# 紀元前1千年紀の中国語音韻論(円唇母音) :::info :pencil2: **編注** 以下の論文の和訳である。 - Jaxontov (Я́хонтов), Sergej E. (1960). Фонетика китайского языка I тысячелетия до н. э. (лабиализованные гласные). *Проблемы востоковедения* 6: 102–115. 原文には要旨・セクション立て・表見出しがないが、追加した。誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。 中古漢語の形は、原文ではKarlgren(1940)の再構形を一部修正した表記が用いられているが、本訳文ではKarlgren(1957)の再構形を一部修正した表記に置換した。Karlgren(1957)の表記との違いは以下の通りである。 1. 有気音の記号「*‘*」は「*h*」に置き換える(原文同様)。 2. 本訳文では平声を「*¹*」、上声を「*²*」、去声を「*³*」で表記する。原文では平声は無表記、上声と去声は「Ⅱ」「Ⅲ」の上付き文字が用いられている。 3. 原文では、影母の記号「*ꞏ*」は「*ʔ*」に置き換えられ、曉母の記号「*χ*」は「*x*」に置き換えられ、知組声母の表記「*t̑*」等は「*tʼ*」等に置き換えられ、一部の介音「*w*」が上付き文字「*ʷ*」に置き換えられている。本訳文ではこれらについてKarlgren(1957)の通り表記する。 また、Karlgrenによる中古漢語再構形の隣に、スラッシュを挟んで、[切韻拼音](https://phesoca.com/tupa/)(“TUPA”)の表記を加えた(魂韻 *-on* ⇔痕韻 *-eon*、灰韻 *-oj* ⇔咍韻 *-eoj* の表記に注意)。 Jaxontovによる上古漢語再構表記も上記にならって一部変更した。 チベット語形が引用される際はチベット文字表記を加えた。チベット文字の翻字は原文の表記を維持した(翻字のハイフンが何を意味しているのかは明らかにされていない)。 ::: :::success :pushpin: **要旨** 中古漢語、形声文字の声符、『詩経』などの古い韻文では、合口音節と開口音節の分布やふるまいに奇妙な非対称性がある。それらは、上古漢語には中古漢語のような合口介音(*-u-*, *-w-*)は存在せず、中古漢語の合口音節は上古漢語の(1)円唇化軟口蓋音(または唇音)ではじまる音節、(2)円唇化主母音を持つ音節、のどちらかに由来することを示している。舌頂音を頭子音に持つ単語は中古漢語から、それ以外の頭子音を持つ単語は押韻や形声文字の声符から、合口要素がどちらに由来するものなのかを判断することができる。以上の仮定に従って、韻文に見られる単語の再構を見直し、上古漢語の韻体系を再編成した。 ::: --- ## 1. 合口音節と開口音節について 中古漢語で主母音として円唇母音(*u* または *o*)が現れるのは、語末軟口蓋音(*-k* と *-ng*)の前と開音節だけであったことが知られている[^1]。音節を形成する *o* と *u* の他に、介音としての円唇母音 *u* (または半母音 *w*)もあった。この音を持つ音節は「合口」、持たない音節は「開口」と呼ばれた。 合口⇔開口の対立がある音節以外に、円唇化した主母音、*-u* で終わる二重母音、語末に唇音(*-m*, *-p*)を含む韻を持つ音節があった。これらの韻は、(孤立した例外を除いて)介音 *u* (*w*) を伴わないものもあれば、伴うことが義務付けられているものもあるが、それは音韻上の意味を持たない。また合口音節と開口音節の対立は、実際には初頭子音に唇音を持つ音節には当てはまらない。これらの音節では、*u* (*w*) の有無だけで音韻的に区別されるようなペアは(例外的状況を除いて)存在しなかったため、*u* (*w*) は音素的ではなかった(Li 1952: 129–133)。唇音の後のこの音は、ある特定の韻に付随するもので、かなり不安定で、韻書では不規則的に記載されていた。 すべての合口音節が対応する開口音節を持つわけではない。合口音節の頭子音と末子音には一定の依存関係があり、舌頂音で始まり軟口蓋音で終わる音節(†twâng, †swək 等)はまったく存在しなかった。中古漢語で末子音を持たない合口音節においても、同じパターンをたどることができる。上古漢語の第8–10韻類[^2]の単語(*-t* や *-n* で終わる音節と同じ韻類)では、任意の頭子音を持つ合口音節が見られるが、しかし、第1–3類の単語(語末に *-k* や *-ng* を持つ音節が含まれる韻類)は、中古漢語で介音 *u* (*w*) を持つ場合、決して舌頂音で始まることはない。 ## 2. 声符と押韻における合口・開口の奇妙な非対称性 漢字では、合口音節と開口音節を記録するのに、原則として異なる声符が用いられる。すなわち、同じ声符を持つ文字は通常、合口音節のみ、あるいは開口音節のみを表す(Dong 1948: 63)。このように、形声文字では、我々が関心をもつ2つの単語グループ ==(合口音節と開口音節)== がはっきりと区別される。 押韻の場合はもっと複雑である。古代中国の詩[^3]では、第1–3類の単語は、中古漢語の合口音節であるか開口音節であるかにかかわらず、互いに(同じ韻類と声調の中で)自由に韻を踏んでいた(例えば、岡 *kâng¹*/*kang*「丘」は 黄 *ɣwâng¹*/*ghwang*「黄色」と自由に韻を踏んでいた)。これらの韻類では、介音 *u* (*w*) を持つ単語どうしが、この音を持たない単語を含めずに韻を踏んでいる例を見つけるのは難しい。対照的に、第8–10類では、合口音節は主に合口音節とだけ韻を踏んでいる。以下に示すように、第9類または第8類では、しばしば4つ以上の合口音節が韻を踏んでいる。 :spiral_note_pad: **表1: 第8, 9類の合口音節のみで構成される韻の例** | 出典 | 韻字 | | | | | | | :------------------- | :--------- | :--------- | :------- | :-------- | :------- | :------ | | 荀子・成相 25.55 | 出 | 律 | 滑 | 拙 | | | | | *tśhi̯uĕt* | *li̯uĕt* | *ɣwăt* | *tśi̯wät* | | | | | *tjhwit* | *lwit* | *ghweet* | *tjwiet* | | | | 詩・大雅・雲漢 258.5 | 川 | 焚 | 熏 | 聞 | 遯 | | | | *tśhi̯wän¹* | *bhi̯uən¹* | *χi̯uən¹* | *mi̯uən¹* | *dhuən³* | | | | *tjhwien* | *bun* | *hun* | *mun* | *donh* | | | 詩・魏風・伐檀 112.3 | 輪 | 漘 | 淪 | 囷 | 鶉 | 飧 | | | *li̯uĕn¹* | *dźhi̯uĕn¹* | *li̯uĕn¹* | *khi̯wĕn¹* | *źi̯uĕn¹* | *suən¹* | | | *lwin* | *zjwin* | *lwin* | *khuin* | *djwin* | *son* | | 詩・齊風・猗嗟 106.3 | 孌 | 婉 | 選 | 貫 | 反 | 亂 | | | *li̯wän²* | *ꞏi̯wɐn²* | *si̯wän²* | *kuân³* | *pi̯wɐn²* | *luân³* | | | *lwienq* | *quonq* | *swienq* | *kwanh* | *puonq* | *lwanh* | :::info :pencil2: **編注** 表1(原文では箇条書き形式)では、文字の直下にKarlgren(1957)の中古漢語再構形、そのさらに下の行に[切韻拼音](https://phesoca.com/tupa/)の表記を加えた。以降も同様。 ::: 第8–10類の合口音節のうち初頭に舌頂音を持つ音節は、ほぼ必ず他の合口音節とのみ韻を踏む。しかし、軟口蓋音または唇音で始まる合口音節は、一部は合口音節と、一部は開口音節と韻を踏む。上古漢語では、次のような種類の音節が(同じ韻類・声調の中で)互いに韻を踏んでいた[^4]。 - (A)**TONG**, **KONG**, **PONG** - (B)**TENG**, **KENG**, **KWENG**, **P(W)ENG** - (C)**TWEN**, **KWEN** (一部), **P(W)EN** (一部) - (D)**TEN**, **KEN**, **KWEN** (一部), **P(W)EN** (一部) Cグループの音節は、同韻類で同声調であっても、一般的にDグループの音節とは韻を踏まない。 周知のように、上古漢語における介音 \*-i- と \*-i̯- は、押韻にも声符の使用にも何の影響も及ぼさなかった。合口音節は介音 \*-w- によって開口音節と区別されると一般に信じられているが、なぜ合口音節と開口音節は同じ声符で表記されることがほとんどなく、場合によっては韻を踏むことすらないのだろうか。なぜ半母音 \*-w- は介音 \*-i-, \*-i̯- とは異なる性質を持つ ==(後者は声符と押韻に影響しないが前者は影響する)== のだろうか。 ## 3. 合口音節の起源 これに対する説明は一つしかない。