# Pulleyblank 1984『*Middle Chinese*』の書評
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:pencil2: 編注
以下の論文の和訳である。
- Baxter, William H. (1987). Review of Pulleyblank 1984 “Middle Chinese: A Study in Historical Phonology”. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 47(2): 635–656. [doi: 10.2307/2719193](https://doi.org/10.2307/2719193)
誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。また、一部見出しを追加した。
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## 1. はじめに
本書は、中国語の発音の歴史的発展に関する広範な研究である。主に隋・唐代の言語を扱っているが、それ以降の時代や、音韻論一般についても多くのことを語っている。その提案は広範囲に及び、複雑な形で相互に関連している。そのすべてを検討することは不可能なので、ここではPulleyblankの再構の論理構造にとって最も中心的と思われるものを検討することにする。
本書は5つの章と序文、2つの付録から構成されている。音韻論に焦点を当てた第1章「序論」の後、残りの章では中国語(特に標準方言)の音韻史を年代を遡って検証している。第2章「北京語の音韻論」では普通話(標準官話)の音韻分析を行い、第3章「後期中古漢語」では、唐末の標準語を再構する。初期中古漢語(Karlgrenが「Ancient Chinese」と呼んだ、『切韻』系韻書に体系化されている言語)についての考察は、第4章「初期中古漢語の資料」と第5章「初期中古漢語の再構」に分かれている。付録1には、Pulleyblankの初期・後期中古漢語との再構とKarlgrenの「Ancient Chinese」の比較表が収められている。初期官話の段階については詳しく論じられていないが(したがってここでもほとんど触れない)、『中原音韻』に基づく再構が付録2に収録されている。索引があれば最も便利だっただろう。
本書の中心は、官話・後期中古漢語・初期中古漢語の音韻体系の提示であるが、中国語の発展の歴史的背景を論じた部分(特に第1章の§1「標準官話の歴史」、第3章の§3.1「後期中古漢語の資料」、第4章「初期中古漢語の資料」)は、再構の詳細について掘り下げたい人以外にとっても有益な読み物である。Pulleyblankはこれらの議論に歴史家の視点を持ち込んでおり、その議論はとりわけ明快で洞察に富んでいる。彼が示すように、中国語の歴史は中国自体の文化的・政治的歴史に深く影響を受けてきたのである[^1]。しかし、この書評では、彼の音韻論的分析とそれが提起する問題に焦点を当てる。
## 2. 理論と方法論
Pulleyblankの研究は中国語音韻史の事実にとどまらず、音韻学理論に関する多くの提言を含んでいる。彼の再構アプローチは、その理論的枠組みをある程度理解していないと追うことが難しい。彼の初期の理論的提案のいくつかは、本書では放棄されているが、それらが彼の再構に与えた影響は依然として明らかであり、後の議論のためにそれらを簡単にまとめておくのが良いだろう。
Pulleyblankは1963年の論文『*An Interpretation of the Vowel Systems of Old Chinese and Written Burmese*』を皮切りに、音節核として /a/ または /ə/ のみを認めるという理論を展開しはじめた。この母音体系の貧弱さを補うために、彼は音節核の前後に現れる豊富な種類のわたり音を想定した。例えば、「緊張」わたり音 /i/, /u/ などや、「弛緩」わたり音 /j/, /w/ があり、これらは組み合わさって /jiuaj/ や /iuəu/ のような複雑な形を作り出す。このような形の音声的実現は、部分的には言語固有の音韻規則によって決定される。例えば、/ə/ は音声的に \[i] として実現されたが、/ia/ は \[iə] や \[iɛ] として実現されるかもしれない。母音の後の緊張わたり音は、/əi/ = \[e], /ai/ = \[æ], /əu/ = \[o] のように、一般的に単母音を生み出す(例えばPulleyblank 1970–1971などを参照)。
この2母音理論は、従来の弁別的特徴(素性)に対する代替案として見ることができる。すなわち、各特徴は1つの分節としてまとめられるのではなく、直線的な順序で配列されるのである。これは一部の構造主義者の音韻分析に似ている。例えばHartmanによる官話の分析では、3つの主母音 /i e a/ が舌の高さの度合いのみを表し、他の特徴は周囲のわたり音によって供給される(例えばHartman 1944は官話の音節末 *-i* を /ji/、*-u* を /wi/、*-ü* を /jwi/ と分析している)。しかし、Hartmanの官話の分析とは異なり、Pulleyblankの2母音理論は普遍的な妥当性を持つことを意図している。彼はこれを、唐代と宋代の韻図における内転⇔外転の区別(/ə/ 音節は内転、/a/ 音節は外転)、上古漢語の韻部([Pulleyblank 1977](/@YMLi/SkAP7_gia))、母音が乏しいが子音が豊富な北西コーカサス諸語、そしてインド・ヨーロッパ語のアプラウト(Pulleyblank 1965)に関連づけた。しかし、この理論は広く受け入れられているわけではない。
中古漢語については、Pulleyblankはそれまでの2母音理論を放棄して、Chomsky and Halle(1968)が提示した生成音韻論の大枠を受け入れた。主な変更点を以下に挙げる。
