# 上古漢語の子音体系(2):軟口蓋音と喉音の再構 :::info :pencil2: 編注 以下の論文の和訳(部分)である。 - Pulleyblank, Edwin G. (1962). The Consonantal System of Old Chinese. *Asia Major* 9(1): 58–144, 9(2): 206–265. 軟口蓋音と喉音の再構に係る部分(pp. 85–107)のみを抜粋した。それ以外のページは、パートⅠ[(1)切韻体系の再構](/@YMLi/rJIytCsGT)、[(2)軟口蓋音と喉音の再構](/@YMLi/r1YL4JDV6)、[(3)歯音・側面音の再構](/@YMLi/SydgEgbKa)、[(4)歯擦音と唇音の再構・上古漢語音韻体系のまとめ](/@YMLi/rkb4b8_FT)、パートⅡ[(1)去声と上声の起源](/@YMLi/HyoFRGJc6)、[(2)鼻音と唇音の末子音の再構・補足](/@YMLi/S1x7mGPca)。 誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。 Pulleyblankによる中古漢語・上古漢語の音形の表記には以下の修正を加えた。 - 切韻体系の再構音および中古漢語の音素は太字で表記する。 \ 上古漢語の再構音はアスタリスク形で表記する。 \ それ以外の音はイタリック体で表記する。 - 中古漢語の母音 **ɑ** は、表示環境によっては **a** と混同する可能性があるため、Karlgrenにならって **â** と表記する。 - 平声を「*¹*」、上声を「*²*」、去声を「*³*」で表記する。原文では平声は無表記、上声と去声は「ˊ」「ˋ」で表記されている。 引用されているKarlgren(1957)による中古漢語表記には以下の修正を加えた。 - 有気音の記号「*‘*」は「*ʰ*」に置き換える。 - 平声を「*¹*」、上声を「*²*」、去声を「*³*」で表記する。原文では平声は無表記、上声と去声は「ˊ」「ˋ」で表記されている。 ::: --- ## 1. 上古漢語における頭子音 \*g- と \*ɦ- 中古漢語の群母 **g-** は、介音 **-i̯-**/**-y-** の前にのみ現れる。Karlgrenはこのことと、加えて匣母(K. *ɣ-* = **ɦ-**)は逆にそのような環境では見られないことを指摘した。さらに彼は、匣母と軟口蓋閉鎖音との間には諧声系列上多くの接点があること、そして *k-*/*ɣ-* や *kʰ-*/*ɣ-* の異音同綴は頭子音の清濁交替による単語派生の例と思われることを指摘した。したがって彼は \*gʰ- > *ɣ-*, \*gʰi̯- > *gʰi̯-* という展開を仮定した。しかしその結果、同様に軟口蓋音との接点が見られる云母(K. *ji̯-* = **ɦi̯-**)の説明はつかなくなった。彼は、上古漢語には有声有気閉鎖音に対応する有声無気閉鎖音が存在するという説に基づいて、\*gi̯- > *ji̯-* を再構した。彼は頭子音 \*g- が介音 \*-i̯- の前(および介音 \*-l- の前、後述 [p. 122](/@YMLi/SydgEgbKa#9--l--クラスター) 参照)以外にも存在することを証明することはできなかったが、それらが疑母 *ŋ-* に合流した可能性を示唆した(Karlgren 1954: 275–6)。 先述の通り、中古漢語では匣母 **ɦ-** と云母 **ɦi̯-** は同じ音素の一部である。従って、匣母 **ɦ-** と群母 **gi̯-** の間の見かけ上の相補性は存在しなくなる。とはいえ、中古漢語の **ɦ-** が少なくともある場合には軟口蓋音と起源的に密接に関連していることがあるという証拠は、非常に圧倒的である。よって、すべての中古漢語 **ɦ-** を単純に上古漢語の \*ɦ- に由来させるという解決法は全く受け入れられないだろう。この問題に対する答えは、李方桂が提案したように、中古漢語の **ɦ-** には2つの起源があり、片方は上古漢語 \*ɦ- に由来するが、もう片方はヨードが後続しない上古漢語 \*g- に由来するというものでなければならない(Bodman 1954: 24–5)。 この対立の痕跡は、呉音に見出すことができる。 :spiral_note_pad: **表1: 呉音における匣母の二重反射** | | MC | 呉音 | | MC | 呉音 | | :--- | :-------- | :---------------- | :--- | :-------- | :--------------------------- | | 和 | **ɦwâ¹** | *wa* | 禍 | **ɦwâ³** | *ga* (*gu-wa* と表記) | | 畫 | **ɦwae³** | *we* | 詿 | **ɦwae³** | *ge* | | 會 | **ɦwâi³** | *we* | 檜 | **ɦwâi³** | *ge* | | 惠 | **ɦwei³** | *we* | 蠵 | **ɦwei³** | *ge* | | 鞋 | **ɦae¹** | *e* (*ge* とも) | 解 | **ɦae²** | *ge* | | 穫 | **ɦwâk** | *waku* | 濩 | **ɦwâk** | *gaku* (*gu-wa-ku* と表記) | | 獲 | **ɦwaək** | *waku* | 讗 | **ɦwaək** | *gaku* (*gu-wa-ku* と表記) | | 虹 | **ɦuŋ¹** | *u* | 𢦅 | **ɦuŋ¹** | *gu* | これらの例はほとんどすべて合口である。唯一の例外は 鞋 **ɦae¹** →呉音 *e* だが、この文字は合口の 圭 **kwei¹** を声符としており、おそらく **e** の前で **w** が脱落したケースであろう(後述 [p. 97](#7-ɦ-と-ɦw-の分布) 参照)。呉音は、**ɦw-** < \*ɦw- を *w-* で表し、**ɦw-** < \*gw- を *g-* で表すという区別をしており、この習慣は **ɦu-** にも広がったのだろう。それ以外のケースではどのような起源であれ、 **ɦ-** は呉音 *g-* となる。しかしながら、この規則は完全には信頼できない。標準的な呉音は、上古漢語 \*ɦw- に対しても *g-* を拡張することがあったようである。したがって、桓, 丸 **ɦwân¹** の標準的な呉音は *gan* (*gu-wan*) であるが、どちらの単語にも、上古漢語の頭子音 \*ɦw- 由来に違いないという明確な証拠がある。両者の諧声系列は、軟口蓋音を含まず喉音のみからなる(Karlgren 1957: 63–64 #163, #164)。万葉仮名では「丸」が *wani* に用いられ(Wenck 1954: II 305)、両字の非標準的な呉音として *won* という読みがあり(Wenck 1954: III 250)、さらに 釋提桓因 **śi̯ek-dei¹-ɦwân¹-ꞏyin¹** = Skt. शक्रो देवानं इन्द्रः *Śak(ro)devān(āṃ) In(draḥ)* (T. 224、紀元180年頃)において「桓」がサンスクリット語 *-vān-* に用いられていることから、どちらも \*ɦw- であることがわかる。 李方桂は、現代閩語方言の白話(話し言葉)が、中古漢語の匣母 **ɦ-** を2つのタイプに区別して反射しているように見えるという事実を指摘した。例えば、福州方言では次のようになる。 :spiral_note_pad: **表2: 福州方言における匣母の二重反射** | | | MC | 福州 | | :--- | :--- | :-------- | :--------- | | ∅- | 湖 | **ɦou¹** | *u* | | | 丸 | **ɦwân¹** | *uong* | | | 畫 | **ɦwae³** | *ua*,*uah* | | | 鞋 | **ɦae¹** | *ä* | | *k-* | 糊 | **ɦou¹** | *ku* | | | 汗 | **ɦân¹** | *kang* | | | 猴 | **ɦu³** | *kau* | 福州だけでなく、厦門や汕頭など他の閩語方言からも多くの例を挙げることができる。しかしながら、下 **ɦa²** には福州 *a* と福州 *kia* の2つの白話読みがあり、行 **ɦaŋ¹** の白話は福州 *kiang* だが、同じ文字の別の読み方 **ɦaŋ³** には福州 *ong* という読みがある。これらの単語が頭子音クラスターを指し示す(後述)二等母音 **a** を持つという事実は重要かもしれない。しかし、このようなケースについて何らかの説明がつくまでは、上古漢語の \*g- と \*ɦ- を区別するための閩語の証拠は不確かなものと考えざるを得ないことは明らかである。 Bodmanは、中古漢語の匣母 **ɦ-** (= K. *ɣ-*) が『釈名』において見母 **k-** と多くの接点を示しているにもかかわらず、紀元2世紀にはすでに摩擦音であったというやや意外な結論に達した(Bodman 1954: 25)。亥 **ɦəi²** < \*gəꞏ < \*giꞏ(十二支の12番目)のタイ語形の証拠から、借用された時点では摩擦音ではなく閉鎖音であったことがわかる。その年代は不明だが、『釈名』よりずっと前である可能性は低い。これまで見てきたように、呉音は合口の \*g- と \*ɦ- の対立を保っていた。初期の仏教転写では、恒 **ɦəŋ¹** = Skt. गङ्गा *Gaṅgā*、阿含 **ꞏâ¹-ɦəm** = Skt. आगम *āgama* のように、匣母 **ɦ-** < \*g- がサンスクリット語の *g-* に使われている(後期の転写では 殑伽 **gi̯əŋ¹-gi̯â¹**, 阿伽嚤 **ꞏâ¹-gi̯â¹-mâ¹** となる)。同じ初期に、**ɦw-** < \*ɦw- がサンスクリット語の *v-* に定期的に使われているのがわかる。例えば、*-va-* には 和 **ɦwâ¹**、*-vat-*, *-vad-* には 越 **ɦi̯wât** < \*ɦwâ̄t、*-vās-* には 會 **ɦwâi³** < \*ɦwâs などが用いられている。また、摩睺勒 **mâ¹-ɦu¹-lək** = Skt. महोरग *Mahoraga*(T. 224、紀元180年頃、さらなる例はMizutani 1958も参照)のように、匣母 **ɦ-** はサンスクリット語の *h-*(有声音 \[ɦ])に使われることもある。