すなわち、上古漢語に介音 \*-w- は存在しなかったのである。Cグループ、つまり合口要素が押韻と結びついている単語では、その合口要素は介音ではなく主母音であった。一方、合口音節が開口音節と自由に韻を踏み、合口要素が声符の選択にのみ影響を与えたBグループとDグループでは、その合口要素は頭子音の調音の一部分であった。つまり、この2つのグループの合口音節に含まれるのは、介音 \*-w- を伴う軟口蓋音ではなく、\*kʷ-, \*gʷ-, \*xʷ- といった円唇化軟口蓋音であった[^5]。頭子音の違いは押韻には影響しないが、声符の違いの原因にはなる。一方、主母音そのものの違いは、押韻と声符の使用の両方に関係する。 したがって、Cグループの音節は、上古漢語では主母音が円唇化していたのである。これらの音節は、上記の **TWEN**, **KWEN**, **P(W)EN** 型ではなく **TON**, **KON**, **PON** 型音節を形成していた。BグループとDグループの音節は互いに完全に並行的であり、違いは末子音の違い(前者は軟口蓋音またはゼロ、後者は舌頂音)だけであることに注目してほしい。AグループとCグループは、これまで受け入れられてきた再構によれば互いにほとんど共通点がない。しかし、もしCが実際に円唇母音を持っていたとしたら、この2つのグループはBとDと同じように互いに並行し、4つのグループすべてがかなり首尾一貫した体系を構成することになる。ただしこれにはただ一つ例外があり、円唇化軟口蓋音はBグループとDグループのみに見られ、円唇母音と組み合わされることはなかった。 :::warning :bulb: **補足** したがって、上のABCDグループを構成する音節のリストは次のように書き換えることができる。 | | T- | K- | Kʷ- | P- | | :----------- | :----------- | :----------- | :-------------- | :------------- | | **A (-ONG)** | TONG | KONG | | PONG | | **B (-ENG)** | TENG | KENG | KʷENG (> KWENG) | P(W)ENG | | **C (-ON)** | TON (> TWEN) | KON (> KWEN) | | PON (> P(W)EN) | | **D (-EN)** | TEN | KEN | KʷEN (> KWEN) | P(W)EN | **KʷONG**, **KʷON** は音素配列制約に反していたためはじめから存在しなかったか、または上古漢語の早い段階あるいはそれ以前の段階で異化(\*KʷONG > \*KONG あるいは \*KʷONG > \*KʷENG)が起きていたため我々が現在の証拠から十分確立することができないものである。 ::: ## 4. 上古漢語の円唇母音音節と円唇化軟口蓋音音節を同定する方法 それでは、第8–10類の単語のうち、具体的にどの単語がCグループに属し、どの単語がグループDに属するのか、言い換えれば、これらの単語のうちどの単語が円唇母音を持ち、どの単語が非円唇母音を持つのかを調べてみよう。 多くの場合、ある単語の上古漢語の発音は、次のような点を考慮すれば中古漢語の発音から判断することができる。 1. 中古漢語の開口音節は、間違いなく **E** 型の母音(非円唇母音)を持つ上古漢語の音節にさかのぼる。ただしこれは、唇音で始まる音節に限っては断言することができない。周知のように、唇音で始まる音節の後では、合口介音要素の存在は不安定である(中古漢語で唇音で始まる音節を合口音節と開口音節に分けるのが難しいのはそのためである)。 2. 舌頂音の頭子音を持つ音節では、合口音節は通常、上古漢語の **O** 型母音(円唇母音)がある場合にのみ発生した。 3. 頭子音を持たない(すなわちゼロ頭子音で始まる音節、伝統的用語では「喩母」)合口音節は、三等に属するか四等に属するかによって2つの起源を持つ。多くの研究者が信じているように、ゼロ頭子音は上古漢語の有声音(摩擦音または無気閉鎖音)にさかのぼる。三等のゼロ頭子音 ==(云母)== の音節は、==中古漢語で==(ごく少数の例外を除いて)円唇母音または半母音が含まれている ==(すなわち合口音節である)==。これらは、(中古漢語の)軟口蓋音で始まる合口音節と声符を共有することができる。そして三等のゼロ頭子音は、第4–6類の音節(すなわち **O** 型母音を持つ音節)では決して発生しなかった。どうやら、三等音節はかつての円唇化軟口蓋音 \*gʷ- または \*ɣʷ- に由来し、上古漢語におけるこれらの音節は(円唇化軟口蓋音は円唇化主母音と結合できなかったため)**E** 型母音を持っていたようである。四等音節のゼロ頭子音 ==(以母)== は、Karlgrenによれば、上古漢語の \*d- または \*z- にさかのぼる。実際には、\*g-(円唇化軟口蓋音ではなく通常の軟口蓋音のみ)に由来するケースもあると考えられる。いずれにせよこれらの音節における合口要素は頭子音の影響で生じたものではなく、古代には **O** 型母音があったに違いない。 これらの一般的なルールにはいくつかの例外がある。 まず、(中古漢語で)軟口蓋音(曉母 *χ-* や匣母 *ɣ-* が多い)で始まる合口音節と、心母 *s-* や邪母 *z-* で始まる音節が同じ声符で表記される場合がある。 :spiral_note_pad: **表2: 軟口蓋音と歯摩擦音の諧声関係** | 声符 | 中古漢語 | 形声文字 | 中古漢語 | | :--- | :-------------------------------------- | :------- | :---------------------------- | | 歲 | *si̯wäi³*/*swiejh* | 噦 | *χwâi³*/*hwajh* | | | | 〃 | *χiwei³*/*hwejh* [^6] | | | | 濊 | *χuât*/*hwat* | | 旬 | *zi̯uĕn¹*/*zwin* (詢 *si̯uĕn¹*/*swin*) | 絢 | *χiwen³*/*hwenh* | | 血 | *χiwet*/*hwet* | 恤 | *si̯uĕt*/*swit* | | 晅 | *χi̯wɐn²*/*huonq* (狟 *ɣuân¹*/*ghwan*) | 宣 | *si̯wän¹*/*swien* | | 惠 | *ɣiwei³*/*ghwejh* | 穂 | *zwi³*/*zwih* | | 還 | *ɣwan¹*/*ghwaen* | 還 | *zi̯wän¹*/*zwien* (一字二音) | 中国の古詩では、⟨歲⟩, ⟨旬⟩, ⟨血⟩, ⟨亘⟩, ⟨惠⟩, ⟨還⟩ を声符として書かれた単語はすべて、中古漢語でどの子音で始まっているかに関係なく、古くは非円唇母音を持っていた音節と韻を踏んでいる[^7]。したがって、これらの合口要素はもともと母音ではなく頭子音の特徴だった。おそらく、このような場合の中古漢語の心母 *s-* と邪母 *z-* は、それぞれ \*sxʷ- と \*zgʷ- のような子音クラスターにさかのぼるのだろう(ただし、より複雑な他の解決策も考えられる)。一般に、これらの音節は上古漢語では **O** 型母音ではなく **E** 型母音を持っていた。 第二に、泉 *dzhi̯wän¹*/*dzwien*「泉」と 存 *dzhuən¹*/*dzon*「存在する、持続する」の2つの単語の合口要素は、不規則な音韻の発展の結果、比較的遅れて出現したものである。上古漢語では、どちらの単語も非円唇母音を持つ音節とのみ韻を踏んでいた。また、泉 という字は 線 *si̯än³*/*sienh*「糸」、存 という字は 荐 *dzhien³*/*dzenh*「二次、繰り返し」、その他いくつかの同様の読みを持つ字の声符であり、存 という字自体は 才 *dzhậi¹*/*dzeoj* (< \*dzhə)「能力」を声符としている。 このように、押韻も声符も、泉 *dzhi̯wän¹*/*dzwien*「泉」と 存 *dzhuən¹*/*dzon*「存在する、持続する」という単語が上古漢語では **E** 型母音を持っていた(それぞれ \*dzhi̯an, \*dzhən と再構できる)ことを等しく示している。 最後に、維 *wi¹*/*jwi*「束ねる」と 惟 *wi¹*/*jwi*「思う」の2つの単語は、四等に属しているにもかかわらず、なぜか開口音節と韻を踏んでいる[^8](声符から判断すると、これらの単語は上古漢語では舌頂音の頭子音を持っていたはずである[^9])。これらの単語が上古漢語でどのような発音をしていたのかは依然として不明である。 第8‒10類の唇音で始まる単語については、合口要素の存在性が不安定であるため、中古漢語からその上古漢語の発音を知ることは不可能である。同じことが、中古漢語において軟口蓋音で始まる合口音節の単語についても言える。これらの単語の合口要素には、円唇主母音から生じるものと、円唇化頭子音の影響を受けて生じるものの、2つの起源がある。 この2つのグループの個々の単語については、その表記に使われた文字の声符によって、比較的容易に上古漢語の発音を決定することができる。例えば、上古漢語 \*gʷ- が仮定される単語と、中古漢語の軟口蓋音で始まる単語を記録するのに同じ声符が使用されている場合、古代ではこれらの単語はすべて円唇化軟口蓋音を持っており、したがって非円唇主母音を持っていたと考えるのが自然である。