1. 音節の概念。Chomsky and Halleは、音節について形式的概念を持たずに理論を展開したが、現在では、これが彼らの理論の欠陥であったことが広く認められている。彼ら自身はその著書の後半で、\[±syllabic] という特徴を導入することによって音節を形式的に認識することを提案しており、Pulleyblankもこれを受け入れている。この特徴は、母音とわたり音を区別するための \[±vocalic] よりもよく用いられる。未解決の問題のひとつは、音節内のいくつの分節が \[+syllabic] になりうるかについて、先験的な制約があるかどうかということである。Pulleyblankは単一音節の中で /jaj/ とは対立的な /iaj/ のような組み合わせを許容しており、ここでは /i/ と /a/ の両方が \[+syllabic] でなければならない。そのような分析が自然言語に必要とされるかどうかは、探求する価値のある問題である[^2]。Chomsky and Halleの提案をより限定的に解釈すれば、1音節には1つの [+syllabic] 分節しか認められない。その場合、/iaj/ と /jaj/ の対立は排除されるが、それはありえないように思える。
2. 母音特徴。Pulleyblankは、Chomsky and Halleによる母音の主要特徴のいくつかを再定義し、シュワー /ə/ が \[+syllabic] を除くすべての特徴について負の価値が割り当てられるようにした。彼は、シュワーが「成節性の中立的な特徴」として特別な地位を与えられているため、音節から成節音素が削除されると、音節性を維持するために普遍的慣習によってシュワーが自動的に挿入されると考えている(しかし、この普遍的慣習は明文化されておらず、またPulleyblankは音節性を保持する他の方法も認めているので、例外なく適用されるわけではない)。この工夫により、ある種の音変化を、Pulleyblankの従来の2母音理論とほぼ同じ形で定式化することが可能になった[^3]。
3. わたり音。Pulleyblankは、/i/ と /u/ に対して /j/ と /w/ が存在するのと同じように、/a/ に対して、/ă/ または /H/ と書かれる \[+low], \[-front] わたり音が存在すると主張している。このわたり音は、英語 *dear* に見られるような、通常 \[iə] と表記される二重母音の出わたり音を説明する。この /ă/ は彼の再構の中で重要な位置を占めている。特に、Chomsky and Halleの提案が示唆するように、わたり音を本質的に \[-syllabic] 母音とみなすのであれば、このようなわたり音を認識することは理にかなっている(しかしPulleyblankは、特定の母音だけが対応するわたり音を持つと仮定している;注2参照)。Pulleyblankは、特にChomsky and Halleの特徴では区別が難しい \[a] (Pulleyblankの /a/ )と \[ɑ] (Pulleyblankの /aă/)を区別するためにこれを使用している。
Pulleyblankが理論的観点から論じていない話題の一つに、音韻構造と押韻との関係がある。韻文は中国語の初期段階に関する主要な証拠源であり、この証拠を利用するためには、実際の押韻と音韻形式との間に何らかの関連性があることを想定しなければならない。これについては様々な仮定が可能である。
1. 押韻は音声的であり、すなわち音声レベルにおける語形の部分的同一性に基づく。
2. 押韻は音韻的であり、すなわち根底にある音韻レベルでの部分的同一性に基づく。
3. 押韻は慣習的であり、すなわち音声や音韻以外の考察に基づく。
例えば最初のアプローチをとれば、韻を踏むには通常、主母音とそれに続く子音の音声的同一性が必要だと仮定できる。この場合、(不規則的な例外を除いて)現代標準中国語で知られているような、*-an* (音声的には \[-an])と *-ian* (音声的には \[-iɛn])の間の押韻は排除されることになる。あるいは2番目のアプローチをとれば、韻を踏むには主母音とそれに続く子音の音韻的同一性が必要だと仮定できる。この仮定に基づけば、\[a] と \[ɛ] が同じ音素の異音である限り、\[an] と \[iɛn] は定常的に韻を踏めるとみなすことができる。最後のアプローチでは、押韻は単に慣習的なものであり、\[an] と \[iɛn] (そしておそらくどのような韻のペアでも)は、音声や音韻の状態に関係なく、慣例や伝統によって定常的に韻を踏むことができると考えられる。
残念ながら、一般的に正当化できるのはおそらく最後の仮定だけである。特に中国語については、今日でも詩は現代的な発音ではなく、伝統的な韻の分類に合わせて書かれることが多いからである。しかし、中国文学史の特定の時代、特定の種類の詩については、韻が発音と結びついていると考えて差し支えなく、そのため歴史音韻学の証拠となる。ひとつの賢明なアプローチは、単純で自然な関係、例えば、韻を踏むには、主母音とそれに続くすべての音節の音韻的同一性(音声的同一性ではない)が必要であると想定することである。Pulleyblankは、後期中古漢語に関する以前の研究(1970–1971)ではこの仮定に従っているが、本書では従っていない。その結果、彼の再構と押韻の証拠との結びつきは弱まっている。これが、彼の再構に対する私の大きな批判である。以下、個々の再構について論じる際にこの点に再び触れることにする。
## 3. 北京語の音韻論
第2章では、北京方言(標準官話)の音韻論について、Pulleyblankの枠組みと表記の中で説明し、それ以前の音韻史を説明するための終着点を提供している。これは現代官話の音韻論を理解する上ではほとんど役に立たない。実際、Pulleyblankの再構に簡単に適合させるという目標は、官話の適切な共時的分析を行うという目標の妨げになることもあるようだ。ここでは、いくつかの重要な点のみを挙げる。
### 3.1. いわゆる「ゼロ」頭子音
音韻分析には通常、言語の音韻パターンの多くを簡便に記述できる音素レベルまたは「基底」レベルが含まれる。発話における実際の音声形は、音韻規則(同化やその他の多かれ少なかれ自動的な変化を含む)によって、この基底形から導き出される[^4]。この基底レベルでは、北京語の可能な頭子音として「ゼロ」を認めるのが通例である。例えば、音節 *an*, *yan*, *wan*, *yuan* は、ゼロ頭子音とそれに続く韻 /-an/, /-ian/, /-uan/, /-üan/ から構成されるものとして分析される。この分析は、頭子音と韻の分布を記述するのに便利である。Pulleyblankはこの分析を否定して代替案を提示しているが、私はその代替案には欠陥があると考える。
趙元任は、ほとんどの話者にとって、*ān* 「平和な」や *è* 「空腹な」のような単語は、実際には「摩擦音 \[ɣ] から半母音性狭窄音までを含む有声軟口蓋継続音」[^5]で始まると指摘した(Chao 1948)。彼はこの事実が、*zhēn è* 「実に空腹な」のような表現において先行する \[n] や \[ŋ] が後続音節に連続しない理由を説明すると主張している。一方、本当のゼロ頭子音は、*kàn (n)a!* 「見ろ!」の終助詞 *a* のように、連音化が見られる。
