舌破擦音 *dẓh* 表4に、北京官話、広東語、漢越語における中古漢語 *dẓh* の反射を示す。 :spiral_note_pad: **表4: 中古漢語崇母(K-MC *dẓh-* / TUPA *dzr-*)の反射** | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 漢越語 | 広東語 | 北京語 | | :-------- | :--- | :--------- | :--------- | :----- | :------- | :------- | | 1096/0358 | 柴 | *dẓhai¹* | *dzree* | *sài* | *ṣāi* | *chái* | | 1024/0943 | 豺 | *dẓhăi¹* | *dzreej* | *sài* | *tshāi* | *chái* | | 1170/0612 | 讒 | *dẓhăm¹* | *dzreem* | *sàm* | *tshām* | *chán* | | 1259/0208 | 孱 | *dẓhăn¹* | *dzreen* | *sàn* | *ṣān* | *chán* | | 1062/0727 | 床 | *dẓhi̯ang¹* | *dzryang* | *sàng* | *tshöng* | *chuáng* | | 0386/0651 | 岑 | *dẓhi̯əm¹* | *dzryim* | *sầm* | *ṣăm* | *cén* [^11] | | 1088/1092 | 愁 | *dẓhi̯ə̯u¹* | *dzru* | *sầu* | *ṣău* | *chóu* | | 1114/1003 | 崇 | *dẓhi̯ung¹* | *dzrung* | *sùng* | *ṣung* | *chóng* | | 0834/0433 | 饌 | *dẓhwan²* | *dzrwaenq* | *soạn* | *tsān* | *zhuàn* | | 0877/0970 | 士 | *dẓhi²* | *dzryq* | *sĩ* | *ṣi* | *shí* | | 0889/0971 | 事 | *dẓhi³* | *dzryh* | *sự* | *ṣi* | *shí* | ベトナム語では規則的に摩擦音 ==*s*== となり、北京語では2つの例外 ==士 と 事 [^11]== を除いてほぼ規則的(平声では有気音 ==*ch*==、仄声では無気音 ==*zh*==)である。一方広東語では、*dẓh* とは対照的な *ẓ* が存在したかのように、2つの反射がある。しかし、最初の2つの単語 柴 *ṣāi*,豺 *tshāi* の音韻対立は、中国語において2つの頭子音が常に区別されてきたことを証明するものではないことは明らかである。実際この対立は、文献資料によれば唐代には存在せず、単に広東語固有の発展 *dẓh* > *ṣ* と、中部または北部の首都方言における発展 *dẓh* > *tsh* が重ね合わされただけに過ぎない。 ##### 2.1.1.2 KarlgrenのMC硬口蓋破擦音 *dźh* と摩擦音 *ź* 唐代の 船母 *dźh* ⇔ 常母 *ź* の対立は、それ以前の時代に遡ることができるのだろうか。表5に示すように、この対立は現代の方言には見られないため、これは疑わしい。 :spiral_note_pad: **表5: 中古漢語常母(K-MC *ź-* / TUPA *dj-*)、船母(K-MC *dźh-* / TUPA *zj-*)の反射** | | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 漢越語 | 広東語 | 北京語 | | :--- | :-------- | :--- | :--------- | :------- | :-------------- | :----- | :------ | | 常母 | 0856/0725 | 常裳 | *źi̯ang¹* | *djyang* | *thường* | *ṣöng* | *cháng* | | | 0857/0725 | 償 | *źi̯ang¹* | *djyang* | *thường* | *ṣöng* | *cháng* | | | 1196/0455 | 晨 | *źi̯ĕn¹* | *djin* | *thần* | *ṣăn* | *chén* | | | 1203/0896 | 丞 | *źi̯əng¹* | *djyng* | *thừa*, *thằng* | *ṣing* | *chéng* | | | 1144/0427 | 純 | *źi̯uĕn¹* | *djwin* | *thuần* | *ṣun* | *chún* | | | 1267/0031 | 垂 | *źwie̯¹* | *djwie* | *thùy* | *ṣui* | *chuí* | | | 1247/0128 | 殊 | *źi̯u¹* | *djuo* | *thù* | *ṣu* | *shū* | | | 1129/0062 | 社 | *źi̯a²* | *djiaeq* | *xã* | *ṣe* | *shè* | | | 0228/0083 | 墅 | *źi̯wo²* | *djyoq* | *thự* | *ṣü* | *shù* | | | 1187/0045 | 曙 | *źi̯wo³* | *djyoh* | *thự* | *ṣü* | *shǔ* | | | 0897/1085 | 受 | *źi̯ə̯u²* | *djuq* | *thụ* | *ṣau* | *shòu* | | | 1265/1091 | 售 | *źi̯ə̯u³* | *djuh* | *thụ* | *ṣau* | *shòu* | | | 1220/0919 | 植 | *źi̯ək* | *djyk* | *thực* | *tsik* | *zhí* | | | 0860/1120 | 芍 | *źi̯ak* | *djyak* | *thược* | *tsök* | *sháo* | | 船母 | 1207/0895 | 乘 | *dźhi̯əng¹* | *zjyng* | *thừa* | *ṣing* | *chéng* | | | 0232/0229 | 船 | *dźhi̯wän¹* | *zjwien* | *thuyền* | *ṣün* | *chuán* | | | 0868/0385 | 神 | *dźhi̯ĕn¹* | *zjin* | *thần* | *ṣan* | *shén* | | | 0865/0807 | 射 | *dźhi̯a³* | *zjiaeh* | *xầ* | *ṣe* | *shè* | | | 1261/0462 | 順 | *dźhi̯uĕn³* | *zjwinh* | *thuận* | *ṣun* | *shùn* | | | 0862/0288 | 舌 | *dźhi̯ät* | *zjiet* | *thiệt* | *ṣit* | *shé* | | | 0445/0398 | 實 | *dźhi̯ĕt* | *zjit* | *thật*, *thực* | *ṣat* | *shí* | | | 0891/0921 | 食 | *dźhi̯ək* | *zjyk* | *thực* | *ṣik* | *shí* | | | 0632/0892 | 繩 | *dźhi̯əng¹* | *zjyng* | *thằng* | *ṣing* | *shéng* | この表から、北京語では常母 *ź* と船母 *dźh* の反射がまったく同じであることがわかる。北京語==における中古常母(Karlgrenによれば \*dź > *ź*)の反射==は、Karlgrenが *bh*, *dh*, *gh* と表記した他の閉鎖音と同様に有気音となるため、これが \*dźh と対立的な \*dź の反射であると主張することはできない。 漢越語と広東語も同様の挙動を示している。漢越語では、==船母 *dźh* が低音調の *th* になったのと並行的に== 書母 *ś* が ==高音調の== *th* になったのに対して、==*dźh* という音に対応する無声音であるはずの== 章母 *tś* と昌母 *tśh* はそれぞれ *ch* と *x* となったことから、船母 *dźh* は書母 *ś* に対応する有声音として扱われたことを示している[^12]。 Maspero(1920: 15)は、顔之推が、南部の人々は表6のような単語ペアを混同していると述べていることを指摘した。 :spiral_note_pad: **表6: 中古漢語常母と船母のペア** | | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | | :--- | :-------- | :--- | :----- | :------- | :-------- | :--- | :------- | :------- | | 1 | 0883/0795 | 石 | *źi̯äk* | *djiaek* | 0865/0807 | 射 | *dźhi̯äk* | *zjiaek* | | 2 | 0890/0866 | 是 | *źie̯²* | *djieq* | ―/0867 | 舐 | *dźhie̯²* | *zjieq* | :::info :pencil2: **編注** 原文では本文中にデータが羅列されているが、ここでは表形式で示した。