最も興味深い例は、紀元286年のテキストにおいてサンスクリット語の有声有気音を表すために 何 **ɦâ¹** が使われていることである(T. 222: 195, cf. Li 1952: 164)。例えば、披何 **phi̯e¹-ɦâ¹** = Skt. *bha*、迦何 **ki̯â¹-ɦâ¹** = Skt. *gha* など。しかしより一般的には、サンスクリット語 *h-* は、例えば 摩訶 **mâ¹-hâ¹** = Skt. महा *mahā* のように、無声音の曉母 **h-** で表される。これは、インド語の音素は有声音ではあるが、漢語よりも強い帯気性を伴っていたからであろう。 中古漢語の匣母 **ɦ-** の単語が上古漢語の \*ɦ- と \*g- のどちらに由来するかについては、諧声関係だけで高い確度で確立できることがある。しかし、多くの諧声系列には軟口蓋音と喉音の両方が含まれているため、必ずしもそうとは限らない。閩語方言の証拠に依拠するならば、同じ声符が \*ɦ- と \*g- の両方に使われる可能性もある。したがって、何らかの外的証拠がない限り、個々のケースでは、上古漢語の再構が正しいかどうかについて不確かさが残ることになる。 ## 2. 語頭声門閉鎖音の転写音価 上古漢語における声門閉鎖音は、ドイツ語のような単なる母音挿入の特徴ではなく、喉音の頭子音の諧声系列に完全に属する子音音素であった。この音素が軟口蓋音に類似していると認識されていたことは、諧声系列において軟口蓋音と共に現れること(例えば、阿 **ꞏâ¹**, 可 **khâ²**, 哥 **kâ¹** や、謁 **ꞏi̯ât**, 匃 **kât**, **kâi³** など)からもわかる。そうである以上、外国語の語頭母音を表す通常の用法に加え、外国語の軟口蓋音、おそらくは特に後部軟口蓋音や口蓋垂音を表す用法があることは意外ではない。語末位置での使用に関する同様の証拠については後述する。 ホータンの東にある都市国家の名前は、『漢書』では 扜彌 **ꞏi̯ou¹-mye¹** (or **ꞏou¹-mye¹**) < \*ꞏwɑ̄̆ɦ-mē と表記されているが、『後漢書』では 拘彌 **ki̯ou¹-mye¹** < \*kōɦ-mē と表記されている。第一音節の母音がやや難解であるが、おそらく楼蘭のカローシュティー文献にある *Khema* と呼ばれる地名と同じであろう。これはホータンと密接な関係があり(Burrow 1937: 86)、10世紀の唐の都市 坎 **khəm¹** や 紺 **kəm¹** もホータンの近隣にあった(Hamilton 1958: 117–18)。これらがもともと \*qama または \*qwama のようなものであったと仮定すると、漢代の漢語の \*ꞏw- と、(*-w-* の代わりに円唇母音を伴う)\*k- は両方とも、外国語の口蓋垂音の代替表現として説明できると思われる。カローシュティー *Khema* における *kh-* も同様に、有気音を示すのではなく、口蓋垂音の喉の奥の響きを表現しようとしたものであろう。「扜」の代わりに、図形的に非常によく似た 扞 **ɦan³** < \*ganh を見かけることがあるため、残念ながら読み方は明確ではない。宋雲(6世紀初頭)には、捍𡡉 **ɦân³-mâ¹** も見られる(Fan 1958: 265)。とはいえ、『漢書』の読みを維持することには十分な理由があると思う。顔師古は一文字目の読みを 烏 **ꞏou¹** (< OC \*ꞏwaɦ) と解釈しているが、これは明らかに彼の依拠したテキストには「扜」と書かれていたことを示している(『広韻』に見られる **ꞏi̯ou¹** という読みと比べた場合、この両字の唯一の違いは、上古漢語の母音の長さである)。同じ文字は、同じ地域の前漢代の他の多くの転写でも、同様に注釈によって保証されている。もちろんこれらは、同じような訛字による可能性もあり、また注釈者たちが訛変したテキストに基づいて読んだ可能性もあるため、絶対的な証拠とはいえない。「扜」はおそらく、漢代の転写によく見られる 于 **ɦi̯ou³** に対応する、声門閉鎖音の頭子音を持つものとして使われたのであろう。 扞 **ɦan³** は、漢代には軟口蓋音の頭子音を持っていたと思われるため、表面的には 拘 **ki̯ou¹** との交替が容易であるように思われるかもしれない。しかし、それには強い反対理由がある。(1)後期の漢語の形とは異なり、頭子音が有声音である。(2)語末 **-n** を単純に無視すべきではない。(3)去声である(漢代の一般的な転写では主に平声の単語が用いられ、他の声調の単語は特別な場合にのみ使用された)。 シャンシャンの首都の 扜泥 **ꞏi̯ou¹-nei¹** (or **ꞏou¹-**) < \*ꞏwɑ̄̆ɦ-ne(δ) にも同じ文字がある(『漢書・西域傳上』96A)。榎が最近指摘したように、これは楼蘭のカローシュティー文書に見られる *kuhani* または *khvani* と同じものに違いない(Enoki 1961; Burrow 1937: 84)。しかし榎のように、満足のいく音韻的等価性を与えるために 扞 **ɦan³** の読みを採用する必然性はない。扜 **ꞏou¹** という読みは、顔師古だけでなく、『太平御覧・四夷部十三 西戎一』792.5aに引用されている匿名の注釈者も示している。さらに、*khvani* または *kuhani* の根底にある原語を表現しようとする試みとして、榎が『後漢紀』巻15から引用した 驩泥 **hwân¹-nei¹**(北京語 *kān* ではなく *huān*)という異表記は、\*gɑnɦ- よりも \*ꞏwɑɦ- に近いように思われる。 Hirth(1885)によって提案された、鬱金 **ꞏi̯uət-ki̯im¹**「サフラン」とペルシャ語 *kurkum* の関係の可能性について、Laufer(1919: 322)は否定している。この問題は、転写において影母が子音的音価を持つ可能性として再検討されなければならないが、ここでは複雑すぎるので割愛する。 最後に、匈奴の支配者の妃に与えられた称号 閼氏 **ꞏât-ci̯e¹** (or **ꞏi̯ât-**) < \*ꞏɑ̄̆t-tēɦ がある(2番目の文字の音価については後述 [p. 106](#11-軟口蓋音の口蓋化の時期) 参照)。後述するように、匈奴の称号の多くが後にトルコを含む草原の他の遊牧民の帝国に受け継がれたと考えるには十分な理由があり、この言葉はテュルク語 *qatun*/*xatun* の祖形である可能性が高い。これについては、付録でさらに詳しく述べる。 --- 少なくとも1つの例では、今述べたのとは逆の状況、つまり、外国語の語頭母音の表記に、影母ではなく見母 **k-** が現れることがある。漢代の標準的なオクサス河の名前 嬀 **ki̯we¹** である。これは『史記・大宛列傳』123、張騫の西方旅行の記録で初めて見られる。中古漢語 **ki̯we¹** は上古漢語 \*kwɑ̄δ に遡るはずである。語末の歯音は、紀元前2世紀末にはすでに長母音 \*ɑ̄ の後で脱落しており、したがって当時のこの文字の音価として \*kwɑ̄ という形が推測される。「嬀」の代わりに単に 爲 **ɦi̯we** < \*ɦwɑ̄ があれば、イラン語 *Wahu*、ギリシャ語 Ὦξος *Ôxos* の第一音節に対応する(Markwart 1938: 3ff.)。推測ではあるが、この転写で意図された音価は \*ꞏwɑ̄ であったと考えられる。嬀 の語頭の軟口蓋音は、主に唇化喉音と \*ngw-(後述 [p. 97](#7-ɦ-と-ɦw-の分布) 参照)からなる諧声系列の中では例外的であることに注意すべきである。この単語は漢語としては固有名詞、河北省の川の名前としてのみ登場する。したがって、中古漢語の発音は、声門閉鎖音が軟口蓋音になった非標準的な方言の形であると考えられる。この諧声系列の別の単語 蟡 には **ki̯we²** と **i̯we¹** という2つの読みがあるが、これも同じ単語が方言によって変化した結果であろう。この種の影母 **ꞏ-** と見母 **k-** の異音同綴は他にも見られる。 いずれにせよ、嬀 **ki̯we¹** が *Wahu* の第二音節を表すのではないかというMarkwartの推測は否定されなければならない。それに続く単語 水 **śi̯wi²** が「川」を意味するだけでなく、音韻的な機能を果たしていた可能性がある。中古漢語 **śi̯wi²** は \*θwə̄δꞏ < \*θūδꞏ に遡るはずであり、西漢の標準方言では頭子音は \*h- と発音されたはずである(身毒 **śi̯in¹-dok**, 天竺 **then¹-ci̯uk** = \*Hinduka(India)の転写については後述)。 --- 単語の途中に影母音節が見られることがある。比伊潘羅 **byi²-ꞏyi¹-phân¹-lâ¹** = Skt. बृहत्फल *bṛhatphala*(T. 224、紀元180年頃)のような場合、これは単に、語中 *h* が失われたために生じたプラークリット語形の母音連続を表しているのかもしれない。しかし、紀元前2世紀末の2つの転写にもこれが見られる。 1. 大益 **dâi³-ꞏyek** (or **thâi³-**/**dâ³-**) は、紀元前110年頃、安息国(パルティア)と共に使節を派遣した西方の国の名前である(『史記・大宛列傳』123, 0268.2)。これは後にカスピ海南東沿岸のデヘスターンと呼ばれる地域に住んでいたイランの人々、*Daha-*, Gk. Δάαι *Dáai*, Δάσαι *Dásai* などの名前に基づく *-k* 型形容詞形を表しているに違いない(Bailey 1959: 109; Minorsky 1937: 193; 同定はShiratori 1928: 145が以前に提唱している)。 2. 大宛 **dâi³-ꞏi̯wân¹** (or **thâi³-**/**dâ³-**) は、張騫が最初に訪れた西方の国である(『史記・大宛列傳』123)。これはギリシャ語 Τόχαρος *Tókharos*, Τάχορος *Tákhoros*、ラテン語 *Tochari*、サンスクリット語 तुखार *Tukhāra*, तुषार *Tuṣāra* などに対応する。Henning(1938)はこれを \*Taxwārと再構した。この新たな同定に対する歴史的正当性については、また別の機会に述べることにする(本稿の後半も参照)。 これらの例における語中の影母は、西洋人の耳には有気音または軟口蓋摩擦音として聞かれた音を表しているように見える。