# 上古漢語音韻論に関するいくつかの提案 :::info :pencil2: 編注 以下の論文の和訳である。 - Baxter, William H. (1980). Some proposals on Old Chinese phonology. In: van Coetsem, Frans; Waugh, Linda R. (eds.). *Contributions to historical linguistics: issues and materials*. Leiden: Brill. 1–33. [doi: 10.1163/9789004655386_003](https://doi.org/10.1163/9789004655386_003) 誤植と思しきものは、特にコメントを付加せずに修正した。また、中古音・上古音の表記に以下の変更を加えた。 - 原文では中古音の表記にKarlgren(1957)の再構音を一部修正した表記が用いられているが([§1.1](#11-表記)参照)、本訳文ではその後にスラッシュを挟んで[切韻拼音](https://phesoca.com/tupa/)(“TUPA”)を添え、それぞれをイタリック体で表記した。 - 原文では上声と去声はそれぞれ音節末に「:」「-」を付すことで表記しているが、本訳文ではそれぞれ「X」「H」に置換した。 - 原文では「ɦ」をイタリック体の「*h*」で代用している(それ以外の箇所では原則イタリック体のアルファベットは使われていない)が、本訳文では「ɦ」に置換した。 ::: --- ## 1. 序論 Karlgrenが「Archaic Chinese」(Karlgren 1954, 1957に要約)を提唱して以来、上古漢語(OC = Old Chinese)の再構は大きく進歩した。この進歩は、新たな証拠が入手できるようになったことよりも、方法論の改善、特に再構された言語が共時的体系としてもっともらしいかどうかに対する関心が高まったことに起因している。 本研究は、上古漢語の韻について新しい再構体系を提案するものである。提案する体系は、最近の研究(特にLi 1971; Pulleyblank 1962; 1973)を大いに参考にしながらも、上古漢語により整然とした音韻パターンを与える、多くの変更を取り入れている。それと同時に、本体系は上古漢語の再構における多くの問題に対する解決策を提案し、チベット・ビルマ諸語との語源的な比較の一部を明瞭化するものと思われる。 本体系は、再構された上古漢語と『詩経』の押韻に表されている方言との間にいくつかの違いがあることを前提としている。多くの研究が、暗黙的あるいは明示的に上古漢語を『詩経』の言語と同一視し、その特定の方言の再構から中古漢語(MC = Middle Chinese)の形を導き出している。確かに、上古漢語の2つの主要な証拠資料、すなわち『詩経』の押韻と諧声系列は、ほぼ同じ時期の言語の発展段階を反映している。しかし、これらが『切韻』(紀元601年)の中古漢語音韻体系の直接の祖先である単一の方言を表していると仮定する必要はない。本研究では、上古漢語という用語は、中古漢語体系を『詩経』の押韻や諧声系列と関連づけることができる再構を指す。実際には上古漢語と『詩経』の言語との間にはある種の音変化が介在しており、そのすべてが中古漢語の祖語となる方言で起こったわけではないことを提案したい(Chang and Chang 1972の「proto-Chinese」の概念を参照)。 ### 1.1. 表記 本研究で使用する中古漢語の転写は、Karlgrenの「Ancient Chinese」に基づいているが、完全性、一貫性、印字の便宜のために一定の変更を加えている(Li 1971: 4–7における変更と同様)。 #### 1.1.I. 頭子音 1. Karlgrenによる有声有気音は、無気音として表記する。 2. (無声)有気音は、Karlgrenの *‘* ではなく、*h* で表記する。 3. Karlgrenの ==知組に対する== 「硬口蓋破裂音」の *t̑-* などは、そり舌閉鎖音 *ṭ-* などに置き換える。 4. 頭子音の「ヨード化」についてはすべて取り除く。修正された転写では、後続する介音 *j* の存在から完全に予測可能である。 5. Karlgrenの匣母 *ɣ-*, 曉母 *χ-*, 日母 *ńź-* は、それぞれ *ɦ-*, *x-*, *nź-* に置き換える。Karlgrenの「滑らかな母音はじまり」の *i̯-* は、ゼロ頭子音+介音 *j* とみなされる。Karlgrenの体系における対応する「ヨード化」音の云母 *ji̯-* は、匣母 *ɦ-* に対応するヨード化異音とみなされるため、*ɦj-* と表記する。 中古漢語の頭子音のある種の自然クラスに対するラベルがあると便利である。鈍音の頭子音には、伝統的に唇音、牙音(軟口蓋音)、喉音(鋭音である以母 *j-* は除く)とされる音が含まれる。鋭音の頭子音はそれ以外のすべての頭子音からなる。鈍音のうち軟口蓋音と喉音も、本稿では「牙喉音」と呼ぶ小グループを構成している。大文字は子音クラスをまとめたものとして使用される。例えば、*TŚ-* は硬口蓋破擦音・摩擦音 ==(章組)== を表す。 :::info :pencil2: 編注 原文では牙音を *velar*、喉音を *laryngeal*、牙音と喉音をあわせて *guttural* と呼んでいる。ここでは *guttural* を「牙喉音」と翻訳する。 ::: #### 1.1.II. 韻 1. 本稿で用いる転写では、全ての韻図三等韻は介音 *-j-* を伴って表記する。(この *-j-* は、Karlgrenの *-i̯-* を持つ韻ではそれを置き換え、 *-i̯-* を持たない三等韻には追加される。したがって、Karlgrenの *-i*, *-e̯i*, *-ie̯* は本稿では *-ji*, *-je̯i*, *-je* と書かれる。) 2. Karlgrenによって区別されていない重紐韻は、韻図の三等と四等のどちらに現れるかによって、下付き文字の *₃* または *₄* を付加する。 3. Karlgrenの *-ɛ-* と *-ɐ-* は、それぞれ *-E-* と *-A-* と書く。 4. Karlgrenが区別なく *-i* と書いた脂韻と之韻は、それぞれ *-ji* と *-jɨ* と表記する。夬韻と佳韻はそれぞれ *-ai* と *-aɨ* と表記する。 上古漢語の韻部については、Karlgren(1954)とDong(1948b)によるよく知られた上古漢語再構に基づくローマ字表記を使用した。おそらく西洋の読者にとっては、伝統的な漢字表記(いずれにせよ学者によって異なる)よりも、この表記の方が馴染みがあるだろう。表1は上古漢語の韻部に関するこれらのラベルをまとめたもので、江有誥と王念孫の体系における対応する漢字表記を示している。ラベルは以下の原則に従って選んだものである。 1. 一般に、各韻部はKarlgrenの再構における一等開口韻で代表する。もしそのグループが一等韻を持たなければ、四等開口韻を用いる。 2. 陰声韻の表記は、対応する入声韻の表記とほぼ同じで、入声の末尾の無声閉鎖音が陰声では有声音に置き換えられることだけが異なる。歌部には対応する入声韻がなく、\*-âr と表記される。 3. Karlgrenは、伝統的には1つとされるグループを2つに分け、一方の韻は末尾に有声子音を再構し、もう一方の韻には開音節を再構することがあった。例えば、侯部は \*-ug と \*-u、魚部は \*-âg と \*-o、歌部は \*-âr と \*-â、などである。これらの場合、閉音節形をラベルとして採用する。 4. Karlgrenは、王念孫の脂部陰声韻を \*-ər (場合によっては \*-əd)、至部陰声韻を \*-ied と表記した。王念孫の体系におけるこの部分はWang(1937)とDong(1948b)の研究によって更新されたため、私はその分析に従って、彼らの脂部を陰声 \*-ied, 入声 \*-iet と書き、微部を陰声 \*-əd, 入声 \*-ət と書く。 | 江有誥 | 王念孫 | 陰声 | 入声 | 江有誥 | 王念孫 | 陽声 | | :----- | :--- | :----- | :----- | :----- | :--- | :------ | | 之 | 之 | \*-əg | \*-ək | 蒸 | 蒸 | \*-əng | | 幽 | 幽 | \*-ôg | \*-ôk | 中 | 中 | \*-ông | | 宵 | 宵 | \*-og | \*-ok | ― | ― | ― | | 侯 | 侯 | \*-ug | \*-uk | 東 | 東 | \*-ung | | 魚 | 魚 | \*-âg | \*-âk | 陽 | 陽 | \*-âng | | 歌 | 歌 | \*-âr | ― | ― | ― | ― | | 支 | 支 | \*-ieg | \*-iek | 耕 | 耕 | \*-ieng | | 脂 | 脂 | \*-ied | \*-iet | 真 | 真 | \*-ien | | | 至 | \*-əd | \*-ət | 文 | 諄 | \*-ən | | 祭 | 祭 | \*-âd | \*-ât | 元 | 元 | \*-ân | | 葉 | 葉 | ― | \*-âp | 談 | 談 | \*-âm | | 緝 | 緝 | ― | \*-əp | 侵 | 侵 | \*-əm | 本稿では、読者の便宜のためによく知られた再構をベースとしているが、これらのラベル自体は再構を意図したものではなく、上古漢語の韻部を参照する便利な方法として提示しているにすぎないということを強調しておきたい。 ## 2. 本稿で提案する再構体系 私は、李方桂による上古漢語再構(Li 1971に概説されている)が、今日までで最も満足のいく完全な体系であると考えているので、私の提案は彼の体系の修正として述べることにする。提案のほとんどは、上古漢語の韻の再構を扱ったものであるが、場合によっては頭子音も議論に加わる。本セクションでは、李方桂の体系を要約し、私の体系がそれとどのように異なるかを、頭子音・介音・母音・末子音・声調の順に論じる。 ### 2.1. 頭子音 李方桂は上古漢語に次のような頭子音体系を再構している(Li 1971: 61)。 | | | | | | | | | :--- | :--- | :--- | :--- | :--- | :--- | :--- | | p | ph | b | hm | m | | | | t | th | d | hn | n | | | | ts | tsh | dz | | | | | | k | kh | g | hng | ng | h | ꞏ | | kw | khw | gw | hngw | ngw | hw | ꞏw | この頭子音体系は、中古漢語の硬口蓋音とそり舌音(章組 *TŚ-*/*Tj-*, 知組 *Ṭ-*/*Tr-*, 莊組 *TṢ-*/*TSr-*)に対して個別の分節を再構していないため、Karlgrenのものよりもはるかに単純である。これらの中古漢語の頭子音は、介音 \*r と \*j によって条件付けられた二次的発展によるものとされている(Pulleyblank 1962と同様、ただしPulleyblankは当時、そり舌化を条件付ける介音を \*r ではなく \*l としていた)。 - \*Tj- > 章組 *TŚj-*/*Tj-* - \*Tr- > 知組 *Ṭ-*/*Tr-* - \*TSr- > 莊組 *TṢ-*/*TSr-* その結果、上古漢語に再構された頭子音は、基本的に中古漢語において一等韻および四等韻に見られるものと同一となる。加えて、董同龢の体系と同様に無声鼻音が再構される。OC \*r は、主に介音要素として扱われるため上の表には挙げられていないが、音節初頭に出現する。その中古漢語反射は以母 *j-* であり、Karlgrenの無気音 \*d-, \*z-, \*b- に対応する。頭子音 \*l- (これも介音として現れる)は中古漢語の來母 *l-* に再構される。 李方桂はまた、Jaxontov(1960)とPulleyblank(1962: 95–6)が提案したように、唇化軟口蓋音・喉音を再構している。これによって、中古漢語において介音 *-w-* と *-u-* の分布がやや限定的であることが説明され、また上古漢語に介音 \*-w- を再構する必要がなくなる。 私はこの体系を次のように修正する。 1. 李方桂の頭子音 \*r- と \*l- の音価を逆にし、\*r- を來母 *l-* の起源として再構することが望ましいように思われる。なぜなら、來母 *l-* の単語は、そり舌音の単語や、李方桂が介音 \*r を伴って再構する二等の単語(後述)と諧声接触を示すためである。また、チベット・ビルマ諸語の同源語やベトナム語への初期借用語において \*r- は一般的に來母 *l-* に対応し、こうした証拠ともよりよく一致する(Pulleyblank 1962: 116–17; 1973: 116–17; Bodman 1980参照、Bodmanは \*r の他の対応関係についても議論している)。 2. 群母 *g-* と匣(云)母 *ɦ-*/*(gh)-* は三等において対立的で、その両方を \*g- (合口では \*gw-)から導く李方桂の試みは説得力がない。匣(云)母 *ɦ-*/*(gh)-* を説明するためには、\*g- に加えて、(無声音 \*h-, \*hʷ- に対応する)有声喉音 \*ɦ-, \*ɦʷ- を設定した方がよいと思われる(あるいは、匣(云)母 *ɦ-*/*(gh)-* の起源として代わりにゼロ頭子音と \*w- を再構することもできる)。李方桂体系では、\*h- と \*hw- は対応する有声音を持たない珍しい音素である。 3. 硬口蓋音 *TŚ-*/*Tj-* (章組)が軟口蓋音と諧声関係を持つ場合、李方桂は当初 \*sKj- を、後に \*Krj- を再構した(Li 1976)。最初の提案は、\*s- クラスターの他の様々な用法の提案と矛盾している(Bodman 1973; 1974; Benedict 1974; 1975参照)。2つ目の提案は、他の場合の介音 \*r の振る舞いと矛盾するように思われる。例えば、\*T- の後では介音 \*-rj- は口蓋化ではなくそり舌化を引き起こす。いずれにせよ、私は \*Krj- にはより適切な場面があると考えている(後述)。私は、Pulleyblank(1962: 98–105)の体系のように(ただしPulleyblankによる長母音は本稿の介音 \*j に相当)、まだ十分に調査されていない条件下で、単純に前舌母音の前の \*Kj- からこのような硬口蓋音が生まれたとすることを好む。 ### 2.2. 介音 李方桂は全ての中古漢語の三等韻に介音 \*j を再構している。この介音こそが、OC \*T- から章組 *TŚ-*/*Tj-* を発展させる条件である([§2.1](#21-頭子音)参照)。 