なお、原文では顔之推が7世紀の作家と紹介されているが、6世紀の人物である。 ::: ##### 2.1.1.3 KarlgrenのMC歯破擦音 *dzh* と摩擦音 *z* 顔之推は、南部の人々は 錢 *dzhi̯än¹*/*dzien* (AA1072/GS0155) と 涎 *zi̯än¹*/*zien* (AA0235/GS0203) を混同しているとも述べている。表7のように、これは広東語でも同じである。 :spiral_note_pad: **表7: 中古漢語邪母(K-MC *z-* / TUPA *z-*)の広東語反射** | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 広東語 | 北京語 | | :-------- | :--- | :------- | :------- | :------- | :------ | | 0211/0732 | 祥 | *zi̯ang¹* | *zyang* | *tshöng* | *xiáng* | | 0810/0972 | 祠 | *zi¹* | *zy* | *tshi* | *cí* | | 0787/0728 | 像 | *zi̯ang²* | *zyangq* | *tsöng* | *xiàng* | | 0811/0961 | 寺 | *zi³* | *zyh* | *tsi* | *sì* | | 0253/1079 | 袖 | *zi̯ə̯u³* | *zuh* | *tsau* | *xiù* | | 0775/0796 | 夕 | *zi̯äk* | *ziaek* | *tsik* | *xī* | | 0779/0797 | 席 | *zi̯äk* | *ziaek* | *tsik* | *xí* | | 0781/0690 | 習 | *zi̯əp* | *zip* | *tsap* | *xí* | これらの事実をすべて説明するためには、各方言をより詳細に研究し、言語地理学的な観点からの検討や、方言が他の方言に影響を与えたと思われるさまざまな首都や行政の中心地についての歴史的研究が必要がある。いずれにせよ、有声破擦音と有声摩擦音の対立が上古漢語にまで遡るもので、\*dz ⇔ \*dzh、\*dź ⇔ \*dźh という対立の本格的な議論を導き出せるものであるとは、到底言えない[^13]。 :::warning :bulb: **補足** ここで行われた中古漢語における有声摩擦音⇔有声破擦音の対立(邪母 *z-* ⇔ 從母 *dzh-* 、常母 *ź-* ⇔ 船母 *dźh-*)が上古漢語に遡るものではない(すなわち、この対立は広東語における中古崇母の二重反射のように方言間借用によるものである)という主張は現在では受け入れられていない。しかし、Haudricourtの議論は、その対立がKarlgrenの有声有気音(すなわち上古漢語における有声無気音⇔有声有気音の対立)を正当化するかどうかに重点がある。Karlgrenの主張もまた現在では受け入れられていない。詳細は後述する。 ::: #### 2.1.2 「ゼロ」頭子音の表音文字からの議論:比較証拠 次に、Karlgrenの第二の主張、すなわち(\*b, \*d, \*g, \*z が再構される)表音文字の「ゼロ」頭子音を検証してみよう。「構造上の空白の補充」の論拠は、構造上の必要性以外にない。チベット・ビルマ語族など、中国語と遺伝的に関連する言語を見てみると、Karlgrenの \*g- は *w-*, *sw-*, *rw-* に対応し、\*d- と \*z- は *y-* に対応することがわかる(ただしルシャイ語では \*y- は規則的に *z-* に変化する; cf. Benedict 1948: 205)[^14]。 また、初期の中国語からの借用語を見ると、そこには閉鎖音ではない音素が見られる。例えば、タイ語やチワン語(Li 1945 [^15])、北部オーストロアジア語族のラメート語(Izikowitz 1951: 171)やクム語(Roux and Tran 1927: 184)は、中国の暦の十二支を借用しているが、そのうちの2つは、ここで問題となっている初頭音を持っている(表8)。 :spiral_note_pad: **表8: 十二支の3番目と10番目の借用形** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | 漢越語 | タイ語 | チワン語 | クム語 | ラメート語 | | :-------- | :--- | :------- | :----- | :----- | :----- | :----- | :------- | :----- | :--------- | | 0283/0450 | 寅 | \*di̯ər > | *i̯ĕn¹* | *jin* | *dần* | *ñi* | *ñien* | *ñi* | *ñih* | | 0258/1096 | 酉 | \*zi̯og > | *i̯ə̯u²* | *juq* | *dậu* | *rau* | *ru* | *rau* | *rau* | タイ語 *ñ-* はかつての \*y- に由来するる可能性があるが、*r-* はタイ語に古くから存在するものである。ベトナム語にも初期の借用語がある(表9)。 :spiral_note_pad: **表9: ベトナム語の初期の借用語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | 漢越語 | ベトナム語 | | :-------- | :--- | :------- | :----- | :----- | :----- | :---------------- | | 1322/0082 | 餘 | \*di̯ər > | *i̯wo¹* | *jyo* | *dư* | *thừa* 「余分な」 | ベトナム語の低音調の *th-* は、かつての \*ź にしか由来しない。==したがって、これらの音が閉鎖音に由来するとは考え難い。== Karlgrenによる唐代末期の再構も、10世紀になって初めて体系化された漢越語の証拠と矛盾するため、正しいとは思えない。これは表10からわかる。 :spiral_note_pad: **表10: Karlgrenの再構と矛盾する漢越語の例** | | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 漢越語 | | :--- | :-------- | :--- | :------- | :------ | :------ | | 云母 | 1348/0303 | 越 | *ji̯wɐt* | *uot* | *việt* | | | 1345/0256 | 園 | *ji̯wɐn¹* | *uon* | *viên* | | | 1345/0256 | 遠 | *ji̯wɐn²* | *uonq* | *viễn* | | | 0118/0929 | 域 | *ji̯wək* | *uik* | *vực* | | | 0524/0539 | 位 | *jwi³* | *uih* | *vị* | | | 0183/0976 | 矣 | *ji²* | *yq* | *hĩ* | | | 0249/0995 | 又 | *ji̯ə̯u³* | *uh* | *hựu* | | | 1267/0997 | 郵 | *ji̯ə̯u¹* | *u* | *bưu* | | | 0239/0617 | 炎 | *ji̯äm¹* | *yem* | *viêm* | | 以母 | 1138/0324 | 悅 | *i̯wät* | *jwiet* | *duyệt* | | | 1138/0324 | 閱 | *i̯wät* | *jwiet* | *duyệt* | | | 0232/0229 | 沿 | *i̯wän¹* | *jwien* | *duyên* | | | 0425/1202 | 浴 | *i̯wok* | *juok* | *dục* | | | 0425/1202 | 欲 | *i̯wok* | *juok* | *dục* | | | 1265/0575 | 惟 | *wi¹* | *jwi* | *duy* | | | 1265/0575 | 維 | *wi¹* | *jwi* | *duy* | | | 0181/0976 | 以 | *i²* | *jyq* | *dĩ* | | | 0259/1080 | 遊 | *i̯ə̯u¹* | *ju* | *du* | | | 1327/0125 | 愈 | *i̯u²* | *juoq* | *dũ* | | | 0247/0672 | 閻 | *i̯äm¹* | *jiem* | *diêm* | ==以母の単語については、== ベトナム語 *d-* は、かつての \*ð- の反射であると同時に、\*y-(Karlgrenの *i̯-*)の反射である可能性がある。