楼蘭地方で見られる影母の用法との類似は、偶然とは思えない。どちらの場合も、トカラ語の音素が使われている可能性が高い。デヘスターンという地名はもちろんイラン語だが、おそらくこの時代にトカラ人を介して中国に伝わったのだろう。 ## 3. 西漢における *ɦ* の転写音価 漢語の匣云母 **ɦ-**/**ɦw-** がサンスクリット語の *h* や *v* を表すことは、すでに触れた。これは西漢の転写では多くの場合、外国語の有声の後部軟口蓋音あるいはおそらく口蓋垂音、つまり声門閉鎖音に対応する有声音を表すために使用されているようである。この興味深い例は、ホータン国の名称である 于闐 **ɦi̯ou¹-den¹** に見られる。この表記は『史記』における張騫の旅の記録に初めて登場し、それ以降、中国の標準的な名称となった。この単語の漢語以外の最も古い形は、楼蘭のカローシュティー文献(紀元300年頃)に見られる *Khotana* である。その後、ブラーフミー文字の *Hvatäna*, *Hvaṃna* という表記が見られるようになるが、これはホータン語のネイティブな発音を表している。この表記はインド諸語の *h* (元々は有声子音)に用いられるが、Bailey教授によれば、ホータン語では無声有気音を表すという。このことは、紀元7世紀の現地の発音を表すとされる、玄奘による 渙那 **hwan¹-na¹** という表記からも示唆されている。玄奘の 瞿薩旦那 **gi̯ou¹-sât-tân¹-nâ¹** やホータン文献の *Gaustamä* から知られるサンスクリット語化された形 \*Gostana は、間違いなく二次的に意味付けされたもの(「大地の乳」の意味)であるが、ネイティブに何らかの根拠があったに違いない(Pelliotが引用したこれらの形のほかに、ホータンのサンスクリット語文献には *Gaustana-deśa* がある、Bailey 1938: 541 参照)。チベット語の有声頭子音を伴う འུ་ཏེན་ *Ḫu-ten*, འུ་ཐེན་ *Ḫu-then*, འུ་དེན་ *Ḫu-den* は、Pelliotが言うように中古漢語 **ɦi̯ou¹-den¹** に基づくのかもしれない。その場合、単語の祖形に関する独立した証拠は得られない。私は、Pelliotが長々と論じているアルタイ語の形についても同じことが言えるのではないかと危惧しており、いずれにせよ、中国人がアルタイ語の仲介者を通じて初めてこの名前を聞いた可能性が高いということには同意できない。しかし、原形は \*Godan のようなものだったに違いないという彼の結論には、一般論としては同意する。頭子音はおそらく閉鎖音ではなく摩擦音だったのだろう(Pelliot 1958: 408–424 s.v. *Cotan*)。 同じ文字が多くの匈奴の単語に現れる。そのうちの2つ、單于 **ji̯en¹-ɦi̯ou¹** < \*dɑ̄n-ɦwɑ̄ɦ と 護于 **ɦou³-ɦi̯ou¹** < \*ɦwɑx-ɦwɑ̄ɦ については付録で触れるが、これらはテュルク語 *tarqan*/*tarxan* と *qaɣan*/*xaɣan* の祖形であると考えられる。匈奴の音韻論に関する直接的な知識はないが、その根底にあるのは \*dārɣā または \*dārɣʷā と \*ɣaɣā または \*ɣʷaɣʷā のような形ではないかと推測される。 タイ語の借用語に基づいて、漢語にはもともと、タイ語と同様に、軟口蓋音のほかに口蓋垂音系列 *q-*, *qh-*, *ɢ-* があった可能性が指摘されている(Haudricourt 1954: 359)。そのような系列を区別する漢語の内的証拠はないように思われるし、漢代に影母が外国語の口蓋垂音の代用として使われることがあったという私の考えが正しければ、これは漢語に口蓋垂音があったことを否定する積極的な証拠になるように思われる。 ## 4. 軟口蓋鼻音 \*ŋ-, \*ŋh- 中古漢語の疑母 **ŋ-** は、そのまま上古漢語の時代まで遡ることができるだろう。上古漢語にはさらに、それと対立的な有気音の音素 \*ŋh- を再構する必要がある。これは、Karlgrenが子音クラスター \*xm- で説明した、諧声系列における明母 **m-** と曉母 **h-** の交替を説明するために、無声音 \*m̊- を再構する董同龢の提案を拡張したものである。有気鼻音・流音はタイ語の典型であり、ミャオ・ヤオ語でも見られる(Downer 1961)。タイ語はもはや漢語と同族言語と見なすべきではないという一般的な意見を受け入れるとしても、2つのグループの音韻体系(声調体系を含む)には多くの共通点があることは明らかである。このこと自体は、漢語に有気鼻音が存在することの証拠にはならないが、他の根拠が示唆されるのであれば、この線に沿った解決策の採用は推奨されるだろう。 \*ŋh- の仮定は、諧声系列で疑母 **ŋ-** と曉母 **h-** が共に現れる頻度の高いケースを説明する。 :spiral_note_pad: **表3: 疑母と曉母が交替する諧声系列の例** | 疑母 | | 曉母 | | | :--- | :------------------ | :--- | :-------------------- | | 義 | **ŋi̯e³** | 羲 | **hi̯e¹** | | 訛 | **ŋwâ¹** | 化 | **hwa³** | | 譌僞 | **ŋwâ¹**, **ŋi̯we³** | 撝 | **hi̯we¹** [^1] | | 午 | **ŋou²** | 許 | **hou²**, **hi̯o²** | | 鬳 | **ŋi̯ân³** | 獻 | **hi̯ân³** | | 疑 | **ŋi̯ə¹** | 儗 | **həi³** (, **ŋi̯ə³**) | | 堯 | **ŋeu¹** | 曉 | **heu¹** | | 虐 | **ŋi̯âk** | 謔 | **hi̯âk** | | 頊 | **ŋi̯ok** | 頊 | **hi̯ok** | | 霓 | **ŋek** | 鬩 | **hek** | | 艾 | **ŋâi³** | 餀 | **hâi³** | | 仡 | **ŋi̯ət** | 仡 | **hi̯ət** | | 唫 | **ŋi̯im¹** | 廞 | **hi̯im¹** | Jaxontov(1960)は最近、この現象について別の解決策を提案した。彼は、曉母 **h-** がかつての \*m- からも \*ŋ- からも生じるのは、接頭辞 \*s- が原因だと考えている(\*sŋ- > **h-**, \*sm- > **h-**)。\*sŋ- 型クラスターが存在することは、十二支の7番目 午 **ŋou¹** のタイ語への借用語によって証明されている(Li 1945)。李方桂が指摘するように、この単語のタイ語の声調は、*sŋ-* ではなく有声頭子音クラスター *zŋ-* を指し示している。そのため、\*zŋ- > **ŋ-**, \*sŋ- > **h-** という展開、すなわち \*ŋ- と \*ŋh- ではなく \*s- と \*z- の対立が現れていると考えることができる。しかし、上古漢語に独立した音素 \*z が存在するかどうかについてはかなりの疑問があり(後述 [p. 126](/@YMLi/rkb4b8_FT#1-頭子音の歯擦音系列) 参照)、この対立は音韻論的にクラスターの第二要素に依存すると考えるのがよいだろう(*sŋ* \[zŋ] : *sŋh*)。 ## 5. 転写における頭子音 *ŋ-* 唐代中期以降の転写では、外国語の *g-* に疑母 **ŋ-** が使われている。これは、当時の標準的な方言では、「**ŋ-**」が他の鼻音と同様に同調音部位の閉鎖音を発達させ、*ŋg-* になったという事実によって説明される。それ以前の時代には ==疑母を用いた転写は== ほとんど見られない。原語が特定できる例はさらに少ない。しかし、漢代には外国語の頭子音 *y-* を表すために使われたという証拠がいくつかある。当時、中古漢語の以母 **y-** は、まだ \*δ- の口蓋化からの発展を経ていなかった(後述 [p. 114ff.](/@YMLi/SydgEgbKa#4-歯摩擦音) 参照)。さらに、かつての長母音が音割れすることで、中古漢語において至るところに見られる半母音の介音 **-i̯-**/**-y-** が初めて現れ始めた。そうでなければ、外国語の *y-* に影母 **ꞏi̯-** や云母 **ɦi̯-** が使われると予想されるだろう。このような状況では、軟口蓋継続鼻音 **ŋ-** が外来語の硬口蓋継続音に最も近かったようだ。 入手可能な数少ない例のうち、1例はすでにPelliotによって指摘されている。Skt. यवन *Yavana* を指す 業波羅 **ŋi̯âp-pâ¹-lâ¹** = \*Yapala である(Pelliot 1933: 95; 1934: 26)。これは6世紀初頭の宋雲の西方旅行記にガンダーラの旧称として登場し、『北史』でも最終音節を取り除いた形で現れる。Pelliotは、仏教経典において 葉波 **yep-pâ¹** または 葉婆 **yep-bâ¹** と表記される国に関する多くの記述を引用している。そのひとつに『三彌底部論』がある(T. 1649, vol. 32: 470a)。その中に、(Pelliotが指摘していない)業彼 **ŋi̯âp-pi̯e²** という別の表記が見られる。これはより古風な転写に違いないが、他の書物ではより現代的で一般的な転写に置き換えられている。このことは、宋雲が新しい転写を作ったのではなく、聖典から知っていた名前を引用したことを示している。『三彌底部論』における異綴の古さは、最初の文字だけでなく、2番目の文字 彼 **pi̯e²** < \*pɑ̄δꞏ によっても示されており、この文字がまだ母音 *a* を転写するのに適していた段階を示している。この作品は東晋の匿名の翻訳者によるものとされているが、仮にそれが正しいとしても、転写自体はもっと古いものかもしれない。 Pelliotは、論争の的となった有名な 月氏 **ŋi̯wât-ci̯e¹** という名前についてこの例を挙げ、唐代中期以前には、一般に想定されているように、疑母 **ŋ-** が外国語の *g-* を表すとは考えにくいと指摘した。Pelliot自身は、この名称の本当の意味での等価性については何も提唱していないが、彼の議論は、これまでなされてきた多くの提案のうちの一つ、すなわちプトレマイオス朝におけるヤクサルテス上流の北側で発見された Gk. Ἰάτιοι *Iátioi* との同定を大いに補強するものである。