これは特に声符 ⟨韋⟩, ⟨軍⟩, ⟨愛⟩, ⟨亘⟩ で表記される単語に当てはまる。さらに、同じ声符を持つ文字が、一方では舌頂音で始まる単語を表し、他方では軟口蓋音または唇音で始まる単語を表すとすれば、これらの単語の母音はすべて同じでなければならない(これらの単語が頭子音が異なるだけでなく母音まで異なるとすれば、同じ声符で書かれることはまったくありえない)。『説文解字』によれば、邁 *mwai³*/*maejh*「行く」という単語は 蠆 *t̑hai³*/*trhaejh*「蠍」を声符として表記することができる[^10]。したがって、前者の「行く」は、後者の「蠍」と同様 **E** 型母音を持っていたに違いない。蠻 *mwan¹*/*maen*(民族名)と 變 *pi̯än³*/*pyenh*「変化」は、孌 *li̯wän²*/*lwienq*「美しい」と同じ声符で表記されるため、**O** 型母音を持つ。屈 *khi̯uət*/*khut*「曲がる」という単語も、出 *tśhi̯uĕt*/*tjhwit*「出る」を声符として表記されるため、円唇母音を持つ。最後に、貴 *kjwe̯i³*/*kujh*「高価な」という声符について触れておこう。これは、軟口蓋音を頭子音に持つ単語を表す文字で主に使われるが、隤 *dhuậi¹*/*doj*「落ちる」を表す文字の声符としても使われているようだ[^11]。もしそうだとすれば、上古漢語では声符「貴」を持つ文字も **O** 型母音を持つ単語を表すはずである。形声文字を分析した結果導き出されたこれらの結論はすべて、『詩経』と『易経』の韻文によって確認された[^12]。 上記以外は、中古漢語の(合口音節における)軟口蓋音と唇音で始まる単語の上古漢語の発音を、一般的な規則に基づいて決定することは不可能である。各単語の発音は中国の古詩の韻律に従って個別に確立しなければならない。しかし、その前に、すでにかつての発音が判明している単語について、少し一般的な考察をしておきたい。 ## 5. 合口音節の押韻の傾向 ==第8–10類のうち、== 中古漢語の読みや文字の声符から上古漢語の **O** 型母音を検出できる単語は、すべて第8, 9類に分類され、第10類には分類されない。第10類では、舌頂音で始まる合口音節はほとんどなく、かつそれは心母 *s-* または邪母 *z-* で始まるものだけである。既に述べたように、これらの音節は声符 ⟨血⟩, ⟨旬⟩ で表記されるため、上古漢語では非円唇母音を持っていた。第10類では他のタイプの合口音節も少なく、それらは開口音節と自由に韻を踏んでいる。どうやら第10類には、上古漢語で **O** 型母音を持つであろう音節がまったく含まれていないようである。したがって、以下では第8, 9類についてのみ検討する。 第8, 9類に分類される単語は、上古漢語において円唇母音を持つという結論に達したが、他の合口音節と定期的に韻を踏んでいた。本稿で使用する上古漢語文献資料には、**O** 型母音を持つことが知られる単語同士が韻を踏んでいる例が50以上見られる[^13]。 - 『詩・国風』 - 周南:『卷耳』3.2、『樛木』4.1、『芣苢』8.2、『召南・草蟲』14.2、『野有死麕』23.3 - 邶風:『柏舟』26.3、『日月』29.4、『北門』40.3 - 齊風:『南山』101.1、『敝笱』104.3、『猗嗟』106.3 - 魏風:『伐檀』112.3 - 陳風:『墓門』141.2 - 檜風:『素冠』147.1 - 曹風:『蜉蝣』150.3 - 『詩・小雅』:『南有嘉魚』171.3、『采芑』178.4、『沔水』183.1、『雨無正』194.4, 5、『谷風』201.2、『蓼莪』202.5、『鴛鴦』216.4、『都人士』225.2、『漸漸之石』232.2 - 『詩・大雅』:『緜』237.8、『既醉』247.5、『公劉』250.6、『蕩』255.3、『桑柔』257.13、『雲漢』258.3, 5、『瞻卬』264.2, 5 - 『詩・頌』 - 周頌:『有客』284.3 - 魯頌:『閟宮』300.3 [^14] - 『易経』:『蒙』4、『訟』6、『頤』27、『家人』37、『蹇』39、『萃』45、『漸』53 - 『荘子』:『齊物論』2.21、『人間世』4.37、『大宗師』6.70 - 『荀子』:『成相』15.9, 11, 55, 56 - 『老子』:5, 41, 45, 54, 56 さらに、すでに述べた特徴によれば上古漢語で非円唇母音を持っていた単語どうしが韻を踏んでいる例も多い(『詩経』には100以上の例が挙げられる[^15])。 第8, 9類の合口音節どうしが韻を踏んでいる(およびそれぞれの開口音節どうしが韻を踏んでいる)例は、まだ完全な調査が行われていない他の文献でも見られる。例えば、『孟子・公孫丑上』(2a, 2, 28)では 類 *ljwi³*/*lwih* : 萃 *dzhwi³*/*dzwih*、『礼記・檀弓上』4.80 では 緌 *ńźwi¹*/*njwi* : 縗 *tshuậi¹*/*tshoj* が韻を踏んでいる。 『詩経』では、上古漢語では明らかに **O** 型母音を持っていた単語が間違いなく **E** 型母音を持っていた単語と韻を踏んでいるような例外は、比較的少数である。このような例には、特に、脂部の上声の3例が含まれる。 :spiral_note_pad: **表3: 『詩経』のO/E型母音混在韻の例(脂部上声韻)** | 出典 | 韻字 | | | | | :--------------------- | :------ | :------- | :------- | :------ | | 王風・葛藟 71.1–3 | 藟 | 弟 | | | | | *ljwi²* | *dhiei²* | | | | | *lwiq* | *dejq* | | | | 鄭風・揚之水 92.1 | 水 | 弟 | | | | | *świ²* | *dhiei²* | | | | | *sjwiq* | *dejq* | | | | 小雅・沔水 183.1 [^16] | 水 | 隼 | 弟 | 亂 | | | *świ²* | *si̯uĕn²* | *dhiei²* | *luân³* | | | *sjwiq* | *swinq* | *dejq* | *lwanh* | 上声で円唇母音を持つ脂部の単語は、3~4語を除いてほとんど使われなかったので、その中から韻を踏むのに適した単語を選ぶのはかなり難しかった。通常、これらの単語は異なる声調の単語(『小雅・巧言』198.1)、または異なる韻部の単語(『小雅・沔水』183.1)、あるいは最終的に、同じ声調と韻部のごく一般的な単語であるが **E** 型母音を持つもの、例えば(表3の例のように)弟 *dhiei²*/*dejq*「弟」と韻を踏んでいる[^17]。これらが韻を踏んでいるのは一度だけで、他の韻部の単語とは韻を踏んでいない(『齊風・敝笱』104.3)[^18]。 他にも3つの例外がある(このうち最初のケースはすでに述べた ==(注7参照)==)。 :spiral_note_pad: **表4: 『詩経』のO/E型母音混在韻の例** | 出典 | 韻字 | | | | :--------------- | :------- | :------ | :------ | | 王風・黍離 65.2 | 穗 | 醉 | | | | *zwi³* | *tswi³* | | | | *zwih* | *tswih* | | | 秦風・晨風 132.2 | 棣 | 檖 | 醉 | | | *dhiei³* | *zwi³* | *tswi³* | | | *dejh* | *zwih* | *tswih* | | 小雅・楚茨 209.4 | 愆 | 孫 | | | | *khi̯än¹* | *suən¹* | | | | *khyen* | *son* | | さらに、例外のように見えるが、実際にはそうではない例もいくつかある。例えば、『邶風・谷風』35.6(潰 *ɣuậi³*/*ghojh* : 肄 *i³*/*jih* : 塈 *ghji³*/*gyih*)の単語は互いに韻を踏んでいると一般に信じられている。このうち最初のものは、他の2つとは異なり、表記 ==(貴 *kjwe̯i³*/*kujh* を声符に持つ)== から明らかなように上古漢語では円唇母音を持つはずであるため、例外を形成しているように見える[^11]。しかし、同じ詩の他のどの章でも、3つの単語で押韻されることはなく、ほとんどの場合、奇数句は偶数句と互いに韻を踏まない。潰 *ɣuậi³*/*ghojh* という単語は5句目の終わりに置かれ、他の2つの単語はそれぞれ6句目と8句目の終わりにあることから、これらのうち最初の単語は他の単語とは押韻していない可能性が高い。同様に、段玉裁が『周南・螽斯』5.1、『邶風・雄雉』33.2、『周頌・有客』284.3 で示している押韻も架空の例外である(Karlgrenによる同箇所の解釈を参照)。また『齊風・甫田』102.3 は、4句すべてが韻を踏んでいるのではなく、2句が別々に韻を踏んでいる可能性がある。 最後に、瀌 *pi̯äu¹*/*pyew* : 消 *si̯äu¹*/*siew* : 遺 *wi¹*/*jwi* : 驕 *ki̯äu¹*/*kyew*(『小雅・角弓』223.7)という奇妙な例がある。ここでは、第9類の合口音節 ==(遺)== が第6類の(上古漢語で円唇母音を持つが末子音を持たない)音節 ==(瀌消驕)== と韻を踏んでいる[^19]。