介音 \*r は(1)二等韻、(2)そり舌音の単語に再構される。二等韻では、\*r は後続の母音を中舌化する効果があったと推測される。介音 \*r が失われると、この母音の音色の違いが際立つようになった。上述したように、唇化軟口蓋音・喉音の再構により、介音 \*w の再構は不要となる。 加えて李方桂は、Karlgrenとほぼ同じように、來母 *l-* と諧声関係を持つ単語に介音 \*l を持つクラスターを再構している。通常 \*l は音韻的な結果をもたらさないので、これは他の目的には役立たないようである(\*sl- が \*sr- と同様に生母 *ṣ-*/*sr-* をもたらすことを除けば)。 これらのアドホックな \*l クラスターの再構は、李方桂が來母 *l-* の起源として \*r- ではなく頭子音 \*l- を用いたために必要となったものである。このような再構では、二等に流音の介音があることを最初に示唆した証拠、すなわち二等の単語と來母 *l-* の単語との間の諧声接触(Jaxontov 1960; Pulleyblank 1962: 110–4)を活用することが難しくなる。前述したように李方桂の頭子音 \*l- を \*r- に置き換えれば、彼の \*lクラスター も \*r- クラスターに置き換えることができる。これによって、\*r は体系においてより多くの仕事を果たすようになり、再構が単純化される。ただし、\*l クラスターは他の目的のために依然必要かもしれない。例えば、定母 *d-* < \*l- を持つ諧声系列における心母 *s-* は、おそらく \*sl- と再構される(Pulleyblank 1962: 126–7の \*sδ- を参照)。 私が提案する李の介音体系からのもうひとつの大きな変化は、複合介音 \*-rj- を、さらに多くの環境に拡張することである。Li(1971)における \*-rj- の唯一の主要な機能は、中古漢語の三等韻の前に現れるそり舌音の頭子音を説明することであり、そのため \*-rj- は鈍音の頭子音の後では散発的にしか出現しない。Li(1976)では、\*Krj- > *TŚ-*/*Tj-* を再構することでこの分布の空白が部分的に埋められているが、\*brjət (聿 *jwět*/*jwit*)の一例を除いて、唇音の頭子音の後のギャップは残されている(Li 1976: 1150)。それに代わる私の提案は、鈍音の後の \*-rj- が中古漢語の重紐三等韻の発展を条件付けたというものである(cf. Pulleyblank 1962: 98–105; また後述[§3.2](#32-重紐韻)参照)。私はまた、李方桂が言うように、介音 \*-r- は後続の母音を中舌化させるのではなく、前舌化させ弛緩化させるという言い方が正しいと信じている。このプロセスは、漢代のある時期に起こったと考えられる(Baxter 1977 §6参照)。 ### 2.3. 母音 李方桂の母音体系は、以下のように、4つの単母音と3つの複合母音の計7つの主母音から構成される。 $$ \begin{array}{l} \text{i} & & \text{u} \\ & \text{ə} & \\ & \text{a} & \\ \text{iə} & \text{ia} & \text{ua} \end{array} $$ 介音が先行しない場合、\*i, \*iə, \*ia は四等韻、残りは一等韻を与える。母音 \*u の分布は限定的で、軟口蓋音の前にのみ出現する(ただし李方桂は、おそらく元々の \*-uT は \*-uaT の起源、あるいは起源の一つであると提案している)。母音 \*ə は鋭音間でMC *-uə-* となる。例えば、\*kən > *kən*/*keon* に対して、\*tən > *tuen*/*ton* となる。 李方桂の複合母音 \*iə, \*ia, \*ua の再構は、上古漢語の押韻と中古漢語の反射を調和させるためのものである。\*iə の単語は \*ə の単語と韻を踏んだが、中古漢語では前者は四等の単語になり、後者は一等の単語になった。\*ia と \*a の関係も同様である。\*ua の単語は、中古漢語で *-w-* または *-u-* を持つが、伝統的分析ではこれらの単語は主母音 \*a を持つ単語と同じ韻部に属する。同時に、このようなクラスターの第一要素である \*i と \*u は、介音 \*j や \*r とは異なり、頭子音に影響を与えず、全ての母音に自由に共起するわけではない。 李方桂の母音体系は、Karlgrenなど他の学者の体系と比べると、驚くほど単純である。さらに、伝統的な韻律分析を説明するための「ヘッジ」韻を必要としないため、上古漢語の押韻をよりよく説明している。しかし、この体系には多くの批判があり、ある種の要素は分布が不均衡で、いくつかの一般化が見落とされていると示唆される。例えば、李方桂の \*u は軟口蓋音の前にのみ出現する。複合母音 \*iə と \*ia はほとんどの末子音の前に自由に出現するが、軟口蓋音の前に出現するのは三等においてのみである(したがって \*-jiəng という韻は出現するが、\*-iəng は出現しない)。また、李方桂の複合母音の位置づけも不明である。このようなクラスターは両方とも成節音なのだろうか。もしそうなら、複合母音を持つ単語は2音節長になる。もし \*i と \*u が主母音前の非成節音であるならば、それらは介音の \*j や \*w とどう違うのだろうか。さらに問題なのは、李方桂の体系が中古漢語の重紐対立を十分に説明していないことである(Dong 1948a; Zhou 1948)。例えば、李方桂は元部 \*-ân の三等韻として \*-jan と \*-jian の2種類しか再構していないが、中古漢語では、この韻部から元韻 *-jAn*/*-yon*, 仙B韻 *-jän₃*/*-yen*, 仙A韻 *-jän₄*/*-ien* という対立的な3種類の韻が発展する。 これらの問題を改善するために、私は李方桂の母音体系をいくつかの方法で修正することを提案する。私は複合母音 \*iə, \*ia, \*ua を削除し、単母音に置き換える。\*iə と \*ia の韻が三等のみに現れる場合(すなわち \*-jiəK, \*-jiaK)、\*ə と \*a の対立は、前舌母音 \*i によるものではなく、これから示すように母音前 \*-r- に帰着させることができる。このようにすると、主母音の総数を7つから6つに減らすことができ、Bodman(1971)が提案したのと似たような体系となる。本稿では、この6つの母音を次のように表記する(私の \*ɨ は基本的に李方桂の \*ə を置き換える)。 $$ \begin{array}{l} \text{i} & \text{ɨ} & \text{u} \\ \text{e} & \text{a} & \text{o} \end{array} $$ これらの母音は、以下のように[±高][±後舌][±円唇]によって特徴づけられる。 | | 高 | 後舌 | 円唇 | | :--- | :---: | :---: | :---: | | i | + | - | (-) | | ɨ | + | + | - | | u | + | + | + | | e | - | - | (-) | | a | - | + | - | | o | - | + | + | また、\*a が冗長的に[+低]であるのに対して \*e と \*o は[-低]であり、非後舌母音は冗長的に[+緊張]であるのに対して他の母音は[-緊張]であると仮定すれば、音韻的発展をより単純に記述することができる。 これらの母音は、李方桂の体系とは多少異なる分布をしており、唇音の末子音を排除することが可能である(後述[§2.4](#24-末子音))。以下では、これらの修正案について詳しく説明する。 #### \*ia, \*ua, \*iə の単母音への置換 一般的に言って、李方桂の \*ia は \*e に、\*ua は \*o に置き換えることができる(Bodman 1971のように)。中古漢語の純四等韻は母音 \*e で再構するのが最も適切であるため、==上古漢語においても== \*ia よりも \*e の方が中古漢語の反射をうまく説明することができる。『詩経』における \*e と \*a の叶韻は、その方言における二重母音化 \*e > \*ja によるものと考えられる。Jaxontov(1960)は、従来の分析に反して、李方桂が \*ua で再構した単語は \*a の単語とは韻を踏まないことを発見した。したがって『詩経』でも \*o という音価が適切である。ただし、中古漢語の反射を説明するために、ある時点で二重母音化 \*o > \*wa が起こったと仮定しなければならない。 李方桂の \*i は唇音や唇化軟口蓋音の前には現れないため、それらの後の \*iə は \*i と書くことができる。『詩経』においてこの環境で \*i が李方桂の \*ə と韻を踏んでいるのは、唇音の前の二重母音化(例えば \*-im > \*-jɨm)によるものと考えられる。 李方桂の \*iə は、歯音の前では \*i と \*ə の両方と対立的である。しかし、李方桂の \*u は歯音の前には全く出現せず、\*-əT は軟口蓋音の頭子音の後を除いて魂沒韻 *-uəT*/*-oT* になる。そこで、私は李方桂の \*-əT を \*-uT に、\*-iəT を \*-ɨT に置き換えることを提案する[^1]。この提案は、事実を次のように説明する。 1. \*-ɨT > 先屑韻 *-ieT*/*-eT* は、歯音の前で \*ɨ が \*i に前進した結果として説明できる。 ```mermaid flowchart LR node_1["*-ɨt"] node_2["*-iT"] node_3["*-iT"] node_4["先屑韻 -ieT/-eT"] node_1 --> node_3 node_2 --> node_3 node_3 --> node_4 ``` 2. 詩経で \*-ɨT と \*-uT が韻を踏んでいるのは、二重母音化 \*-uT > \*-wɨT によるもので、これは後の \*-oT > \*-waT と並行的である。 3. 李方桂のように、牙喉音の後を除いて \*-əT が \*-uəT に変わったと仮定する代わりに、私は牙喉音(唇化牙喉音含む)の後の \*u は、鋭音が後続する場合に円唇性を失ったと仮定する。例えば、\*KuT > *KəT*/*KeoT*, \*KʷuT > *KuəT*/*KoT* となる。韻図では *Kən*/*Keon* < \*Kun のような単語は開口であり、ほとんどの現代方言(例えば官話)でも円唇母音を持たないため、この変化を想定しなければならない。しかし閩語方言は李方桂の \*KəT タイプの単語で円唇母音を持ち、これは本来の円唇母音を継承したものである可能性がある(李方桂が \*-d を再構する場合の \*-j については、後述[§2.4](#24-末子音)参照)。 | | MC | TUPA | 李OC | 厦門 | 提案OC | | :--- | :----- | :------ | :----- | :------ | :----- | | 痕 | *ɦǝn* | *gheon* | \*gən | *hun²* | \*ɦun | | 開 | *khậi* | *kheoj* | \*khəd | *khui¹* | \*khu | また、以下のように本体系では \*u の前に \*j または \*rj が必要である単語についても、閩語は \*u を持つ(\*-rjun > 真B韻 *-jĕn₃*/*-yin* については後述)。 | | MC | TUPA | 李OC | 厦門 | 提案OC | | :--- | :------- | :------ | :------- | :------ | :------- | | 斤 | *kjən* | *kyn* | \*kjən | *kun¹* | \*kjun | | 近 | *gjənX* | *gynq* | \*gjənx | *kun⁶* | \*gjunX | | 文 | *mjuən* | *mun* | \*mjən | *bun²* | \*mjun | | 衣 | *ꞏje̯i* | *qyj* | \*ꞏjəd | *ui¹* | \*ꞏjuj | | 幾 | *kje̯iX* | *kyjq* | \*kjədx | *kui³* | \*kjujX | | 氣 | *khje̯iH* | *khyjh* | \*khjədh | *khui⁵* | \*khjuts | | 巾 | *kjĕn* | *kyin* | \*kjiən | *kun¹* | \*krjun | | 銀 | *ngjĕn₃* | *ngyin* | \*ngjiən | *gun²* | \*ngrjun | チベット語 དངུལ་ *dṅul* 「銀」は通常 銀 *ngjĕn₃*/*ngyin* の同源語とみなされており、これも \*u を支持している。また、筆 *pjĕt₃*/*pyit* 「筆記具」(OC \*prjut, Li \*pljiət)にも母音 \*u の証拠がある。日本語では訓読み(固有語の読み)で *fude* と読まれるが、これはおそらく中国語からの初期の借用語であろう。ベトナム語では *bút* である(この単語については、後述[§3.2](#32-重紐韻)のコメントを参照されたい)。 #### \*-jiəK と \*-jiaK の扱い 李方桂の \*iə は軟口蓋音の前ではあまり見られず、==之蒸職部の== 三等韻 \*-jiək, \*-jiəg, \*-jiəng のみに出現する。これらの韻における \*i の役割は、唇音性の頭子音に後続する \*ə の円唇化を阻止する ==(尤東屋韻ではなく脂蒸職B韻に変化させる)== ことである。それと同時に、\*i は唇音の頭子音が後に軽唇音化するのを防ぐ。例えば、 | | 李OC | MC | TUPA | 官話 | | :--- | :------- | :------ | :----- | :---- | | 福 | \*pjək | *pjuk* | *puk* | *fú* | | 逼 | \*pjiək | *pjək* | *pyik* | *bī* | | 囿 | \*gwjək | *ɦjuk* | *uk* | *yòu* | | 淢 | \*hwjiək | *xjwək* | *huik* | *xù* | 私は、こうした例で李方桂の \*ə の円唇化を妨げている要素は \*i ではなく \*r であると提案する。この場合、私は李方桂の \*ə を \*ɨ に置き換えるので、上記の単語をそれぞれ \*pjɨk, \*prjɨk, \*ɦʷjɨk, \*hʷrjɨk と再構する。 