漢代初頭に「月氏」が現れた時点では、第二音節の頭子音はまだ口蓋化していない \*t- であっただろう。漢語の転写に見られる唇音要素はまだ説明されていない。真の頭子音は、トカラ語のいくつかの単語に見られる *yw-* であったかもしれない。Ἰάτιοι *Iátioi* が Ἄσιοι *Ásioi* または *Asiani* と同じかどうかという疑問は、よく言われているように、ひとまず置いておかなければならない。歴史的な根拠からすれば、同じである可能性は高いと思われる。 外国語 *y-* が漢語 **ŋ-** で表現されている可能性があるもう一つの例は、Yaxartes という名前の何らかの形を表していると思われる2つの初期の転写である。1つ目は、『漢書・西域傳上』(96A)で康居国の支配者の夏期の領土とされる 樂越匿(慝) **ŋauk-** (**lâk-**) **ɦi̯wât-ṇi̯ək** (**thək**) の土地であり、そこには首都 卑闐 **pye-den** = *Bin-kāth* (タシュケントの旧名、*Bin* < \*Bidn という語中 *d* の脱落を伴う?)がある。最初の2音節は上古漢語 \*ŋlɑuk- (ɦlɑuk-) ɦwɑ̄t を指している。最終音節は \*nlə̄k < \*nlīk か \*nhik (後述 [pp. 120, 121](/@YMLi/SydgEgbKa#7-歯鼻音) 参照)のどちらかになるはずである。後者の方が可能性が高いと思われる。有気鼻音は、この時期にはすでに **th-** に変化していた可能性があり、その場合、この音節は単にイラン語の *-k* 型形容詞形を示すものとみなすことができる。Yaxartes の真のイラン語の原形については不明な点が多いが、Ὀρεξάρτης *Orexártēs* や Araxates (Herrmann, article “Iaxartes” in Pauly-Wissowa)といった表記は、第一音節に *-r-* を持つ形の存在を示している。Markwartは、原形として \*Rxša-arta > Yaxšart または \*Rxarta を再構したいと考えた(Markwart 1928: 16; 1931: 35 [^2]; Minorsky 1937: 210–11)。漢語 \*ŋlɑuk-ɦwɑ̄t には歯擦音は見られない。『釈名』では、越 **ɦi̯wât** は 歲 **si̯wei³** < \*shwɑ̄ts (?) と解釈されており(Bodman 1954: 103, no. 856、後述 [p. 131](/@YMLi/rkb4b8_FT#4-s---円唇化喉音のクラスター) 参照)、\*sɦwɑt という歯擦音の可能性を示唆している。このようなクラスターは、サンスクリット語の *-vat-*, *-vad-* に常用される文字が見つかる紀元2世紀末には失われているはずだが、それでも2世紀前には存在していた可能性がある。一方、⟨戉⟩ の諧声系列には **ɦw-** と **hw-** しかない。もし漢語に歯擦音がなかったとすれば、\*Yrxa\(r)ta のような形を指しているのかもしれない。 2つ目の転写は『水經注』巻二に登場する 蜺羅跂禘 **ŋei¹-lâ¹-gye¹-** (**khye²-**, **khye³-**) **tei¹**で、『西河舊事』という匿名の書物から引用されたと思われる最初の文献には、「河水と蜺羅跂禘川はともに 雷蠚 **luəi¹-ci̯o³** (=アラル海)に注ぐ」とある。「河水」は、その直前の箇所で説明したように、明らかにオクサス川を指していると思われる。河はパミール高原を源流とし、両方向に流れている(東への支流はまずタリム川で、ロプ・ノールから地下に潜って黄河になると考えられていた)。この一節に基づけば、蜺羅跂禘 **ŋei¹-lâ¹-gye¹-tei¹** を Yaxartes と同一視することは極めて妥当である。この問題は、『西河舊事』から一部引用された『水經注』に、この川は中央ヒマラヤからホータン、ガンダーラの北を流れ、最後にはアラル海に注ぐという記述があることで混乱している。しかし、これは明らかに空想上の地理である。Petechが指摘するように、この川はホータン・ダリヤ河とアム・ダリヤ河(オクサス河)を結びつけ、Ghorband-Panjshir-Kabul体系とも結びつけているようだ。Petechはこの名前から何も読み取れなかった(Petech 1950: 57)。これは Yaxartes という名前の何らかの形を表している可能性が高いと思われる。 この転写は、少なくとも子音に関する限り、それ以前の \*ŋlɑuk-ɦwɑ̄t によく似ている(さらに 跂 の読みでは、四等介音 **-y-** が口蓋化を起こすことなく軟口蓋音に続くが、これは上古漢語 \*gδēɦ > \*gδye > \*gźye > **gye¹** [または \*khδ- > \*khź- > \*khy-]を意味する可能性があることに注意すべきである[後述 [p. 119](/@YMLi/SydgEgbKa#6-δ--θ--クラスター) 参照]。この場合、イラン語 *š* の転写表現のはずである)。 呉孫・月氏・康居の貴族の称号である 歙侯 **hi̯ip-** (**śi̯ep**) **ɦu¹** は、頭子音 \*ŋh- を持っていた可能性がある(『漢書』60.0510.1; 94B.0600.1; 96A.0607.2; 96B.06083.4; 70.0536.2)。これは後にテュルク人が使用した *yabghu* という称号であることは間違いない。ただし、彼らの称号の多くがそうであるように、テュルク語起源ではない。これはクジュラ・カドフィセスの硬貨に *yavuga-* という形で見られ、後にアフガニスタンの未知の支配者の硬貨に ΙΑΠΓΥ という形で見られる(Markwart 1901: 204, 208; Bailey 1958: 136、ただし彼はイラン語源を提唱している; Ghirshman 1948: 50)。この同定を受け入れたPelliotは、漢語が曉母 **h-** を持つことが難題であると指摘している(Pelliot 1944: 167)。漢代の音価として \*ŋhēɑ̄p-goɦ を仮定すれば、外国語の *y-* を **ŋ-** とする例と関連付けることができる。同じ諧声系列には、哈 **ŋəp** という単語に疑母 **ŋ-** が見られる。書母 **ś-** の読みは口蓋化として説明できる(\*ŋhē- > \*ŋhy- > \*hy- > **śi̯-**、後述 [p. 100](#9-軟口蓋音と喉音の口蓋化:介音--i̯--y--の起源) 参照)。さらに母音についても論じる必要があるが、今回は割愛する。 通常の有声鼻音ではなく、有気鼻音が使われているのは、原語における頭子音の無声化を示しているのかもしれない。この現象は、トカラ語圏において予想されることである。この点については、本稿の付録で烏孫言語についてさらに詳しく述べる。 ## 6. 円唇化喉音と円唇化軟口蓋音 中古漢語では、**-w-** という音素は半母音の介音の体系の一部と見なされなければならないが、その分布は完全なものとは言い難い。唇音の頭子音の後では **-w-** を持つ音節と持たない音節との間に対立がなく、硬口蓋音と歯音の頭子音の後では、対立があるのは限られた数の韻においてだけである。中古漢語で歯音(歯擦音と破擦音を含む)および歯硬口蓋音の頭子音の後に **-wâ-**, **-wə-** (**-ue**) 等が見られる場合、その一部は、歯音の末子音に先行する後舌母音の音割れに由来する(\*-un > **-uən** (**-wən**), \*-on > **-wân**)。これによって頭子音の円唇要素が失われることもある。軟口蓋音と喉音の後でのみ、**-w-** を持つ音節と持たない音節は体系的に区別される。上古漢語においては、\*-w- は半母音の介音としてではなく頭子音の特徴として捉えるのが最善である。それにしたがえば、円唇化軟口蓋音・喉音と非円唇化軟口蓋音・喉音の対立的な系列を設定することができる。 中古漢語では、軟口蓋音や喉音の後であっても、円唇母音の前や唇音の末子音(**-u** の二重母音を含む)の前には **-w-** が見られない。これは、円唇化を音節全体の特徴とする一般的な傾向と一致しており、そのため同じ音節内に2つの別々の円唇要素が共存することはめったにない。頭子音と円唇母音における *w* の非共存性は、上古漢語ではすでに優勢であったようである。しかし \*ɦwɑm のような音節も存在し、風 **pi̯uŋ¹** のようなかつて末子音 \*-m を有していた単語に影響を与えたのと同じ異化プロセスによってそれが淘汰されたのではないかと考える理由がある(後述 [p. 105](#9-軟口蓋音と喉音の口蓋化:介音--i̯--y--の起源) 参照)。 ## 7. *ɦ* と *ɦw* の分布 匣云母 **ɦ-** の分布は、注目すべき点で限定されている。中古漢語において **ɦw-** はヨード化韻の前にも非ヨード化韻の前にも出現するのに対し、**ɦ-** は、唇音の末子音や円唇母音によって **ɦw-** が許容されない場合を除き、非ヨード化韻の前にのみ出現する。この規則の例外は、文法助詞 矣 **ɦi̯ə²** と 焉 **ɦi̯en¹** の2つだけである。後述する理論によれば、中古漢語のヨード化母音は、もともとの長母音から発展したものである。上古漢語では、非円唇長母音に先行する \*ɦ- が自然に円唇化して **ɦw-** になったと仮定すれば、**ɦ-**/**ɦw-** の分布を説明できる。これは、特に喉音に口蓋垂音の異音があったと仮定すれば、音声的に容易に理解できる過程である。この過程が実際に行われた証拠として、方向助詞の形に注目しよう。于 **ɦi̯ou¹** < \*ɦwɑ̄ɦ に対して、於 **ꞏi̯o¹** < \*ꞏɑ̄ɦ、また 乎 **ɦou¹** < \*ɦɑɦ (㭔 **lou¹**, 罅 **ŋa³** との諧声関係から \*ɦwɑɦ ではない)がある。これらの単語はおそらく 往 **ɦi̯waŋ¹** < \*ɦwɑ̄ŋ 「行く」に関連しており、さらに 行 **ɦaŋ¹** 「行く、行う」, 行 **ɦâŋ¹** 「行列」にも関連しているようだ。 矣 **ɦi̯ə²** と 焉 **ɦi̯en¹** という例外的な形が維持されたのは、これらが文法助詞であることから説明できるかもしれない。