同様の押韻は『大雅・桑柔』257.8 君 *ki̯uən¹*/*kun* : 猶 *i̯ə̯u¹*/*ju* : 順 *dźhi̯uĕn³*/*zjwinh* にも見られ(この詩は8句からなり、その奇数句が押韻されている)、同じ第9類の2つの単語が、第5類の単語と韻を踏んでいる[^20]。 また、『易経』では、合口音節が開口音節と韻を踏んでいる例がいくつか見られる(『臨』19、『明夷』36、『解』40)。しかし、一般に『易経』には不正確な韻が多い[^21]。最後に、『老子』にはそのようなケースがさらに多い(第15, 18, 62, 64, 70章)。しかし、この文献が完全には信用できないことはすでに述べた ==(注3参照)==。 このように、紀元前1千年紀の文献の押韻では、円唇母音を持つ音節と非円唇母音を持つ音節が、舌頂音の(そして部分的には他の)頭子音の下ではっきりと区別されている。しかし、他の文献では区別されていないものもある。『楚辞』や、『荘子』の2つの部分(『外篇』と『雑篇』)、そしておそらく『左伝』や『論語』の一部でも、合口音節と開口音節が非常に自由に韻を踏んでいる。これが方言の違いによるものなのか、それともそれぞれの文献が作られた時期によるものなのか、あるいは他の理由があるのか、この疑問はまだ解けていない。 ## 6. 中古漢語で合流する単語の上古漢語音節タイプの同定 続いて、第8, 9類の単語の上古漢語における発音について考えてみよう。これらの単語は、中古漢語では、軟口蓋音と合口介音を持つか唇音で始まる。これらの単語においては、かつての円唇母音を持つ音節と非円唇母音を持つ音節の識別はあまり明確ではないことに注意すべきである。 一方、上古漢語で **E** 型母音を持つ単語と韻を踏む単語に対応する多くの声符は、非常に明確に識別できる(以下のリストでは、各声符の後に、我々の資料に登場するその声符を含む文字の数を括弧内に示し[^22]、その後に、その文字で示される単語が非円唇母音を持つ単語と韻を踏む例の数を示し、最後に例外、すなわちこれらの単語が **O** 型母音を持つ単語と韻を踏む例を示す[^23])。發(3, 12)、伐(2, 3)、烕(2, 3)、半(2, 3)、番(4, 5)、反(3, 11、例外『齊風・猗嗟』106.3)、非(5, 15)、微(2, 6)、匕比(6, 8、例外『大雅・皇矣』241.4)、畀(2, 3)、米(2, 3)、眉(3, 3)、分(5, 7)、舌 ==𠯑==(4, 5、例外『邶風・擊鼓』31.4)[^24]、厥(3, 6、例外『周南・草蟲』14.2)、肙(3, 3)[^25]、官(2, 4、例外『邶風・靜女』42.2、『大雅・公劉』250.2)、卷(3, 3、例外『邶風・柏舟』26.3)、癸(3, 7)。 加えて以下の単語も、**E** 型母音を含む単語と韻を踏んでいる。敗(7)、蔽(1)、閉(1)、飛(6)、樊(1)、繁(1)、弁(1)、辯(1)、翩(1)、枚(4)、尾(4)、美(1)、瀰(1)、火(3)、燬(1)、忽(1)、亹(1)、文(2)、快(1)、外(10)、月(5)、寬(1)、渙(2)、丸(1)、回(4)、歸(23、例外『齊風・南山』101.1、『大雅・泂酌』251.2、『荀子・成相』15.9)、嘒(2)、壺(1)、鰥(1)。これらは形声文字以外の文字で書かれているものも形声文字で書かれているものもあるが、我々の文献にこれと同じ声符を持つ文字は他にない。 **O** 型母音を持つ音節を記録した声符は比較的少ない(以下のリストでは、対応する単語が **O** 型母音を持つ単語と韻を踏んでいる例の数を示し、例外的に非円唇母音を持つ単語と韻を踏む例を記す)。夗宛(3, 4、例外『衛風・氓』58.6)、元完(2, 2)、褱(2, 9)、季(2, 3、例外『魏風・陟岵』110.2)、昷(2, 2)、囷(2, 2)、君(2, 7)[^26]。これらの単語の頭子音は、唇音ではなく軟口蓋音(または喉音)である。これらに付随する個々の単語は多数ある。喙(1)、胃(2)、畏(4)、威(3、例外『周頌・有客』284.3)[^27]、萎(1)、蔚(2)、嵬(2)、滑(1)、昆(1)、訓(1)。この2つのグループの単語のほとんどは、押韻する音節としてはかなり稀にしか見られないものであるが、これらの単語における母音の円唇化特徴は、畳韻語などの他の証拠によって、多くのケースで確証されている。例えば、婉孌 *ꞏi̯wɐn² li̯wän²*/*quonq lwienq*「若く美しい」[^28]、畏隹 *ꞏjwe̯i² tświ²*/*qujq tjwiq* (?)「風に揺れる」(『荘子・齊物論』2)、崔嵬 *dzhuậi¹ nguậi¹*/*dzoj ngoj*「石のある土の山 (?)」、陮隗 *dhuậi² nguậi²*/*dojq ngojq*「高い」(『説文』)、崑崙 *kuən¹ luən¹*/*kon lon*(西の山や国の名前)参照。これらの単語では、畳韻語の一方は舌頂音で始まるため、上古漢語では **O** 型母音を持つことがわかり、もう一方はそれと韻を踏むため、同じ母音を持つことがわかる。さらに、声符 ⟨委⟩ は、緌 *ńźwi¹*/*njwi*「帽子のタイ」の文字の一部であり、頭子音が舌頂音の合口音節を表す[^29]。また、寇 *khə̯u³*/*khouh*「奪う」(第4類)には声符 ⟨完⟩ が[^30]、媼 *ꞏâu²*/*qawq*「老婆」(第5類)には声符 ⟨昷⟩ が見られるが[^31]、第4, 5類の単語は円唇母音を持つ。これらの事実も声符 ⟨畏⟩, ⟨委⟩, ⟨鬼⟩, ⟨昷⟩, ⟨昆⟩, ⟨夗⟩, ⟨元⟩ で記録された音節が、確かに **O** 型母音を持っていたことを示している[^32]。 頭子音に唇音を持ついくつかの単語は、頭子音に唇音を持つ単語とだけ韻を踏んでいた。吠(1)、悖(4、例外『易経・解』40、この単語は **E** 型母音を持つ単語とも韻を踏んでいる)、拜(1)、浼(1)、沒(1)、焚(2)、璊(1)。原則として、韻の中で一度しか出てこない単語も含まれる。 それ以外の唇音で始まる単語の場合はもっと複雑である。**O** 型母音を持つ音節と韻を踏んでいる場合、**E** 型母音を持つ音節と韻を踏んでいる例を必ず見つけることができるか、少なくとも、**E** 型母音を持つ音節と韻を踏む単語が同じ声符で書かれる例が存在する。中古漢語で舌頂音で始まるいくつかの単語も同様である。したがって以下の単語は、上古漢語で円唇母音を含んでいた音節と韻を踏んでいる。拔(2)、髮(1)、旆(2)、芾(1)、末(1)、弗(1)、寐(2)、縵(1)、奔(2)、問(2)、聞(2)、緡(1)、卯(1)、願(6)、熏(1)。それと同時に、非円唇母音を持つ音節とも韻を踏む。茇(1)、軷(1)、旆(1)、肺(1)、秣(1)、拂茀(1)、妹(1)、寐(2)、慢(1)、本(1)、門(6)、痻(1)、關(1)、原(6)、嫄(1)、熏(1)[^33]。そのうえ、「寐」という単語は **KEN** 型音節と **KON** 型音節と同時に韻を踏んでいる(『魏風・陟岵』110.2)。そのため、⟨友⟩, ⟨巿⟩, ⟨末⟩, ⟨弗⟩, ⟨未⟩, ⟨曼⟩, ⟨本⟩, ⟨門⟩, ⟨昏⟩, ⟨卯⟩, ⟨原⟩, ⟨熏⟩ で書かれた単語がどの母音であったかはまだ明らかではない。 おそらく『詩経』の時代には、**PON** 型音節(場合によっては **KWON** 型音節も)の円唇母音は、非円唇母音と交替することがあったのだろう[^34]。そのため、このような単語は合口音節の単語とも開音節の単語とも韻を踏んでいた。唇音と軟口蓋音の後における円唇母音と非円唇母音の混在は、他の韻類でも見られることがある。例えば、裘 *ghi̯ə̯u¹*/*gu*「毛皮のコート」という単語は第2類(非円唇母音)の単語と韻を踏んでいるが、同じ声符 ==⟨求⟩== で表記される他の単語は第5類(円唇母音)の単語と韻を踏んでいる。 ## 7. 円唇母音の音価の再構 ### 7.1 第8類(祭元部)と第4類(侯東部)、第9類(脂文部)と第5類(幽中部) 第9類[^35]では、このような円唇母音は間違いなく \*u であった。閉音節における *u* > *uə* または *u* > *ə* の例は、後世の中国語の歴史でも知られている(例えば、中古漢語 翁 *ꞏung¹*/*qoung*「老人」> 北京語 *wēng* \[uəŋ]、中古漢語 蒙 *mung¹*/*moung*「覆い」> 北京語 *méng* \[məŋ] 等[^36])。第8類の円唇母音は、==中古漢語では \[a] のような音を持つことがある(したがって上古漢語で第8類の非円唇母音はそのような音であったと考えられる)ため、== 多かれ少なかれ \[a] の音に近いものであったに違いない。おそらくそれは広い \*o ==\[ɔ]== だったのだろう[^37]。 同時に、第8類の円唇母音は第4類のそれと同じだった。==その証拠に、== この2つの韻部の音節は同じ声符で表記されることがある。例えば、短 *tuân²*/*twanq* (< \*ton²)「短い」の文字は、声符として 豆 *dhə̯u³*/*douh*(祭器の名前)を持ち、同様に 菆 *dzhuân¹*/*dzwan* (< \*dzhon)「集める」[^38]と 最 *tswâi³*/*tswajh* (< \*tsot-s)「摘む」は 取 *tshi̯u²*/*tshuoq*「取る、奪う」、畽 *thuən²*/*thwanq* (< \*thon²) [^39]は 重 *d̑hi̯wong¹*/*druongh*「重い」、寇 *khə̯u³*/*khouh*「略奪する」は 完 *ɣuân¹*/*ghwan* (< \*ghop)「満たす」[^30]を声符に持つ。