一方、==云母については、Karlgrenの再構== *ji̯-* は明らかに不正確であり、中国の学者(Chao 1941; Lo 1951)に従って *ɣ-* を再構しなければならない[^16]。 これらの事実は、「ゼロ」頭子音に再構されるべき子音が閉鎖音ではなく有声摩擦音であることを示している。Karlgrenの第二の論拠は消え去り、したがって上古漢語は次のような体系ではなく、 $$ \begin{array}{l} \text{*t} & \text{*th} & \text{*dh} & \text{*d} \\ \text{*tś} & \text{*tśh} & \text{*dźh} & \text{*dź} \\ \text{*k} & \text{*kh} & \text{*gh} & \text{*g} \end{array} $$ 次のような体系を再構する方が妥当である。 $$ \begin{array}{l} \text{*t} & \text{*th} & \text{*d} & \text{*ð, j} \\ \text{*tś} & \text{*tśh} & \text{*dź} & \text{*ź, r} \\ \text{*k} & \text{*kh} & \text{*g} & \text{*ɣ, w} \end{array} $$ :::warning :bulb: **補足** Karlgrenの有声無気音⇔有声有気音の対立も、その代案としてのHaudricourtの有声摩擦音も、現在では受け入れられていない。以下ではKarlgrenやHaudricourtの提案と現在の定説の差を大雑把に要約する。 Karlgrenは中古常母は摩擦音 *ź-*、中古船母 *dźh-* は破擦音であると考えたが、TUPA表記に反映されているように、正しくは常母が破擦音 *dj-* \[dʑ-]、船母が摩擦音 *zj-* \[ʑ-] である(Lu 1947: 11–13; Pulleyblank 1962: 67–68; Baxter 1992: 52–53)。この取り違えは韻図に遡る。韻図の制作時代には既にこの対立が失われていたため(Haudricourtが漢越語にこの対立がないと指摘したことを思い出そう)、韻図作者は古い対立の音韻解釈を誤ったのであろう。 常母が破擦音で船母が摩擦音であるとする証拠の一つに、中古常母 *dj-* は章母 *tj-* と、船母 *zj-* は以母 *j-* と同じ表音文字で表記される傾向があり、かつ両者は通常交わらないという事実があるが、これは上古漢語の再構にも影響する証拠である。第一に、章母 *tj-* が上古 \*t- に由来する(これはKarlgrenによって既に部分的に示されている)のと並行的に、中古常母 *dj-* は上古 \*d- に由来すると考えるのが最も単純である。第二に、船母 *zj-* と以母 *j-* は上古漢語における同一の頭子音系列に由来し、かつそれは上古 \*t-, \*d- とは別の系列である。後者は \*l- とするのが定説である。Baxter(1992: 192–199)を参照。 次の表は中古漢語の各頭子音をもたらしたとされる上古漢語頭子音再構の比較である。当然、実際にはこの表にあてはまらないさまざまな亜種や例外が存在するが、ここで説明する必要はない。 | 中古字母 | K-MC | TUPA | K-OC | H-OC | 現在の定説 | | :------- | :----- | :----------- | :------ | :---- | :--------- | | 章母 | *tś-* | *tj-* \[tɕ-] | < \*t̑- | \*tś- | \*t- | | 常母 | *ź-* | *dj-* \[dʑ-] | < \*d̑- | \*ź- | \*d- | | 以母 | *i̯-* | *j-* \[j-] | < \*d- | \*ð- | \*l- | | 船母 | *dźh-* | *zj-* \[ʑ-] | < \*d̑h- | \*dź- | \*C-l- | ::: ### 2.2 頭子音クラスター MasperoとKarlgrenのもう一つの相違点は、頭子音クラスターについてである。 同じ表音文字が見母 *k-* と來母 *l-* の両方に見られる場合、その *k-* を上古 \*kl- の反射と解釈する点で、両研究者の意見は一致している。Masperoにとっては、このケースは \*l- の単語に接頭辞 \*k- が付加されたものであるが、Karlgrenにとっては、これらの中古 *l-* は上古 \*gl- の反射である。 Masperoの再構にはタイ語の証拠を使用しているという優位性があった(Maspero 1930)。実際、初期の中国語の借用語を研究することが、この問題を解決する唯一の方法である。例えば、Karlgrenは 剝 *påk*/*poeuk* (AA0574/GS1228) の文字を「彔」と「刀」から構成される会意文字とみなしているが、Maspero(1930)はこの文字 ==に含まれる 彔 *luk*/*louk* (AA0574/GS1208)== を表音文字とみなしており、タイ祖語 \*plɯək「樹皮」 ==(現代タイ語 เปลือก)== に基づいて \*plɔk を再構している。「皮をむく」はタイ祖語では \*pɔk 、ベトナム語では *bóc* として見られるため、このケースではMasperoは間違っていたようである[^17]。ベトナム語では *kl-*, *pl-* がかなり後になって使われるようになったが、これらの頭子音を持つ中国語起源の単語は今のところ見つかっていない。一方、タイ諸語の証拠はより有用である(表11)。 :spiral_note_pad: **表11: Karlgrenが頭子音クラスターを誤って再構した4つの例** | タイ祖語 | 意味 | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | | :-------- | :------------- | :-------- | :--- | :--------- | :--------- | :------- | | \*plienʾ | 変わる | 0590/0178 | 變 | \*pli̯an > | *pi̯än³* | *pyenh* | | \*ʿphrɯng | 蜂 | 0031/1197 | 蜂 | \*phi̯ung > | *phi̯wong¹* | *phuong* | | \*ʿplaw | 十二支の二番目 | 1242/1076 | 丑 | \*thni̯ôg > | *t̑hi̯ə̯u²* | *trhuq* | | \*ʿhmaw | 十二支の四番目 | 0602/1114 | 卯 | \*mlôg > | *mau²* | *maewq* | Karlgren ==の上古漢語== とMaspero ==のタイ祖語== は最初の例では ==\*pl- が== 一致している。Masperoによる2番目の例とLiによる最後の2つの例 ==のタイ祖語の頭子音== は、Karlgrenの再構がいかに誤っているかを示している。 タイ語とベトナム語は、中古漢語や漢越語で *l-* を持つ単語が、より古い借用において *r-* と *l-* の区別を持つという点で一致していることから、おそらく \*-l- クラスターと \*-r- クラスターが区別されるべきである。表12に例を示す。 :spiral_note_pad: **表12: \*l- とは対立的な \*r- を示唆する借用語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | タイ語 | | :-------- | :--- | :-------- | :-------- | :------ | :--------- | :-------------- | | 0585/0119 | 龍 | \*li̯ung > | *li̯wong¹* | *luong* | *rồng* | | | 0512/0185 | 闌 | \*glân > | *lân¹* | *lan* | *ràn* | | | 0372/0185 | 練 | \*glian > | *lien³* | *lenh* | *rèn* | | | 0552/0627 | 簾 | \*gli̯am > | *li̯äm¹* | *liem* | *rèm* | | | 0576/1209 | 轆 | | *luk* | *louk* | *rọc* | シャム語 *rɔk* | | 0563/1032 | 六 | \*li̯ôk > | *li̯uk* | *luk* | | タイ祖語 \*hrŏk | ベトナム語では \*r の前に閉鎖音が先行すると *s-* になり、例えば「リス」はバナール語、クメール語、シャム語では \*prɔk であったが、ベトナム語では *sóc* となる。したがって、表13のような中国語の単語には、前置子音があったはずである。 :spiral_note_pad: **表13: \*r- に先行する前置子音の存在を示唆する借用語** | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | | :-------- | :--- | :------ | :----- | :--------- | | 0523/0928 | 力 | *li̯ək* | *lyk* | *sức* | | 0550/0637 | 蠟 | *lâp* | *lap* | *sáp* | | 0551/0213 | 蓮 | *lien¹* | *len* | *sen* | 上古漢語が他の言語のように \*l と \*r を区別していたかどうかは、唐代以前の反切を研究することでしかわからない[^18]。 ### 2.3 上古漢語の口蓋垂音系列 タイ祖語には軟口蓋音 \*k, \*g ⇔口蓋垂音 \*q, \*ɢ の対立があり、中国語からの借用語にも \*ɢam「金」や \*qang「鋳鉄」のように口蓋垂音を持つものがある。上古漢語にもこの対立があったのかもしれない。 借用語は決して決定的な証拠にはならないが、見過ごすことのできない貴重な手がかりを与えてくれる。 ## 3. 韻の再構 Karlgrenによる母音の再構は、より深刻な問題を引き起こす。 ### 3.1 介音 現代中国語の音節構造は、頭子音と主母音の間に、介音として半母音 *y*, *w*, *ẅ* ==(漢語拼音ではそれぞれ *-i-*, *-u-*, *-ü-* 等と表記される)== のいずれかが置かれる可能性があることが特徴である。MasperoとKarlgrenは再構を始めた当初、韻図の合口韻から *-w-* を、「等」から *-y-* を見出した。Masperoは *ẅ* を *w*+*y* と、Karlgrenは *y*+*w* と分析した。Karlgrenは、これらの音素が韻の一部であるかどうかによって、*w* と *u*、*i̯* と *i* を区別した。Karlgren(1915)は等位の違いを 巾 *kji̯ən¹* ⇔ 斤 *ki̯ən¹* のように口蓋化の有無の違いと解釈したが、1923年には 巾 *ki̯ĕn¹* (AA0384/GS0482) ⇔ 斤 *ki̯ən¹* (AA0385/GS0443) のように母音質の違いと解釈した。しかし、彼はこの考えに固執したわけではなく、介音音素の大部分はそのまま上古漢語に遡って再構された。 一方Masperoは、タイ語への借用語に基づいて、その起源を二重母音化によるものと説明している(表14)[^18]。 :spiral_note_pad: **表14a: 上古漢語から中古漢語への二重母音化を示唆する借用語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | 意味 | タイ祖語 | | :-------- | :--- | :-------- | :------- | :----- | :------- | :------- | | 0374/0627 | 兼 | \*kliam > | *kiem¹* | *kem* | 合わせる | \*kɛm | | 0996/0361 | 天 | \*thien > | *thien¹* | *then* | 空 | \*thɛn | タイ祖語には二重母音 \*ie が存在したので、==この2つの単語の上古主母音は \*ie ではなく \*ɛ だったはずであり、したがって== \*ɛ > *ie* の変化を示している。ベトナム語への借用語も、それほど古くはないが、同じ変化を示している(表12の 練 *rèn*「訓練する」と表13の 蓮 *sen*「蓮」を参照)。 :spiral_note_pad: **表14b: 上古漢語から中古漢語への二重母音化を示唆する借用語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | 意味 | タイ祖語 | | :-------- | :--- | :--------- | :-------- | :----- | :--- | :------- | | 0018/0625 | 凡 | \*bhi̯wam > | *bhi̯wɐm¹* | *buom* | 全て | \*ʿbrɔm | 表14bの例では、母音変化 \*ɔ > \*uo > *wɐ* と、「蜂」の単語(表11)でも見られた *-r-* から *-y-* への変化の両方が見られる。 介音 *-w-* のもう一つの起源は、両唇軟口蓋音から軟口蓋音+*w* に求めることができる。実際、Karlgren(1923)に掲載されている 齊韻 *-iwei*/*-wej*, 唐韻 *-wâng*/*-wang*, 清韻 *-i̯wäng*/*-wiaeng*, 鐸韻 *-wâk*/*-wak*, 屑韻 *-iwet*/*-wet* 等の ==合口(介音 *-w-* を含む)== 韻に、軟口蓋音 *k*, *kh*, *g*, *χ*, *ng* のみが先行することに ==Karlgrenをはじめとする研究者たちは== 気づいていないようである。 :::warning :bulb: **補足** この段落で示唆された中古介音 *-w-* の起源としての上古両唇軟口蓋音の再構は、Jaxontov(1960)によって詳細な研究が行われ、Pulleyblank(1962: 95ff.)も認めており、現在では広く受け入れられている(cf. Baxter 1992: 214–218, 236–240)。 ::: Masperoの見解 ==(二重母音化)== を受け入れるなら、Karlgrenが韻に基づいて *-w-* と *-u-* を区別したのは、単に唇音音素と唇化特徴の区別に過ぎないことになる。706年版の韻書にある2つの明確に *-u-* を持つ韻 ==(対応する開口韻と分離されている合口韻)== 灰韻 *-uậi*, 魂韻 *-uən* は、漢越語でそれぞれ *-ôi*, *-ôn* となる(==対応する開口韻の== 咍韻 *-ậi*, 痕韻 *-ən* は漢越語で *-ơi*, *-ăn* となる)。一方、後代に *-u-* を持つ ==(『広韻』で開口韻と分離された合口韻)== 戈韻 *-uâ*, 諄韻 *-i̯uən* や、*-w-* を持つ ==(開口韻と併合されている合口韻)== 麻韻 *-wa*, 佳韻 *-wai* は、漢越語でそれぞれ *-oa*, *-uân*, *-oa*, *-oai*、すなわち ==唇化特徴ではなく== 明確に唇音音素を持つ韻となる。 :::warning :bulb: **補足** この段落で挙げられた韻を表形式にまとめた。下の4つは漢越語で円唇母音から始まる二重母音を持つことがわかる。 | 韻目 | *K-MC* | *TUPA* | 漢越語 | | :-------- | :------ | :----- | :----- | | 灰 | *-uậi* | *-oj* | *-ôi* | | 魂 | *-uən* | *-on* | *-ôn* | | 咍 | *-ậi* | *-eoj* | *-ơi* | | 痕 | *-ən* | *-eon* | *-ăn* | | 戈(歌1) | *-uâ* | *-wa* | *-oa* | | 諄(真A) | *-i̯uən* | *-win* | *-uân* | | 麻 | *-wa* | *-wae* | *-oa* | | 佳 | *-wai* | *-wee* | *-oai* | ::: 以下では、Masperoが利用したタイ諸語と漢越語の証拠に加えて、これまでほとんど利用されてこなかった、ベトナム語における初期の漢語借用語に目を向けることにする[^19]。これらはタイ諸語への借用語に比べれば歴史は浅いが、数が多いので、より決定的な対応関係を確立することができる。 例えば、ベトナム語で二重母音 *-ia*, *-ưa*, *-ua* のいずれかの韻を持つ借用語を、Karlgrenの再構と比較してみよう(表15)。 :spiral_note_pad: **表15: 二重母音 *-ia*, *-ưa*, *-ua* を持つベトナム語の漢語借用語** | | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | 意味 | | :---- | :---------- | :--- | :--------- | :-------- | :------- | :---------- | :-------------- | | *-ia* | 0533/0023 | 離 | \*lia > | *ljie̯¹* | *lie* | *lìa* | 離れる | | | 0204/0002 | 義 | \*ngia > | *ngjie̯³* | *ngyeh* | *nghĩa* | 正義 | | | | 儀 | \*ngia > | *ngjie̯¹* | *ngye* | | | | | 1096/0358 | 紫 | \*tsi̯ăr > | *tsie̯²* | *tsieq* | *tía* | 紫 | | | 0890/(0866) | 匙 | (\*d̑i̯ĕg >) | *źie̯¹* | *djie* | *thìa* | スプーン | | | | | | | | *chìa* | 耳かき[^20] | | | 0721/0025 | 皮 | \*bhia > | *bhjie̯¹* | *bye* | *bìa* | 皮 | | | 0703/0874 | 碑 | \*pi̯ĕg > | *pjie̯¹* | *pye* | *bia* | 石碑 | | *-ưa* | 0486/0049 | 鋸 | \*ki̯o > | *ki̯wo³* | *kyoh* | *cưa* | のこぎり | | | 0579/(0069) | 驢 | (\*li̯o >) | *li̯wo¹* | *lyo* | *lừa* | ロバ | | | 1246/0084 | 貯 | \*ti̯o > | *t̑i̯wo²* | *tryoq* | *chứa* | 納める | | | 1322/0082 | 餘 | \*di̯o > | *i̯wo¹* | *jyo* | *thừa* | 残り | | | 1279/0060 | 許 | \*χi̯o > | *χi̯wo²* | *hyoq* | *hứa* | 許可する | | | 1070/0046 | 助 | \*dẓhi̯o > | *dẓhi̯wo³* | *dzryoh* | *chữa* | 治療する | | | 0792/0060 | 禦 | \*ngi̯o > | *ngi̯wo³* | *ngyoh* | *ngừa* | 防ぐ | | *-ua* | 0042/0102 | 斧 | \*pi̯wo > | *pi̯u²* | *puoq* | *búa* | 斧 | | | 0044/0136 | 府 | \*pi̯u > | *pi̯u²* | *puoq* | *(chợ) búa* | 市場 | | | 0044/0136 | 符 | \*bhi̯u > | *bhi̯u¹* | *buo* | *bùa* | お守り | | | 1241/1001 | 婦 | \*bhi̯ŭg > | *bhi̯ə̯u²* | *buq* | *(goá) bụa* | 未亡人[^21] | | | 0041/0101 | 扶 | \*bhi̯wo > | *bhi̯u¹* | *buo* | *vùa* | 支える | | | 1245/0129 | 主 | \*t̑i̯u > | *tśi̯u²* | *tjuoq* | *chúa* | 主君 | | | 1245/0129 | 註 | \*t̑i̯u > | *tśi̯u³* | *tjuoh* | *chua* | 注釈をつける | | | 1286/1109 | 務 | \*mi̯ug > | *mi̯u³* | *muoh* | *mua* | 手に入れる[^22] | | | 0822/1028 | 繡 | \*si̯ôg > | *si̯ə̯u³* | *suh* | *thùa* | 刺繍する | 最初の *-ia* 韻については ==Karlgrenによる介音 \*-i- とベトナム語の *-i-* とが== 良く一致している。2番目の *-ưa* 韻についても、ベトナム語 *ư* ==\[ɯ]== が唇の位置という点で *i* を、舌の位置という点で *w* を連想させることに注意すれば、==Karlgrenによる介音 \*-i̯(w)- とベトナム語の *-ư-* とは== 良く一致している。しかし、3番目の *-ua* 韻には ==Karlgrenは介音 \*-i̯(w)- を再構しているが、ベトナム語は *-u-* を示しているため== 問題がある。 この3つの介音の並列例は、それぞれ *-i*, *-ư*, *-u* として反射される漢越語にも見られる。Karlgrenは年代的な誤りを犯し、3番目の韻を他の2つの韻よりも新しい段階の形で再構してしまったようである。私はそれぞれ \*-ie, \*-iʷə, \*-wu と再構することを提案したい。 :::warning :bulb: **補足** この韻の再構は現在では受け入れられていないが、上古漢語の韻とベトナム語の韻との関係は現在でも十分に研究されていない。 ::: Karlgrenは、ベトナム語の単語は彼が再構した方言ではなく、南部の呉語方言(日本最古の漢字の読み方である呉音はこれに由来するとされる)に属するものだと反論するかもしれない[^23]。確かに、唐代の首都方言と異なる方言を考えるのは自然なことだが、もしそうならばKarlgrenが上古漢語を再構する際にそれを考慮しなかったことが理解できない。Karlgrenはほとんどのケースで *-i̯u* という韻をそのまま上古漢語に遡らせて再構している。 ### 3.2 後舌母音 もう一つの漢越語で *-ô* と反射される韻 ==(中古模韻、上古魚部一等)== は、初期の借用語にも多く見られる(表16)。==表16aに挙げた単語は、ベトナム語では広母音を伴う *-o* \[-ɔ] 韻を持つ。== :spiral_note_pad: **表16a: Karlgrenの \*-o/â に対応するベトナム語の *-o*** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | 意味 | | :---------- | :--- | :------- | :------ | :----- | :--------- | :------------ | | 0431/0074 | 庫 | \*kho > | *khuo³* | *khoh* | *kho* | 倉庫 | | 0421/0049 | 苦 | \*kho > | *khuo²* | *khoq* | *khó* | 難しい | | 1279/0060 | 午 | \*ngo > | *nguo²* | *ngoq* | *ngọ* | 十二支の7番目 | | 1132/0063 | 兔 | \*tho > | *thuo³* | *thoh* | *thỏ* | 野ウサギ | | 1128/0801 | 渡 | \*dhâg > | *dhuo³* | *doh* | *đò* | 渡し船 | | 0082/0053 | 戶 | \*gho > | *ɣuo²* | *ghoq* | *họ* | 家族 | | 0674/0094 | 弩 | \*no > | *nuo²* | *noq* | *nỏ* | クロスボウ | | 1231/0792 | 訴 | \*sâg > | *suo³* | *soh* | *tỏ* | 知らせる | | 0579/0069 | 爐 | \*lo > | *luo¹* | *lo* | *lò* | オーブン | | (0411)/0766 | 露 | \*glâg > | *luo³* | *loh* | *lõ* | 明らかにする | しかし、こうした広母音 *-o* の反射のほかに、表16bに示すように *-a* の反射も存在する。 :spiral_note_pad: **表16b: Karlgrenの \*-o/â に対応するベトナム語の *-a*** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | タイ祖語 | 意味 | | :-------- | :--- | :------ | :------ | :----- | :--------- | :---------------------------- | :------------ | | 0638/0802 | 墓 | \*mâg > | *muo³* | *moh* | *mả* | | 墓 | | 1280/0058 | 五 | \*ngo > | *nguo²* | *ngoq* | | \*ʿhnga | 5 | | 0674/0094 | 弩 | \*no > | *nuo²* | *noq* | *ná* | \*ʿhna (クメール語 ស្នា *snaa*) | クロスボウ | | 1279/0060 | 午 | \*ngo > | *nguo²* | *ngoq* | | \*saŋa (クム語 *sŋa*) | 十二支の7番目 | シナ・チベット語間の比較から、この韻はより古い \*-a に由来することがわかる[^24]。したがって、この韻は上古漢語から漢代(弩はこの頃に発明され広まったと思われる)にかけては母音 *a* を持っていたが、その後徐々に狭母音化していき、6~7世紀(ベトナム語への初期の借用語)に広い *o* ==\[ɔ]== となり、9世紀(漢越語)に狭い *o* ==\[o]== を経て、最終的に現代中国語の *u* に至ったようである。 このことは、他の ==Karlgrenの再構した上古漢語の== 母音音価にも疑問を投げかけるものである。例えば、『詩経』で 馬 *ma²*/*maeq*「馬」は \*-o の単語と韻を踏んでいるため、MasperoとKarlgrenはこの単語に広い \*o ==\[ɔ]== か \*å ==\[ɒ]== を再構するべきだと結論づけたが、==前段落で述べたように== 当時のいわゆる \*-o は実際には \*-a であったことから、上古漢語の「馬」に母音 \*-a をそのまま遡らせない理由はない。このことは日本語 *uma*「馬」や朝鮮語 *mal*「馬」からも確証される。