Demiévilleは、現代標準中国語の文法助詞に見られる例外的な音韻的発展は、多くの場合、通常の音韻変化で許容されるよりも古い形に近い発音が維持されることで説明できることを示している。例えば 他 **thâ¹** は、厳密に言えば、現代北京語では古典的な「他」の意味では *tuó* と読まれるが、口語の代名詞「彼、彼女、それ」としては *tā* と読まれる。北京語 你 *nǐ* 「あなた」は間違いなく古典的な 爾 **ńi̯e²** < \*nēꞏ の傍形であり、これは規則的には北京語 *ěr* を与える(Demiéville 1950)。今回取り上げた2つのケースでも、同様の傾向が \*ɦ- > **ɦw-** の変化を阻害した可能性がある。焉 **ɦi̯en¹** の場合、同じ文字で書かれる関連語 **ꞏi̯ân¹**/**ꞏi̯en¹** 「どこ」の存在が、規則的な音韻的発展を妨げる付加的な類推的要因となった可能性がある。古風な助詞 爰 **ɦiwân¹** < \*ɦwɑ̄n はおそらく 焉 **ɦi̯en¹** の二重語であり、規則的な発展を示している。 現存版『説文』では 伊 **ꞏyi¹** に含まれる 尹 **ywin²** が声符であるとは書かれていないが、徐鍇(10世紀)が引用した「俗文」にはそのような記述がある(『説文解字繫傳』15)。さらに 蛜 **ꞏyi¹** は『説文』では ⟨𧉅⟩ と表記され、⟨伊⟩ の省略形が声符とされている。このことは、尹 と 伊 が音韻的に関連していたことを、証明するものではないにせよ、示唆している。中古漢語の **ꞏyi¹** は上古漢語 \*ꞏeδ を指している。中古漢語 **ywin²** が上古漢語 \*ɦwēnꞏ に遡ることは後述する。ここではさらに、\*ɦwēnꞏ はかつての \*ɦēnꞏ に遡ると仮定できるかもしれない。語末 \*-δ と \*-n の交替は非常に一般的であり、2つの単語が同じ諧声系列に属する例は非常に容易に見つかる。現存版『説文』では 㕧 **śi̯i¹** は ⟨尸⟩ が声符であると記されているが、初期の引用文には ⟨吚⟩ と表記されているものが多数ある(『説文解字詁林』p. 628)。おそらくこれが正しく、中古漢語 **śi̯i¹** はそれ以前の \*heδ から派生したものであろう(後述 [p. 100](#9-軟口蓋音と喉音の口蓋化:介音--i̯--y--の起源) 参照)。 長母音の前の \*ɦ- の円唇化は、上古漢語のかなり早い時期、あるいはそれ以前に起こったに違いない。Dong(1948b: 64)が指摘したように、もっと後期には、軟口蓋音や喉音(**y-** < \*ɦy- 含む)と前舌狭母音 **e** との間で **-w-** が失われる傾向があった。このため、縣 **ɦwen¹**/**ɦen¹** (後者の読みは『広韻』にはないが、現代北京語の発音 *xiàn* の基礎となっている)、眩 **ɦwen¹**/**ɦen¹** などの二重読みや、役 **ywek** =北京語 *yì*、營 **yweŋ¹** =北京語 *yíng* がある。また、中古漢語ではすでに失われていた \*-w- が、諧声接続によって示される場合もある(𤬐 **ɦeŋ¹**, 鎣 **ꞏeŋ¹** に対して 熒 **ɦweŋ¹**, 營 **yweŋ¹** など)。 ## 8. 諧声系列において唇音と関連する円唇化喉音と円唇化軟口蓋音 上古漢語における \*-w- を伴う円唇化喉音・円唇化軟口蓋音の仮定は、『説文』が示す、通常ではあまりに遠いものと考えられているある種の諧声接続の説明を可能にする。 - 爲 **ɦi̯we¹** < \*ɦwɑ̄δ は、皮 **bi̯e¹** < \*bɑ̄δ の声符とされている。 - 冂冋 **kweŋ**, **ɦweŋ²** は、冥 **meŋ¹** の声符とされている。 - 冏 **ki̯waŋ²** は、明 **mi̯aŋ¹** の小篆の声符である。 - 釆 **baən³** は、𢍏 **ki̯wen³** の声符であり、これは 卷 **ki̯wen³** 等の声符である。 - 八 **paət** は、穴 **ɦwet** の声符である。 以下のケースは、『説文』では示されていないものの、文字によって関連性が示唆されている。 - 永 **ɦi̯waŋ²** : 脈 **maək**, 派 **phae³** - 免 **mi̯en²** : 冤 **ꞏi̯wân¹**、『説文』にある「覆いの下の兎」=「曲がった」という説明は空想的なものだろう。 『説文』によると、函 **ɦəm¹** は 氾 **bi̯âm** と同じ声符を持つ。これは、函 **ɦəm¹** がもともと頭子音として \*ɦw- を持っていたが、末子音 \*-m との異化によって \*-w- を失ったと仮定すれば説明がつく。位 **ɦi̯wi³** < \*ɦwlīps(?) : 立 **li̯ip** < \*ɦwlīp(?), 泣 **khi̯ip** < \*khlīp < \*khwlīp とも比較されたい(唇音の末子音の前の \*ɦw- > **ɦ-** の変化に関する転写の証拠については、後述 [p. 105](#10-ɦw--gt-yw-) も参照)。 :::warning :bulb: **補足** この節で示されている諧声関係の多くは疑わしく(少なくとも現在一般には認められていない)、上古漢語再構の証拠としての信頼性は乏しい。 ::: ## 9. 軟口蓋音と喉音の口蓋化:介音 *-i̯-*/*-y-* の起源 中古漢語の硬口蓋音は、ほとんどは歯音との密接なつながりを示すが、それとは異なり、少なからぬケースで軟口蓋音とのつながりを示す諧声証拠もある。董同龢はこれを考慮して、Karlgrenの \*t̑, \*t̑ʰ, \*d̑ʰ, \*d̑, \*ń, \*ś と並行的な、口蓋化軟口蓋音の系列 \*k̑, \*k̑ʰ, \*g̑ʰ, \*g̑, \*gn, \*x́ を加えた。しかし、このような、(\*ꞏ と \*p の他に)\*k, \*k̑, \*t̑, \*t の4つの異なる閉鎖音系列があるという仮説は、音声学的にかなりあり得ない。後述するように、歯閉鎖音は介音 **-i̯-** の前で口蓋化されたため、Karlgrenによる上古の硬口蓋閉鎖音は不要となる。より限定的な状況においてではあるが、軟口蓋閉鎖音も同様に口蓋化されたと考える十分な理由がある。 この現象を説明する鍵は、中古漢語における2種類の介音 **-i̯-**/**-y-** の理論と密接な関係がある。軟口蓋音の口蓋化は、三等と四等の対立がある韻、つまり主母音が **e** か **i** の韻に多く見られる。 :spiral_note_pad: **表4: 軟口蓋音の口蓋化を示す諧声系列の例** | 硬口蓋音 | | 軟口蓋音 | | | :------- | :--------- | :------- | :----------------- | | 支 | **ci̯e¹** | 技 | **gi̯e²** | | 只 | **ci̯e¹** | 枳 | **kye¹**, **ci̯e¹** | | 兒 | **ńi̯e²** | 倪 | **ŋei¹** | | 旨 | **ci̯i²** | 耆 | **gi̯i¹** | | 視 | **ji̯i³** | 狋 | **ŋi̯i¹** | | 腎 | **ji̯in²** | 堅 | **ken¹** | | 聲 | **śi̯eŋ¹** | 馨 | **heŋ¹** | | 釗 | **ci̯eu¹** | 釗 | **keu¹** | | 饒 | **ńi̯eu¹** | 堯 | **ŋeu¹** | | 鍼 | **ci̯im¹** | 咸 | **ɦaəm¹** | | 瘛 | **chi̯ei³** | 絜 | **ket**, **ɦet** | | 收 | **śi̯u¹** | 丩 | **kyiu¹** | | | | 叫 | **keu³** | | 十 | **ji̯ip** | 汁 | **ci̯ip** | | | | 叶 | **ɦep** | | | | 針 | **ci̯im¹** | 口蓋化半母音 **-i̯-**/**-y-** は、言語におけるもともとの音素構造の一部として存在したのではなく、上古漢語から中古漢語へ至る間に発達したものであると考える理由がいくつかある。外国語の *y-* を表すために疑母 **ŋ-** が使われていることは前述したが、これは漢語には *y-* に対応するものがなかったことを示している。一方、**ɦw-** は外国語の *w-* や *v-* を表すのに使われる。逆に、**ꞏi̯-** を持つ漢語の音節は、*y-* を予想する理由がない、語頭に母音を持つ外国語の単語を表している。例えば、カラシャフルの固有の名称 焉耆 **ꞏi̯ân¹** (**ꞏi̯en¹**) **-gi̯i¹** や、奄察(蔡) **ꞏi̯em²-tshâi³** (**ṣai³**) = Ἄορσοι *Áorsoi* (?)(プリニウスに見られる ==ラテン語の== 形 *Abzoae* と比較;また『漢書』70.0534.3には 闔蘇 **ɦâp-sou¹** という表記もある)、央匱 **ꞏi̯âŋ¹-gi̯wi³**(および 阿魏 **ꞏâ¹-ŋi̯wəi³**)=トカラ語B *aṅkwaṣ*「アサフェティダ」(Bailey 1946: 786)など。憂優 **ꞏi̯u¹** は、文字の名前として、また多くの転写の第一音節として、サンスクリット語 *u-* に使われている(Li 1952: 142)。中古漢語の介音 **-i̯-** は、それ以外の位置に出現する場合でも同様に、多くの転写において無視されている(例として [pp. 88–90](#2-語頭声門閉鎖音の転写音価), [123–5](/@YMLi/SydgEgbKa#9--l--クラスター) など参照)。 もし介音 **-i̯-**/**-y-** を革新的なものと見なそうとすれば、当然ながら、それを生み出した言語の既存の特徴を仮定しなければならない。これはいくつかのケースでは、介音 \*-l- が失われたために生じたと考えられているが、後述するように、介音 \*-l- にはまったく別の反射があった。私が現在提唱している仮説は、上古漢語にはもともと長母音と短母音の体系があったが、長母音のヨード化によってそれが変化したというものである。この過程が一度に起こったわけではないことは間違いない。実際、『切韻』の時代以降も、北部の中国語では同じ傾向が続いていた。ヨード化は、漢代を通じて進行していたと思われる口蓋化より前か、あるいは口蓋化と同時に、歯音の頭子音を持つ単語の場合に起こり始めたに違いない(後述 [pp. 108–9](/@YMLi/SydgEgbKa#2-歯閉鎖音の口蓋化) 参照)。