Pulleyblankは基本的にこの考えを受け入れ、このような場合の「ゼロ」頭子音に \[ʁ] (有声口蓋垂摩擦音)を用いている。しかし、彼は音節 *er* を「真のゼロ頭子音」を持つ単純な音節 /ṛ/ (*ri* /rṛ/ とは対立的)として分析し、この音節は音声的に頭子音を持たないと明言している。これは趙元任の見解とは異なる。実際、趙元任は特に、ペットの名前に含まれる非強勢性 *er* (女の子の名前 *Chuān'er* 「男の子を連れてくる」に見られる)は問題の頭子音を持つため、その有無は強勢からは予測できず、音韻的地位を与えなければならないと主張している(Chao 1948: 3)。
Pulleyblankはまた、\[j] と \[w] を基底の頭子音として認め、例えば一部の話者が \[w] を唇歯接近音 \[ʋ] と発音することで「子音的な特徴が強調されている」と主張している。このような議論に妥当性があるとは思えない。こうした音節で初頭に現れる子音の特徴は予測可能であるため、頭子音を持たない基底形から音韻規則を用いて説明することができる[^6]。
### 3.2. 韻に関して
Pulleyblankによる現代標準官話の韻に対する分析は、わたり音 /ă/ が果たす役割を除けば、ほとんど議論の余地のないものである。普遍的な根拠に関して /ă/ に異論はないが、標準官話の基底形に /ă/ を仮定する必要はなく、これはPulleyblankの分析を複雑にしている。
Pulleyblankの /ă/ の歴史は、1969年の論文『*The semivowel ï in Vietnamese and Mandarin*』に始まる。そこでは /ï/ (現在の理論では /ă/ に置き換えられている)が2つの問題を解決するために使われた。すなわち、(1)(特定の話者による)歌兒 *gēr* \[kɤr] 「歌」と 根兒 *gēnr* \[kər] 「根」の母音のような、ある種の境界的な表層形の対立、(2)*-i*, *-ie*, *-ia* のような母音終わりの音節に見られる3種類の高さの対立と思われるもの、である。後者はPulleyblankの2母音理論にとって難点のようである。
*gēr* \[kɤr] ⇔ *gēnr* \[kər] のような単語が問題になったのは、\[ɤ] と \[ə] を同じ音素の変種と見なすのは論理的に思えるが、構造主義的な仮定がこれを許容するのは、変種を条件づける要素(この場合は \[n])が表層形に存在する場合に限られるからである。Pulleyblankは、*-e* を /əï/ と分析し、したがって *gēr* は音韻的に /kəïr/ であり、*gēnr* は /kər/ であるとすることで問題を解決した。同様に、*ie* は /jəï/、*-uo* は /wəï/、*-üe* は /jwəi/ であるとした。これは同時に、母音における3種類の高さの対立という問題を解決した。例えば、韻 *-i*, *-ie*, *-ia* は、2母音理論と一致するように /iə/, /jəï/, /ja/ として分析できるようになった。
Pulleyblankによるこれらの韻に対する新しい分析も同様だが、/ï/ が /ă/ に置き換えられている。
| | 1969 | 1984 |
| :----- | :----- | :--- |
| *-e* | /əï/ | /əă/ |
| *-ie* | /jəï/ | /iă/ |
| *-uo* | /wəï/ | /uă/ |
| *-uie* | /jwəi/ | /yă/ |
さらに、母音の音声的類似性から *-ian* は /iăn/ と分析され、*-ie* /iă/ と並行するようになった(ただし、*-an*, *-uan*, *-üan* はそれぞれ /an/, /jan/, /jwan/ と分析され、基底形は /a/ であるため並行的でなくなった)。また、*-a*, *-ia*, *-ua*, *-ao*, *-iao*, *-ang*, *-iang*, *-uang* における母音 /a/ の後舌性変種を説明するためにも、/a/ の後にわたり音 /ă/ が加えられている。
生成音韻論の観点からは、もともと /ï/ が解決しようとしていた問題はどちらも現実的な問題ではない。*gēr* ⇔ *gēnr* の対立は、単に後者に *-n* が存在し、\[n] が削除された後に残った基底 /ə/ の変種が生じることに起因している。また、3種類の対立的な母音の高さも難なく扱える。とはいえ、これらの問題を生み出した理論的前提を放棄したとしても、Pulleyblankの分析には解決策が残っている。その結果、音韻規則によって説明されるはずの予測可能な情報が、彼の基底形に多く含まれることになる[^7]。同時に、主母音と末子音との間にわたり音が認められるため、音節構造がより複雑になる。また、この新しい体系は、現代の実際の押韻との明確な関係が認められない。例えば、*-ie* と *-üe* は、かなり厳密な基準でも韻を踏んでいるが、異なる主母音(すなわち、それぞれ /iă/ と /yă/ における /i/ と /y/)で分析されている。同様に、*-an* と *-ian* は通常韻を踏むと言われているが、異なる主母音(すなわち、それぞれ /an/ と /iăn/ における /a/ と /i/)を持っている。
## 4. 後期中古漢語
Karlgrenは、彼が『切韻』に基づいて再構した「Ancient Chinese」は、「本質的には陝西省長安の方言であるが、唐代が終わるまでに一種のコイネー言語となり、福建省の沿岸部を除く全国の主要都市や中心地の教養ある界隈で話されていた」(1954: 212)と考えていた。現在では、この点についてKarlgrenが誤っていたことは広く認められている。『切韻』が完成したとき(紀元601年)、長安は隋の首都であったが、『切韻』はほぼ間違いなく東部文化圏における教育的発音を体系化したものであった。しかし、約1世紀のタイムラグの後、長安方言は古い標準語を置き換えた。『切韻』が、Pulleyblankが「初期中古漢語 *Early Middle Chinese*」と呼ぶ初期の標準語に基づいているのに対し、唐代末期から宋代初期にかけてに作られた韻図は、Pulleyblankが「後期中古漢語 *Late Middle Chinese*」と呼ぶ新しい唐の標準語に基づいている。韓国語やベトナム語の主要な借用語層、そして日本語の漢音の層は、この新しい標準語に基づいている(一方、呉音の層はおそらく初期中古漢語に基づいている)。この標準語の変化を明確にし、中国語史における重要性を強調したPulleyblankの功績は大きい。彼は以前の論文(Pulleyblank 1970–1971)で従来の2母音理論に基づいて後期中古漢語の再構を提案したが、本書ではその改訂版が発表されている。