朝鮮語では維持されている語末子音は、この単語で \*-a が狭母音化されずに維持された理由を説明している。 :::warning :bulb: **補足** ここで示唆されている、中古模韻 *-uo*/*-o*, 麻2韻 *-a*/*-ae* を上古 \*-a に由来させる考えは、Jaxontov(1959)やPulleyblank(1962)を経て、現在では広く受け入れられている(cf. Starostin 1989: 363–366; Baxter 1992: 478–483)。ただし、Haudricourtが最後に述べた語末子音の存在は受け入れられていない。 ::: シナ・チベット語間の比較から、いくつかの母音は広母音化したに違いないことがわかる。 :spiral_note_pad: **表17: シナ・チベット語の「3」の比較** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | チベット語 | 意味 | | :-------- | :--- | :------ | :----- | :----- | :---------- | :--- | | 0766/0648 | 三 | \*səm > | *sâm¹* | *sam* | གསུམ་ *gsum* | 3 | :::warning :bulb: **補足** この単語に見られる上古漢語から中古漢語への「広母音化」は不規則的であり、規則的には中古 *sậm¹*/*som* が予想される。この原因は現在でも特定されていない。 ::: Karlgrenはすべての段階で *-ək* 韻を再構している。しかし、この韻の漢越語の反射 ==*ă*== (表18a)と初期の借用語の反射 ==*ư* \[ɯ]== (表18b)は異なっている。 :spiral_note_pad: **表18a: Karlgrenの \*-ək の対応** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | 漢越語 | 意味 | | :-------- | :--- | :------ | :----- | :----- | :----- | :--------- | | 0980/0905 | 得 | \*tək > | *tək* | *teok* | *đắc* | 手に入れる | :spiral_note_pad: **表18b: Karlgrenの \*-ək の対応** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | 意味 | | :-------- | :--- | :------- | :----- | :----- | :--------- | :----- | | 0981/0919 | 德 | \*tək > | *tək* | *teok* | *đức* | 美徳 | | 0811/0961 | 特 | \*dhək > | *dhək* | *deok* | *đực* | 雄 | | 0068/0904 | 墨 | \*mək > | *mək* | *meok* | *mực* | インク | これは、\*u > \*ɯ (= *ư*) > \*ə > *a* のような発展を支持する可能性がある。 :::warning :bulb: **補足** Karlgrenの \*-ək (上古職部)は基本的に現在でも \*-ək と再構されている(Starostin 1989: 347–349; Baxter 1992: 472–476)。 ::: 以上の考察は、Karlgrenが語末に前舌母音がないのに対して後舌・中舌母音を5つ(\*u, \*o, \*å \[ɒ], \*-a, \*-â \[ɑ])再構した上古漢語の母音体系の対称性を改善することが可能になる。 :::info :pencil2: **編注** 原文には“後舌母音を5つ(\*u, \*ô, \*o, \*å)”とある。Karlgrenの体系に語末 \*-ô は無いと思われるが、語末 \*-a と \*-â は存在する。うち \*-a は中舌母音である。 ::: ### 3.3 開音節における中舌・前舌母音 Karlgrenは、上古漢語の前舌母音には常に子音が後続すると考えていた。しかし、ベトナム語の初期の借用語を見ると、*-i* 韻のひとつ ==(之韻、Karlgrenは之韻と脂韻を区別せず *-i* とした)== は中舌母音を起源とすることが確認できる(表19)。 :spiral_note_pad: **表19: 中古之韻 *-i*/*-y* の単語とベトナム語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | 意味 | | :-------- | :--- | :--------- | :------ | :------ | :--------- | :------- | | 0205/0956 | 疑 | \*ngi̯əg > | *ngji¹* | *ngy* | *ngờ* | 疑う | | 0182/0976 | 似 | \*dzi̯əg > | *zi²* | *zyq* | *tợ* | 似ている | | 0884/0963 | 市 | \*d̑i̯əg > | *źi²* | *djyq* | *chợ* | 市場 | | 0889/0971 | 事 | \*dẓhi̯əg > | *dẓhi³* | *dzryh* | *thờ* | 仕える | | 0810/0972 | 詞 | \*dzi̯əg > | *zi¹* | *zy* | *tờ* | 文書 | | 0641/0974 | 絲 | \*si̯əg > | *si¹* | *sy* | *tơ* | 糸 | | 0811/0961 | 時 | \*d̑i̯əg > | *źi¹* | *djy* | *giờ* | 時間 | | 0811/0961 | 詩 | \*śi̯əg > | *śi¹* | *sjy* | *thơ* | 詩 | | 0338/0952 | 旗 | \*ghi̯əg > | *ghji¹* | *gy* | *cờ* | 旗 | これは、タイ祖語で十二支の3つの名称について見られる反射とも一致する(Li 1945)。 :spiral_note_pad: **表20: 十二支の中古之韻 *-i*/*-y* の単語とタイ祖語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | タイ祖語 | 意味 | | :-------- | :--- | :-------- | :----- | :------- | :----------- | :------------- | | 0056/0937 | 亥 | \*ghəg > | *ɣậi²* | *gheojq* | \*ʿgəɯ | 十二支の12番目 | | 1089/0964 | 子 | \*tsi̯əg > | *tsi²* | *tsyq* | \*ʿcə̌ɯ | 十二支の1番目 | | 0808/0967 | 巳 | \*dzi̯əg > | *zi²* | *zyq* | \*ʿsəɯ [^25] | 十二支の6番目 | もう一つの *-i* 韻 ==(脂韻)== は、Karlgrenの再構とは逆に、おそらく前舌母音であった(表21)。 :spiral_note_pad: **表21: 中古脂韻 *-i*/*-(y)i* の単語とベトナム語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | 意味 | | :-------- | :--- | :------- | :----- | :----- | :---------- | :--- | | 0318/0602 | 几 | \*ki̯ɛr > | *kji²* | *kyiq* | *ghế* | 椅子 | | 0608/0567 | 眉 | \*mi̯ər > | *mji¹* | *myi* | *mầy* [^26] | 眉毛 | | 0878/0561 | 屍 | \*śi̯ər > | *śi¹* | *sji* | *thây* | 死体 | Karlgrenは、==中古漢語で開音節の== 表音文字が語末 *-n* の単語も表す場合、\*-r を再構している。ベトナム語では、オーストロアジア祖語の \*-r と \*-l はともに *-y* やゼロになっているため、これを検証することはできない。 中国語の初期の借用語が、==中古漢語やKarlgrenの上古漢語再構では母音で終わるにもかかわらず== 語末 *-y* (*-i*) を持つ場合もあった(表22)。 :spiral_note_pad: **表22: ベトナム語で *-y* を示す初期の借用語** | AA/GS | 文字 | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | 意味 | | :-------- | :--- | :------- | :------- | :------- | :----------------- | :------- | | 0679/0002 | 蛾 | \*ngâ > | *ngâ¹* | *nga* | *ngài* | カイコガ | | 0593/0017 | 摩 | \*mwâ > | *muâ¹* | *ma* | *mài* | 挽く | | 1290/0020 | 瓦 | \*ngwa > | *ngwa²* | *ngwaeq* | *ngói* | 屋根瓦 | | 1006/0003 | 移 | \*dia > | *ie̯¹* | *jie* | *dời* | 変わる | | 0337/0001 | 騎 | \*ghia > | *ghjie̯¹* | *gye* | *cỡi*, *cữi* [^27] | 馬に乗る | | 0337/0001 | 寄 | \*kia > | *kjie̯³* | *kyeh* | *gởi*, *gửi* | 託す | この語末 *-i* は、Karlgrenが再構しなかった語末 *-l* や *-r* の痕跡を表している可能性がある。 :::warning :bulb: **補足** - 中古之韻の起源(上古之部)は、現在でも中舌母音 \*-ə(学者によっては \*-ɨ や \*-ɯ とも表記)で再構されている(Starostin 1989: 344–347; Baxter 1992: 464–472)。 - 中古脂韻の起源(上古脂部)は現在、単語によって中舌母音あるいは前舌母音+語末接近音によって再構されている(\*-əj や \*-ij 等、cf. Starostin 1989: 378–389; Baxter 1992: 446–464)。なお、KarlgrenもHaudricourtも中古漢語の重紐対立(脂A韻 *-i*/*-i* ⇔ 脂B韻 *-i*/*-yi* )を区別していないことに注意されたい。 - 表22で挙げられた単語(上古歌部)は、ここでHaudricourtが提案した通り、現在では語末接近音を伴って再構されている(\*-aj 等、cf. Starostin 1989: 372–378; Baxter 1992: 413–422)。 ::: ### 3.4 Karlgrenの末子音 \*-g Karlgrenが上古漢語の再構に散りばめた語末 \*-g は、より複雑な問題を突きつけている。KarlgrenとMasperoは、同じ表音文字で書かれた単語群において、中古漢語の4つの声調[^28]が均等に分布していないことを発見した。それは、平声や上声と入声とが同じ系列に属することはない(入声は *-p*, *-t*, *-k* で終わる単語がとれる唯一の声調であり、その他の声調は開音節または共鳴音で終わる音節のみと関連するため、これは意外ではない)が、去声は ==平声と上声が属する系列と、入声が属する系列の== 両方の系列に現れるということである。また、入声の表音文字が去声の単語を表す場合、==去声の単語が== 語末に鼻音を持つことはない(表23)。 :spiral_note_pad: **表23: 入声の表音文字が去声の単語を表す例** | AA/GS | 文字 | *K-MC* | *TUPA* | 表音文字 | *K-MC* | *TUPA* | | :-------- | :--- | :----- | :------ | :------- | :----- | :------ | | 0425/1202 | 裕 | *i̯u³* | *juoh* | 谷 | *kuk* | *kouk* | | 0187/0800 | 夜 | *i̯a³* | *jiaeh* | 亦 | *i̯äk* | *jiaek* | | 0201/0395 | 懿 | *ꞏi³* | *qyih* | 壹 | *ꞏi̯ĕt* | *qit* | KarlgrenとMasperoは、これらの去声の単語は、上古漢語では語末閉鎖音を持っていたに違いないという意見で一致し、表23の3つの単語を \*iug, \*iag, \*ʔid と再構した ==(Karlgrenの再構は 裕 \*gi̯ug,夜 \*zi̯ăg,懿 \*ꞏi̯ĕd)==。 Karlgrenはさらに、最古の詩集である『詩経』において、入声の諧声系列に属する去声の単語(すなわち語末 \*-g を伴って再構される単語)が、平声の諧声系列に属する去声の単語と完全に韻を踏んでいることに気づき、これらの声調を持つ単語に \*-g の再構を一般化した。その結果、彼の上古漢語体系は語末 *-y* (*-i*) と *-w* が全て排除されることになり、擬音語と思われる 貓 *mi̯äu¹*/*myew*「猫」でさえ \*mi̯og (GS1159) と再構された。この再構は、『詩経』の押韻パターンから見ても、\*-o と \*-âg が韻を踏んでいることになり、最も古い古典文献における方言的発展を仮定せざるを得なくなったため(Karlgren 1940: 31)、満足のいくものではない。 東南アジア言語の証拠は、別の仮説を示唆している。中国語からベトナム語への借用語の初期の層では、中国語の去声とベトナム語の*hỏi*または*ngã*の間で規則的な対応関係が見られる(Haudricourt 1954)。 :spiral_note_pad: **表24: 中古漢語の去声とベトナム語の*hỏi-ngã*声調の対応** | 文字 | AA/GS | *K-OC* | *K-MC* | *TUPA* | ベトナム語 | | :---------- | :---- | :------- | :------- | :------ | :--------- | | 0337/0001 | 寄 | \*kia > | *kjie̯³* | *kyeh* | *gởi* | | 0204/0002 | 義 | \*ngia > | *ngjie̯³* | *ngyeh* | *nghĩa* | | (0411)/0766 | 露 | \*glâg > | *luo³* | *loh* | *lõ* | | 1231/0792 | 訴 | \*sâg > | *suo³* | *soh* | *tỏ* | | 0638/0802 | 墓 | \*mâg > | *muo³* | *moh* | *mả* | Maspero(1912: 102)は既に、これらのベトナム語の声調が語末 \*-h(さらに古くは \*-s)に由来することを示している。 ### 3.5 上古漢語の接尾辞 \*-s の再構 ここで、上古漢語には接尾辞 \*-s があったと仮定してみよう。この接尾辞はどの単語にも付加することができるため、母音や共鳴音で終わる単語(平声・上声系列)にも、閉鎖音で終わる単語(入声系列)にも見られる。後者の場合、語末 \*-ks, \*-ts, \*-ps は、\*-gs, \*-ds, \*-bs となり、さらに \*-ys, \*-ws, \*-s となった。語末 \*-ks は、『詩経』において \*-ws, \*-ys(語末 \*-y, \*-w に \*-s が付加されたもの)と韻を踏んでいることから、早い時代から \*-ws, \*-ys に母音化されたものと思われる。 それに対して、語末 \*-ts は長く生き残った。Karlgrenが 未 \*mi̯wəd > *mjwe̯i³*/*mujh* (AA1303/GS0531) と再構した十二支の1つ(十二支で唯一去声)は、タイ諸語への借用語の最古の層に属し、タイ語、クム語、ラメート語で *mot* という形で見られる。我々の仮説によれば、この単語は \*mwəts または \*mots と再構されるだろう。唐代には、対応する平声や上声を持たず去声のみに現れる韻がいくつか存在する(泰韻 *-âi*/*-aj*, 夬韻 *-wai*/*-waej*, 祭韻 *-i̯wäi*/*-wiej*, 廢韻 *-i̯wɐi*/*-uojh* 等)ため、。語末 \*-ts の弱化はその少し前に起こったに違いない。 この接尾辞 \*-s の機能はまだ特定できていない。私見では、Karlgrenのような「精神主義的」的手法は避けるべきだと思う。 > 惡 \*âk「悪い」と 惡 \*âg「憎む」という単語ペアが見られる。ここでは、語末の有声音 \*-g が動詞を表している。度 \*dhâk「測る」と 度 \*dhâg「物差し」という単語ペアも存在する。ここでは、語末の有声音 \*-g は名詞を表している。(Karlgren 1949: 96) まず検討すべきは、その単語がヨーロッパ言語に翻訳した際にどの「品詞」とされるかではなく、本当の意味 ==すなわち単語ペアのどちらがベースでどちらが派生語か== である。したがって、私の考えでは、上記の単語ペアは次のような派生体系に属している。 :spiral_note_pad: **表25: 去声派生の単語ペア** | | | 基本形 | | 「\*-s」接尾形 | | | :--- | :--- | :----- | :----------- | :------------- | :----- | | 1 | 惡 | \*âk | 悪い、邪悪な | \*âks | 憎む | | | 好 | \*xâu | 良い | \*xâus | 好む | | 2 | 度 | \*dâk | 測る | \*dâks | 物差し | | | 使 | \*ṣi | 送る | \*ṣis | 使者 | Karlgrenは、上古漢語の再構において声調を考慮しておらず、「良い」と「好む」(GS1044: \*χôg)、「送る」と「使者」(GS0975: \*ṣli̯əg)を区別していない。 :::warning :bulb: **補足** ここで提案された、去声の起源および派生形態素としての接尾辞 \*-s の再構、Karlgrenの再構した語末の有声閉鎖音への批判、その代替としての \*-ks, \*-ts, \*-ps クラスターの再構は、いずれも現在では広く受け入れられており、Haudricourt(1954)における関連する記述と合わせて、中国語歴史言語学におけるHaudricourtの特に重要な貢献と見なされている(cf. Pulleyblank 1962: 216–225; Starostin 1989: 329–336; Baxter 1992: 308–339)。 ::: ## 参考文献 - Benedict, Paul K. (1939). Semantic differentiation in Indo-Chinese. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 4(3–4): 213–229. [doi: 10.2307/2717775](https://doi.org/10.2307/2717775) - ⸺. (1942). Thai, Kadai and Indonesian: a new alignment in southeastern Asia. *American Anthropologist* 44(4): 576–601. [doi: 10.1525/aa.1942.44.4.02a0004](https://doi.org/10.1525/aa.1942.44.4.02a00040) - ⸺. (1948). Archaic Chinese \*g and \*d. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 11(1–2): 197–206. [doi: 10.2307/2718083](https://doi.org/10.2307/2718083) - Chao, Yuen Ren 趙元任. (1941). Distinctions within Ancient Chinese. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 5(3–4): 203–233. [doi: 10.2307/2717913](https://doi.org/10.2307/2717913) - Demiéville, Paul. (1946). Review of Forrest 1948 “*The Chinese Language*”. *Bulletin de la Société de Linguistique de Paris* 43(2): 267–281. - ⸺. 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[doi: 10.1163/156853257x00026](https://doi.org/10.1163/156853257x00026) [^1]: この話題に関する最近の最も優れた解説は、Forrest(1948)である。 [^2]: Masperoの「ベトナム祖語は、モン・クメール語方言とタイ語方言、そしておそらくはまだ知られていない第3の言語の融合から生まれた」(1912: 117)という記述がその一例である。 [^3]: ==:bulb: この文章は『切韻』に「巴,伯加反。」とあるのを指している。== [^4]: 近年、706年版の韻書が北京で発見された。これに関する王聯曾の論文は『*T’oung Pao*』に掲載予定である。==:bulb: Wang(1957)参照。== [^5]: Masperoの中古漢語に関する著作には、Maspero(1916)とMaspero(1920)がある。同じテーマに関するKarlgrenの著作には、Karlgren(1915–1926)とKarlgren(1923)がある。後者では文字に番号が振られているので、本論文ではこれを「AA」の記号とともに引用する。 [^6]: この時代のすべての文字の再構は、Karlgren(1940)にある。そこでは文字に番号が振られているので、本論文ではこれを「GS」の記号とともに引用する。 [^7]: このことは、タイ語を表すのにインド系文字の平常有声閉鎖音と有声有気閉鎖音を選択できたという事実から証明される。 [^8]: 構造上の空白の補充という概念については、Martinet(1939; 1952)を参照。 [^9]: しかし、有声有気閉鎖音が有声平常閉鎖音よりも音変化に抵抗力があるというのは、音声学的に考え難いことである。 [^10]: Karlgrenの表記に従うが、有気音の記号「*‘*」は「*h*」に置き換える。 :::info :pencil2: **編注** 原文の注釈では、Karlgrenの上古・中古漢語の表記に手を加えたことが説明されているが、ここでは省略する。本訳文ではKarlgren(1957)に基づく表記を用いるが、平声を「*¹*」、上声を「*²*」、去声を「*³*」と表記する。 ::: [^11]: ==:bulb: 原文では 岑 の北京語形が“tchʻen”(拼音 *chén*)となっている。== [^12]: この点については、稀な文字について疑わしい読み方をしているMaspero(1912: 26, 53)を訂正しなければならない。 [^13]: Martin(1953: 13)は、唐代には船母 *dźh* は頭子音に数えられなかったと述べている。常母 *ź* と船母 *dźh* は当時まだ区別されていなかったと結論づけられるかもしれない。 [^14]: しかし、BenedictはあえてKarlgrenを批判せず、漢語で \*d と \*g が二次的に生じたと仮定している。逆に、Shafer(1940; 1944; 1950)はKarlgrenの上古漢語再構を考慮していない。 [^15]: Liはこの論文で明確にKarlgrenを批判している。 [^16]: しかし、Kennedy(1952)のように、この *ɣ-* がかつての \*g- に遡ると結論づけるべきでない。 [^17]: Wulff(1934)は、このような比較に基づいて、中国語とタイ語における接中辞の存在を証明できると考えた。 [^18]: 当然ながら、Masperoはここで引用した著作の中で、タイ語は中国語と遺伝的関連があると考えている。しかし、Benedict(1939; 1942)の言うようにこれらが借用語であるとすれば、こうした証拠はより説得力を持つことになる。 [^19]: 元々Masperoは、ベトナム語において、漢越語よりも古い漢語からの借用語を認めていなかった。彼は短い論文(Maspero 1916)でそうした単語の存在をいくつか認め、Maspero(1920: 61, 93n2)で他の単語にも言及している。それ以来、このテーマに関する著作は発表されていない。 [^20]: ==:bulb: 匙 *chìa* は通常「鍵」を意味する。== [^21]: ==:bulb: 「未亡人」は複合語 寡婦 *goá bụa* の意味である。== [^22]: ==:bulb: 中国語 務 は「つとめる」、ベトナム語 *mua* は「買う」を意味する。「手に入れる」の出典は不明である。== [^23]: Karlgren(1940: 71–72)は、自身の再構では古代の呉語方言を説明できないことを認めている一方で、この呉語方言は混合的言語であったと結論づけている。6世紀に初めて日本に伝来した中国語の読み方が、8世紀の中国の首都方言よりも混合的であったというのは、はたしてもっともらしいことだろうか。Demiéville(1946)は、「呉音に関する矛盾を説明するために、呉語方言が多様であったとする仮説もまた、まったく場当たり的であり、大いに議論の余地がある。呉音が形成された歴史的状況について、日本の資料からわかっていることからは、何の裏付けも得られない」と述べている。 [^24]: 例えば、チベット語 ལྔ་ *lṅa*「5」、ビルマ語 ငါး *ṅāḥ*「5」を参照。 [^25]: タイ祖語には \*z- がなかったため、中古漢語で邪母 *z-* の単語がタイ祖語で \*s- となるのは意外ではない。例えば、十 \*d̑i̯əp > *źi̯əp*/*djip* (AA0876/GS0686):タイ祖語 \*sip「10」参照。 [^26]: ベトナム語 *-ây* はかつての二重母音 \*-ei を示している。例えば、西 *siei¹*/*sej* (AA0776/GS0594) はベトナム語 *tây*「西」になる。 [^27]: ==:bulb: 通常の語形は *cưỡi* である。== [^28]: 韻書によれば、唐代の中国語には声調が4つしかなかったが、9世紀以降、有声音の無声化とともに声調の数は倍増した。概要については、Martin(1953: 10–13)を参照。