紀元2世紀末には、特定の状況で軟口蓋音にも口蓋化が見られる([p. 106](#11-軟口蓋音の口蓋化の時期) 参照)。『切韻』の時代には、上古漢語の長母音はすべて影響を被った(少なくとも標準語では;方言によってはもっと保守的だったかもしれない)。唐代には、母音 **e** の前でさらに自然なヨード化が起こり、==純四等韻の== 齊韻 **-ei**, 先韻 **-en**, 青韻 **-eŋ** などが ==重紐四等の== 祭A韻 **-yei**, 仙A韻 **-yen**, 清韻 **-yeŋ** と合流した([C5](https://hackmd.io/@YMLi/rJIytCsGT#C5-%E6%B8%85%E6%98%94%E9%9F%BB)参照)。さらにその後、北部の中国語では母音 **a** の前で同じことが起こり、中古 **ka** は北京語 *jia* となった。 上古漢語に長短母音の対立があったことを示す直接的な証拠を見つけるのは容易ではない。もしそれが初期の仏教転写の時代にまだ存在していたとすれば、インド語の長母音と短母音の転写に反射されていると期待できるかもしれない。残念ながら、今のところ有意な相関関係は見つかっていない。しかしこの疑問は、インド諸語の長短 *a* の質的な違い(より前方の長い *ā* は通常漢語の **i̯a** か **a** で表され、短いシュワーの *a* は初期には漢語 **ə** で表されることが多い)や、漢語の母音にヨード化や長短とは異なる異音的な違いが存在する可能性があり、それが転写における音節の選択に影響を与えたであろうことから、複雑で不明瞭なものとなっている。さらに、口蓋化はこの時期にはすでに進行中であり、このような理由や他の理由により、特定の韻の前に特定の頭子音が存在しなかった。それ以前の時代の転写は、外国語の長母音と短母音の表現について系統的な証拠を提供することはほとんどできないが、私が提案する対立は、ある証拠と一致しているように思われる。すなわち、于闐 **ɦi̯ou¹-den¹** 「ホータン」という名前では、第一音節の母音が第二音節よりも長いと予想されるのである。ブラーフミー文字表記 *Hvatäna* に長い *ā* は書かれないが、この母音は、後期の *Hvaṃna* という形で最終的に失われることになる第二音節のシュワーよりは長かったと予想される。 --- ヨード介音は、かつての母音長の違いから発達したかどうかは別として、明らかに、前舌母音 \*i と \*e の前では、他の母音の前よりも狭い音に変化した。軟口蓋音はこの狭い **-y-** によって口蓋化されたが、より広い **-i̯-** には影響されなかった。一方、歯閉鎖音は **-i̯-** と **-y-** の両方によって口蓋化された。 これによって、支 **ci̯e¹** < \*kye¹ < \*kēɦ, 指 **ci̯i²** < \*kyi² < \*kēδꞏ, 兒 **ńi̯e¹** < \*ŋēɦ, 十 **ji̯ip** < \*gēp or \*gīp(ミキル語 *kep*、チェパン語 *gyīb-zho* などのチベット・ビルマ語の同源語に注意;異表記 ⟨拾⟩ の声符 合 **ɦəp** も軟口蓋音の頭子音を指し示している;cf. Wang 1931)を即座に説明することができる。上古漢語の韻が後舌母音を示す場合についてどのように説明すればよいかは、すぐにはわからない。しかし、上古漢語の \*-ɑuɦ (= K. \*-og) ==(いわゆる宵部)== のヨード化反射である宵韻は、**-i̯eu**/**-yeu** という重紐対立のある韻であり、\*-uɦ (= K. \*-ôg) ==(いわゆる幽部)== からは、三等韻である幽韻 **-yiu** (= K. *-i̯ĕu*) の他に、四等韻である尤韻 **-i̯u** (= K. *-i̯ə̯u*) があることに注意すべきである。また、(両韻部に共通する二等韻である肴韻 **-au** の他に)豪韻 **-âu** (= K. *-âu*) と蕭韻 **-eu** (= K. *-ieu*) という、それぞれの韻部から部分的に派生する2つの韻もある。諧声接続は、口蓋化軟口蓋音は豪韻 **-âu**, 宵B韻 **-i̯eu**, 尤韻 **-i̯u** よりもむしろ蕭韻 **-eu**, 宵A韻 **-yeu**, 幽韻 **-yiu** に多く属していることを明確に示している。 - 釗 **ci̯eu¹** : **keu¹** - 蕘 **ńi̯eu¹** : 驍 **keu¹**, 翹 **gyeu¹**(高 **kâu¹**, 歊 **hi̯eu¹** と対照的) - 收 **śi̯u¹** : 丩 **kyiu¹**, **ki̯u¹**, 叫 **keu³** - 臭 **chi̯u³** : 䠗 **khyiu³**(ただし 皋 **kâu¹**, 糗 **khi̯u²** に注意) Karlgrenは「母音的 *-i-*」を上古漢語にまで遡らせて蕭韻 *-ieu* を説明した。すなわち彼の転写では \*og, \*ôg > 豪韻 *-âu* および \*iog, \*iôg > 蕭韻 *-ieu* となる。彼は宵B韻 **-i̯eu** ⇔宵A韻 **-yeu** の対立を無視し、『*Grammata Serica*』の初版では尤韻 **-i̯u** ⇔幽韻 **-yiu** の対立も無視した。改訂版では、彼は \*i̯ôg ではなく \*i̯ŏg から幽韻 **-yiu**(彼の表記では *-i̯ĕu*)を導出させている。 中古漢語の体系から「母音的 *-i-*」を排除した以上、上古漢語に再び「母音的 *-i-*」を導入する以外に、これらの韻における **âu** と **u** の根本的な前舌音性について何か別の説明を見つけなければならない。私の提案は、\*eɑu, \*eu とそれに対応する長音形 \*ēɑ̄u, \*ēu を仮定することである。 少なくとも短母音形の再構に有利な転写証拠もある。紀元230年に中国に使節を送った月氏の支配者の名前に 調 **deu¹** が使われていることに注目しよう。彼は、貨幣で知られる ΒΑΖΟΔΕΟ *bazodeo*, ΒΑΖΔΕΟ *bazdeo*, *Vasudeva*(ヴァースデーヴァ1世)と同じ人物に違いない(Lévi 1936: 79 [^3]; Petech 1950: 7; Pelliot 1932)。この文字は、ある種の仏教転写において、サンスクリット語の *deva* または *dvipa* のプラークリット形を表すのにも使われている。また、條 **deu¹** も同じ意味で使われている(Petech 1950: 32)。これと同じ文字が、『漢書』に記載されている西の果てにある国の名前、條支 **deu¹-ci̯e¹** にもっと早く登場している。これは \*δeuɦ-kēɦ に遡るものであり、前漢時代にはまだ \*k- が口蓋化されていなかったと考える十分な理由がある。Herrmannと藤田は独自に、これを現在のブシャール近郊にある、ギリシャ語では Ταοκή *Taokḗ*(後の *Tawwaǧ*)と呼ばれる都市と同定した(Herrmann 1938 \[1922]; Fujita 1943 \[1923])。語頭の有声音(そしておそらくこの時期の摩擦音性)についてはなお説明が必要だが、この同定が正しいと考えるには十分な根拠がある。もしこれが正しければ、漢語 **-eu-** はギリシャ語 αο *ao* に対応する。 また、『漢書・西域傳上』96Aには、烏弋山離(=アレクサンドリアまたはアラコシア)の北、罽賓(=カシミール)の東 ==:bulb: 「西」の誤記?== に横たわる国 撲挑 **phuk-deu¹** < \*phok-δeɑuɦ が記されている。これは『後漢書・西域傳』118の 濮達 **puk-dât** < \*pok-δɑt と同じものであろう。この国は高附(カーブル)と罽賓の間に横たわり、クジュラ・カドフィセスが月氏の覇権を獲得した後に征服した。どちらの名前も पुष्कलावती *Puṣkalāvatī*(ギリシャ語 Πευκελαῶτις *Peukelaôtis*、現在のチャールサダ)のプラークリット形を表しているに違いない ==:bulb: ガンダーラ語 *Pokhaladi* \[pokʰːəlaːði] 参照==。外国語の *-l-* に対する定母 **d-** (< \*δ-) の使用については後述する。ここでは代わりに母音について述べる。インド語 *-lavat* (プラークリット *-laot-* ?)を表記するには、明らかに2つの選択肢がある。1つ目は、二重母音を表記するが、語末 *-t* は記録しない。もう1つは、語末 *-t* を表し、二重母音を犠牲にするものである。 短い \*-eɑu, \*-eu という仮説は(ここでは議論しない第二要素の違いを除けば)Karlgrenが提唱した \*-io, \*-iô と大差ない。ただし、二重母音の第一要素として \*i ではなく \*e というより広い母音を仮定することは、転写音価によく適合し、\*i̯ と \*i の効果を区別するという難点を避けることができると考えられる。残念ながら、これを支持する転写証拠を引用することはできないが、理論的な観点からは非常に満足のいくものだと思われ、韻を踏んでいた単語が乖離した発展を遂げたことを説明するのに十分であると思われる。 - \*-ɑuɦ > 豪韻 **-âu** : \*-ɑ̄uɦ > 宵B韻 **-i̯eu**(より前の \*-i̯ɑu から?) - \*-eɑuɦ > 蕭韻 **-eu** : \*-ēɑ̄uɦ > 宵A韻 **-yeu** - \*-uɦ > 豪韻 **-âu** : \*-ūɦ > 尤韻 **-i̯u** - \*-euɦ > 蕭韻 **-eu** : \*-ēuɦ > 幽韻 **-yiu** また、\*eau, \*ēɑ̄u は \*-k の前にも見られ、したがって 狄 \*teɑuk > **tek**, 激 \*keɑuk > **kek**, 繳 \*kēɑ̄uk > **ci̯âk**, \*keɑuꞏ > **keu²** のようになる。軟口蓋音の頭子音に後続する \*-euk を示す明確な証拠はないが、歯音の頭子音の後には見られる(滌 **dek**, cf. 條 **deu¹** < \*δeuɦ)。\*-ēuk の独立した反射は識別できないが、これはおそらく \*-ūk と合流して屋3韻 **-i̯uk** になったのだろう(cf. 