このような単語における \*r の効果は、他の韻における \*r の振る舞いと一致している(蒸職韻 *-jəK*/*-yiK* は軽唇音化を起こさないことから、その母音はおそらく非後舌母音であったと思われる)。これらの単語に \*r を再構することで、以下のような \*r を持つ語根の単語家族の可能性が示唆される。 | | | GSR | OC | MC | TUPA | 李OC | | :--- | :--- | :--- | :-------- | :------- | :------ | :------- | | 1 | 力 | 928a | \*rjɨk | *ljək* | *lyk* | \*ljək | | | 偪 | 933n | \*prjɨk | *pjək* | *puk* | \*pjiək | | | 逼 | 933p | \*prjɨk | *pjək* | *pyik* | \*pjiək | | 2 | 冰 | 899b | \*prjɨng | *pjəng* | *pying* | \*pjiəng | | | 凌 | 898f | \*rjɨng | *ljəng* | *lyng* | \*ljəng | | 3 | 扐 | 928d | \*rɨk | *lək* | *leok* | \*lək | | | 阞 | 928a | \*rɨk | *lək* | *leok* | \*lək | | | 泐 | 928h | \*rɨk | *lək* | *leok* | \*lək | | | 仂 | 928c | \*rɨk | *lək* | *leok* | \*lək | | | | | \*rjɨk | *ljək* | *lyk* | \*ljək | | | 疈 | 933q | \*phrjɨk | *phjək* | *phyik* | \*phjiək | | | | | \*prɨk | *pEk* | *peek* | \*prək | | | 副 | 933s | \*phrjɨk | *phjək* | *phyik* | \*phjiək | | | | | \*phjɨk-s | *phjəuH* | *phuh* | | 3つ目の単語家族については、チベット語 ཕྲག་ *phrag* 「空間、狭間、間隔」とも比較されたい。 李方桂の \*ia は、\*iə と同様、==魚陽鐸部== 三等韻でのみ軟口蓋音の前に現れる。鈍音の後の \*-jiang と \*-jiak は、==\*-iaK > 陽藥韻 *-jaK*/*-yaK* の変化に対する== 庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* と陌3韻 *-jAk*/*-yaek* への変化を説明する。唇音の後では、\*iə の韻と同様、\*i は先行する唇音の軽音化を防ぐ機能も持つ。例えば | | 李OC | MC | TUPA | 官話 | | :--- | :------- | :------ | :------- | :----- | | 方 | \*pjang | *pjang* | *puang* | *fāng* | | 兵 | \*pjiang | *pjAng* | *pyaeng* | *bīng* | ここでも、私は李方桂の \*ji の代わりに \*rj を再構する。したがって李方桂の鈍音の後の \*-jiang, \*-jiak は \*-rjang, \*-rjak に書き換えられる。これは、他の環境における介音 \*r の効果と一致する(例えば、二等韻の \*-rang > 庚2韻 *-Ang*/*-aeng* でも、介音 \*r は後続の \*a を *A*、おそらく /æ/ に変化させる)だけでなく、*ljang*/*lyang* (< \*rjang) 形の単語と *KjAng*/*Kyaeng* (< \*Krjang) 形の単語の両方を含む「京」の諧声系列(GSR 755)によっても支持される。また、語源的関係も考えられる(例えば、亮 *ljangH*/*lyangh* < \*rjangs 「明るい」[GSR 755j]、明 *mjAng*/*myaeng* < \*mrjang 「明るい」[GSR 760a])。また、庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* ~ 陽韻 *-jang*/*-yang* < \*-rjang ~ \*-jang 間の異音同綴は数多く存在し、これは接中辞 \*-r- を反映している可能性がある(Pulleyblank 1973: 118; Baxter 1977)。[^2] 李方桂の \*-iaK を削除した後、私は彼の \*-iK の代わりに \*-eK を使うことを好む。なぜなら、これらの韻は韻図では一般に外転(通常は高母音ではないことを示すカテゴリー、Luo 1933)に分類されるからである。そうすると、\*-eng > 青韻 *-ieng*/*-eng* と \*-jeng > 清韻 *-jäng*/*-iaeng* は、\*-en > 先韻 *-ien*/*-en* と \*-jen > 仙韻 *-jän*/*-ien* と並行することになる。また、方言によっては \*-ing が \*-in や \*-eng に統合されたこともあったと思われる。例えば、令 *ljängH*/*liaengh* 「命じる」(GSR 823a)と 命 *mjAngH*/*myaengh* 「命じる、指示する、要求する」(GSR 762a)は、『詩経』では \*-ien の韻部として韻を踏んでいる(この方言では \*-in の音価を意味する)。 さらに私が加えた変更は、李方桂の \*-uK の韻 ==(侯東屋部)== を \*-oK に置き換え、彼が \*-əKw として再構した韻 ==(幽冬覺部)== を \*-uK と書くことである(cf. Pulleyblank 1962: 141–2)。この変更により、6つの母音すべてが軟口蓋音の前に出現するようになり、また末子音から唇化軟口蓋音をなくすことが可能になった。この修正については次の[§2.4](#24-末子音)で詳しく説明する。 ### 2.4. 末子音 李方桂は、上古漢語に開音節を再構しなかった。すなわち、すべての音節は以下のいずれかの末子音で終わる。 $$ \begin{array}{l} \text{-p} & \text{-b} & \text{-m} & \\ \text{-t} & \text{-d} & \text{-n} & \text{-r} \\ \text{-k} & \text{-g} & \text{-ng} & \\ \text{-kw} & \text{-gw} & \text{-ngw} & \end{array} $$ Karlgrenの体系と同じように、上古漢語で入声の単語と諧声関係(あるいはそれ以外の各種関係)を持つ非入声の単語には有声音の末子音が再構されている。李方桂は、中古漢語の4つの声調を上古漢語にも認めれば、末子音における清濁の区別をなくすことができると提案している。すなわち、末子音は入声では維持されたが、それ以外の声調では(-∅, *-i*, *-u* を残して)失われたと考えられる。これを受け入れるなら、李方桂の有声音は単に音節の声調に関する表記の一部とみなすことができる。 李方桂の母音体系が単純である理由の一つに、唇化軟口蓋閉鎖音 \*-kw, \*-gw および鼻音 \*-ngw の存在がある。例えば、Karlgrenの \*-ôk, \*-ok を、李方桂は \*-əkw, \*-akw と表記している。 李方桂とKarlgrenとでは \*-d と \*-r の使い方が異なることに注意すべきである。Karlgrenの体系では、末子音 \*-g はすべての声調に現れ、末子音 \*-b, \*-d は去声のみに現れるが、李方桂の体系では末子音 \*-d は去声に限定されない。==微部について、== Karlgrenの \*-ər を李方桂は \*-əd と書いているが、一方でKarlgrenが \*-âr, \*-ăr, \*-i̯ăr で再構した単語群には \*-ər を使っている(後述)。 私が提案する李方桂の末子音体系に対する主な修正は、有声音と唇音の削除である。 #### 末子音 \*g, \*gw, \*d, \*b, \*r の削除 李方桂の体系には開音節がなく、半母音で終わる音節もないため、平声と上声では、\*g をゼロに、\*d を \*j に、\*gw を \*w に置き換えるだけで、簡単に有声音を除去できる。その結果、音価は中古漢語とよく一致するようになる。 去声について、このカテゴリーに属する多くの単語が入声の単語と密接な関係を持つことが以前から認識されていた。近年、このような去声の単語は、対応する入声の単語に接尾辞 \*-s を付け加えて生まれたという説が提唱されている(Haudricourt 1954; Pulleyblank 1962; 1973)。私はこの提案を受け入れる。したがって、李方桂の去声の \*-gh, \*-dh, \*-bh は、それぞれ \*-ks, \*-ts, \*-ps を表している可能性がある(ただし \*-gh と \*-dh は、時に通常の \*-s と \*-js を反射しているかもしれない)。彼の \*-gwh は \*-ws か \*-uks を反射しているかもしれない(私の \*-uk は彼の \*-əkw に対応するため)。 なお、私は上古漢語の頭子音にはゼロや \*w- はなかったと仮定している。別の分析としては、これらを私の頭子音 \*ɦ- と \*ɦʷ- の代わりに使用することが考えられる。上古漢語の \*j- は、中古漢語の以母 *j-*, 船母 *ź-*, 常母 *dź-* の起源として、頭子音に再構される可能性がある。 李方桂の末子音 \*r は母音 \*a と \*ə の後にのみ現れる。末子音 \*r は分布が非常に乏しく、方言の証拠による裏付けもないため、私は李方桂の \*-ar を \*-aj として再構したい。これは音韻パターンの空白を埋めるものである(李方桂の \*-ad(h) は \*-ats のみを表す)。 同様に、私は李方桂の \*-uar に対して \*-oj を再構する。Karlgrenがこれらの韻に \*r を再構した当初の理由は、末子音 \*n との押韻や諧声関係を説明するためであったが、この目的には \*j でも十分であり、このグループのいくつかの単語の閩語方言における反射とも一致する(例えば、我 *ngâX*/*ngaq*, 磨 *mâ*/*ma*, 舵 *dâX*/*daq*, 破 *phâH*/*phah* は全て福州方言で *-uai* を持つ)。古ベトナム語への借用語もこれらに *-ai* を示す(來母 *l-* に対応する古ベトナム語 *ch-* については、*chàm* 「藍、紺」 : 藍 *lâm*/*lam* < \*ram (or \*g-ram?) 「藍」、*chàng* 「若者」 : 郎 *lâng*/*lang* < \*rang 「若い紳士」参照)。 | | MC | TUPA | OC | ベトナム語 | | :--- | :---- | :---- | :----- | :---------- | | 磨 | *mâ* | *ma* | \*ma | *mài* | | 蛾 | *ngâ* | *nga* | \*ngaj | *ngài* | | 舵 | *dâX* | *daq* | \*lajX | *lái* | | 羅 | *lâ* | *la* | \*raj | *chài* [^3] | 舵 については、定母 *d-* に対応するベトナム語 *l-* に注意されたい。これは *d-* < \*l- という再構を支持する。また、おそらく閩語からの借用語であろう広東語 *táaih* 「舵」とも比較されたい。これらの単語におけるOC末子音 \*-j は、もちろんシナ・チベット祖語の \*-l あるいは \*-r を反射している可能性がある。 李方桂は、微部のうち、中古漢語で歌部 \*-âr のような反射を持つ特定の単語について、\*-əd の代わりに \*-ər を再構している。例えば、李方桂は 火 *xwâX*/*hwaq* 「火」を \*hwərx < \*hmərx? (Li 1971: 36)と再構している。この単語はおそらく 燬 *xjweX₃*/*hueq* 「破壊する」(李OC \*hwjərx < \*hmjərx?)と関連している。私はこれらの単語を \*-ɨj で再構することを提案する。この韻は、唇音性の頭子音の影響を受けて \*-aj に下がる(それ以外ではおそらく \*-ij に前進するのが普通であった。cf. 洗 *sieiX*/*sejq* 「洗う」 < \*sijX < \*sɨjX, 李OC \*siodx、これは 先 *sien*/*sen* < \*sɨn, 李OC \*siən を声符に持つ)。歌1韻 *-â*/*-a* < \*-ɨj の単語は唇音性の頭子音を持つが、先韻 *-iei*/*-ej* の唇音性の頭子音を持たないため、両方を \*-ɨj で再構しても矛盾はない。唇音性の頭子音の後で \*ɨ が \*a に下がるのは、漢代に \*-aw と合併した \*-ɨw (< \*-u) のような韻において、 \*w の前で \*ɨ が \*a に下がったのと並行的である(Baxter 1977 : §6参照)。[^4] 李方桂が \*-ər で再構した鋭音の単語(例えば 蓑 *swâ*/*swa* ~ *suậi*/*soj* 「雨衣」)は上記とは別に扱わなければならない。このケースの合口介音は上古漢語の円唇母音に由来するはずである。私は、このような単語は \*-oj に由来し、それがある上古漢語方言では \*-uj に上昇し(灰韻 *-uậi*/*-oj* につながる)、他の方言では二重母音化して \*-waj > \*-wa > 歌1韻合口 *-wâ*/*-wa* となったと推測している。 董同龢は、李方桂による末子音 \*r ⇔ \*d の対立を採用し(Dong 1948b: 55–6)、また脂部 \*-ied に含まれる単語のうち、予想される脂韻 *-ji*/*-i* の代わりに支韻 *-je*/*-ie* を持つ単語については \*-i̯er を再構した。私は、この韻は方言によって \*-e または \*-ij に統合されたと仮定して、これらの単語を暫定的に \*-ej で再構する。したがって、\*-j の前には6つの母音全てが再構され、末子音 \*r を再構する必要はない。 末子音から有声音を排除することで、多くのシナ・チベット語の比較は見た目が良くなる。チベット・ビルマ祖語では、末子音に無声閉鎖音のみが再構されている(Benedict 1972)。BenedictはKarlgrenの上古漢語再構に取り組んでいたが、チベット・ビルマ祖語の音節末の半母音がKarlgrenの有声閉鎖音としばしば対応することを発見し、そのような対応を説明するためにシナ・チベット祖語の半母音が上古漢語の有声閉鎖音になったという音変化を仮定せざるを得なかった(Benedict 1948)。 #### 唇化軟口蓋音の削除 李方桂による唇化軟口蓋音の末子音は、本質的にあり得ないというわけではなく、言語のある段階には存在していた可能性がある。しかし、分布のある種の特異性やいくつかのシナ・チベット語の比較から、もともとの状況はもっと単純であり、唇化軟口蓋音を上古漢語に再構する必要はないことが示唆される。 \*-gw を \*-w に置き換えると、李方桂の体系の唇化軟口蓋音は \*-kw と \*-ngw の2つだけが残る。李方桂の \*-kw は次の組み合わせで現れる。 $$ \begin{array}{lll:ll} & & & \text{(Karlgren)} & \\ \text{覺部} & \text{-iəkw} & \text{-əkw} & \text{-iôk} & \text{-ôk} \\ \text{藥部} & \text{-iakw} & \text{-akw} & \text{-iok} & \text{-ok} \end{array} $$ これは李方桂の末子音 \*-gw の分布と同じである。 $$ \begin{array}{lll} \text{幽部} & \text{-iəgw} & \text{-əgw} \\ \text{宵部} & \text{-iagw} & \text{-agw} \end{array} $$ しかし、李方桂の末子音 \*-ngw は \*ə の後、すなわち \*-əngw (K. \*-ông) という組み合わせでのみ出現する ==(冬部)==。通常、鼻音と閉鎖音はその発生と発展において極めて並行的であるため、これは奇妙なことである。 李方桂の体系におけるもう一つの分布上の特殊性は、彼の複合母音 \*ua (私の \*o)が軟口蓋音の前に出現しないことである。李方桂は歯音の前の \*ua は元々 \*u であった可能性を示唆しているので(1971: 23–24)、\*ua が軟口蓋音の前に生じないのは単に変化 \*u > \*ua がその環境では起こらなかったからだ、と主張することもできる。しかし私の再構では、\*u も \*o も歯音の前に再構され、李方桂の \*ua に対応するのは \*u ではなく \*o である。\*u と \*o の両方が、歯音の前と同じように軟口蓋音の前に出現してはならない明確な理由は無い。 私は、先に簡単に述べた以下の置換を行うことで、分布の特殊性を取り除くことを提案する。 | | 提案OC | 李OC | | :--- | :----- | :----- | | 侯部 | \*-o | \*-ug | | 屋部 | \*-ok | \*-uk | | 東部 | \*-ong | \*-ung | および、 | | 提案OC | 李OC | | :--- | :----- | :------ | | 幽部 | \*-u | \*-əgw | | 覺部 | \*-uk | \*-əkw | | 冬部 | \*-ung | \*-əngw | これによって、\*u と \*o の分布が良くなり、唇化軟口蓋鼻音 \*-ngw は末子音から完全に除去される。 残る唇化軟口蓋音で終わる韻は、李方桂の \*-iəkw, \*-iakw, \*-akw である。これは対応する鼻音音節を持たないが、\*-w で終わる音節には対応する。このような音節の \*-kw の代わりに、私は末子音 \*-w の後に声門閉鎖音を付け加えることを提案する。 | | 提案OC | 李OC | | :--- | :----- | :------ | | 覺部 | \*-iwʔ | \*-iəkw | | 藥部 | \*-ewʔ | \*-iakw | | 藥部 | \*-awʔ | \*-akw | このような環境では、声門閉鎖音は後に \*-k に統合されたと考えることができる。 このように唇化軟口蓋音を排除することには、次のような利点がある。 1. 末子音体系が単純化される。 2. 母音と末子音の分布が改善され、歯音の前にも軟口蓋音の前にも6つの母音すべてが現れる。 3. 閉鎖音音節の分布が、対応する鼻音音節の分布により近くなる。 4. この新しい音価は、例えば以下のようなチベット・ビルマ諸語の同源語とよく一致しているように見える。 | チベット語 | 漢語 | 提案OC | 李OC | | :--------- | :--- | :------ | :--------- | | དགུ་ *dgu* | 九 | \*kʷjuX | \*kwjəgwx | | དྲུག་ *drug* | 六 | \*rjuk | \*(g)ljəkw | | དུག་ *dug* | 毒 | \*duk | \*dakw | これらの変更に伴う唯一の代償は、音節末位置に \*ʔ が追加されることだけである。これは末尾の半母音の後に付加できるため、音節内で、中古漢語の去声の起源である接尾辞 \*-s と同じような位置を占める。この声門閉鎖音は、シナ・チベット諸語における、例えばチベット語 ཉི་མ་ *ñi-ma* 「太陽」 : 日 *nźjĕt*/*njit* < \*njit < \*njijʔ のように中国語は閉鎖音を持つが他の言語の同源語は持たないというパターンの対応を説明できるかもしれない(さらに詳しい議論はBodman 1980参照;この提案は、Pulleyblank 1962やMei 1970が提唱する、音節末の声門閉鎖音が上声の起源であるという提案と明らかに矛盾することに注意されたい)。 ここで ==覺部の== \*-uk, \*-iwʔ (K. \*-ôk, \*-iôk) と再構された韻が互いに韻を踏むとする従来の分析が正しければ、\*-uK が \*-ɨwK または \*-ɨKʷ に二重母音化することで、『詩経』の言語では唇化軟口蓋音が生じたと仮定する必要があるかもしれない。 ### 2.5. 声調 李方桂は上古漢語の声調を、多かれ少なかれ中古漢語の声調分類に従って、次のように表記している。 - 平声: 無表記 - 上声: 末尾 \*-x - 去声: 末尾 \*-h - 入声: 末尾の無声閉鎖音 私は通常、李方桂の去声記号 \*h を \*s と表記する。上声については、中古漢語に用いる表記法と異なる表記を使う理由はないと思われる。特に、上古漢語の声調カテゴリーは中古漢語からそのまま遡らせることが多いので、私は中古漢語と同じように、上声を \*X を用いて表記する。 :::info :pencil2: 編注 原文では上声を \*: で表記しているが、本訳文では \*X に変更する。 ::: ### 2.6. まとめ 表2は、本稿で提案した母音と末子音の分布を示すため、提案された再構にしたがって、末子音の別に上古漢語の韻をリストアップしたものである。李方桂とKarlgrenの再構は、新体系において対応するものの下に示されている(Liは各行の2行目、Karlgrenは3行目)。末尾の声門閉鎖音は \*-w の後にのみ示されているが、これはそこでのみ新しい韻が作られたからである。声門閉鎖音は他の韻でも生じた可能性があるが、その場合は末子音と合流した(例えば、前ページのように \*j の後では \*ʔ > \*t)。 | | \*-∅ | \*-j | \*-w | \*-wʔ | \*-K | \*-T | \*-P | | :--- | :---------- | :--------------- | :------ | :------ | :------- | :----- | :----- | | \*i | ― | 脂部 | 幽部 | 覺部 | 真~錫部 | 真質部 | 侵緝部 | | | | \*-ij | \*-iw | \*-iwʔ | \*-iK ※ | \*-iT | \*-iP | | | | \*-id | \*-iəgw | \*-iəkw | | \*-iT | \*-iəP | | | | (\*-ied, \*-i̯ər) | \*-iôg | \*-iôk | | \*-ieT | \*-iəP | | \*ɨ | 之部 | 微部 | ― | ― | 蒸職部 | 文物部 | 侵緝部 | | | \*-ɨ | \*-ɨj | | | \*-ɨK | \*-ɨT | \*-ɨP | | | \*-əg | \*-ər | | | \*-əK | \*-iəT | \*-əP | | | \*-əg | ― | | | \*-əK | \*-iəT | \*-əP | | \*u | 幽部 | 微部 | ― | ― | 冬覺部 | 文物部 | ― | | | \*-u | \*-uj | | | \*-uK | \*-uT | | | | \*-əgw | \*-əd | | | \*-əKw | \*-əT | | | | \*-ôg | \*-ər | | | \*-ôK | \*-əT | | | \*e | 支部 | 支~脂部 | 宵部 | 藥部 | 耕錫部 | 元月部 | 談葉部 | | | \*-e | \*-ej | \*-ew | \*-ewʔ | \*-eK | \*-eT | \*-eP | | | \*-ig | ― | \*-iagw | \*-iakw | \*-iK | \*-iaT | \*-iaP | | | \*-ieg | (\*-i̯ăr) | \*-iog | \*-iok | \*-ieK | \*-iaT | \*-iaP | | \*a | 魚部 | 歌部 | 宵部 | 藥部 | 陽鐸部 | 元月部 | 談葉部 | | | \*-a | \*-aj | \*-aw | \*-awʔ | \*-aK | \*-aT | \*-aP | | | \*-ag | \*-ar | \*-agw | \*-akw | \*-aK | \*-aT | \*-aP | | | \*-âg, \*-o | \*-â\(r) | \*-og | \*-ok | \*-âK | \*-âT | \*-âP | | \*o | 侯部 | 歌部 | ― | ― | 東屋部 | 元月部 | ― | | | \*-o | \*-oj | | | \*-oK | \*-oT | | | | \*-ug | \*-uar | | | \*-uK | \*-uaT | | | | \*-u(g) | \*-wâr | | | \*-uK | \*-wâT | | - 注: 本来の \*-iK は方言によって \*-eK または \*-iT に変化した。 ## 3. 上古漢語再構におけるいくつかの問題点 この最後のセクションでは、本稿で提案した再構が何らかの解決をもたらすと思われる、上古漢語再構におけるいくつかの問題について論じる。 ### 3.1. 「不規則」な耕部 \*-ieng からの庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* 李方桂とKarlgrenの両氏によれば、中古漢語の庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* は規則的に上古漢語の陽部 \*-âng のみに由来する。これを李方桂は \*-jiang、Karlgrenは \*-i̯ăng と再構している。李方桂の母音クラスター \*ia とKarlgrenの短母音 \*ă は、この韻部に由来するもうひとつの三等韻である陽韻 *-jang*/*-yang* の起源から庚韻の起源を区別する。私は上記で、李方桂の \*ia がここではアドホックであることを示し、この韻を \*-rjang として再構することを提案した。 しかし、庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* には上古漢語の耕部 \*-ieng に由来する大規模な単語のグループがあり、その一例が 平 *bjAng*/*byaeng* 「水平な、均等な」(GSR 825a)である。しかし李方桂とKarlgrenはともに、この韻部には単一の三等韻 \*-jing (K \*-i̯ĕng) しか再構していない。董同龢はこの問題に対処するため、耕部 \*-ieng に2つの三等韻を再構した。1つは緊張した \*e で、もう1つは弛緩した \*ĕ である。これは陽部 \*-âng におけるKarlgrenの長い \*a と短い \*ă に並行するものである。董同龢の \*-i̯eng は清韻 *-jäng*/*-iaeng* となるが、\*-i̯ĕng は \*-i̯ăng と合流して庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* となる(Dong 1948b: 91–2)。 そり舌音の頭子音を持つ単語には、上古漢語の耕部 \*-ieng に由来し、庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* と韻を踏むものがいくつかある。例えば、生 *ṣ(j)Ang*/*sr(y)aeng* 「生きる、産む、生まれる」である。Karlgren(GSR 812a)は中古漢語の読みを *ṣAng*/*sraeng* としており、現代方言もこれを確証しているようである(例えば広東語は *sàng* や *sàang* で、三等韻から予想される *sìng* や *sèng* ではない)。しかし 生 の反切は曖昧で、MC介音 *-j-*/*-y-* の存在を示すと解釈することもできる。 | | 所 | 庚 | 切 | | :--- | :-------------- | :--------------- | :-------------- | | 1 | ṣ(jwoX)/sr(yoq) | + (k)Ang/(k)aeng | = ṣAng/sraeng | | 2 | ṣj(woX)/sry(oq) | + (k)Ang/(k)aeng | = ṣjAng/sryaeng | 呉音の *si-ya-u* > *syoo* という読みは、後者の解釈を支持しているように見える(そり舌音の頭子音を持つ単語は、それが三等韻であろうとなかろうと韻図では二等に位置するため、読みを決定する上で韻図は何の役にも立たない)。 私は、この2つの不規則性を取り除くために \*-rjeng という韻を再構することを提案する。この \*-rjeng は、後続母音が介音 \*r の影響を受けながら \*-rjang と融合し、庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* となる。これにより、耕部 \*-ieng は陽部 \*-âng と並行的になる。 | 陽部 \*-âng | 耕部 \*-ieng | | :-------------------------------- | :-------------------------------- | | \*-ang > 唐韻 *-âng*/*-ang* | \*-eng > 青韻 *-ieng*/*-eng* | | \*-rang > 庚2韻 *-Ang*/*-aeng* | \*-reng > 耕韻 *-Eng*/*-eeng* | | \*-jang > 陽韻 *-jang*/*-yang* | \*-jeng > 清韻 *-jäng*/*-iaeng* | | \*-rjang > 庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* | \*-rjeng > 庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* | \*-rjeng の再構は、命 *mjAngH*/*myaengh* 「命令する、指揮する」という文字によって支持される。この文字は耕部 \*-ieng の単語 令 *ljäng(H)*/*liaeng(h)* 「指揮する」を声符に持つ(しかしKarlgrenはGSR 762と823とでそれぞれ別の系列としている)。この2つの単語は、\*mrjengs (< \*mrjings) と \*rjeng(s) (< \*rjing(s)) として再構することができ、確実に関連しているはずである。 生 *ṣ(j)Ang*/*sr(y)aeng* のような単語も \*-rjeng で再構される。中古漢語のそり舌音を説明するためには、どのような場合であれ、介音 \*r が必要である。また \*TSrjeng > *TṢ(j)Ang*/*TSr(y)aeng* を再構することで、『広韻』には \*TṢjäng/\*TSriaeng という形の音節が存在しないという、中古漢語の音韻目録における空白を説明することができる[^5]。中古漢語の段階ではこれらの単語はおそらくまだ介音 *-j-*/*-y-* を持っていたが、まもなく全てのそり舌音 *TṢ-*/*TSr-* の後で失われた。この再構によって、生 \*srjeng の関連語である 姓 *sjängH*/*siaengh* < \*sjengs 「家系、家族、家名、子孫」(GSR 812q)との関係が明らかになる。 ### 3.2. 重紐韻 前述したように、李方桂による上古漢語再構は、中古漢語の重紐韻を十分に処理できていない。例えば ==元部 \*-ân について==、李方桂は中古漢語における仙B韻 *-jän₃*/*-yen*, 仙A韻 *-jän₄*/*-ien*, 元韻 *-jAn*/*-yon* の3つの韻の対立に、2つの起源(\*-jan と \*-jian)を再構している。後舌母音を持つ韻部に純三等韻と重紐三等韻の両方が見られる場合には、李方桂は後者に \*i を伴う複合母音を使うことで、両方を説明することができた。例えば、 | | MC | TUPA | 李OC | | :--- | :------ | :---- | :------ | | 飛 | *pjwe̯i* | *puj* | \*pjəd | | 悲 | *pji₃* | *pyi* | \*pjiəd | しかし、李方桂が母音 \*i を再構している韻部にも、重紐三等の単語の明確な例がある。 | | | MC | TUPA | 意味 | | :---------- | :--- | :--------------- | :-------------- | :--------------- | | 質部 \*-iet | 密 | *mjĕt₃* | *myit* | 近く、密な、厚い | | 真部 \*-ien | 筠 | *hjwĕn₃* | *uin* | 竹串 | | 支部 \*-ieg | 技 | *gjeX₃* | *gyeq* | 技術、能力 | | | 芰 | *gjeH₃* | *gyeh* | 菱の実 | | | 碑 | *pje₃* | *pye* | 柱 | | | 崖涯 | *ngje₃* ~ *ngai* | *ngye* ~ *ngee* | 川岸;限界 | 李方桂の体系はこれらの単語について解決策を提供せず、不規則または特殊な展開を仮定して説明せざるを得ない。しかし、これらのケースは耕部 \*-ieng から庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* への「不規則」なケースの並行例とみなすことができ、同様に介音 \*-rj- を再構することができる。一般的に、重紐韻は \*j と \*rj の両方が鈍音の後に自由に出現すると考えれば説明できる。鈍音の後に \*-rj- を伴う韻は、主母音が前舌母音でも後舌母音でも重紐三等韻になる。通常の \*-j- を伴う韻は、前舌母音であれば重紐四等韻になり、後舌母音であれば純三等韻になる(後者の韻は、先行する唇音を軽唇音化させるため、おそらく中古漢語ではまだ後舌母音を維持していたのだろう。これが鈍音の頭子音を持つ音節に限定されたのは、おそらく鋭音の頭子音の後では母音が前進したからであろう)。鈍音に後続する介音がもたらす効果をまとめると、次のようになる。 | 介音 | 後舌母音韻 | 非後舌母音韻 | | :--- | :--------- | :----------- | | なし | 一等 | 純四等 | | \*r | 二等 | 二等 | | \*j | 純三等 | 重紐四等 | | \*rj | 重紐三等 | 重紐三等 | 場合によっては、さらなる発展によって状況が多少変わることもある。例えば、独立した純三等韻が出現しないこともある(後期中古漢語までの他の純三等韻のように、対応する重紐三等韻と統合されたためかもしれない)。 このパターンを仙B韻 *-jän₃*/*-yen*, 仙A韻 *-jän₄*/*-ien*, 元韻 *-jAn*/*-yon* に当てはめるには、先に提案したように、李方桂の \*ia を \*e に置き換えればよい。これらの韻は、陽部 \*-âng や耕部 \*-ieng と並行的である。 | 陽部 | 元1部 | | :-------------------------------- | :----------------------------- | | \*-ang > 唐韻 *-âng*/*-ang* | \*-an > 寒韻 *-ân*/*-an* | | \*-rang > 庚2韻 *-Ang*/*-aeng* | \*-ran > 刪韻 *-an*/*-aen* | | \*-jang > 陽韻 *-jang*/*-yang* | \*-jan > 元韻 *-jAn*/*-yon* | | \*-rjang > 庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* | \*-rjan > 仙B韻 *-jän₃*/*-yen* | | 耕部 | 元2部 | | :-------------------------------- | :----------------------------- | | \*-eng > 青韻 *-ieng*/*-eng* | \*-en > 先韻 *-ien*/*-en* | | \*-reng > 耕韻 *-Eng*/*-eeng* | \*-ren > 山韻 *-ăn*/*-een* | | \*-jeng > 清韻 *-jäng*/*-iaeng* | \*-jen > 仙A韻 *-jän₄*/*-ien* | | \*-rjeng > 庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* | \*-rjen > 仙B韻 *-jän₃*/*-yen* | 同様に、\*-n と \*-t の前の高母音については、\*K-タイプの頭子音の後に次のような韻が再構できる(このような環境では、母音 \*-ɨ は早い段階で \*i と合流したと考えられ、またその後 \*u は牙喉音の後で円唇性を失って \*ɨ となった)。 | 真質部 | 文物部 | | :------------------------------- | :------------------------------- | | \*-iT > 先屑韻 *-ieT*/*-eT* | \*-uT > 痕沒韻 *-əT*/*-eoT* | | \*-riT > 山黠韻 *-ăT*/*-eeT* | \*-ruT > 山黠韻 *-ăT*/*-eeT* | | \*-jiT > 真質A韻 *-jĕT₄*/*-iT* | \*-juT > 殷迄韻 *-jəT*/*-yT* | | \*-rjiT > 真質B韻 *-jĕT₃*/*-yiT* | \*-rjuT > 真質B韻 *-jĕT₃*/*-yiT* | \*-j で終わる音節もこれに並行する。 | 脂部 | 微部 | | :--------------------------- | :--------------------------- | | \*-ij > 齊韻 *-iei*/*-ej* | \*-uj > 咍韻 *-ậi*/*-eoj* | | \*-rij > 皆韻 *-ăi*/*-eej* | \*-ruj > 皆韻 *-ăi*/*-eej* | | \*-jij > 脂A韻 *-ji₄*/*-i* | \*-juj > 微韻 *-je̯i*/*-yj* | | \*-rjij > 脂B韻 *-ji₃*/*-yi* | \*-rjuj > 脂B韻 *-ji₃*/*-yi* | 宵韻 *-jäu₃*/*-yew*, *-jäu₄*/*-iew* と支韻 *-je₃*/*-ye*, *-je₄*/*-ie* は、対応する純三等韻がない点で似ている。このケースでは、後舌母音の場合に介音 \*j を持つ音節と \*rj を持つ音節とが合流したようである。この合流に関する韻は、どちらも半母音終わりとして再構されていることに注意されたい。すなわち、一方は \*-w で、もう一方は \*-j である。 | 宵2部 | 宵1部 | | :----------------------------- | :------------------------------ | | \*-ew > 蕭韻 *-ieu*/*-ew* | \*-aw > 豪韻 *-âu*/*-aw* | | \*-rew > 肴韻 *-au*/*-aew* | \*-raw > 肴韻 *-au*/*-aew* | | \*-jew > 宵A韻 *-jäu₄*/*-iew* | \*-jaw > 宵B韻 *-jäu₃*/*-yew* | | \*-rjew > 宵B韻 *-jäu₃*/*-yew* | \*-rjaw > 宵B韻 *-jäu₃*/*-yew* | | 支部 | 歌部 | | :-------------------------- | :--------------------------------------------- | | \*-e > 齊韻 *-iei*/*-ej* | \*-aj > 歌1韻 *-â*/*-a* | | \*-re > 佳韻 *-aɨ*/*-ee* | \*-raj > 麻2韻 *-a*/*-ae* (~ 佳韻 *-aɨ*/*-ee*) | | \*-je > 支A韻 *-je₄*/*-ie* | \*-jaj > 支B韻 *-je₃*/*-ye* | | \*-rje > 支B韻 *-je₃*/*-ye* | \*-rjaj > 支B韻 *-je₃*/*-ye* | *-m* または *-p* で終わる韻は、歯音で終わる韻と多かれ少なかれ並行して再構できる可能性がある。重紐四等韻の出現が声門閉鎖音の後に限定されているのは、おそらく \*Kjip > *TŚjəp*/*Tjip* といった形の口蓋化に起因する(e.g. 十 *źjəp*/*djip* < \*gjip 「10」、Benedict 1972によるチベット・ビルマ祖語 \*gip 「10」と比較)。之部 \*-əg と幽部 \*-ôg に由来する重紐の単語については後述する([§3.3](#33-之部--əg-の再構)および§3.4)。 重紐韻に対するこのような再構を裏付ける証拠がいくつかある。Pulleyblankは、MC來母 *l-* の単語との諧声関係を示すことで、重紐三等における介音 \*l の再構を支持した(1962: 110–14)。筆 *pjĕt₃*/*pyit* < \*prjut 「筆記具」は、律 *ljwĕt*/*lwit* < \*rjut 「法律」と同じ声符を持つだけでなく、いくつかの初期の文献(『爾雅』郭璞注および『説文』)では 不律 \*pjɨ rjut と発音すると記されている。これは母音挿入を示すと思われる。 重紐の単語における \*rj は、いくつかの単語家族的関連の可能性も示唆している。 1. Karlgrenは、栗 *ljĕt*/*lit* < \*rjit (通常は「栗」を意味する)は、「(穀物の穂のような)充実した、豊かな」、「堅固な、コンパクトな」、「密集した」という単語に仮借されることを指摘している(GSR 403a)。これは 密 *mjĕt₃*/*myit* < \*mrjit 「近い、秘密の、密な」に関連している可能性がある。 2. 以下の単語は共通の語根を持つ可能性がある。 | | MC | TUPA | OC | 意味 | | :--- | :------ | :----- | :--------- | :----------- | | 列 | *ljät* | *liet* | < \*rjet | 裂く | | 別 | *bjät₃* | *byet* | < \*brjet | 裂く、分ける | | | *pjät₃* | *pyet* | < \*prjet | 区別する | これらの単語は、提案した再構では母音 \*a を伴って再構することも可能である。しかし 別 は『説文』において、\*a ではなく母音 \*e が示唆される 八 *păt*/*peet* < \*pret 「8」の音注として使われている。別 はレプチャ語 *bryát* 「分ける」に関連している可能性がある。 また畳韻語のうち、片方の音節が重紐三等韻を持ち、もう片方の音節がそり舌音の頭子音を持つという興味深い組み合わせも、重紐三等の単語における \*rj の再構を裏付けている。本論文で提案した再構に従うと、こうした単語の両方の音節は同じ介音 \*rj を共有することになる。 | | | MC | TUPA | OC | 意味 | | :--- | :--- | :-------------- | :-------------- | :----------------- | :--------------------------------------------- | | 1 | 𢵈搌 | *kjänX₃ ṭhjänX* | *kyenq trhienq* | < \*krjenX thrjenX | 醜い成長 | | 2 | 潺湲 | *dẓjän hjwän₃* | *dzryen uen* | < \*dzjran hʷrjan | 急流(*dẓăn hwăn*/*dzreen ghween* とも) | | 3 | 𡾰嵼 | *kjänX₃ ṣăn* | *kyenq sreenq* | < \*krjan srjan | 曲がった山(*gjänX₃ ṣăn*/*gyenq sreenq* とも) | | 4 | 泌瀄 | *pjĕt₃ tṣjEt* | *pyit tsryit* | < \*prjit tsrjit | 水の流れ | | 5 | 咇㘉 | *pjĕt₃ tṣjEt* | *pyit tsryit* | < \*prjit tsrjit | 口数の多い | 例1は、𢵈 が硬口蓋音を伴う *TŚjän*/*Tjien* という形(\*Kjen に由来する)の諧声系列に含まれるため、\*e で再構される。 このように軟口蓋音と硬口蓋音が同じ諧声系列に出現する場合、*K*-タイプの頭子音を持つ単語はしばしば重紐三等韻を持つことは注目に値する。これは介音 \*rj が口蓋化を妨げたことを示唆している。他には以下の例がある。 | | | GSR | MC | TUPA | OC | 意味 | | :--- | :--- | :------- | :------- | :------- | :--------- | :----------- | | 1 | 愆 | 197b | *khjang* | *khyen* | < \*khrjen | 超える | | | 𩜾 | 『広韻』 | *tśjän* | *tjien* | < \*kjen | 厚い粥 | | 2 | 制 | 335a | *tśjäiH* | *tjiejh* | < \*kjets | (服を)切る | | | 猘 | 335d | *kjäiH₃* | *kyejh* | < \*krjets | 狂った(犬) | | 3 | 支 | 864a | *tśje* | *tjie* | < \*kje | 枝 | | | 芰 | 864l | *gjeH₃* | *gyeh* | < \*grjes | 菱の実 | | | 技 | 864k | *gjeX₃* | *gyeq* | < \*grjeX | 技 | | 4 | 旨 | 552a | *tśjiX* | *tjiq* | < \*kjijX | 意図 | | | 耆 | 552l | *gji₃* | *gi* | < \*grjij | 古い | しかし、口蓋化の完全な条件はまだ明らかではない。\*r が後に続かない場合でも、\*Kj- が前舌母音の前で口蓋化しない場合がある。例えば、棄 *khjiH₄*/*khih* < \*khjits 「放棄する」など。 畳韻語の例2と例3は、*TṢăn*/*TSreen* < \*TSrjan という読みを示している。このようなケースは、前述した 生 *ṣ(j)Ang*/*sr(y)aeng* < \*srjeng のように、莊組 *TṢ-*/*TSr-* の後で \*j が失われた単語の発展とおそらく並行的である。莊組 *TṢ-*/*TSr-* の後にしか現れない臻櫛韻 *-jET*/*-yiT* の存在は、この変化によるものだろう(例4参照)。 重紐の単語の又音も、提案した再構を支持する。重紐の単語を本論文で提案した通りに再構すると、その韻の交替の大部分は、他の証拠によって独立に支持されている上古漢語における2つの形態論的過程、すなわち(1)介音 \*j とゼロの交替(cf. Karlgren 1956:13)、(2)介音 \*r とゼロの交替(cf. Pulleyblank 1973:118)、の痕跡と解釈することができるのである。詳細はBaxter(1977)を参照。 ### 3.3. 之部 \*-əg の再構 本論文で提案した再構は、上古漢語の之部 \*-əg の再構における2つの長年の問題に対して、もっともらしい解決策を示すことができる。その問題とは、(1)この韻部に含まれる、唇音の頭子音を伴う2つの一等韻の起源、(2)この韻部において \*P- と \*Kʷ- の後に現れる2つの韻、尤韻 *-jə̯u*/*-u* と脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui* の起源である。 #### 3.3.I. 唇音の後の灰韻 *-uậi*/*-oj* と侯韻 *-ə̯u*/*-ou* Karlgrenは *P(u)ậi*/*P(e)oj* (e.g. 梅 *muậi*/*moj* 「梅」)を \*Pwəg に、*Pə̯u*/*Pou* (e.g. 母 *mə̯uX*/*mouq* 「母」, 畝 *mə̯uX*/*mouq* 「面積の単位」)を \*Pəg に由来させたが、これは唇音の後に開合の対立を設けており、上古漢語の一般的なパターンに反している(『広韻』ではいくつかのケースで *Pậi*/*Peoj* と *Puậi*/*Poj* を区別しているが、これは人為的なものと考えられ、*Pậi*/*Peoj* の単語の多くは *Puậi*/*Poj* の又音を持つ;Li 1956参照)。侯韻 *-ə̯u*/*-ou* の単語のほとんどは上声であることから、李方桂はこの違いを声調によって条件付けられたものと提案したが、1971年の論文ではその疑問を未解決のままとしている(1971: 29)。一方、董同龢(Dong 1948b)は母音長の対立を提案した(\*Puə̂g > *Puại*/*Poj*, \*Puə̣̂g > *Pə̯u*/*Pou*)。 しかし、去声は接尾辞 \*-s に由来するという仮説によって、新たな解決策が可能となった。第一に、灰韻 *-uậi*/*-oj* にはもう一つの起源として侯部 \*-o (Karlgrenの \*-u(g))があること、第二に、董同龢の音韻表(1948b: 149)を見ると、\*Po (董同龢の \*Pûg)のような単語は去声にのみ出現し、入声の単語と密接な関係を示す声符を持っていることに注意されたい。仮に \*-s 仮説に従って、これらの単語が \*Poks に由来するものと仮定すると、\*Po のような音節はまったく存在しなかったことになる。そうすると、中古漢語で *Pə̯u*/*Pou* となる之部 \*-əg の単語はもともと \*Po であった可能性がある。一方、*P(u)ậi*/*P(e)oj* は \*Pɨ の規則的な反射である。私は関連する単語をこのように再構した上で、\*Pɨ と \*Po が之部 \*-əg の単語として韻を踏んだのは、『詩経』方言で \*Po > \*P(w)ɨ (あるいは \*Po > \*Pu > \*P(w)ɨ)という音変化があったからだと提案する。 この再構は、チベット語の *-o* が之部 \*-ag における *Pə̯u*/*Pou* < \*Po の単語に対応する、次の2つの比較によっても支持される(この例はN. C. Bodmanからの私信による)。 | チベット語 | | 漢語 | | GSR | | :--------- | :--- | :---- | :-------------------- | :--- | | *mo* | 女性 | 母 | *mə̯uX*/*mouq* < \*moX | 947a | | *rmo* | 耕す | 畮/畝 | *mə̯uX*/*mouq* < \*moX | 947o | #### 3.3.II. 鈍音の後の尤韻 *-jə̯u*/*-u* と脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui* 以下の三等韻のペア(上記[§2.3](#23-母音)で簡単に触れた)は、上古漢語の再構において論争の的となってきた。 | | | | | :---------------------- | :---: | :------------------ | | 脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui* | | 尤韻 *-jə̯u*/*-u* | | 職韻 *-j(w)ək*/*-uik* | ⇔ | 屋韻 *-juk*/*-uk* | | 蒸韻 *-j(w)əng*/*-uing* | | 東韻 *-jung*/*-ung* | Karlgrenの体系では、脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui*, 職韻 *-j(w)ək*/*-uik*, 蒸韻 *-j(w)əng*/*-uing* はOC \*-i̯wəg, \*-i̯wək, \*-i̯wəng と再構され、尤韻 *-jə̯u*/*-u*, 屋韻 *-juk*/*-uk*, 東韻 *-jung*/*-ung* (それぞれ之部 \*-əg, 職部 \*-ək, 蒸部 \*-əng に由来)はOC \*-i̯ŭg, \*-i̯ŭk, \*-i̯ŭng と再構される。しかしKarlgrenは、\*ə と韻を踏まず \*u とだけ韻を踏む母音 \*ŭ を持つ、韻 \*-ŭg, \*-ŭk, \*-ŭng も再構している。しかし実際には、2種類の \*ŭ ==(\*-i̯ŭK ~ \*-ŭK)== は互いに韻を踏むことはない。これらの問題は李方桂(Li 1935)によって指摘され、彼は尤韻 *-jə̯u*/*-u*, 屋韻 *-juk*/*-uk*, 東韻 *-jung*/*-ung* を単純に \*-i̯wəg, \*-i̯wək, \*-i̯wəng と再構することを主張した。しかし当時彼は、同じ韻部から別に脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui*, 職韻 *-j(w)ək*/*-uik*, 蒸韻 *-j(w)əng*/*-uing* を持つ単語が現れることについては、「類推的な力」とするだけであった。1971年の論文では、彼はこの問題を次のように解決策した。まず、単母音 \*e を伴う三等韻は、円唇性の頭子音の後で円唇化し、尤韻 *-jə̯u*/*-u*, 屋韻 *-juk*/*-uk*, 東韻 *-jung*/*-ung* となる(以下、この変化を円唇化と呼ぶことにする)。 | | 李方桂OC | MC | TUPA | 意味 | | :--- | :----------------------- | :------ | :----- | :--- | | 謀 | \*mjəg > \*mjəgw > | *mjə̯u* | *mu* | 計略 | | 牛 | \*ngwjəg > \*ng(w)jəgw > | *ngjə̯u* | *ngu* | 牛 | | 福 | \*pjək > \*pjəkw > | *pjuk* | *puk* | 幸福 | | 夢 | \*mjəng > \*mjəngw > | *mjung* | *mung* | 夢 | しかし、主母音 \*iə はこの円唇化を妨げ、その場合は脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui*, 職韻 *-j(w)ək*/*-uik*, 蒸韻 *-j(w)əng*/*-uing* となる。 | | 李方桂OC | MC | TUPA | 意味 | | :--- | :--------- | :------ | :------ | :----------- | | 丕 | \*phjiəg > | *phji₃* | *phyi* | 広大な | | 楅 | \*pjiək > | *pjək* | *pyik* | 牛の角の横木 | | 冰 | \*pjiəng > | *pjəng* | *pying* | 氷 | [§2.3](#23-母音)で私は、李方桂の \*-i̯əg, \*-i̯ək, \*-i̯əng は \*j が先行する場合を除いて出現しないので、この \*iə はアドホックなものであると論じた。もしこの韻部にそのような主母音があるとすれば、介音を伴わない韻も存在し、それは中古漢語で純四等韻の反射を生んだはずである。代わりに、私はこれらの単語の円唇化の阻止は介音 \*r によってなされたと提案した。この解決策は、この環境における李方桂の3種類の主母音 \*ə, \*iə, \*u を2つに減らすことが可能になるため、本論文で提案する6母音体系にとって極めて重要である。すなわち、この体系では \*-jɨ > 尤韻 *-jə̯u*/*-u* や \*-rjɨ > 脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui* など(どちらも円唇化の頭子音によって条件付けられた変化)を再構する必要がある。したがって、私が提案する之部 \*-əg の再構は以下のようになる。 | OC | MC | 条件 | | :----- | :---------------------- | :--------------------- | | \*-ɨ | > 咍韻 *-ậi*/*-eoj* | | | \*-rɨ | > 皆韻 *-ăi*/*-eej* | | | \*-jɨ | > 尤韻 *-jə̯u*/*-u* | \*P- または \*Kʷ- の後 | | | > 之韻 *-jɨ*/*-y* | それ以外の頭子音の後 | | \*-rjɨ | > 脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui* | \*P- または \*Kʷ- の後 | | | > 之韻 *-jɨ*/*-y* | それ以外の頭子音の後 | Karlgrenが \*-i̯wəg で再構した脂B韻 *-jwi₃*/*-ui* の単語の中には、幽部 \*-ôg に属するものもあることに注意されたい。例えば、軌 *kjwiX₃*/*kuiq*, K \*ki̯wəg (GSR 992k)や 逵 (GSR 989a) = 馗 (GSR 992m) *gjwi₃*/*gui*, K \*ghi̯wəg である。これらが幽部 \*-ôg に属することは、『詩経』における次の押韻によって裏付けられている。 - 軌 ~ 牡 (GSR 1063a, K \*môg)、『詩経・邶風・匏有苦葉』34.2 - 逵 ~ 仇 (GSR 992p, K \*ghi̯ôg)、『詩経・周南・兔罝』7.2 同様に、中古漢語で尤韻 *-jə̯u*/*-u* となる幽部 \*-ôg の単語の中には、Karlgrenによって \*-i̯ôg ではなく之部 \*-əg に属する韻 \*-i̯ŭg で再構されたものがある。これは、軌 のような誤って之部 \*-əg に割り当てられた単語と諧声関係を持つためである。例えば、Karlgrenは 九 *kjə̯uX*/*kuq* 「9」を \*ki̯ŭg (GSR 992a)と再構している。一方、李方桂はこれを \*kjəgwx (< \*kwjəgwx?) と再構して幽部 \*-ôg に含めている(Li 1971: 31)。このような単語については、次のセクションで詳しく論じる。 ### 3.4. 幽部 \*-ôg の再構 幽部 \*-ôg の再構には主に、(1)幽韻 *-jĕu*/*-iw* の起源と位置づけ、(2)中古漢語で脂B韻 *-jwi₃*/*-ui* の反射を持つこの韻部の単語の起源という、2つの問題がある。Karlgrenによるこれらの取り扱いは、最も不満足なものだった。多くの研究者が幽韻 *-jĕu*/*-iw* の単語を幽部 \*-ôg に由来させている(実際、この韻部の伝統的呼称として、この韻を持つ「幽」の字が用いられる)のに反して、彼はこの扱いに迷い、最終的に宵部 \*-og に由来させた(Karlgren 1954)。さらに、中古漢語で脂B韻 *-jwi₃*/*-ui* となる幽部 \*-ôg の単語(軌 *kjwiX₃*/*kuiq* 「轍」など)を誤って之部 \*-əg に割り当て、幽部 \*-ôg にはこれらの単語の起源を再構しなかった。 李方桂は、幽韻 *-jĕu*/*-iw* の単語と脂B韻 *-jwi₃*/*-ui* の単語の両方に \*-jiəgw を再構し、後者の単語は円唇性の頭子音を持っていたために、異化によって末子音 \*-gw から円唇性が失われたと推測している。すなわち例えば 軌 の場合は、李方桂の \*kwjiəgwx は \*kwjiəgx に異化した後、MC *kjwiX₃*/*kuiq* を与える。主母音が \*iə ではなく \*ə である場合には、円唇性を失うのは末子音ではなく初頭の唇化軟口蓋音であることに注意されたい。例えば 九 「9」は \*kwjəgwx > \*kjəgwx> *kjə̯uX*/*kuq* となる(Li 1971: 32)。私の提案では、幽韻 *-jĕu*/*-iw* の単語の扱いは李方桂と似ているが、脂B韻 *-jwi₃*/*-ui* の単語については、もっと単純な説明が可能だと考えている。まずは一般的に、この韻部が私の体系でどのように再構されるのかを説明する。 一般に、李方桂の \*-əgw は私の \*-u に、李方桂の \*-iəgw は私の \*-iw に置き換えられる。ここで \*-u を使用することで、上古漢語の分布パターンが単純化され、また前述[§2.3](#23-母音)で示したように、チベット・ビルマ諸語の同源語ともよく一致するようになる。蕭韻 *-ieu*/*-ew* の起源として \*-iw が必要である。また幽韻 *-jĕu*/*-iw* の起源として李方桂による \*-jiəgw (私の \*-jiw)の再構にも同意する。前舌母音は、この韻部で見られる以下のような牙喉音の口蓋化を説明する。 | | MC | TUPA | OC | 意味 | | :----- | :------ | :----- | :------- | :------- | | 收 | *śjəu* | *sju* | < \*hjiw | 受け取る | | cf. 叫 | *kieuH* | *kewh* | < \*kiws | 叫ぶ | ただし、全ての \*Kjiw が口蓋化されるわけではないようである。 | | MC | TUPA | OC | 意味 | | :--- | :------ | :----- | :-------- | :----- | | 糾 | *kjeuX* | *kiwq* | < \*kjiwX | よじる | これは、チベット語 འཁྱིལ་ *ḫkhyil* 「渦巻く」と同源である可能性があり、ここでOC \*-w はチベット語 \*-l に対応する(Bodman 1973)。前舌母音は、この韻が韻図四等に置かれていることの説明にもなる。韻図四等は、\*j の後に前舌母音があることを示していたのかもしれない(当時は韻図二等が介音を持たない前舌母音を示していた)。 諧声系列を見ると、いくつかの幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* の単語には介音 \*r があったことがわかる(例えば、翏 *ljə̯u*/*lu* < \*rjiw の系列には *Kjĕu*/*K(y)iw* や *Pjĕu*/*P(y)iw* の形の単語が多く含まれる)。いくつかのケースでは、この \*r が牙喉音の頭子音が口蓋化しなかった原因である可能性がある。しかし、幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* は \*-jiw と \*-rjiw の両方に由来すると考えるべきだろう。中古漢語では幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* は鈍音の後に限られるが、鋭音+尤韻 *-jə̯u*/*-u* の単語の中には、諧声系列などの証拠から \*-jiw で再構した方が良いと思われるものがある。 | | MC | TUPA | OC | 意味 | | :----- | :----- | :---- | :---------- | -------- | | 修 | *sjə̯u* | *su* | < \*sljiw ? | 飾る | | cf. 條 | *dieu* | *dew* | < \*liw | 枝、若枝 | 肴韻 *-au*/*-aew* の起源として、李方桂は \*-rəgw のみを再構しているが、諧声系列(および『詩経』の押韻、後述)は、\*-ru > *-au*/*-aew* と \*-riw > *-au*/*-aew* の両方を再構する必要があることを示している。 | | GSR | MC | TUPA | OC | 意味 | | :----- | :------- | :------ | :------ | :------- | :----------- | | 包 | 1113a | *pau* | *paew* | < \*pru | 包む、束ねる | | cf. 抱 | 1113j | *bâuX* | *bawq* | < \*buX | 抱く | | 㽱 | 『広韻』 | *kau* | *kaewq* | < \*kriw | 胃痛 | | cf. 叫 | 1064g | *kieuH* | *kewh* | < \*kiws | 叫ぶ | 尤韻 *-jə̯u*/*-u* の起源である李方桂の \*-jəgw は、本論文で提案する体系では \*-ju に相当する。そり舌音を持つ尤韻 *-jə̯u*/*-u* の単語を説明するためには、OC \*-rju を再構しなければならないが、鈍音の後では \*-ju ⇔ \*-rju という区別の音韻論的痕跡はない(円唇性の頭子音を除く、後述)。しかし、諧声系列は介音 \*r の存在を示唆することがある。 | | GSR | MC | TUPA | OC | 意味 | | :--- | :---- | :------ | :---- | :---------- | :------- | | 咎 | 1068a | *gjə̯uX* | *guq* | < \*grjuX ? | 罪、咎 | | 綹 | 1068- | *ljə̯uX* | *luq* | < \*rjuX | 糸束、房 | したがって、『切韻』は以下のようなパターンを示しているようである[^6]。 | OC | MC | OC | MC | | :----- | :------------------ | :------ | :------------------------------ | | \*-u | > 豪韻 *-âu*/*-aw* | \*-iw | > 蕭韻 *-ieu*/*-ew* | | \*-ru | > 肴韻 *-au*/*-aew* | \*-riw | > 肴韻 *-au*/*-aew* | | \*-ju | > 尤韻 *-jə̯u*/*-u* | \*-jiw | > 幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* (鈍音) | | | | | > 尤韻 *-jə̯u*/*-u* (鋭音) | | \*-rju | > 尤韻 *-jə̯u*/*-u* | \*-rjiw | > 幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* (鈍音) | | | | | > 尤韻 *-jə̯u*/*-u* (鋭音) | 残った脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui* を持つ単語について説明する。私はこれを \*-rju と再構する。この母音はまず唇化牙喉音との異化によって円唇性を失い、非円唇性の \*ɨ になったと仮定できる。 - 軌 \*kʷrjuX > \*kʷrjɨX この異化は漢代のものとするのが最も適切である。その頃、このような単語は幽部 \*-ôg から之部 \*-əg (私の \*-ɨ)に推移した(Luo & Zhou 1958: 17)。この変化により、軌 のような単語は、中古漢語で脂B韻 *-j(w)i₃*/*-ui* となる之部 \*-əg の単語(例えば 龜 \*kʷrjɨ)に再構されるのと同じ韻(前述した之部 \*-əg についての議論を参照)を持つことになった。最大限一般化するために、この異化は \*Kʷju の形の韻にも適用されると仮定してよいだろう。 - 九 \*kʷjuX > \*kʷjɨX この変化により、これらの単語は、中古漢語で尤韻 *-jə̯u*/*-u* となる之部 \*-əg の単語(例えば 牛 *ngjə̯u*/*ngu* < \*ngʷjɨ)に再構されるのと同じ韻を持つことになった。その後の変化で、*Kʷjɨ という形の単語(元 \*Kʷju の単語含む)の母音は円唇化した。このような単語における介音 \*w は、その時に失われたのかもしれない。しかしこの円唇化は、介音 \*r を持つ単語には適用されなかった。これらの過程をまとめると、以下のようになる(その変化によって影響を受ける形に下線を付した)。 | | | OC | 異化 | 円唇化 | MC | | :---- | :--- | :------- | :-------------- | :--------------- | :-------------- | | \*-ôg | 九 | \*kʷjuX | <u>\*kʷjɨX</u> | <u>\*k(w)juX</u> | *kjə̯uX*/*kuq* | | | 軌 | \*kʷrjuX | <u>\*kʷrjɨX</u> | \*kʷrjɨX | *kjwiX₃*/*kuiq* | | \*-əg | 牛 | \*ngʷjɨ | \*ngʷjɨ | <u>\*ng(w)ju</u> | *ngjə̯u*/*ngu* | | | 龜 | \*kʷrjɨ | \*kʷrjɨ | \*kʷrjɨ | *kjwi₃*/*kui* | このように、異化は介音 \*r があっても適用されたが、円唇化は介音 \*r によって妨げられた[^7]。 この再構は、レプチャ語における同源と考えられる単語からも裏付けられる(Bodman 1961)。 | レプチャ語 | 意味 | 漢語 | | 意味 | GSR | | :----------- | :--- | :--- | :----------------------------- | :------------- | :--- | | ᰊᰃᰥᰤᰫ *ta-gryú* | 頬 | 頯 | *gjwi₃*/*gui* < \*gʷrju | 顔骨 | 988a | | | | 頄 | id. (and *gjə̯u*/*gu* < \*gʷju) | 頬骨、顔骨、顔 | 992e | 異化は \*Pju または \*Prju という形の音節には適用されなかったようである。もし適用されたとすれば、幽部 \*-ôg に由来する *Pji₃*/*Pyi* という形の音節が見つかるはずである。円唇化は \*Pjɨ という形の単語にも影響を与えたが、それはやや後の時代のことである。不思議なことに、上古漢語の頭子音 \*ɦʷ- を持つ之部 \*-əg の三等の単語(e.g. 有 *ɦjə̯uX*/*uq* < \*ɦʷjɨX)は後に、唇化軟口蓋音ではなく唇音の頭子音とともに円唇化した。これは、この頭子音が本当は \*w と書かれるべき音であることを示しているのかもしれない(Juhl 1974: 422)。 幽部 \*-ôg の再構案に対する反対意見として考えられるのは、これを \*-iw と \*-u として再構すると、伝統的な『詩経』の韻律分析に従って両者が韻を踏む可能性は低いように見えるということである。もちろん、『詩経』の押韻が、\*-u > \*-ɨw と \*-iw > \*-jɨw という二重母音化を反映しており、そのためにかつての \*-u と \*-iw が韻を踏んでいるという可能性はある。しかし、『詩経』における幽部 \*-ôg の押韻を調べると、\*-u と \*-iw を一つの韻部として確立するのは難しいことがわかる。蕭韻 *-ieu*/*-ew* < \*-iw と幽韻 *-jĕu*/*-iw*< \*-jiw の単語は、一般的に他の \*-iw の単語と韻を踏み、また時々 \*-ew の単語と韻を踏む。\*-iw の単語が豪韻 *-âu*/*-aw* < \*-u の単語と韻を踏む明確な例はない。幽韻 *-jĕu*/*-iw* や蕭韻 *-ieu*/*-ew* の単語が尤韻 *-jə̯u*/*-u* や豪韻 *-âu*/*-aw* の単語と韻を踏むケースはあるが、これらの韻は \*-iw の反射の可能性も \*-u の反射の可能性もある。例えば次に示す『詩経・鄭風・風雨』90.2の押韻について考えると、膠 と 瘳 は声符から \*-riw と \*-rjiw が示唆される。 | | 瀟 | 膠 | 瘳 | | :--- | :----- | :----- | :------ | | MC | *sieu* | *kau* | *ṭhjə̯u* | | TUPA | *sew* | *kaew* | *trhu* | 従来の幽部 \*-ôg を、本論文の再構案が示すように \*-iw 部と \*-u 部に分割すべきかどうかを確定させるためには、『詩経』における幽部 \*-ôg の押韻を注意深く(おそらく統計的に)研究する必要がある。また、この再構を通して提案された上記の仮説やそれ以外の仮説(例えば \*-en と \*-an は特定の方言でのみ韻を踏んでいるなど)を他の古詩でも検証し、この新しい再構が上古漢語の方言の違いに何らかの光を当てることができるかどうかを検証する必要がある。 ## 参考文献 - Baxter, William H. (1977). *Old Chinese origins of the Middle Chinese chóngniǔ doublets: a study using multiple character readings*. Ph.D. dissertation, Cornell University. - Benedict, Paul K. (1948). Archaic Chinese \*g and \*d. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 11(1–2): 197–206. [doi: 10.2307/2718083](https://doi.org/10.2307/2718083) - ⸺. (1972). *Sino-Tibetan: A Conspectus*. Cambridge: Cambridge University Press. [doi: 10.1017/CBO9780511753541](https://doi.org/10.1017/CBO9780511753541) - ⸺. (1974). The Chinese s-orgy. Paper presented to the Seventh International Conference on Sino-Tibetan Languages and Linguistics, Atlanta, October 18–19. - ⸺. (1975). The Chinese s-orgy, further adventures and misadventures. Paper presented to the Eighth International Conference on Sino-Tibetan Languages and Linguistics, Berkeley, October 24–26. - Bodman, Nicolas C. (1961). Some details of Proto-Chinese phonology reconstructed with the aid of morphological evidence. Unpublished paper. - ⸺. (1971). A phonological interpretation for Old Chinese. Paper read for the Chinese Linguistics Project, Princeton. - ⸺. (1973). Some Chinese reflexes of Sino-Tibetan s- clusters. *Journal of Chinese Linguistics* 1(3): 383–396. - ⸺. (1974). Some random observations on Paul Benedict's ‘The Chinese s-orgy’. Paper presented to the Seventh International Conference on Sino-Tibetan Languages and Linguistics, Atlanta, October 18–19. - ⸺. (1980). Proto-Chinese and Sino-Tibetan: Data towards establishing the Nature of the Relationship. In: van Coetsem, Frans; Waugh, Linda R. (eds.). *Contributions to historical linguistics: issues and materials*. Leiden: Brill. 34–199. [doi: 10.1163/9789004655386_004](https://doi.org/10.1163/9789004655386_004) - Chang, Kun 張琨; Chang, Betty Shefts. (1972). *The Proto-Chinese Final System and the Ch’ieh-Yün* 古漢語韻母系統與切韻. Taipei: Institute of History and Philology, Academia Sinica. - Dong, Tonghe 董同龢. (1948a). Guǎngyùn chóngniǔ shì shì 廣韻重紐試釋. *Bulletin of the Institute of History and Philology Academia Sinica* 中央研究院歷史語言研究所集刊 13: 1–20. - ⸺. (1948b). Shànggǔ yīnyùn biǎogǎo 上古音韻表稿. *Bulletin of the Institute of History and Philology Academia Sinica* 中央研究院歷史語言研究所集刊 18: 1–249. - Haudricourt, André-George. (1954). De L’origine Des Tons En Viêtnamien. *Journal Asiatique* 242: 69–82. ⇒[日本語訳](/@YMLi/BJL9ErhxT) - Jaxontov, Sergej E. (1959). Fonetika kitajskogo jazyka 1 tysjačeletija do n. e. (sistema finalej) Фонетика китайского языка I тысячелетия до н. э. (система финалей). *Problemy Vostokovedenija* Проблемы востоковедения 2: 137–147. ⇒[日本語訳](/@YMLi/SkmmxC7-a) - ⸺. (1960). Fonetika kitajskogo jazyka 1 tysjačeletija do n. e. (labializovannye glasnye) Фонетика китайского языка I тысячелетия до н. э. (лабиализованные гласные). *Problemy Vostokovedenija* Проблемы востоковедения 6: 102–115. ⇒[日本語訳](/@YMLi/SJjf4buza) - Juhl, Robert A. (1974). Phonological evolution of the Chinese rhymes: Wei to Liang. *Journal of the American Oriental Society* 94(4): 408–430. [doi: 10.2307/600584](https://doi.org/10.2307/600584) - Karlgren, Bernhard. (1954). Compendium of Phonetics in Ancient and Archaic Chinese. *Bulletin of the Museum of Far Eastern Antiquities* 26: 211–367. - ⸺. (1956). Cognate words in the Chinese phonetic series. *Bulletin of the Museum of Far Eastern Antiquities* 28: 1–18. - ⸺. (1957). Grammata Serica Recensa: Script and Phonetics in Chinese and Sino-Japanese. *Bulletin of the Museum of Far Eastern Antiquities* 29: 1–332. - Li, Fang-kuei 李方桂. (1971). *Shànggǔ yīn yánjiū* 上古音研究. *Tsing Hua Journal of Chinese Studies* 9: 1–61. (Reprinted: Shāngwù yìnshūguǎn 商務印書館, 1980.) - ⸺. (1976). Jǐge shànggǔ shēngmǔ wèntí 幾個上古聲母問題. In: *Jiǎng gōng shìshì zhōunián jìniàn lùnwén jí* 蔣公逝世週年紀念論文集. Taipei: Academia Sinica. 1143–1150. - Li, Rong 李榮. (1952). *Qièyùn yīnxì* 切韻音系. Zhongguo kexueyuan chuban 中國科學院出版. (Reprinted: Kexue chubanshe 科學出版社, 1956.) - Luo, Changpei 羅常培; Zhou, Zumo 周祖謨. (1958). *Hàn Wèi-Jìn Nán-běi cháo yùnbù yǎnbiàn yánjiū* 漢魏晋南北朝韻部演變硏究. Beijing: Kexue chubanshe 科學出版社. - Mei, Tsu-lin 梅祖麟. (1970). Tones and Prosody in Middle Chinese and The Origin of The Rising Tone. *Harvard Journal of Asiatic Studies* 30: 86–110. [doi: 10.2307/2718766](https://doi.org/10.2307/2718766) - Pulleyblank, Edwin G. (1962). The Consonantal System of Old Chinese. *Asia Major* 9(1): 58–144, 9(2): 206–265. ⇒[日本語訳](/@YMLi/rJIytCsGT) - ⸺. (1973). Some New Hypotheses Concerning Word Families in Chinese. *Journal of Chinese Linguistics* 1(1): 111–125. ⇒[日本語訳](/@YMLi/B1rIN7s56) - Wang, Li 王力. (1937). Shànggǔ yùnmǔ xìtǒng 上古韻母系統. *Tsinghua Journal of Chinese Studies* 清華學報 12: 473–540. - Zhou, Zumo 周祖謨. (1966). *Wèn xué jí* 問學集. Beijing: Zhonghua Shuju 中華書局. [^1]: これが、私が李方桂の \*ə に \*ɨ を使う理由の一つで、すなわち彼と同じ記号を彼と異なる意味で使うことを避けるためである。この母音に \*ə を用いると、私の \*kɨn > *kien* が李方桂の \*kən > *kən* と同じ表記になってしまう。 [^2]: 李方桂の \*-jiak と \*-jiag は、鋭音の後にも鈍音の後にも出現し、藥韻 *-jak*/*-yak* < \*-jak, 魚韻 *-jwo*/*-yo* < \*-jag とは対照的に、昔韻 *-jäk*/*-iaek* と麻3韻 *-ja*/*-iae* を占める。しかし董同龢(Dong 1948b)によれば、この韻部からの昔韻 *-jäk*/*-iaek* と藥韻 *-jak*/*-yak* はほぼ相補的な分布を示している。董同龢の頭子音 \*tʰ- > 徹母 *ṭh-*/*trh-* と \*tsʰ- > 清母 *tsh-*/*tsh-* の後でのみ対立が見られるが、 *ṭhjäk*/*trhiaek* という読みを持つ単語は「彳」だけであり、KarlgrenはこれをGSRに含めるべき古い単語とは見なしていない。また *tshjäk*/*tshiaek* の3つの例のうち、2つは藥韻 *-jak*/*-yak* の又音を持つ。 [^3]: Bodman(1980: ex. 195)参照。 [^4]: \*-ɨj がどちらの経路も辿らず、単に維持された方言の形を反射すると思われる中古漢語形も存在する。例えば、𤈦 *xjwe̯iX*/*hujq* < \*hmjɨjX? 「燃える」(GSR 583e)は、おそらく 燬 *xjweX₃*/*hueq* の方言形であろう。 [^5]: Karlgrenは『*Grammata Serica Recensa*』においてこのような音節を再構しており、例えば 眚 GSR 812i では *ṣjängX* と*ṣjAngX* の読みを与えている。しかし前者の読みは『広韻』には根拠がなく、他の出典に由来しているはずである。『広韻』には *Ṭjäng*/*Triaeng* < \*Trjeng という音節があるが ==(e.g. 貞 *ṭjäng*/*triaeng*)==、原本『玉篇』では、このような単語(他に清韻 *-jäng*/*-iaeng* の単語はない)はしばしば庚3韻 *-jAng*/*-yaeng* の単語で綴られている。Zhou(1966: 388–89)を参照。 [^6]: 他の方言では異なる発展を遂げたことが示唆されている。周祖謨によると、原本『玉篇』では、幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* の単語の反切下字に『切韻』では尤韻 *-jə̯u*/*-u* とされている鋭音の単語が使われることがあった。そのため彼は、尤韻 *-jə̯u*/*-u* と幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* は『玉篇』では区別されなかったと結論づけた(Zhou 1966b: 381–82)。しかし、『玉篇』で幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* の単語と接触している鋭音の単語は、OC \*-jiw, \*-rjiw として再構されるであろうものに見えるので、別の解釈として、この方言において \*-jiw と \*-rjiw は、鈍音以外の頭子音を持っていても幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* になった可能性がある。 もう一つ、『切韻』のパターンとは異なる方言の存在を示唆するものとして、『広韻』では鈍音の後で幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* と尤韻 *-jə̯u*/*-u* の交替が多数見られることが挙げられる。私は、これらの交替は、幽韻 *-jĕu*/*-(y)iw* が単に全て尤韻 *-jə̯u*/*-u* に変化した方言の兆候であると解釈している。 [^7]: \*r が円唇化を妨げた理由は、おそらく後漢代のある時期に、介音 \*r が後続する非円唇母音を前進・弛緩させたからであろう。おそらく、円唇化は後舌母音 \*ɨ を持つ音節のみに適用されたが、この \*ɨ が \*r の音色付け過程によって前進していた音節には適用されなかった。