### 4.1. 後期中古漢語の頭子音
韻図では、後期中古漢語の36の頭子音(字母)が調音部位と調音方法によってリスト化されている。Pulleyblankが再構した頭子音は、このリストとほぼ一致している。再構の特筆すべき点は以下に挙げる。
1. 「濁音声母」は、Karlgrenによって有声有気閉鎖音として *gʼ-*, *dʼ-* などと再構されたが、本書ではつぶやき音または有声有気音を示す /ɦ/ が後続する無声閉鎖音として /kɦ/, /tɦ/ などと再構されている(初期中古漢語では、Pulleyblankはこれらを通常の有声閉鎖音として /g/, /d/ などと再構している)。
2. 「舌上音」の頭子音は、Karlgrenによって硬口蓋閉鎖音として再構されたが、本書ではそり舌音として再構され、/tr/, /trʻ/, /trɦ/, /nr/ と書かれている[^8]。
3. Pulleyblankは、そり舌歯擦音と摩擦音の系列を一つの系列として /tʂ-/, /tʂʻ-/ などと再構している。これは初期中古漢語の2つの系列、すなわち硬口蓋音系列 /tɕ-/ (Karlgrenの *tś-*)などとそり舌音系列 /tʂ-/ (Karlgrenの *tṣ-*)などの合併を表している。この合併は、伝統的な36の頭子音リストから暗示されている。初期中古漢語のこの2つの系列は、本来のそり舌音系列の後で高い前舌要素が失われることで、相補的に分布するようになった。
4. 「軽唇音」(唇歯音)の頭子音は、後期中古漢語の革新的なものであり、特定の環境において初期中古漢語の唇音から発展したものである。Pulleyblankはそれを次のように再構している。
| 頭子音 | LMC | EMC起源 |
| :----- | :--- | :------ |
| 非 | /f/ | /p/ |
| 敷 | /f/ | /pʻ/ |
| 奉 | /fɦ/ | /b/ |
| 微 | /ʋ/ | /p/ |
非母と敷母はどちらも /f/ と再構されていることに注意されたい。Pulleyblankは、非母と敷母の区別は後期中古漢語の発音ではなく、韻書に基づくものだと説得力をもって主張している。Pulleyblankの /ʋ/ は唇歯接近音である。この解釈(または単なる /v/)は、時々行われる唇歯鼻音 /ɱ/ の再構よりも満足のいくものである。なぜなら、\[ɱ] は音声的に \[m] の位置的変種として現れることがあるが、\[ɱ] と \[m] の対立を持つ言語は知られていないからである(Ladefoged 1982: 144参照)。
### 4.2. 後期中古漢語の韻
Pulleyblankによる後期中古漢語の韻の再構は、韻図の体系に関する彼の解釈を論じることで要約できる。この体系では、各音節は「摂」と呼ばれる16のグループのうちのどれかに分類される[^9]。同じ摂に属する韻は互いに音声的に類似している。ある摂は「内転」、ある摂は「外転」とラベル付けされているが、これは母音の高さを指しているようである。さらにそれぞれの摂の中で、音節は「開口」と「合口」に分類することができ、合口は通常、\[w] のような円唇性のわたり音や母音を意味すると解釈される。一つの摂の中で、開口音節または合口音節は、4つの声調(平・上・去・入;入声音節は無声閉鎖音 \[p], \[t], \[k] で終わる)によって分類される。最後に、各音節は4つの「等」のいずれかに割り当てられる。この分類は、主母音とそれに先行するわたり音に依存するが、その解釈は難しいことが知られている。
実際には、『韻鏡』のような韻図は、列が頭子音を表し行が韻を表す表の集合である。各単語は対応する頭子音の列と対応する韻の行に置かれる。一つの表の中では、音節はすべて同じ摂に属し、すべて開口またはすべて合口である。4つの声調ごとに4つの等を表す16の列がある。
Pulleyblankは、今述べた分類が網羅的である、すなわち後期中古漢語の各音節はその頭子音・摂・声調・等・開合を特定することによって一意に決定されるという基本的な前提に基づいて、韻の再構を行った。この仮定はおおむね妥当だと思われる。確かに『韻鏡』は一つの摂の中に複数の並列的な表を持つことが多いが、これはおそらく、後期中古漢語ではその一部が合流していたであろう『切韻』にある全ての音節を別々に列挙できるようにするためと考えられる。例えば 仙 *xiān* と 先 *xiān* は、『切韻』では別々の音節に割り当てられており、『韻鏡』ではそれぞれ別の表(それぞれ第21転と第23転)に置かれているが、頭子音(心母 /s-/)・摂(山摂)・声調(平声)・等位(四等)はどちらも同じであり、またどちらも開口である。したがって、すべての証拠が示しているように、両音節は後期中古漢語では合流していたと考えることができる[^10]。韻図の主要な機能のひとつが、後期中古漢語の話者が『切韻』のような韻書を解釈するのを助けることであったと仮定すれば、『韻鏡』におけるこのようなケースの扱いは理にかなっている。
Pulleyblankは具体的に、韻図の各カテゴリーを次のように解釈している。
【摂、内転と外転】外転と書かれている摂は、すべての等で母音 /a/ を伴って再構されている(ただし二等は長い /aa/)。内転韻は非低母音で再構され、通常その等と開合によって /ə/, /i/, /u/, /y/ のいずれかから選ばれる。Pulleyblankはさらに、一つの摂の中の単語は互いに韻を踏むと仮定している。これは一部の詩には当てはまるようだが、さらなる調査が必要である。この仮定は、短母音 /a/ と長母音 /aa/ とが韻を踏み、また低母音以外の全ての母音が互いに韻を踏むことを意味する。これは音韻形式と押韻の間のかなり複雑な関係を仮定している[^11]。
【開口と合口】合口韻は、円唇性の介音または主母音(/w/, /u/, /y/ のいずれか)を伴って再構される(外転韻では、これは /ua/ や /ya/ のような2母音の音節核を作る)。