跾 **śi̯uk** < \*θēuk)。 Karlgrenは、\*-io, \*-iô の他に、歯末子音の前に \*ia を再構した(\*-ian, \*-iat, \*-iad)。これは、先韻 **-en**, 屑韻 **-et**, 齊韻 **-ei** の単語が『詩経』の \*ɑ グループ ==(すなわちいわゆる歌元月祭部)== から発展したケースを説明するためである。董同龢は、二等韻と、仙韻 **-i̯en**/**-yen**, 薛韻 **-i̯et**/**-yet**, 祭韻 **-i̯ei³**/**-yei³** における重紐対立を考慮することで、実際には二つのタイプの諧声系列を区別できることを示した。すなわち、(a)先韻 **-en**, 山韻 **-aən**, 仙A韻 **-yen**(**-i̯en**/**-yen** を区別しない歯音と硬口蓋音の頭子音の後では **-i̯en**)を持つもの、(b)寒韻 **-ân**, 刪韻 **-an**, 元韻 **-i̯ân**, 仙B韻 **-i̯en** を持つものである。この2つのタイプの間には、ごく限られた交流しかない。同様の区別は、対応する **-t** 韻と **-i³** 韻のクラスでも可能である。これに対する可能な解決策は、後舌母音について提案されたものと同様に、二重母音 \*-eɑ, \*ēɑ̄ を再構することである。すなわち \*-ɑn > 寒韻 **-ân** となったのに対して \*-eɑn > 先韻 **-en** となり、また \*-ɑ̄n > 元韻 **-i̯ân**(喉音・軟口蓋音・唇音の頭子音の後)または仙B韻 **-i̯en** となったのに対して \*-eɑ̄n > 仙A韻 **-yen** となった。 この解決法には難題もある。ひとつは、グループ(a)に入る先屑韻 **-en**, **-et** の単語(および対応するヨード韻)が青錫韻 **-eŋ**, **-ek** の変種を持つ場合や、あるいは青韻 **-eŋ** と先韻 **-en** や錫韻 **-ek** と屑韻 **-et**(または対応するヨード韻)の両方の単語で同じ声符が使われる場合がいくつかあることである。 - 蔑 **met** (K. *miet* < \*miat), 幭 **mek**, 丏 **men¹** : 冥 **meŋ¹**, **meŋ²**, **mek**, cf. 瞑 **meŋ¹**, **men¹** - 睘 **gi̯weŋ¹**, **ɦwan¹**, cf. 繯 **ɦwen¹**, 儇 **hywen¹** - 幵 **ken¹**, 刑 **ɦeŋ¹** - 并 **pyeŋ¹**, 駢 **beŋ¹**, **ben¹** (Karlgrenは認めていないが、この諧声接続は『説文』で示されている) - 令 **li̯eŋ¹**, **li̯en¹** - 倩 **tshen³**, 青 **tsheŋ¹** このような現象はおそらく、いくつかの方言における前舌母音に後続する後舌子音の同化現象として説明できる(*-k* から *-t* への進行同化の例についてはPulleyblank 1960: 61–65 を参照;*-ŋ* > *-n* の例はおそらくさらに多い)。母音が変化しないとすれば \*-eŋ > \*-en となると考えられるが、\*e は軟口蓋音の前では歯音の前よりも開いていたと考える理由があり、もしそうであれば、\*-eŋ > \*-eɑn となる。別の解決策としては、狭い \*e と並行する広い \*e を再構することが考えられる。しかし、(a)グループと(b)グループの間に時折諧声接触があること、また『詩経』では両グループは一つの韻部を形成していることから、\*eɑ ⇔ \*ēɑ̄ という解決策が望ましいと思われる。 \*-eɑn, \*-ēɑ̄n を再構すれば、このグループに関連する軟口蓋音の口蓋化のケースを、\*e の前で発展するヨードの狭い変種の影響を示すものとして説明することができる。 - 制 **ci̯ei³** < \*kēɑ̄ts : 猘 **ki̯ei³** - 瘛 **chi̯ei³**, **ɦei³** < \*khēɑ̄ts, \*geɑts : 挈 **ket** \*eɑ, \*ēɑ̄ が歯音の末子音の前に再構できるならば、喉音や軟口蓋音の前でも同様のものが予想できるだろう。これは、軟口蓋音や喉音の口蓋化、例えば 車 **chi̯a¹** < \*khēɑ̄ɦ (\*kɑ̄ɦ を意味する古い又音 **ki̯o¹** や、庫 **khou³** < \*khɑh 参照), 向 **śi̯âŋ¹**, **hi̯âŋ¹**, 赤 **chi̯ek**, 螫 **śi̯ek**, 郝 **hâk**, **chi̯ek**, **śi̯ek**, 赦 **śi̯a³** を説明する手段となる。車 **chi̯a¹** と 赦 **śi̯a³** に基づき、長い二重母音の仮説を用いて、他の場合の麻3韻 **-i̯a** を説明することができる。したがって、者 **ci̯a²** < \*tēɑ̄ꞏ に対して 諸 **ci̯o¹** < \*tɑ̄ɦ (cf. 都 **tou¹** < \*tɑɦ)、且 **tshi̯a²** < \*tshēɑ̄ꞏ に対して **tsi̯o¹** < \*tsɑ̄ɦ となる。 壻 **sei³** (cf. 胥 **si̯o¹**)には、中舌の頭子音に短い \*eɑɦ が後続する例が反射されている可能性があるが、並行する例はないようである ==:bulb: ⟨壻⟩ の声符は実際には 咠 **tshi̯ip** の訛形であり、胥 の諧声系列ではない==。一方、**a** は軟口蓋音や喉音の後の \*-eɑɦ に由来することもある、と考えることもできるだろう。後述する説によれば、中古漢語における前舌広母音 **a** の主な起源は介音 \*-l- の転訛であるが、麻2韻 **-a** の軟口蓋音や喉音の頭子音を持つ単語の中には、クラスター頭子音があったとは考えにくいものもある。例えば 牙 **ŋa¹** は 鴉 **ꞏa¹** 「カラス」の声符となっているが、後者はおそらく単なる 烏 **ꞏou¹** 「カラス」の変種であろう。介音 \*-l- は派生接辞として機能する可能性がある(後述 [p. 125](/@YMLi/SydgEgbKa#11-派生接中辞としての--l-) 参照)ため、このことは介音 \*-l- の可能性を絶対的に排除するものではないが、可能性は低くなる。「牙」は 邪 **ya¹**, **zi̯a¹** の声符でもあり、これは麻3韻 **-i̯a** を持つことから、もともとの \*-ēɑ̄ɦ に遡ることを指しているのかもしれない。しかし我々は、\*ŋēɑ̄ɦ は **ya¹** や **zi̯a¹** ではなく †ńi̯a を与えると考えるべきである。したがって我々は \*ŋδēɑ̄ɦ または \*sŋδēɑ̄ɦ のようなものを仮定しなければならない(後述 [p. 130](/@YMLi/rkb4b8_FT#3-ŋδ--sŋδ--クラスター) 参照)。\*δ と \*l は密接に関連しているため、牙 には \*ŋlɑɦ の可能性が強まるかもしれないが、\*ŋeɑɦ を仮定することも可能だろう。 牙 がクラスターを持たなかったことは、これが匈奴の単語の中でかなり頻繁に出現するという事実によって示唆される(頻出する音節は複雑なものよりも単純なものである可能性が高い)。さらに、匈奴の諸侯の名前の最後の要素として何度も登場するある単語(牙師, 牙斯, 吾斯)では、吾 **ŋou¹** と交替して使われており、これは間違いなくチベット語 ང་ *ṅa* 「私」の同源語であるため、単純な頭子音であった可能性が高い。 このように、上古漢語の一つの韻部から麻2韻 **-a**, 麻3韻 **-i̯a** と模韻 **-ou**, 魚韻 **-i̯o** が分岐して発展したことを説明する方法として、長い \*ēɑ̄ と短い \*eɑ の仮説が考えられるが、それを検証する何らかの外的証拠が得られるまでは、少し控えめに扱わなければならない。軟口蓋音の口蓋化を説明するためにここで述べた理論は、軟口蓋音または喉音と接触する硬口蓋音の頭子音を持つ魚韻 **-i̯o** の単語(例えば 杵 **chi̯o²**, 午 **ŋou²** < \*sŋaꞏ、[p. 92](#4-軟口蓋鼻音-ŋ--ŋh-) 参照;處 **chi̯o²**, 虎 **hou²**)の存在を説明するものではない。しかしいずれの場合も、この系列には複雑な頭子音があり、この硬口蓋音の出現は、単に軟口蓋音の口蓋化によるものではなく、別の説明が必要かもしれない。樞 **chi̯ou1**, 區 **khi̯ou¹**, **ꞏu¹**, 貙 **ṭhi̯ou¹** も同様であろう。陽韻 **-i̯âŋ**, 昔韻 **-i̯ek**, 麻3韻 **-i̯a**, 魚韻 **-i̯o**, 虞韻 **-i̯ou** で、軟口蓋音または喉音の口蓋化が見られるのは、すべて昌母 **ch-** または書母 **ś-** だけで、章母 **c-**, 常母 **j-**, 日母 **ń-** は決して見られない。これは偶然とは考えにくく、**e** や **i** を主母音とする韻に見られるような口蓋化とは異なる起源があることを示しているのかもしれない。 軟口蓋音の口蓋化を示すと思われるもう一つのケース、すなわち蒸韻 **-i̯əŋ** について考察する(烝 **ci̯əŋ**, 承 **ji̯əŋ**, 巹𧯷 **ki̯ən²**)。中古漢語の蒸韻 **-i̯əŋ** と殷韻 **-i̯ən** の主母音は、Karlgrenによって上古漢語の \*ə として再構された。しかし、軟口蓋音の末子音の前でも歯音の末子音の前でも、もともとは前舌狭母音 \*i に遡ると考える十分な理由がある。これが、この例で見られる *-ŋ* から *-n* への進行同化の理由である[^4]。殷迄韻 **-i̯ən**, **-i̯ət** の前に硬口蓋音は見られないので、後舌の頭子音に後続する \*-ī̆n, \*-ī̆t は、ヨード介音が長母音の音割れによって生まれる前に、すでに \*-ə̄̆n, \*-ə̄̆t に後退していたと考えられる。しかし \*-īŋ ではそうではなかったようで、ヨードが現れると狭い **-y-** になり、\*k-, \*g- は 章母 **c-**, 常母 **j-** に口蓋化した。 職韻 **-i̯ək**, 之韻 **-i̯ə** には、同様の軟口蓋音や喉音の口蓋化の証拠は見られないようである。