これらの例ではすべて、同じ声符で表記された単語の末子音は同じではない(3つの単語 ==豆, 取, 寇== は末子音を全く持たない)ので、これらの単語の母音は一致しているはずであり、そうでなければこれらの単語に共通の声符が使われたことは説明がつかない。つまり、第4類の音節は主母音 \*o を持っていたのである(王力もそう仮定している)。第8類と同様、この母音は *a* 音 ==\[a] ~ \[ɑ]== に近かった。『詩経』では、\*-o の音節は \*-â ==\[ɑ](第1類魚部)== の単語と何度か韻を踏んでおり(例えば『大雅・皇矣』241.8)、\*-a ==(第7類歌部)== の単語と一度だけ韻を踏んでいる(『大雅・桑柔』257.16)[^40]。 同じように、第9類の円唇母音は、第5, 6類の母音とほとんど変わらなかった。既に上で、第9類の単語が第5類(『大雅・桑柔』257.8)や第6類(『小雅・角弓』223.7)の単語と韻を踏んでいる例を挙げ ==:bulb: ただし注19, 20参照==、昷 *ꞏuən¹*/*qon* (< \*ʔun) [^41]を声符に持つ 媼 *ꞏâu²*/*qawq*「老婆」という文字の例も挙げた。また、敦 *tuən¹*/*ton* (< \*tun)「献身的な」 ==(第9類文部)== の文字も、彫 *tieu¹*/*tew*「彫る」と 幬 *dhâu³*/*dawh*「覆い」(どちらも第5類に属する)(Karlgren 1940: 243)、および 誰 *źwi¹*/*djwi* (< \*d̑i̯ur)「誰」[^42] ==(第9類脂部)== と 孰 *źi̯uk*/*djuk*「誰、どの」(第5類に属する)といった関連語を表記するのに仮借された可能性がある。どうやら第5, 6類の母音は *u* に近かったようだ。第5類の単語における母音 \*u は、中国語とチベット語を比較することでも確認でき、この韻類に属する数詞 六 *li̯uk*/*luk*「6」と 九 *ki̯ə̯u²*/*kuq* (< \*ki̯u²)「9」は、チベット語の དྲུག་ *drug* と དགུ་ *d-gu* にそれぞれ対応する。 連綿語では、第5類の母音は \*ə や \*â と、第6類の母音は \*e と交替して韻を踏むことが多い。例えば、勠力 *li̯uk li̯ək*/*luk lyk*「力を合わせる」、螳蜩 *dhâng¹ dhieu¹*/*dang dew*「蝉」、徭役 *i̯äu¹ i̯wäk*/*jiew jwiaek*「強制労働」、顚倒 *tien¹ tâu²*/*ten tawq*「逆さまにする」を比較すると、最初の例では第5類と第2類の音節が、2番目では第1類と第5類が、3番目では第6類と第3類が、4番目では第10類と第6類が交替して韻を踏んでいる。さらに、幽部の音節が之部の音節と韻を踏むことがあり(例えば『詩・大雅・思齊』240.5)、宵部の音節が支部の音節と韻を踏むことがある(『詩・鄘風・君子偕老』47.2)。このことから、上古漢語における2種類の \*u の関係は、母音 *ə*/*â* と *e* との関係と同じであったと結論づけることができる。すなわち、第5類の音節ではより後方の \*u があり、第6類の音節ではより前方の \*ü があった[^43]。 したがって、第5, 6類の問題では、Karlgrenと董同龢の説も、王力の説も、どちらも確定的ではないと考えられる。 ### 7.2 第12類(緝侵部) 王力は、(第5類の)中部の存在を否定しており、これを、末子音に *-m* を持つ音節からなる ==(第12類の)== 侵部に含めている。実際、『詩経』では、侵部と中部はしばしば韻を踏んでいる(『秦風・小戎』128.2、『豳風・七月』154.8、『大雅・思齊』240.3、『公劉』250.4、『蕩』255.1、『雲漢』258.2)。しかし、侵部の単語は蒸部の単語とも韻を踏み(『秦風・小戎』128.3、『大雅・大明』236.7、『魯頌・閟宮』300.5)、中部の単語は東部の単語とも韻を踏む(『邶風・旄丘』37.3、『鄭風・山有扶蘇』84.2、『小雅・蓼蕭』173.4、『大雅・文王有聲』244.2)。『易経』では、中部は常に侵部や東部と混在している。また、ある例(『易経・泰』11)では、侵部の単語が語末 \*-un を持つ単語と韻を踏んでいる(陰 *ꞏi̯əm¹*/*qyim* : 順 *dźhi̯uĕn³*/*zjwinh* (< \*d̑hi̯un-s))。この図式は一般的にかなり複雑であり、2つの韻部を1つにまとめることですべての困難を取り除くことはほとんど不可能である。どうやら、侵部の音節は \*-um という韻を持っていたようだ。これが、\*-ung 音節(中部)と韻を踏んだり、\*-un 音節 ==(第9類文部)== と韻を踏んだりする理由を説明するかもしれない。同時に、前述の **PON** 型音節と同様に、この韻部の単語では母音 \*u が異化の結果として母音 \*ə に置き換えられることもある。そのため、\*-əng 音節(蒸部)と韻を踏むこともある。中部に関しては、\*-ung の単語が含まれており、これらは偶発的に \*-um 音節または \*-ong 音節と韻を踏んでしまう可能性がある。 侵部の単語だけでなく、緝部の単語も母音 *u* を持つ音節と韻を踏むことができる。例えば、誶 *swi³*/*swih* : 答 *tập*/*top* : 退 *thuậi³*/*thojh*(『小雅・雨無正』194.4、第9類)、猶 *i̯ə̯u¹*/*ju* : 集 *dzhi̯əp*/*dzip* : 咎 *ghi̯ə̯u²*/*guq* : 道 *dhâu²*/*dawq*(『小雅・小旻』195.3、第5類)。さらに、緝部の単語と ==語源的に== 関連するが、中古漢語では去声で発音される単語は、音韻的にはほとんど常に合口音節である(かつ \*-ət-s ではなく \*-ut-s の単語と韻を踏む)。例えば、答 *tập*/*top*「答える」: 對 *tuậi³*/*tojh*「答える」、入 *ńźi̯əp*/*njip*「入る」: 内 *nuậi³*/*nojh*「内側」、集 *dzhi̯əp*/*dzip*「集まる」: 萃 *dzhwi³*/*dzwih*「集まる」。このように、第12類の両韻部 ==(緝部と侵部)== の単語は、上古漢語では母音 \*u(しばしば \*ə に置き換えられる)を持っていた。これらの単語における母音 \*u は、チベット語との比較によっても確証される。数詞の 三 *sâm¹*/*sam* (< \*sum)「3」と 十 *źi̯əp*/*djip* (< \*d̑i̯up)「10」は、チベット語 གསུམ་ *g-sum* と བཅུ་ *b-tṣu* に対応する[^44]。 ### 7.3 第11類(葉談部) 語末に唇音を持つ音節のもう一つの韻類、すなわち第11類は、明らかに非円唇母音によって特徴づけられていた。 しかし、それが \*a だったのか \*â だったのかを判断するのは難しい。不正確な韻と声符は両方とも、一方では第11類と第1類、他方では第11類と第7, 8類の関係を示している。 ### 7.4 第7類(歌部) 残るは歌部についてである。この韻部には舌頂音の頭子音を持つ合口音節がある。しかし、そのうち『詩経』で韻を踏む音節は 吹 *tśhwie̯¹*/*tjhwie*「吹く」の1つしか見られない。これは 和 *ɣuâ¹*/*ghwa*「答える」と韻を踏んでいるが(『鄭風・蘀兮』85.1)、この単語も『詩経』において他の単語とは韻を踏んでいない。それ以外の文献では、その他の単語が韻を踏んでいる箇所がいくつか存在する。 :spiral_note_pad: **表5: 『詩経』以外で歌部の単語が韻を踏む例** | 出典 | 韻字 | | | | | :------------------- | :------- | :-------- | :------- | :------- | | 老子 2 | 和 | 隨 | | | | | *ɣuâ³* | *zwie̯¹* | | | | | *ghwah* | *zwie* | | | | 老子 29 | 隨 | 吹 | 羸 | 隳 | | | *zwie̯¹* | *tśhwie̯¹* | *ljwie̯¹* | *χjwie̯¹* | | | *zwie* | *tjhwie* | *lwie* | *hwie* | | 尚書・益稷 5.3 [^45] | 脞 | 惰 | 墮 | | | | *tshuâ²* | *dhuâ³* | *dhuâ²* | | | | *tshwaq* | *dwah* | *dwaq* | | これらの例のうち、1例 ==『尚書・益稷』5.3== は舌頂音の頭子音を持つ合口音節どうしのみが韻を踏んでいる。もう1例 ==『老子』第29章== では、軟口蓋音で始まる合口音節(隳 ==*χjwie̯¹*/*hwie*== )とも韻を踏んでいるが、この音節は舌頂音で始まる音節と同じ声符 ==⟨隋⟩== で書かれている。 最後に、このタイプの音節が、すでに紹介した単語 和 *ɣuâ¹*/*ghwa*「答える」と韻を踏んでいる例 ==『老子』第2章== がある。 ⟨和⟩ という文字で書かれた単語は、他に2か所で韻を踏む例が見られる。 :spiral_note_pad: **表6: 『詩経』『老子』以外で「和」が韻を踏む例** | 出典 | 韻字 | | | :------------ | :------ | :------ | | 易経・夬 43 | 説 | 和 | | | *i̯wät* | *ɣuâ³* | | | *jwiet* | *ghwah* | | 易経・中孚 61 | 和 | 靡 | | | *ɣuâ³* | *mjie̯²* | | | *ghwah* | *myeq* | どちらの韻も不正確である。前者の場合、対象の単語は別の韻類(第8類)の単語と韻を踏んでおり、後者の場合は、開口音節と韻を踏んでいる[^46]。 したがって、歌部には ==開口音節の他に、== 原則として開口音節と韻を踏まない合口音節のグループ ==(すなわち上古漢語で円唇母音を持っていた単語)== も属していることがわかる。一般に、このケースは第8, 9類とまったく同じである。従来、歌部には第8類と同じ母音を持つ開音節 ==として再構される単語== が含まれると仮定されてきた。それによれば、開口音節と韻を踏まないこの韻部の合口音節は、上古漢語では \*-o 韻を持っていたはずである。一方、これまで見てきたように、第4類の音節の母音も第8類の合口音節の母音と一致している。第4類の音節の中にも開音節があるので、この韻部の音節の一部にも \*-o 韻を持っていたことになる。同じ韻を持つ2つの単語グループが互いに韻を踏まず、異なる韻部に属するというのは明らかな矛盾である。明らかに、我々の推論のどこかに間違いがある。 ここで、委惰 *ꞏjwie̯² dhuâ²*/*queq dwaq*「疲れる」(厳忌『哀時命』1)、委瑣 *ꞏjwie̯² suâ²*/*queq swaq*「小さい」、果臝 *kuâ² luâ²*/*kwaq lwaq*「瓜科の匍匐茎の名前」(『豳風・東山』156.2)などの連綿語を考えてみよう。Karlgrenによると、これらの単語では、1つの音節は我々が関心をもっているタイプ(舌頂音で始まる歌部の合口音節)に属し、もう1つは彼のVI部のメンバーで、\*-r で終わる音節を持つ。上記の連綿語の音節は韻を踏まなければならないので、舌頂音で始まる歌部の合口音節も、末子音 \*-r を持っていたに違いないことは明らかである。これらの音節を歌部に含めるのは誤りであり、声符 ⟨委⟩ で表記される音節と同じ韻部(通常「脂部」と呼ばれるが、Karlgrenは他の音節と共に特別なVI部に分類している)に含めるべきである[^47]。このことは、⟨委⟩ という文字そのものが声符 ⟨禾⟩、つまり ⟨和⟩ という文字と同じ声符を持つことからも確証できる。この文字で書かれた単語は通常、舌頂音の頭子音を持つ合口音節と韻を踏む。要するに、通常歌部に属するとされるもののうち、舌頂音で始まる合口音節と、声符 ⟨禾⟩(および ⟨委⟩)または ⟨果⟩ で書かれる音節は、上古漢語では \*-or 韻を持っていたのである[^48]。 ## 8 結論 したがって、上古漢語には表7のような韻が存在した(各グループの前には対応する韻類の番号を付した)。これらの韻はそれぞれ、さらに子音 \*-s を伴うことができた ==(cf. Jaxontov 1959)== 。 :spiral_note_pad: **表7: 上古漢語の韻体系(アスタリスクは省略)** | 末子音\主母音 | 非円唇母音 | 円唇母音 | | :------------- | :---------------------- | :--------------------- | | **軟口蓋音** | (1) -â -âk -âng | (4) -o -ok -ong | | | (2) -ə -ək -əng | (5) -u -uk -ung | | | (3) -e -ek -eng | (6) -ü -ük | | | (7) -a | | | **舌頂音** | (8) -at -an \[(9) -ar?] | -ot -on (7, 9) -or | | | (9) -ət -ən -ər | -ut -un -u | | | (10) -et -en | | | **唇音** | (11) -ap -am (-âp -âm?) | | | | | (12) -up -um (-əp -əm) | 語末舌頂音の前の円唇化子音は、少なくとも『荀子』が書かれた紀元前3世紀までは存在した(すべての方言に存在したわけではないかもしれない)。紀元前2世紀にはまだ、舌頂音で終わる円唇母音音節は円唇母音音節と韻を踏み、同じ非円唇母音音節は非円唇母音音節と韻を踏む傾向がしばしば目立っていた。後に、これらの音節やその他の音節は、韻を踏む際に区別されなくなる。舌頂音の前の母音 \*u と \*o は、それぞれ介音 *-u-*(または *-w-*)+母音 *ə* と *a* の組み合わせに推移する。 さらに漢代には、\*o 音や同様のものは \*uâ という組み合わせに置き換えることができた。この時代の作品には、魚部と侯部、陽部と東部の音節が互いに韻を踏んでいるものがよく見られる。しかし、このプロセスはそれ以上発展せず、現在では、すべての中国語の方言において、前述の韻部の単語は、原則として異なる韻を持っている。 :::warning :bulb: **補足** 本論文で提案された理論(「円唇母音仮説」)は、「前舌母音(四等無介音)仮説」と並んで、現在定説となっている上古漢語の六母音体系を再構する上で根幹となるものである。円唇母音仮説は本論文以前にも、Haudricourt(1954: 359)によって非常に部分的にではあるが示唆されているようである。 円唇母音仮説に関するその後の記述は、Pulleyblank(1962: 95ff.)、Zhengzhang(1987: 69–72)、Starostin(1989: 301–302 et passim)、Baxter(1992: 214–218, 236–240)、Baxter & Sagart(2014: 203ff.)等を参照されたい。このように理論そのものは今日定説となっているものの、個々の単語の再構(すなわち合口要素が円唇化頭子音に由来するのか主母音に由来するのか)については、『詩経』や形声文字にはさまざまな時代や地域の方言が混合して含まれていることから、本論文およびこれらの参考文献で意見が一致しないものもあり、現在も研究進行中の分野である。 ::: ## 参考文献 - Dong Tonghe 董同龢. (1948). Shànggǔ yīnyùn biǎogǎo 上古音韻表稿. *Bulletin of the Institute of History and Philology Academia Sinica* 中央研究院歷史語言研究所集刊 18: 1–249. - Duan Yucai 段玉裁. (1908). *Liùshū yīnyùnbiǎo / Shuōwén jiězì zhù* 六書音均表・説文解字注. Shanghai: Jiangzuo shulin 江左書林. - Jaxontov, Sergej E. (1959). Fonetika kitajskogo jazyka 1 tysjačeletija do n. e. (sistema finalej) Фонетика китайского языка I тысячелетия до н. э. (система финалей). *Problemy Vostokovedenija* Проблемы востоковедения 2: 137–147. ⇒[日本語訳](/@YMLi/SkmmxC7-a) - Karlgren, Bernhard. (1932). The Poetical Parts in Lao-tsï. *Göteborgs Högskolas Årsskrift* 38(3): 1–45. - ⸺. (1940). Grammata Serica: Script and Phonetics in Chinese and Sino-Japanese. *Bulletin of the Museum of Far Eastern Antiquities* 12: 1–471. - Li, Rong 李榮. (1952). *Qièyùn yīnxì* 切韻音系. Zhongguo kexueyuan chubanshe 中國科學院出版. - Wang Li 王力. (1957). *Hànyǔ shǐ gǎo* 漢語史稿. Beijing: Kexue chubanshe 科學出版社. ### 参考文献(追加) - Baxter, William H. (1992). *A Handbook of Old Chinese phonology*. Berlin: Mouton de Gruyter. [doi: 10.1515/9783110857085](https://doi.org/10.1515/9783110857085) - Baxter, William H., Sagart, Laurent. (2014). *Old Chinese: A New Reconstruction*. Oxford: Oxford University Press. [doi: 10.1093/acprof:oso/9780199945375.001.0001](https://doi.org/10.1093/acprof:oso/9780199945375.001.0001) - Haudricourt, André-George. (1954). Comment Reconstruire Le Chinois Archaïque. *Word & World* 10 (2-3): 351–364. [doi: 10.1080/00437956.1954.11659532](https://doi.org/10.1080/00437956.1954.11659532) ⇒[日本語訳](/@YMLi/ry5lQanlT) - Jaxontov, Sergej E. (1960). Consonant combinations in Archaic Chinese. In: *Papers presented by the USSR delegation at the 25th International Congress of Orientalists, Moscow*. Moscow: Oriental literature publishing house. 