【等位】4種類の等に対する最も単純な解釈は、同じ等に属する音節には共通する音韻的特徴があるというものである。しかし、この種の音韻論的解釈について、一貫性があり説得力のあるものを考案するのは難しいことがわかっている。Pulleyblankはもう少し複雑な解釈を提唱しており、後舌性の頭子音(例えば軟口蓋音)を持つ開口音節が4種類の等の典型となり、それ以外の音節は『切韻』の同じ韻における後舌性頭子音との並行性によってそれぞれの等に割り当てられるというものである。
この考えを山摂の音節で説明してみよう。Pulleyblankは、4種類の等の各音節(*K-* は軟口蓋音のいずれかを表す)を次のように再構している。
| 等 | 再構 | 例 |
| :--- | :------ | :----------------------------- |
| 一等 | *Kan* | 干 *gān* < *kan* 「盾」 |
| 二等 | *Kjaan* | 姦 *jiān* < *kjaan* 「姦通」 |
| 三等 | *Kian* | 建 *jiàn* < *kianˋ* 「建てる」 |
| 四等 | *Kjian* | 肩 *jiān* < *kjian* 「肩」 |
三等と四等は前舌母音(ここでは /i/)を持ち、二等と四等はわたり音 /j/ を持つが、一等はどちらも持たないことがわかる。これらの特徴から、音韻論的根拠のみに基づいて、後舌性頭子音を持つ開口音節を4種類の等のいずれかに割り当てることができる。しかしそれ以外のタイプの音節は、部分的にはこれらの典型的ケースから類推してそれぞれの等に割り当てられる。例えば 關 *guān* < LMC *kwaan* という単語は、姦 *jiān* < LMC *kjaan* のような典型的な二等の単語に見られるわたり音 /j/ を持たないが、長い /aa/ を持ち、さらに 關 *guān* と 姦 *jiān* は『切韻』の同じ韻目(刪韻)に見られるので、 關 *guān* も二等に割り当てるのが合理的である。別の例を挙げると、Pulleyblankは 先 *xiān* をLMC *sian* と再構しており、これは 肩 *jiān* < *kjian* のような典型的な四等の単語に見られるわたり音 /j/ を持たないが、先 *xiān* と 肩 *jiān* は『切韻』の同じの韻目(先韻)に見られるため、類推して 先 *xiān* も四等に位置づけられる。このような推論を行うことで、4種類の等がすべての音節に対して一律の音韻論的解釈を持たないにもかかわらず、すべての種類の音節をいずれかの等に割り当てることについて、もっともらしい説明を与えることができる。
このように、4種類の等を、四種対立を持つ典型例からの類推的拡張として捉える考え方は、大いに参考になる。韻図の考案者が『切韻』を知っていたと仮定することになるが(『切韻』の韻目が類推の根拠の一部となっているため)、これは妥当だと思われる。しかし、より音韻論に依拠し、より類推に依存しない解決策があれば、それに越したことはない。また、等位に対するこのような見解を一般論として受け入れることはできるが、必ずしもPulleyblankが再構した典型例の対立そのものを受け入れる必要はない。後者について、いくつか異論を唱えてみよう。
1. 二等の長い /aa/ は、(1)詩では一等韻と二等韻とが韻を踏むことがある、(2)現代の方言では一等韻と二等韻は異なる母音を持つことが多い、という2つの事実を調和する方法として再構されたものである。Pulleyblankは、長い /aa/ と短い /a/ は韻を踏めるほど十分似ており、異なる母音に発展するほど十分異なると仮定している。しかしこの解決策は、誤っているかもしれないある仮定に基づいている。すなわち、一部の詩人に一等韻と二等韻とで韻を踏ませた「後期中古漢語」が、異なる母音を持つ現代方言の祖先の「後期中古漢語」と同一であるという仮定である。*Kan* と *Kjaan* ではなく、*Kan* と *Kæn* を再構し、後期中古漢語のある方言では後者が *Kjan* となったと考えた方がよいかもしれない。
2. 三等の *-ian* と四等の *-jian* のような対立は、不可能ではないかもしれないが、不自然に思える。また、上で指摘したように、1つの音節に複数の \[+syllabic] 分節を認めてよいかどうかについては疑問の余地がある。Pulleyblankの /ia/ を /e/ に置き換えて、三等を *-en*、四等を *-jen* とした方が自然だろう(Pulleyblankが指摘するように、彼の /ia/ は、朝鮮語漢字音、日本語の漢音の層、元代の中国語のパスパ文字転写では \[e] と表現されている(p. 95))。しかし、もし三等と四等の音節が本当に一等や二等と定常的にに韻を踏んでいるのであれば、この解決法には困難が伴う。
3. Pulleyblankによる後期中古漢語の再構における最大の問題は、現代官話の分析と同様に、押韻と音韻形式の間に複雑な関係を想定しなければならない点である。内転(非低母音)音節では、主母音はまったく異なるにもかかわらず、/i/ は /yj/ と、/əăk/ は /uăk/ と、/əwŋ/ は /iwŋ/ と韻を踏む。全体として、全ての非低母音は後続する子音が同じであれば互いに韻を踏むことができると考えなければならない。
4. 官話の再構と同様、低いわたり音 /ă/ は予測可能であり、基底形から排除して良い。
後期中古漢語の正確な再構については、今後も議論が続くだろう。上記のような留保はあるものの、Pulleyblankによる体系の再構は、全体的にはこの時期の中国語の研究において重要な進歩である。唐代後期の言語の表記法として有用であり、さらなる研究のための貴重な出発点となるはずだ。唐代の詩を研究する者にとっては、失われてしまった(あるいはおそらく存在しなかった)多くの対立を維持しているKarlgrenの「Ancient Chinese」よりも信頼できる手引である。例えば、李賀の詩『感諷』(No. 3)の押韻をKarlgrenの「Ancient Chinese」とPulleyblankの「後期中古漢語」で見てみよう。
| | Karlgren | Pulleyblank |
| :---: | :------- | :---------- |
| 草 | *tsʼâu꞉* | *tsʻawˊ* |
| 老 | *lâu꞉* | *lawˊ* |
| 道 | *dʼâu꞉* | *tɦawˊ* |
| 曉 | *χieu꞉* | *xiawˊ* |
| 擾 | *ńźi̯äu꞉* | *riawˊ* |