後者には 茝 **ci̯ə¹**, 姬 **ki̯ə¹**, **yə¹** があるが、この諧声系列には邪母 **z-** や心母 **s-** も含まれていることから、介音 **-y-** による軟口蓋音の口蓋化よりももっと複雑な説明が必要であることがわかる。 --- 軟口蓋音と \*h- の頭子音が介音 **-y-** の前では口蓋化する(\*ꞏ- は影響を受けず、\*ɦ- は長母音の前には生じなかった)という説を完全なものにするために、(a)**e**, **i** の韻の前には介音 **-y-** だけでなく介音 **-i̯-** (= **-ï̯-**) も出現すること、(b)**-y-** の前に口蓋化されない軟口蓋音が時折出現し、韻図が三等と四等に分かれていることを説明しなければならない。最初の点については、元々別々の韻を踏んでいたものが統合されたことで説明できる(之韻 **-i̯ə** < \*-ɑ̄δ, 支A韻 **-ye** < \*-ēɦ, 宵B韻 **-i̯eu** (< \*-i̯ɑu) < \*-ɑ̄uɦ, 宵A韻 **-yeu** < \*-ēɑ̄uɦ)。長母音の前で介音 \*-l- が失われることも一因である。(b)については後述する。 ## 10. \*ɦw- > *yw-* 円唇化軟口蓋音は口蓋化されなかった。したがって、通常硬口蓋音と自由に交替することはない。しかし、円唇化軟口蓋音・喉音が主母音 **e**, **i** の前に出現する系列や、以母 **y-** が含まれる単語はある。 :spiral_note_pad: **表5: 円唇化軟口蓋音・喉音と以母のつながりを示す諧声系列の例** | 以母 | 喉音軟口蓋音 | | :----------------------------------- | :------------------------------------------------------ | | 蠵 **ywe¹** | 巂 **ɦwei¹**, 孈 **hywe³** | | 役 **ywek**, 𣒃 **ywek** | 𣒃 **ɦwek** | | 營 **yweŋ¹** | 熒 **ɦweŋ¹**, 禜 **ɦi̯waŋ¹**, 縈 **ꞏyweŋ¹** | | 穎 **yweŋ²** | 頃 **khyweŋ²**, 熲 **kweŋ²** | | 捐 **ywen¹** | 蜎 **ꞏywen¹**, **gywen²**, 絹 **kywen³** , 涓 **kwen¹** | | 尹 **ywin²** | 伊 **ꞏyi¹** | | 矞 **ywit**, 噊 **ywit** , **źi̯wit** | 橘 **kywit**, 譎 **kwet** | | 鴥 **ywit** | 穴 **ɦwet**, 泬 **hwet** | | 匀 **ywin¹** | 均 **kywin¹**, 盷 **ɦwen¹**, 筠 **ɦi̯win¹** | 韻図では云母 **ɦi̯-** と以母 **y-** がそれぞれ同じ列の三等と四等を占めていることを思い出してほしい。これを可能にするためには、中古漢語に \*ɦy- が存在しないことが必要である。上記の諧声関係は、\*ɦy- が出現するはずの状況でそれが以母 **y-** に置き換えられたということを明確に示している。これは口蓋化ではなく、**-y-** の前で **ɦ** が失われたと考えることができる。 我々は、函 **ɦəm¹** : 氾 **bi̯âm¹** のような諧声接続を説明するために、円唇化喉音が唇音の末子音の前に存在する可能性があることを前述した。これは 閻 **yem¹** < \*ɦwēm, 爓 **yem³**, **zi̯em¹**, **zi̯im¹** : 臽 **ɦaəm³** < \*ɦwlemh, 淊 **ɦəm²** < \*ɦwemꞏ を説明できるかもしれない。この問題は、同じ系列に 𧂄 **dəm²**, 諂 **ṭhi̯em²** という歯音の頭子音を持つ単語が存在し、**yem** < \*δēm が歯音に由来することを示す可能性があるため、複雑になっている。しかし、**dəm** < \*δəm はかつての \*vem からの異化によるもので、また **ṭh-** は \*fl- から生じたと説明できるかもしれない(後述 [p. 137ff.](/@YMLi/rkb4b8_FT#8-唇摩擦音) 参照)。閻 **yem¹** を \*ɦwēm とすると、ヴィマ・カドフィセスの名前の転写の最初の音節として使用されていることへの説明が非常に満足のいくものになる。カローシュティー *v́* も、硬貨におけるギリシャ文字表記 ΟΟΗΜΟΟ も、円唇化または歯唇摩擦音ではなく、頭子音 \*w- を指している。 以母 **y-** が軟口蓋音と同じ系列に見られるその他のケースは、おそらく \*-δ- クラスターで説明できる(後述 [p. 118ff.](/@YMLi/SydgEgbKa#6-δ--θ--クラスター) 参照)。 ## 11. 軟口蓋音の口蓋化の時期 軟口蓋音の口蓋化は非常に遅く、漢代以降の転写にも非口蓋化形が多く残っている。支 **ci̯e¹** < \*kēɦ の文字は、『三国志』の日本の記述の多く、特に九州沖の島である 一岐 **ꞏyit-ci̯e¹** = *Iki* に、*ki* の音価で登場する(『三国志』では「一大」となっているが、『梁書』54の形が正しい;Tsunoda and Goodrich 1951: 17; Naka 1915: 304)。万葉仮名で *ki¹* に ⟨支⟩ が使われているのは、Wenck(1954: II 57)が想定しているような 伎 **gye¹**, **gi̯e²** の省略形ではなく、おそらく初期の習慣の痕跡であろう。條支 **deu¹-ci̯e¹** = Ταοκή *taokḗ* (?) の ⟨支⟩ の推定音価は前述の通りである。同じ諧声系列からは、T.4『七佛父母姓字經』の 阿枝違兜 **ꞏâ¹-ci̯e¹-ɦi̯wəi¹-tu¹** に軟口蓋音の音価を持つ 枝 **ci̯e¹** も見いだされ、これはパーリ語 *Aggidatta* = Skt. अग्निदत्त *Agnidatta* に対応する、前の仏陀の拘留孫仏(Skt. क्रकुच्छन्द *Krakucchanda*)の父の名として用いられている。同じ文献には、迦葉仏(Skt. काश्यप *Kāśyapa*)の父の名として、阿枝達邪 **ꞏâ¹-ci̯e¹-dât-ya¹** という非常に似た転写がある。これに対応するパーリ語の形は *Brahmadatta* であるが、漢語の形は明らかに、*Agnidatta* を繰り返した、あるいは非常に類似した名前を持つテキストに基づいている(cf. Akanuma 1931: 257–92)。 多くの仏教転写における 甄 **ci̯in¹** と 枳 **ci̯e¹** の音価 *k-* に対する使用は、非口蓋化 \*k- の生き残りである可能性があるが、『切韻』には又音として 甄 **kyen¹** と 枳 **kye²** が見られるため、確証はない。しかしこれは、転写音価を説明するために学問的伝統の中に保存されている幽霊に過ぎないのかもしれない。北京語の現在の読み方である *zhēn* と *zhǐ* は、中古漢語の硬口蓋音に由来しており、これは他の方言でも同様のようである。⟨甄⟩ の又音を説明するために語られた話によると、この文字はもともと 堅 **ken¹** のように発音されていた。三国時代(紀元3世紀)、孫権が呉の皇帝になったとき、彼の父の名前が「堅」であったため、この音はタブーとなり、眞 **ci̯in¹** に変更された(荘綽『鷄肋編』B, p. 62)。この話がどれほどの信憑性があるのか、あるいは3世紀の発音が何を意味するのかはわからない。中国の一部で一時的にタブーとされた単語が、中国全土で発音を永久に変えることになったとは考えにくい。考えられる説明としては、現在の南方方言では \*k- はまだ口蓋化されていなかったが、他の地域ではすでに **c-** が発達していたため、\*ken に近すぎるとみなされた \*kyen を、より北方的な発音の \*ci̯in で代用することができたということだろう。 後漢代に 月氏 という名前の ⟨氏⟩ が ⟨支⟩ に置き換えられていることを考慮する必要がある。⟨氏⟩ という字は通常 **ji̯e²** と読まれ、この転写を除けば、やはり間違いなく転写である匈奴の妃の称号 閼氏 **ꞏât-ci̯e¹** と甘粛省の地名 烏氏 **ꞏou¹-ci̯e¹** (後漢代には「烏枝」と呼ばれていた)でのみ **ji̯e²** と読まれている。祇蚔 **gye¹** があることから、この系列も軟口蓋音起源であり、氏 は **ji̯e²** < \*gēꞏ, **ci̯e¹** < \*kēɦ として再構する必要があると考えられる。しかし、漢代の『書経』やその他の古文書からの引用では、⟨氏⟩ は疑いのない歯音系列である 是 **ji̯e²** の通仮字として使われている(『漢書』28B: 0247.3、『後漢書』87: 0823.4)。この中古漢語 **gye¹** は実際には 示 **gye¹**, **źi̯i²** と等価であり、これは『説文』によれば、祁 **gi̯i¹**, 狋 **ŋi̯i¹**, 視 **ji̯i²**、さらに 奈 **nâi³**, 隸 **lei³** と、非常に多様な諧声関係を持つ単語である。 後述するように、**gye¹** のような非口蓋化軟口蓋音の後に狭い **-y-** が続く単語は、\*-δ- を伴う古いクラスターを反射しているため、祇 と 氏 との結びつきは、おそらくこの歯音性の介音要素によって説明される。したがって、氏 が有声音であろうと無声音であろうと、漢代以前のさまざまな転写音価には間違いなく歯閉鎖音の頭子音が含まれていた。後漢代に ⟨氏⟩ が ⟨支⟩ や ⟨枝⟩ に置き換わった理由として最も有力なのは、歯閉鎖音の口蓋化が進み、外国語の音を表現するのに適さなくなったということである。もし外国語の音素が単純な歯閉鎖音であったなら、**tei¹** のような音節が使われるはずである。そこに **ci̯e¹** < \*kye が見られるという事実は、むしろ硬口蓋閉鎖音が意図されていた可能性を示唆している。しかし、これは推測にすぎない。いずれにせよこの置換は、軟口蓋音の口蓋化が歯音よりも遅れていたことを裏付けているように見える。 ## 参考文献 - Akanuma, Chizen 赤沼智善. 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