1–17. ⇒[日本語訳](/@YMLi/Bk8JobEfp) - Karlgren, Bernhard. (1957). Grammata Serica Recensa: Script and Phonetics in Chinese and Sino-Japanese. *Bulletin of the Museum of Far Eastern Antiquities* 29: 1–332. - Qiu Xigui. (1988). *Wénzìxué gàiyào* 文字学概要. Beijing: The Commercial Press. - Starostin, Sergej A. (1989). *Rekonstrukcija drevnekitajskoj fonologičeskoj sistemy* Реконструкция древнекитайской фонологической системы. Moscow: Izdatel’stvo ‘Nauka’ Издательство «Наука». - Wang, Pengyuan 王鵬遠; Chen, Zhe 陳哲. (2021). Qīnghuá jiǎn *Wǔjì* dúzhá 清華簡《五紀》讀札. http://www.fdgwz.org.cn/Web/Show/7862. - Zhengzhang, Shangfang 郑张尚芳. (1987). Shànggǔ yùnmǔ xìtǒng hé sìděng, jièyīn, shēngdiào de fāyuán wèntí 上古韵母系统和四等、介音、声调的发源问题. *Wēnzhōu shīyuàn xuébào (Shèhuì kēxué bǎn)* 温州师院学报(社会科学版) 4: 67–90. - ⸺. (2003). *Shànggǔ yīnxì* 上古音系. Shanghai: Shanghai Jiaoyu Chubanshe 上海教育出版社. [^1]: なお、上古漢語の韻に関する問題についてはJaxontov(1959)で既に論じた。 [^2]: 本稿では、韻類と韻部について以下の呼称を採用する。==:bulb: Jaxontov(1959)参照。== 1. 魚陽 2. 之蒸 3. 支耕 4. 侯東 5. 幽中 6. 宵 7. 歌 8. 祭元 9. 脂文 10. 至真 11. 葉談 12. 緝侵 [^3]: 本稿にあたっては、『詩経』、『易経』(『象』)、『荀子』の第二十五章と第二十六章、『荘子』(『内篇』)と『老子』の本文に挿入された詩文などの資料を深く調査した。これ以外の古典も時折用いる。『詩経』の全ての韻は、段玉裁(Duan 1908)とKarlgren(1940)にリスト化されている。==:bulb: 現在では、Baxter(1992)、[諸家先秦兩漢魏晉南北朝韻譜韻讀](https://suzukish.sakura.ne.jp/search/xianqin/index.php)、[Shījīng Rhyme Browser](http://digling.org/shijing/wangli/) が有用である。== 段玉裁はまた、他の多くの古典の韻文も引用している。『老子』、『荘子』、その他いくつかの作品に挿入されている韻文は、Karlgren(1932)によって調査されている。『荘子』の韻文に関するデータはそこから引用した。したがって、『荘子』を参照する場合は、章を除いて、Karlgrenによる用例番号を括弧内に示す。『老子』のテキストについては、それが非常に異質であることに注意する必要がある。『老子』にはしばしば韻文が登場するが、これは漢代以前には広まっていなかった。したがって、『老子』では、魚部と侯部(第15, 17, 26, 30, 37, 39, 66, 80章)、陽部と東部(第12, 16, 22, 24, 26, 67章)、支部と歌部(第10, 19, 28章)が混在している。要するに、『老子』の韻文は、紀元前1千年紀中頃の漢語音韻論の基礎とはほど遠いのである。 :::info :pencil2: **編注** 『詩経』を引用する際は、詩歌名の後に通し番号と章番号を付した。この番号は、Baxter(1992)、[中國哲學書電子化計劃](https://ctext.org/book-of-poetry/)、[Shījīng Rhyme Browser](http://digling.org/shijing/wangli/) 等で参照するのに役立つ。 ::: [^4]: 各アルファベットは以下の略号である。 - **T**: 語頭の任意の舌頂音 - **K**: 語頭の任意の軟口蓋音 - **P**: 語頭の任意の唇音 - **N**: 第8–10類の語末の舌頂音(すなわち \*-n, \*-t, \*-r) - **NG**: 第1–6類の語末の軟口蓋音あるいはゼロ末子音 - **O**: 円唇化主母音 - **E**: 非円唇化主母音 - **W**: Karlgren(1940)、董同龢(Dong 1948)、王力(Wang 1957)によって再構された唇化半母音。ただし、語頭に唇音を持つ音節の場合、この介音の存在は音韻的な意味をなさないため、括弧でくくる。 音節中の介音 \*-i- や \*-i̯-、末子音 \*-s の有無は、ここで説明する現象とは無関係であるため、この表記法においては全く記されていない。音節末尾に唇音を持つ音節と歌部音節については、とりあえず脇に置いておく。 [^5]: 円唇化軟口蓋音 *kʷ-* と *kʷʰ-* は現代粤語方言にも存在し、広州語(広東語)の注音字母には特別な記号がある。しかし、これらの音は粤語方言が上古漢語から受け継いだものではなく、隣接するチワン語(タイ語族)の影響を受けて再び現れたものであるらしい。 [^6]: ==:bulb: この読みは『王韻』『広韻』にはなく、『集韻』から引用されたものと思われる。== [^7]: 唯一の例外は 穗 *zwiˋ*/*zwih* : 醉 *tswiˋ*/*tswih*(『詩・王風・黍離』65.2)である。 [^8]: 「維」は『詩・小雅・節南山』191.3、『采菽』222.5、『大雅・桑柔』257.3 に見られ、「惟」は『大雅・生民』245.7 に見られる。さらに、『荘子・大宗師』6.74では 維 *wi¹*/*jwi* が 尾 *mjwe̯i²*/*mujq*「尻尾」(後述するように非円唇母音を持つ)と韻を踏んでいる。 [^9]: ==:bulb: 通常、単独の ⟨隹⟩ という文字は 隹 *tświ¹*/*tjwi*「尾の短い鳥」という単語を表すとされる。おそらく、この文字はそれと同時に 鷕 *i̯äu²*/*jiewq*「雉や鶏類の鳥(あるいはその鳴き声)」という単語の表記にも用いられた。そのため、声符として 維惟 *wi¹*/*jwi* を表記することができたのだろう(cf. Zhengzhang 2003: 87–89)。すなわち本論文の用語を用いるならば、声符 ⟨隹⟩ は、舌頂音+ **O** 型母音の音節と、軟口蓋音+ **E** 型母音の音節の2つの音節を持っていた。== [^10]: 厲 *li̯äi³*「残酷」の文字にももともと 同じ声符があった。どうやら、上古漢語の 邁「行く」や 蠆「蠍」という単語は、子音クラスター \*ml-, \*thl- から始まっていたようである。==:bulb: Jaxontov(1960)参照。== [^11]: ==:bulb: 貴 *kjwe̯i³*/*kujh* や 潰 *ɣuậi³*/*kujh* のような軟口蓋音の頭子音を表記する ⟨貴⟩ と、隤 *dhuậi¹*/*doj* や 遺 *wi¹*/*jwi* のような歯音(本論文の用語では「舌頂音」)の頭子音を表記する ⟨貴⟩ は、それぞれ異なる起源を持つと考えられる(ただし、どちらも **O** 型音節を持つ)。Wang & Chen(2021)およびそこで引用されている文献を参照されたい。== [^12]: 「屈」という漢字は『老子』(第5章と第45章)でのみ韻を踏んでいるようだが、上述のように、これは十分に信頼できる出典とは考えられない ==(注3参照)==。しかし、声符 ⟨屈⟩ で示される音節が円唇母音を持つことは、畳韻語の 掘突 *ghi̯uət dhuət*/*gut dot*(紀元前8世紀の鄭の武公の名、司馬遷『史記・鄭世家』42参照)の存在によって確証される。 [^13]: それ以外の合口音節と同時に韻を踏むこともあるが、その起源はまだ解明されていない。 [^14]: 川 *tśʼi̯wän¹*/*tjhwien* : 孫 *suən¹*/*son* (第9類)。段玉裁もKarlgrenもこの例を記録していない。 [^15]: この数には、我々がまだ起源を確認していない音節と同時に韻を踏んでいる約75の例は含まれていない。 [^16]: Karlgrenは、この箇所では最初の3語だけが韻を踏んでいると考えている(Karlgren 1940: 100)。これは真実とは言い難い。8句からなるこの韻文が押韻しているとすれば、4つの奇数句はすべて韻を踏んでいるはずである。一方で、第1章と第2章で繰り返されている第1句と第3句だけが韻を踏んでいて(第3章はおそらく最初の2句が欠けている)、繰り返されない第5句と第7句は韻を踏んでいないという可能性もある(『詩経』にはそのような構成も見られる)。もしそれが正しいとすれば、この例はもはや例外ではない。 [^17]: KarlgrenのVI部を参照。この韻部の単語は数が少ないので、常に互いに韻を踏まず、XI部とIV部の単語と韻を踏む。 [^18]: このような例は、漢代の文献からしか知られていない。 [^19]: ==:bulb: Karlgren(1940: 104)も王力も(そして現在の多くの研究者も)、この例の「遺」を押韻するものとは見なしていない。== [^20]: ==:bulb: Karlgren(1940: 107)も王力も(そして現在の多くの研究者も)、この3字が押韻するものとは見なしていない。また、ここでJaxontovは、奇数句が押韻するとコメントしながら、1, 3, 5句目だけを取り上げて7句目の「腸」を省いている。== [^21]: 第8類の音節が第9類の単語と偶発的に韻を踏んでいる例は、『詩経』には8例、『易経』には4例ある。どうやら、これらの文献では、ある程度の数の不正確な韻は珍しくないようである。 [^22]: この数には、声符を独立した文字として使用する場合も含まれる。なお、『老子』のテキストは、信頼性に乏しいため以下では考慮しない。 [^23]: これらの例外が方言によるものである可能性もあるが、その半分が古代の2つの特別な公国、邶(『邶風』)と斉(『齊風』)の詩に由来することは重要である。 [^24]: この声符は、独立した象形文字の「舌」 ==*dźhi̯ät*/*zjiet*== とは何の関係もない。 [^25]: 捐「離れる、放棄する」という字について、韻書では *i̯wän¹*/*jwien*(上古漢語の発音が **O** 型母音であることを示す)という読みが与えられているが、それは同じ字の現代語の音からは支持されていない(官話 *juān* < 中古漢語 \*ki̯wän¹/\*kwien)。 [^26]: 君 *ki̯uən¹*/*kun*「君主」は 尹 *i̯uĕn²*/*jwinq*「統治する、所有する」の同源語であるか、⟨尹⟩ という文字が ⟨君⟩ の声符である可能性がある。音節 *i̯uĕn²*/*jwinq* は、頭子音を持たず、四等に属する。したがって、**O** 型母音(および頭子音 \*g- ?)を持つ。 [^27]: 威 *ꞏjwe̯i¹*/*quj*「恐ろしい」と 畏 *ꞏjwe̯i³*/*qujh*「恐怖」は互いに関連している。好 *χâu²*/*hawq*「良い」と 好 *χâu³*/*hawh*「好む」、惡 *ꞏâk*/*qak*「悪い」と 惡 *ꞏuo³*/*qoh*「憎む」と同じように、一方と他方は関連しているのである。==:bulb: Jaxontov(1959)参照。== [^28]: 出典を明示していない単語は、周・漢代のさまざまな文献に繰り返し登場する。 [^29]: ==:bulb: 実際には、緌 *ńźwi¹*/*njwi* の文字は ⟨綏⟩ の訛字であるため、委 の証拠とすることはできない。== [^30]: ==:bulb: ⟨寇⟩ が声符 ⟨完⟩ を含むという解釈は一般的に受け入れられていない(cf. Qiu 1988: 126)。== [^31]: この単語は、これ自体が韻を踏む例は見られないが、『説文』では第5類に含まれる別の単語によって発音が示されている。 ==:bulb:『説文』に「媼……讀若奧。」とある。== [^32]: 声符 ⟨元⟩、より正確には ⟨完⟩ は、院「中庭」(本来は「塀」)という字の中に見出され、通常 *ji̯wän³*/*uenh*(三等音節で頭子音を持たず ==(云母)==、つまり頭子音 \*gʷ- と **E** 型母音を持つ音節に由来する音節)という読みが当てられる。この読みは、現代の方言のデータによって確認されている。しかし、この漢字にはもう一つ、現在では使われていない読み方がある。『説文』によれば「院」は「寏」の異体字であるが、後者は *ɣuân¹*/*ghwan* としか読まれない。 [^33]: ⟨奔⟩ という字の声符は ⟨本⟩、⟨問⟩ と ⟨聞⟩ の声符は ⟨門⟩ であり、また『説文』では ⟨緡⟩ の声符は ⟨昏⟩ で表記される。==:bulb: 実際には ⟨奔⟩ は形声文字ではなく、⟨本⟩ との関連は認められない。== [^34]: 逆に、**PEN** 型音節や **KWEN** 型音節では、母音が円唇化することがあったかもしれない。 [^35]: 後述するように、KarlgrenがVI部に分類した単語は除く。 [^36]: 独立した単語としては現れない。 [^37]: 後世の中国語の歴史において、*o* > *ua* という母音推移のケースを見つけることは不可能と思われるが、例えばルーマニア語やチュバシュ語の歴史に見られるように、そのような推移は一般的に可能である。 [^38]: 『礼記・檀弓上』3.118。この字の通常の読みと意味は 菆 *tṣi̯ə̯u¹*/*tsru*「麻の茎」である。 [^39]: 連綿語に 町畽 *thieng² thuân²*/*thengq thwanq*「家の近くの小さな土地」がある(『詩・豳風・東山』156.2)。 [^40]: ==:bulb: この文章で挙げられた2つの例において「例外」を作る単語(『大雅・皇矣』241.8「禡」、『桑柔』257.16「寇」)は、Karlgren(1940: 105, 108)も王力も(そして現在の多くの研究者も)押韻するものとは見なしていない。== [^41]: この文字は文献には見られない。段玉裁は『説文』の注釈において、これが 温 *ꞏuən¹*/*qon*「暖かい」の古来の表記であると示唆している。 ==:bulb: 「凡云“温和”、“温柔”、“温暖”者,皆當作此字。“温”行而“昷”廢矣。」とある。== [^42]: 上古漢語の頭子音はKarlgren ==(1940: 271; 1957: 153 #575u)== の再構による。 [^43]: 現代中国語の *ü* のような前舌母音ではなく、現代モンゴル語の *ü* ==ү== に似た混合的 ==(中間的)== な母音であった可能性が高い。この音は中古漢語で、介音がない場合、様々な後舌母音として転写された。==:bulb: 現在では、第6類(宵部)は2つの韻類に分割され、一方は \*-aw、もう一方は \*-ew が再構されるのが普通である(cf. Starostin 1989: 355–359; Baxter 1992: 526–532; Baxter & Sagart 295–296, 298–299)。== [^44]: ==:bulb: この「10」の比較は現在では支持されていない。== [^45]: Karlgren(1932: 33)が引用した『尚書』の韻文は、ほとんどが不正確であり、そうした箇所で本当に韻を踏んでいるのかは疑わしい。これらは大抵の場合、たまたま音韻的に類似した単語が、散文で隣り合う句の末尾に並んでいただけである。そのため、『尚書』の資料はこれまで考慮されてこなかった。しかしここで引用されたものは、テキスト自体が詩であることを明示しており、したがって韻を踏んでいると言える。 [^46]: 声符 ⟨麻⟩ で表記される単語は、『詩経』では常に開口音節と韻を踏んでいる。 [^47]: これらの音節の末子音が \*-r であることから、もう一つの結論として、歌部の音節はすべて \*-r で終わると仮定することもできる。もしそうであれば、上古漢語における2種類の母音 *a* を区別する必要がなくなる ==(魚部 \*-â ⇔ 歌部 \*-a ではなく 魚部 \*-a ⇔ 歌部 \*-ar と再構できる)== ため、上古漢語の韻体系は単純化される。歌部と魚部の音節は母音ではなく、語末 \*-r の有無によって区別されることになる。残念なことに、『詩経』の韻にも他の資料にも、このような仮定を成り立たせる重大な根拠は見いだせない。==:bulb: 現在ではこの脚注で提案されたような再構が広く受け入れられている(cf. Starostin 1989: 374–375; Baxter 1992: 293–297)。これに関連する、より複雑な問題については次の脚注を参照。== [^48]: KarlgrenのVI部には、語末 \*-ar ==(Karlgrenの表記では \*-âr)== を持つ音節も含まれている。董同龢と王力はこの韻の存在を否定している。\*-ar の問題はかなり複雑だが、ごく少数の単語に関することなので、ここで検討する意味はない。==:bulb: Karlgrenの \*-â ⇔ \*-âr の対立は、後にStarostin(1989: 338–341)やBaxter & Sagart(2014: 252–268)が \*-aj ⇔ \*-ar(および \*-oj ⇔ \*-or)と表記した対立に相当する。この対立の痕跡はわずかであり、したがってBaxter(1992)やZhengzhang(2003)等は見逃しているが、真実と思われる。==