一目見れば、Pulleyblankの再構が押韻を明確に表現しているのに対し、Karlgrenの再構は押韻を不明瞭にしていることがわかるだろう。Karlgrenの *-ieu* と *-i̯äu* ==(蕭韻と宵韻)== は初期の詩でも定常的に韻を踏んでおり、この *-e-* と *-ä-* の区別は人為的なものである。そして李賀にとってこの2つの韻はKarlgrenの *-âu* ==(豪韻)== とも韻を踏めたようである。Pulleyblankの再構に共通する /aw/ という韻 ==(效摂)== はこれらの事実を反映している[^12]。非低母音ではより複雑な状況となるが、それでもKarlgrenの表記法よりPulleyblankの表記法の方がこの目的には適している[^13]。
純粋に実用的な観点から言えば、Pulleyblankの後期中古漢語は、タイプライターやコンピューターで容易に利用できない発音記号を使用しており、ワープロやデータベース管理ソフトウェアでは容易に受け入れられないため、少々不便である(もちろんこれは再構ではなく実装に対する批判である)。この不便さを改善するために、私は次のような純粋に組版的な変更を提案し、Pulleyblankの体系の特徴を失うことなく完全にタイプ可能なものとしたい。
1. 頭子音について、*ɦ* を *h*に、*ŋ* を *ng* に、*ʋ* を *v* に、*ʂ* を *sr* に、*ʔ* を *q* に、有気音の記号をアポストロフィに置き換える。
2. 韻について、*ă* を *a* に、*ə* を *o* に、*ṛ* を *r* に、*ẓ* を *z* に置き換える(Pulleyblankの *ʂṛ* は *srr* のようになる)。
3. 声調については、ほとんどのコンピューターでは、スラッシュ / (上声)とバックスラッシュ \ (去声)、または数字や文字を用いることができる。
この表記法では、大文字と小文字の区別がないことに注意されたい。大文字は、他の目的(例えば、テキスト中で韻を踏む単語を表記したり、単に強調するためなど)に使用できる。
元の再構の表記に復元するには、必要な記号を生成できる機器上で、上記の置換を逆方向に行えば良い。ただし、(1) *a* が音節の最後、または *-ng* や *-k* の前に出現する場合のみ *ă* と書き換え、(2)末尾の *r* は *ṛ* と書き換え、*sr* は *ʂ* と書き換える。
## 5. 初期中古漢語
Pulleyblankは、1962年の上古漢語に関する論文で中古漢語(現在は初期中古漢語と呼ばれる)の再構について提案を行った([Pulleyblank 1962: 65–85](/@YMLi/rJIytCsGT#2-切韻体系))。彼の近年の見解を反映した新たな再構は、多くの論文で言及され使用されてきたが(例えば[Pulleyblank 1973](/@YMLi/B1rIN7s56))、本書ではそれが初めて完全に提示された。初期中古漢語は『切韻』の音韻体系を表すことを意図しており、Pulleyblankは周祖謨と同様に、これをわずかに異なる2種類の発音(おそらく洛陽と南京の方言)が混ざり合った、6世紀の教育的発音に過ぎないと見ている(pp. 130–134; Zhou 1966)。そのため、やや人為的なものかもしれないが、おそらく現代の英語辞書(通常、一人の話者が行うよりも多くの区別を含む)ほどではないだろう。
Pulleyblankによる初期中古漢語の再構は非常に多くの革新的アイデアと議論を含む複雑な構造を持つため、ここでは、その中心的なもののいくつかを論じるにとどめる。
### 5.1. 頭子音
『切韻』体系の頭子音については、現在ではある程度のコンセンサスが得られている。Pulleyblankの再構の特筆すべき点をいくつか挙げてみよう。
1. 「濁音声母」は、Karlgrenによって有声有気音として再構されたが、この段階では、通常の有声阻害音として /g/, /d/, /b/ などと再構されている。
2. 「舌上音」の頭子音は、後期中古漢語と同様にそり舌音として /tr/, /trʻ/, /dr/, /nr/ と再構されている(これらはクラスターではなく一単位の音素を意図している)。Pulleyblankは、南部ではこれらは歯閉鎖音 /t/, /tcʻ/ などと区別されていなかったと主張している。
3. Pulleyblank(1962: 67–69)で既に主張されていたが、Karlgrenによる有声硬口蓋歯擦音と同摩擦音を入れ替えるべきと考える論拠を示している。すなわち、Karlgrenの *dźʼ-* (牀母三等 ===船母==)は実際には /ʑ/ であり、Karlgrenの *źʼ-* (禪母三等 ===常母==)は実際には /dʑ/ であった(pp. 169–171)[^14]。この誤りは韻図に由来する。韻図で2つの頭子音が逆に配置されているのは、おそらく後期中古漢語ではそれらが統合されていたためであろう。この点に関するPulleyblankの主張には説得力がある。
4. 近年の多くの研究者と同様、==日母について== PulleyblankはKarlgren特有の *ńź-* の代わりに硬口蓋音 /ɲ/ を再構している。
### 5.2. 韻
Pulleyblankは初期中古漢語の音節を、基本的に「タイプA」と「タイプB」と呼ぶものに区別している。タイプB音節は、Karlgrenが一般的に介音 *-i̯-* を伴って再構した音節である。これらの音節の韻は韻図の三等に見られることが多いため、三等韻と呼ばれることもある。タイプA音節は、一等・二等・四等のみに見られ、頭子音が限定されている(例えば硬口蓋音やそり舌音が含まれない)ものである。両タイプの音節に現れる頭子音であっても、それぞれ異なる反切で表記される傾向があり、これは異なる異音を持っていたことを示しているようだ。タイプAとタイプBの区別は、その性質が何であれ、漢代末期までに中国語の母音体系を一変させる一連の変化の条件となった。
これらの事実に対する従来の解釈は、タイプB音節にはある時期から高い前舌性の介音 /j/ (Karlgrenの *-i̯-* に相当)が含まれ、この /j/ がタイプB音節に影響するさまざまな現象、例えば、(1)歯音が(場合によっては軟口蓋音も)硬口蓋音に変化する(例えば \*tj- > *tɕ-*)、(2)タイプA音節で高母音が下がるのとは対照的に、高母音が維持される(例えば、年 \*nin > EMC *nɛn* に対して 人 \*njin > EMC *ɲin* [^15])、の要因となったというものである。このような口蓋化や高低の同化が /j/ によって条件付けられるのはごく自然なことと考えられ、従来の解釈には多くの利点がある。
しかし、他の言語の同源語や借用語から仮定された /j/ を見つけるのは難しく、特に転写ではほとんど無視されている。Pulleyblankの初期中古漢語の中心的な考え方の一つは、タイプB音節に対する異なる理論であり、その特徴は高母音 /i/, /ɨ/, /u/ の存在である(第2母音が後続する場合があるが、それはなぜか常に /a/ である)。これによって転写の見栄えがよくなることが多い。例えば借用語の 佛 *fó* 「ブッダ」は、Karlgrenの体系では *bʼi̯uət* だが、Pulleyblankの体系では単純に *but* である。またこの理論は、ベトナム語における初期の中国語からの借用語を、全体的に初期中古漢語に非常に近いものにしている。例えば、次のような例がある(pp. 209, 211)。
- ベトナム語 *lừa* 「ロバ」← 驢 EMC *lɨă* (ベトナム語 *u* は音声的には [ɨ])
- ベトナム語 *múa* 「踊る」← 舞 EMC *muăˀ*
- ベトナム語 *buồm* 「帆」← 帆 EMC *buam*
後期中古漢語の形は、/ɨ/ を /i/ に、/u/ を /y/ に変化させる一般的な前進規則に由来する。
軟口蓋音の頭子音については、少なくともある種の方言(転写の証拠から判断するとおそらく北部方言)では、タイプA音節の非高母音の前に口蓋垂音の異音 \[q], \[qʻ], \[ɢ], \[ɴ] を持っていたと想定される。Pulleyblankが想定している特徴体系では、軟口蓋音は \[+high, -low] であるのに対し、口蓋垂音は \[-high, +low] であるため、これは自然な同化である。この仮説には、それを支持する転写上の証拠がある(通常サンスクリット語の軟口蓋音はタイプB音節で転写されるが、これはおそらく口蓋垂音の異音を避けたためである)。またタイプA音節における上古漢語の \*/g/ から /ɣ/ への変化についても、 \[ɢ] > \[ɣ] には多くの並行例があるため、自然な説明ができる(pp. 167–168)。しかし、この変化は閩語方言には影響を与えなかった。この点で、閩語は軟口蓋音に口蓋垂音の異音を持たない南部方言を代表しているのかもしれない。これは、さまざまな種類の証拠を結びつける有望な考えだと思われる。
タイプB音節高母音説の大きな欠点は、介音ではなく母音に関するものであるため、タイプA音節とタイプB音節が互いに韻を踏んでいる場合でも、異なる母音で再構しなければならないことである。そのため、この再構は初期中古漢語の押韻パターンとは非常に弱い間接的な関係しかない。例えば、『切韻』の東韻にはタイプAとタイプBの単語があり、Pulleyblankはそれぞれ /-owŋ/ と /-uwŋ/ という韻を再構している(Karlgrenの体系では *-ung* と *-i̯ung*)。また、『切韻』の先韻には /ɛn/ を再構し、仙韻には /ian/ を再構し、それぞれ異なる母音を持つが、この2つのグループは魏・晋代から唐代に至るまで定常的に韻を踏んでいる。一方で、仙韻(EMC /ian/)と寒韻(EMC /an/)や、仙韻(EMC /ian/)と元韻(EMC /ɨan/ と /uan/)は、主母音 /a/ を共有しているが、韻を踏むことは稀である。押韻は音韻的ではなく音声的なものであり、/ian/ はおそらく音声的には \[iɛn] であり、したがって /an/ ではなく /ɛn/ と韻を踏んだのだ、という反論があるかもしれない。しかしそれならば、初期中古漢語を学ぶ子供はなぜ \[iɛn] の基底形として /iɛn/ や /jɛn/ ではなく /ian/ を設定したのだろうか。PulleyblankのタイプB音節の理論は、確かに探求する価値のある考えであるが、この場合は、初期中古漢語の音韻論について我々が持っている最も重要な証拠の一つである、その時代の押韻に対する説明の簡潔さを犠牲にすることになるようだ。おそらくPulleyblankの高母音の提案は、この難点を避けるために何らかの形で修正できるだろう。
ここでは、Pulleyblankの初期中古漢語の韻の他の側面については簡単に触れるにとどめる。現在では上古漢語では介音 \*/r/ を持っていたと広く仮定されている二等韻は、そり舌母音 /aʳ/ と /ɛʳ/ で再構されている(pp. 181–197)。英語の話者がこれを不自然だと言うことはできないし、それを支持する転写の証拠も存在する。しかし残念なことに、二等の単語は、そり舌母音を仮定する理由のないタイプBの単語と『切韻』で同じ韻とされていることがある(例えば、Pulleyblankは『切韻』の麻韻を /aʳ/, /waʳ/, /iaă/ と再構しているが、/iaă/ はむしろPulleyblankが /aă/, /waă/, /ɨaă/, /uaă/ と再構した歌韻と同じに見える)。
いわゆる「重紐」音節とは、同じ頭子音を持ち同じ『切韻』の韻目に見られるが、韻図では一方は三等に、他方は四等に割り当てられる、タイプB音節のペアである。Karlgrenがこのペアを区別できなかったため、満足のいく再構が非常に困難であることが判明した。重紐三等は通常上古漢語の介音 \*/r/ を持つタイプB音節の反射であるという洞察はPulleyblankに帰着するものであり、彼は遅くとも6世紀末に /r/ を示すと思われる転写の証拠があることを示した(pp. 172–176)。しかしそれ以外のケースでは、介音 \*/r/ を仮定する語源学的な理由はない。Pulleyblankは初期中古漢語の重紐三等韻に /(w)i/ を、重紐四等韻に /j(w)i/ を再構しているが、重紐三等の単語には「再構に明示的に含まれないそり舌化あるいは軟口蓋化の特徴があり、したがって 筆 EMC *pit* を代わりに *pʳit* と書いても良い」(p. 237)という但し書きがある。これは真実に近いかもしれないが、満足のいく解決策ではないように思える。おそらく、ある方言ではまだ介音 /r/ が維持されていたが、他の方言ではその対立が別の形になったと考えるべきだろう。
後期中古漢語と同様、Pulleyblankは音節の終わりに /wŋ/, /jŋ/, /ăŋ/ といった音を再構しており、これらは上古漢語における末子音の細かい対立を反射していると理解されている。
Pulleyblankの声調に関する考え方は別のところで取り上げているため(Pulleyblank 1978)、本書では詳しく論じられていない[^16]。ここでは、彼が去声を、6世紀初頭まで一部の方言で維持されたいた可能性のある、かつての末子音 \*/-s/ に由来させているということだけを述べておこう。『切韻』において去声のみに現れる韻は、この \*/-s/ の痕跡であると推測される(pp. 223–224)。
## 6. まとめ
本書で提示されている3つの音韻分析のうち、現代標準官話の分析が最も成功していないもののように思われる。これは生成音韻論の枠組みの中で提示されているが、Pulleyblankの以前の2母音アプローチの影響が残っており、生成音韻論が他の方法で簡単に扱える問題に対して構造主義的な解決策が邪魔をしている。
後期中古漢語の再構は最も成功しているように思える。唐代の発音を表現する方法を求めている人には、わずかな留保をつけるだけで推薦できるし、この目的にはKarlgrenの「Ancient Chinese」よりもはるかに優れている[^17]。だからといって、これがこの時期の音韻史に対する最終的解答だと言っているわけではなく、当然ながらこの時代の音韻史にはまだ多くの疑問が残されている。しかし、そのような疑問を調査する上で有用なツールとなるだろう。
初期中古漢語の再構は多くの有望な提案が組み込まれているが、全体としては後期中古漢語の再構ほど満足のいくものではない。初期中古漢語における複雑な問題は、当時の個々の方言にさらに注意を払い、おそらくは個々の詩人の押韻を注意深く研究することによってのみ解決できる可能性が十分にある。上に示したように、Pulleyblankの再構の最大の問題は、一般的な押韻パターンが容易に説明できないことである。
歴史言語学の進歩は想像力によって大きく左右される。この分野における伝統の重みは非常に重く、過去の不満足な解決策が、時が経つにつれてどんどん自然なもの、あるいは自明のものにさえ思えてくる。これはKarlgrenの研究で発生し、彼の中国史の見方は、彼を批判しようとする人々にさえ影響を与えているのである。この伝統を徹底的に再検討し、新たな仮説を生み出し、その結果を詳細に追求するには、想像力と相当な知的作業が必要である。Pulleyblankはそのような研究を行うことで中国歴史言語学に多大な貢献をしている。本書はその一例であり、革新的なアイデアと新鮮なアプローチを豊富に提供している。これほど多くのアイデアの中で、そのすべてが正しいと判明すれば驚きである。
## 参考文献
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[^1]: しかし、現代官話の文語層が、首都が南京に移された明代の南部方言の影響を反映しているという彼の指摘(p. 4)は、すべてを物語っているわけではない。彼のいう文語~口語の二重語の多くは、彼の付録2が示すように、既に元代の『中原音韻』に存在していた。例えば、薄 口語 *báo* < 初期官話 *pawˊ* (同音グループ960), 文語 *bó* < 初期官話 *puăˊ* (1095)、落 *lào* < EM *lawˋ* (1062), *lùo* < EM *luăˋ* (1153)。もちろん、明代にはより多くの語彙が加えられたかもしれない。
[^2]: Pulleyblankは、音声的に \[ɛᴀːŋ] として実現される広東語中山方言の韻を指摘することで、このような組み合わせを正当化している(p. 19)。私の理解が正しければ、彼の議論は、高母音と \[a] だけが対応するわたり音を持つことができるという仮定に基づいている。そのため、この韻の \[ɛ] はわたり音であるはずがなく、次の \[ᴀː] と同じく \[+syllabic] でなければならないということになる。しかし、基底形に可能なわたり音が限られているとしても、基底 /j/ が音声的に \[ɛ] として実現されないと考える理由はないだろう。
[^3]: 以前のバージョンでは、/iə/ という組み合わせ(音声的には \[i])から /i/ が削除されても、シュワーは残ったままだった。したがって、音声的な \[i] から \[ə] への変化は、単純な /i/ の削除として扱うことができた。新しいバージョンでは、音声 \[i] の基底形は単なる /i/ であるが、これが削除されると、音節性を維持するためにシュワーが出現する可能性がある。したがってどちらの体系でも、変更は特徴の変更ではなく削除と言える。
[^4]: 本論文では斜線の間に基底形を、角括弧の間に音声形を書く。
[^5]: 原文のIPA表記を通常の正書法に修正した。
[^6]: 趙元任が発見した、非強勢 *er* における有声軟口蓋摩擦音と、終助詞などにおける真のゼロ頭子音の対立も、予測可能なものである。なぜなら、真のゼロ頭子音を持つ助詞は元から無声調で非強勢であるのに対し、非強勢 *er* には、派生過程で失われる基底の声調があるからである。生成の枠組みでは、この2つの状況をさまざまな方法で区別することができる。
[^7]: Pulleyblankのゼロ頭子音の分析の場合と同様である。
[^8]: Pulleyblankが、これらの音が「閩語の口語を除くすべての方言で」(p. 65)そり舌歯擦音に統合されたと述べているのは誤りである。これらの音は閩語では口語でも文語でも歯閉鎖音として現れる。
[^9]: 韻図によっては摂が13か14しかないものもある。
[^10]: 後の韻図は、『韻鏡』の第21転と第23転のような並列する表を崩し、各音節について可能な位置が1つだけになるようにしている。
[^11]: 以前のPulleyblank(1970–1971)の再構では、すべての外転韻は母音 /a/ を持ち、すべての内転韻は母音 /ə/ を持っていたため、押韻との関係はもっと単純であった。
[^12]: ただし、少なくともこの例では、最後の2語は別個に韻を踏んでいると扱うこともできる。
[^13]: ただし、唐代後期には失われていた対立を人為的に保存している詩にはあまり適していない。
[^14]: これは早くは陸志偉によって提唱されている。Lu(1947: 11–13)参照。
[^15]: アスタリスク形は、私が現在取り組んでいる「Bodman/Baxter体系」による上古漢語の再構形である。この例では、我々の再構は李方桂の再構(Li 1971)と同一である。
[^16]: 声調に対する生成音韻論的アプローチについては本書で論じられている(pp. 35–40)。
[^17]: Pulleyblankの再構では、後続の子音が同じであれば非低母音は互いにどの母音とも韻を踏むことができる、という一般的な経験則を覚えておく必要がある。